第二話 神鳴(カミナリ)と烈風、最強コンボの覚醒
無事に全熱交換機の修理を終え、極上の室温二十四度を取り戻した御殿の中で、金華はふかふかの聖徳太子の一万円札の敷布団に寝そべっていた。「ふぅ……やはりこの完璧な空気と、刷りたての太子の香りの組み合わせは最高じゃな。じい、コーラのおかわりじゃ」「はいはい、ただいま。ポルシェの単勝で戻ってきた大量の太子札のおかげで、我が家の財政は一気に潤いましたよ。ですが姫様、味を占めてまた怪しいお馬さんをお買い上げになったと聞き及びましたが……」じいが冷えたコーラを差し出すと、金華は純金製のスマホをパタパタと動かし、不敵に微笑んだ。「怪しいとは無礼な。見てみよ、九匹目のわらわの可愛いコレクション、その名も神鳴じゃ!」画面に映し出されたのは、燃えるような金色のたてがみを持ち、パドックを歩くだけで周囲を威圧するような荒々しい良馬であった。しかし、その解説欄には気性が荒すぎて誰も制御できない暴れ馬。スタート直後から限界以上のスピードで暴走し、後半で必ずスタミナ切れを起こす欠陥馬と書かれている。「姫様……これ、また誰も買わないような問題児ではございませんか。いくら見た目が格好良くても、レースで勝てなければまた十八億が紙屑に……」「知らん! 雷光のような一瞬の爆発的なスピード、これぞロマンじゃ!走る姿が最高に尖っていて愛らしいではないか。……だが安心せよ、じい。わらわは今回、この神鳴に最高のお飾りを乗せることにしたのじゃ」金華が画面をタップすると、一人の若き騎手のプロファイルが表示された。 白銀の髪をなびかせ、鋭い眼光を放つその男の名は、御子柴烈風。「競馬界の異端児、天才と名高い御子柴烈風じゃ!馬の呼吸を読む天才で、彼が鞭を入れればどんな駄馬でも風になると噂のイケメンじゃな。気性が荒い神鳴に、どんな馬も手懐ける天才烈風を乗せる……。これぞ開幕から超スピードで敵を置き去りにする、最強のコンボじゃ!」金華はポテチを口に放り込み、キャラクターのフィギュアでも並べるかのように目を輝かせた。「な、なるほど……。競馬の血統とかいう難しい理屈はさっぱり分かりませんが、ゲームの最強パーティを組むみたいな、妙な説得力だけはありますな……」「そうじゃ!キャラ萌えの精神じゃ!どっちが強いかではない、この二人が並んだら最高に映えるからヨシ!じい、さっそく次のレースの準備じゃ!」
寛政の世に轟く大レース黄金杯の当日。 中央競馬場のパドックは、異様な緊張感に包まれていた。「おい、見ろよ。あの誰も乗りこなせなかった暴れ馬の神鳴に、まさか御子柴烈風が乗るのか!?」「馬主はあの、こないだ十八億溶かしてポルシェで取り返したニート姫だろ……?」観客たちがざわざわと色めき立つ中、貴賓席には、お堅い血統派の重鎮たちに混ざって、一人の男が胃を押さえながら立っていた。大蔵勘助。金華の御殿にお抱えされている苦労人のベテラン騎手である。「姫様……本当によろしいのですか。御子柴の坊主は確かに天才ですが、神鳴の気性は爆弾そのものです。私の冷静な手綱捌きで、なんとか馬券内に持ってくる手堅い作戦の方が……」「却下じゃ、勘助!お主の堅実な走りは素晴らしいが、今回はお祭りじゃ!わらわは見たいのじゃ、誰も見たことのないような超スピードのドラマをな!」金華はコーラを掲げ、不敵に言い放った。「伝統だの格式だの、お堅い大人たちが並べ立てる常識を、この最強コンボで正面からハッキングしてやるわ!」
その横で、出走のファンファーレが鳴り響く。ゲートに向かう神鳴の背には、不敵な笑みを浮かべた御子柴烈風の姿があった。烈風は馬の首筋を優しく撫でながら、呟く。「へえ……誰も俺の言うことを聞かないと思ってたが、お前、いい呼吸をしてるな。お嬢さんの気まぐれに付き合って、江戸の街に一発、デカい雷を落としてやろうぜ」神鳴が、まるで烈風の言葉を理解したかのように、低く嘶いた。ゲートが爆音とともに開いた瞬間、競馬場全体が息を呑んだ。「神鳴、行ったァァァ!」実況の絶叫が響く。スタートの瞬間から、神鳴の加速は常識を超えていた。まるで一瞬の雷光。他の名門馬たちがまだ一歩目を踏み出す間に、神鳴はすでに三馬身以上の差をつけて先頭に踊り出ていた。「速い!速すぎる!だが、あのペースでは第三コーナーで確実にスタミナが切れるぞ!」貴賓席の重鎮たちが、手元の双眼鏡を握りしめて嘲笑う。しかし、その予想は、背に乗る天才によって完全に裏切られることになる。「ここだ、神鳴。お前の暴走する力を、すべて風に変えてやる」烈風が鞭を一つ入れた瞬間、神鳴の走りが変わった。ただ荒々しく暴走していたフォームが、烈風の手綱捌きによって完璧に制御され、無駄のない極限の推進力へと変換されたのだ。掛け算。暴れ馬の規格外のパワーに、天才騎手の制御力が掛け合わさった瞬間、それは競馬界の歴史を塗り替える最強の怪物の目覚めとなった。
「な……何だあの伸びは!? 速度が落ちるどころか、さらに加速している!」最後の直線。名門の馬たちが必死に追いすがるが、その距離は縮まるどころか、十馬身、十五馬身と引き離されていく。圧倒的な超スピードの前に、敵は文字通り置き去りにされた。「一着 神鳴」レコードタイムを大幅に更新する圧勝劇。場内は嵐のような大歓声に包まれ、重鎮たちは腰を抜かして椅子から転げ落ちた。「ひええええ! 姫様、また勝ってしまいましたぞ! 今回はオッズも高かったゆえ、部屋の床を埋め尽くすほどの聖徳太子の一万円札が、トラック数台分で押し寄せてまいります!」じいがスマホの画面を見ながら泡を吹いて倒れそうになる。しかし、金華はふうと大きく溜息をつき、ポテチの袋をゴミ箱に放り込んだ。「賞金?また太子が増えてしまったのじゃ……。本当に置き場所がないのう。これではわらわが自堕落にゴロゴロするスペースが狭くなってしまうではないか。……まぁ、あの二人の掛け算は最高に格好良かったからヨシとするか!」金華のキャラ萌えという名の直感が、またしても競馬界の伝統を完膚なきまでに叩き潰した。ニート姫の自堕落なる支配の足音は、さらに大きく、競馬界の深部へと響き渡っていく。




