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その五 雨が降っても

 あれから約二週間が過ぎようとしていた。


 アタシはあの日以来、一度もよろずに会いに行かなかった。

 もう会わないと決めていた。

 というより、怖くてとても会えなかった。


 アタシは彼に会って恐れた目で、または軽蔑した目で見られるのが怖かった……。


 


 そんな、晴れた日の夕方……。


 アタシは、独りで家に閉じこもっているのが耐えられず、外へ出た。


 そうして歩いているうちに、自然とあの崖に来ていた。

 よろずと会っていたのは、いつも昼下がりだったので、会う心配はないだろうと思っていたんだ。


 アタシは、そうっと木立の中から誰もいないのを確認し、崖の方へ歩み出た。



 

 ——久しぶりに海を見た……。



 

 そう思ったときだった。


「小雨!」


 誰かがアタシを呼んだ。

 アタシはゆっくりと振り向いた。

 そこには、よろずが少し離れたところに立っていた。

 アタシはすぐに勢いよく顔を逸らして、逃げ出そうとした。


「待てよ小雨! 待てって——っ小雨!」


 よろずに必死に呼ばれて、アタシは背を向けたまま立ち止まった。


「なんで逃げるんだよ?」


 よろずの視線を感じながら、アタシは彼と目を合わさないように振り返った。


「……っよろずだって……本当は雨なんて嫌いでしょ?」


 アタシは震える声でそう問いかけた。

 少し間があって、よろずは口を開いた。


「……小雨、確かにオレは、本当は雨なんて大っ嫌いだった」


 アタシはギュッと目を閉じてうつむいた。


「独りなのに、雨にまで降られたら、余計それを実感させられるような気がして……大っ嫌いだった」


 よろずはそう言うと一度視線を落とした。

 しかしまた顔を上げ、アタシを真っ直ぐ見た。


「でも、今は違う」


 アタシは思わず顔を上げた。

 よろずと目が合った。


「なんて言うか……上手く言えねぇけど……」


 よろずは少し照れくさそうに額に手を当てた後、真剣な表情でアタシを見つめた。

 アタシはなんだか目が逸らせなかった。


「あの日、おめぇが雨を降らせてたから、オレとお前は今こうして話してるんじゃねぇのかよ。おめぇの雨がオレたちを逢わせてくれたんだろ」


 アタシははっとして声が出なかった。


「…………っ」


 よろずはゆっくりとアタシの隣に立って、海を眺めた。

 夕陽で海は赤かった。


「オレは、オレのしたいようにしてるだけだ。おめぇがいくら嫌がっても、オレはおめぇに会いに行くからな。雨が降っても会いに行く……」


「よろず……」


 アタシは茫然とよろずを見つめていた。


「っあ! それはそうと……」


 よろずは不意に着物の懐をまさぐりだした。

 

「ほら、コレ、やるよ」


 よろずは無造作に、アタシの目の前に手を突き出した。

 そこには、小さな白い綺麗な貝殻が一つ乗っかっていた。


「えっ! えっ?」


「ほらっ」


 よろずは困惑するアタシの手の平に、貝殻をヒョイと乗せた。

 そして得意気に言った。


「どうだ? 綺麗だろ? この海岸で拾ったんだ」


 アタシは視界がジワリとかすむのを感じた。


「……っありが……よろ……っ」


 アタシは喉が詰まって、上手くしゃべれなかった。

 そんなアタシを見て、よろずは海から吹く風を受け、夕陽で赤く染まりながら優しく微笑んだ。


 アタシはこの貝殻も、よろずの笑顔も、この夕陽もなによりも一番綺麗に思えた。


 そして、よろずの笑顔を見て、アタシは心からこう感じた。


(あぁ……アタシ、幸せだ……)



 


 次の日、アタシは早くから海岸へ訪れて、よろずが来るのを隠れて待っていた。


 いつも通りによろずがやって来たのを見つけて、アタシは岩陰からそろそろと出ると、こっそり彼に近づいた。

 

「よろず!」


「うわぁ!」


 よろずは突然後ろからアタシに大声で呼ばれ、驚いて振り返った。


「なっ、なんだ。小雨かよ。びっくりさせ——ん?」


 アタシはよろずの前にずいっと片手を差し出した。

 そこには、今日早くから来て探した巻貝が乗っていた。

 でも、一生懸命探した割には平凡な巻貝だった。


「……これっ、昨日のお礼」


「え?」


 よろずはきょとんとして、下を向いて手を突き出したままのアタシを見つめた。


「一生懸命探したけど、こんなのしか見つかんなくて……」


 そう言うと、アタシはパッと顔を上げて、よろずの目を真っ直ぐ見つめた。

 よろずもはっとして真剣な顔になった。


「よろず、アタシもアタシのしたいようにする。だから……毎日ここに、よろずに会いに来る」


 はっきりとそう言い終えたアタシに、よろずはニッと笑いかけると、突き出していたアタシの手の平から巻貝を受け取った。


「あぁ、それでいい。コレ、ありがとな」


 よろずは真っ赤になったアタシの頭を、軽くポンッと叩いた。

 よろずとアタシは二人で照れくさそうに笑い合った。




 そうしてまた、アタシたちは毎日会うようになった。



 

 よろずはアタシと同じ道場にも通い始め、そこに併設されている寮にも入った。

 

 その寮は、身寄りのない孤児などが、将来退治屋になることを条件に、支援を受けて住まわせてもらえる場所だった。

 退治屋として働けるようになったら、支援してもらった分を少しずつ納めていくんだ。

 

 よろずは空き家に住み着いていたけど、本来は勝手に住んではいけないし、寮の方が設備が整っていて、断然生活はしやすかった。

 それでも、彼は、あの空き家がお気に入りみたいで、たまに寮を抜け出しては、未だに空き家で寝起きすることもあった。

 

 その頃に、かずみと海刃にも出逢った。



 

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