その三 立ち込める雨雲
小雨とかずみは森の中を闇雲に走り回っていた。
「どこだ? どこにいるんだよ!」
かずみは声を荒げて、近くにあった木を拳で殴りつけた。
「……っよろず!」
小雨も必死に辺りを捜し回っている。
そこに海刃たちが追いついてきた。
「オイ! 落ち着けよ! そんなんじゃ見つかるもんも見つからなくなっちまうぞ!」
海刃が息を切らしながらそう言うと、
「でも、日が落ちる前に見つけないと、本当に見つからなくなっちゃうよ!」
と小雨が焦りを抑え切れずに叫んだ。
「ちょっと! 焦る気持ちはわかるけど、相手はあの『夜代』だよ? そのよろずってのと一緒に、背の高い男もいるんだから、無闇やたらに飛び込んだって危ないよ!」
来華も自分を抑えながら二人をなだめた。
かずみははっと我に返ったような顔をして、項垂れた。
そのとき、小雨はなにかを感じ取ったかのように、急にピタリと静かになって、右の木立の方をじっと見つめた。
「そうだよな……、ごめん。こんなときだからこそ、落ち着かなくちゃだよな。それに、今みんながバラバラになりでもしたら——」
かずみがそう言い終わらぬうちに、突然小雨が駆け出した。
「小雨!」
かずみの驚いた呼び声は小雨の耳には入らず、彼女は独り、薄暗い木立の方へと振り返りもせずに走って行った。
よろずと光我、桜在と座朗はそれぞれ別の目的のために旅立とうとしていた。
——まさにそのとき、
「よろず!」
叫び声と共に、よろずの前方の茂みから小雨が飛び出してきたのだ。
「!」
よろずと光我は驚いて立ち止まり、桜在と座朗も同時に振り返った。
「……っ小雨……? なんでここに……」
よろずは固まったまま、掠れ声でそう言った。
「なんだぁ? コイツ? てめぇの知り合いか?」
光我は小雨を品定めするように、じろじろと眺め回した。
「…………」
桜在はよろずと小雨の様子を窺うように、黙ったまま見つめている。
「……別に、ただ一緒に退治屋やってただけだ」
よろずは冷静さを取り戻し、さらりとそう言った。
小雨は傷ついたように、茫然とよろずを見つめた。
しかし、すぐに気を取り直してこう尋ねた。
「ねぇ、どうして急にいなくなっちゃったの? それに……あの小さな村の人たちを殺したのは、よろずじゃないよね? よろずは人を殺したりなんか、してないでしょ?」
小雨は縋りつくような目をよろずに向けたが、彼は黙ってスッと視線を逸らした。
「……よろず?」
小雨は震える声でそう呼びかけ、よろずの顔色を窺った。
「はっ! なぁに言ってんだよ! コイツが殺ったに決まってんだろ! コイツはもう自分の手を汚しちまってんだよ! なぁ、よろず?」
光我は小雨の様子を、さも面白そうに眺めながらそう言うと、よろずにニヤッと笑いかけて相槌を求めた。
よろずは少し間を置くと、真っ直ぐ小雨の視線を捉えた。
そして薄っすらと笑みを浮かべると、こう言って退けたのだった。
「あぁ、当りめぇだろ。オレが殺った。それがどうかしたってのかよ?」
小雨は、その言葉の意味を中々呑み込むことができず、ただボーっと彼を見つめていた。
冷たい風が吹いた。
その風で、紫檀色の長い襟巻が揺れた。
空が淀み始めた……。
「話はそれだけか? さっさと行くぞ、光我」
よろずは素っ気なくそう言うと、森へ向かって歩き出した。
「待って! 嘘でしょ? そんなの! アタシはよろずがそんなことしてないって、信じるよ! だから、帰ろう?」
小雨は立つのもやっとな思いで叫んだ。
すると、よろずは立ち止まって小雨の方を振り返り、冷たくこう言った。
「うるせぇな……殺ったもんは殺ったんだ。オレがどこへ行こうが、おめぇには関係ねぇ。しつこいぞ」
その様子を見て、光我は面白がって小雨に言った。
「へっ、てめぇも諦めが悪ぃ奴だな。信じる信じないの問題じゃねぇだろ!」
「…………嘘だ」
小雨はうつむいてつぶやいた。
「なに?」
光我は僅かに顔をしかめた。
「違う! こんなの嘘に決まってる!」
小雨は両手で顔を覆うようにして、必死にわめいた。
光我は刀に手を伸ばした。
「うるせぇ女だなぁ。斬っちまうか?」
そう言った彼は残忍な笑みを浮かべた。
すると、今度は桜在が口を開いた。
「やめておけ。憑かれ人ならともかく、そいつに斬る価値はない」
そして、チラリと座朗の担いでいる女に目をやった。
「チッ」
光我は舌打ちをしながら手を下ろした。
よろずは桜在の言葉に僅かに眉を動かした。
「とにかく目障りだ。さっさと失せろ」
よろずは小雨に見向きもせずにそう言うと、再び歩き出した。
「よろず! 待って! ちゃんと話して!」
小雨はそれでも諦めない。
座朗は今まで黙って見ていたが、再び笠に手をやるとこう言った。
「本当に諦めの悪い奴だ。よろずよ、お前がそいつを斬れ。そうすれば、そいつも受け入れざるおえんだろう」
「!」
よろずは驚いて振り返った。
「おもしれぇじゃねぇか。やれよ、よろず」
光我は小雨の方をニヤニヤと見ている。
空が唸り出した。
そして、突然滝のように雨が降り出した。
「うお! いきなりかよ」
光我は鬱陶しそうに空を見上げた。
小雨はうつむいている。
「……これ以上……変なこと言わないで!」
小雨が顔を上げそう叫んだのと同時に、大きな雷が周りの森にすさまじい音を轟かせて落ちた。
(この娘、もしや……!)
桜在は小雨を鋭い視線で凝視した。
「桜在、お前も気づいたか? あのガキから強い妖気を感じるぞ。それにこの雨は変だ。アイツの仕業ではないのか? あのガキも憑かれ人か妖怪に違いない! そうなると、あのガキにもコイツと一緒に来てもらわねばな」
座朗はそう言い放ち、担いでいた女を地面に投げ捨てるように下ろすと、背の大太刀に手を伸ばした。
「オイ、座朗! その女もおかしいぞ?」
光我は座朗が担いでいた女を慌てて指差した。
その女は突然地面で悶え苦しみ出した。
そして胸元から着物を突き抜けて、巨大な虫の足が不気味に蠢きながら現れたのだ。




