その一 よろずとの出逢い
小雨は薄暗い中、ゆっくりと目を開いた。
着替えさせられて、布団がかけられている。
どこかの宿のようだ。
小雨は古い寝台の上に寝かされていた。
すぐそばに窓がある。
まだ夜らしい。
小雨は布団の中でうずくまったまま、ボーっとしていた。
すると誰かが部屋に入ってきた。
小雨は目を閉じてタヌキ寝入りをした。
「……小雨?」
かずみの声だ。
しかし、小雨はタヌキ寝入りを突き通した。
——今は誰とも話したくない……。
かずみは少しすると静かに出て行った。
小雨は目を閉じたまま思い出にふけった。
——アタシとよろずが出逢ったのは十歳の頃だった。
その日も雨が降っていた。
「……うっ……うっ」
アタシはその日、海を見渡せる崖の上に独り座って泣いていた。
アタシはその頃、『雨女』と呼ばれていじめられていた。
その頃のアタシは、まだ感情が上手く制御できなくて、感情が爆発する度に酷い雨が降った。
その不思議な力に、アタシも薄々気づいてはいた……。
「!」
不意に雨が小降りになった気がして、アタシは泣き腫らした目で空を見上げた。
しかしそこには空ではなく、穴開きだらけなボロボロの傘と、一人の少年が、大きな瞳でアタシを見下ろしていた。
少年は目をパチクリとさせた。
「なんだぁ? おめぇ、泣いてんのかぁ?」
「……!」
アタシはパッと、涙と雨で濡れた顔を背けた。
「…………っ」
少年がいるにも関わらず、涙は止めようとすればするほど溢れてきた。
「なぁ、こんなところで泣いてると風邪引いちまうぞ? 一体なにがあったんだよ?」
少年はおずおずと、アタシの顔を覗き込んでくる。
そう言った少年も、穴開きだらけの傘のせいでびしょ濡れだった。
「っ、うぅ~っ、か、傘穴開いてるよぉ」
アタシは呻くようにそう言うと、とうとう声を上げて泣き出した。
「うっ、うるせぇな! 無いよりはましだろ! なんでそれで泣くんだよ?」
少年は赤くなりながら狼狽えた。
アタシは、海が見渡せる崖の下の方にできた小さな洞穴に、その少年に連れられて、二人で雨宿りをしていた。
アタシはだいぶ落ち着きを取り戻していた。
そして、膝を抱え込んでうずくまるように座り、少年をチラチラと盗み見ていた。
アタシが泣きやんだのを見て、少年は口を開いた。
「おめぇ、なんで泣いてたんだ? いじめられたのか?」
アタシは黙ったままギュッと縮こまった。
人と話すのが苦手だったし、何故この少年がアタシに構うのかわからなかった。
少年はそんなアタシを見て、フゥッと溜息をついた。
「まぁ、無理に話すこともねぇよ……」
アタシは少年の顔を探るように見つめた後、迷った末に口を開いた。
「……そう、アタシいじめられてるの。みんなアタシのこと……『雨女』って言うの……」
アタシがぼそぼそと話すのを、少年はじっと聞いていた。
そして、アタシが話してくれたのが嬉しいみたいで、そっと微笑んだ。
「……そっか、雨女かぁ。おめぇいっつも独りなのか?」
アタシはそう聞かれて、さらに表情を曇らせた。
「……う、うん。アタシ、友達なんて一人もできたことないから……」
そう言い終わってまた涙がこぼれそうになり、アタシはギュッと目を瞑った。
「はは、オレもだ。仲間だな!」
「え?」
アタシは瞑っていた目をパッと開き、驚いて少年の方を向いた。
しかし、そんな言葉とは裏腹に、少年は無邪気にニッと歯を見せて笑った。
「さ、寂しくないの?」
アタシがおずおずと尋ねると、少年は表情を曇らせる様子もなく言った。
「別に、オレはずっと独りだったから、なんて言うか、慣れたなぁ」
「…………」
アタシはなんと言って良いかわからず、少年の顔を見つめた。
雨は上がっていた。
雲の隙間から太陽の光も見え出した。
少年は立ち上がるとうんと伸びをした。
そして、アタシの方を向くとこう尋ねた。
「おめぇ、名はなんていうんだ?」
アタシはぼそりと答えた。
「…………小雨」
少年はニッと笑ってこう言った。
「そっか! おめぇ暇だったらまたここ来いよ。それと、オレ雨は嫌いじゃねーぞ」
少年は畳んだ穴開き傘を片手に持って、洞穴の外へと歩き出した。
アタシは慌てて少年を呼び止めた。
「待って! 名前は?」
少年はニコッと笑うと、
「よろず!」
とだけ言い残して、洞穴の外へと大きく飛び出して消えて行った。
アタシは急いで立ち上がり、洞穴から海岸を走って行く少年を見送った。
「…………よろず」
アタシは独りそうつぶやき、しばらく洞穴の中に突っ立ってボーっと海を見つめていた。
それが、よろずとの出逢いだった……。




