第8話 怪しいおじさん
二人に出会った翌日。
二人に魔法を教え始めようと考えていた俺は、まず大きな壁にぶつかった。文字と基礎的な勉学の面で問題が出てきたのだ。
二人はまだ幼いこともあって、勉強をしたがらない。アリサはまだ素直に話を聞くが、ルトリシアなんて嫌々とだだをこねる。クソガキめ……!
俺は嫌がる二人をどうにか励まし、二週間でどうにか最低限のことを教えることにした。
嫌々とごねる二人(主にルトリシア)を無理矢理席に着かせながら教え続け、二週間後の今日。
「覚えたわ! ほら魔法を教えなさい!」
ルトリシアはどやっと胸を張った。辛い二週間を終えた今日、二人は達成感のある表情をしている。
「わたしも早く魔法をおしえてほしい」
俺が作った冊子を胸に抱えたアリサも催促してきた。
「わかった。じゃあ魔法の基礎を教えようか」
「やった!」
二人は俺の言葉を聞いてハイタッチする。
「まずは魔力の感じ方から教えようかな」
俺はまず二人に魔力の感じ方を教えることにした。体内にある魔力と外界にある魔力をそれぞれ感じる練習だ。
この訓練はそれなりに時間がかかるらしい(本で読んだ)のだが、二人とも習得は早く、アリサなんかは一瞬にして魔力を感じることができた。
ルトリシアはアリサには遅れるもののそれほど遅れずに習得した。二人とも筋が良い。
これならいけそう……と思っているうちに、二人ともすぐに魔力を操れるようになり、数週間後には初級魔法の入門に入った。いや早すぎるだろ。
俺はその後も二人の優秀さに驚かされることになった。
教え子が優秀なのか、俺の教えが良いのかは、もはやわからない……。
*
優秀な二人をそんな風に教え始めてから、日々こつこつと教え続け、早一年。
俺が六歳になってから、早一週間が経った。
あれからザックとその仲間は、俺たちの居場所となった路地裏の広場やその周辺では見かけなくなった。
どちらかと言うと避けられてるのかもしれない。まあ、腹殴ったくらいだしそりゃ俺には近づかんわな。
今日の魔法の勉強会は先ほど終わり、俺たちは休憩と昼飯を食べに噴水のある広場に向かっているところだった。
初級魔法の習得を着実に進める二人は、身体強化などの無属性魔法から属性魔法に入ってから進みが遅くなり、それなりに苦戦しているように見える。
まあ魔法のイメージ以外にも色々な要素が入ってくるから、難しくなっているのは間違いない。
最近では魔法以外の勉学も教えているが、二人のストレスの溜まり具合が凄いので、遊びがてら身体強化をして追いかけっこをしたりしていた。
アリサなんて動くのが好きなのか、延々と走っていて付いて行くのがキツい。
ルトリシアも動くのは好きなようだが、アリサの体力はそれとは桁違いだ。
走った後の空腹に耐えながら広場に向かっていると、何やら騒がしい声が聞こえてくる。
「うへぇ……誰だぁ?」
「なんか騒がしいわね」
「?」
噴水広場の隅から声の方向を三人で覗いてみると、何やら一人のおっさんが母さんとグレームに向かって声を荒げていた。
母さんは冷たい目で男を見ていて、グレームは腕を組んで眉を顰めている。
聞き耳を立てていると、話している内容が聞こえてきた。
「この街の意思であった俺を無理矢理退けたことは、もちろん覚えているだろうな! ロイヴェリクの女!」
「無理矢理とはずいぶんな言い草ですね、ジョエル。あなたは当時、すでに市民から見放されていたではないですか」
母さんは冷静に言葉を返した。完全にお仕事モードだ。
ジョエルと呼ばれたおっさんは図星だったのか顔を真っ赤にした。
「……っく、うるさい! 俺の言うことに従っていればあいつらも良い思いができただろうに。やつらが愚かだったのだ!」
キッとジョエルはアナスタシアを睨む。
「やつら、あろうことかよそ者のロイヴェリクに頼るとは! 許しがたいことだった!」
ジョエルはにやりと笑う。
「しかし、それも今に終わる。私の息子に怪我をさせたのは失敗だったな! 貴様らもこれで終わりだ!」
「……どういうことですか? あなた何を企んで……」
「今に見ていろ、魔女め。グレームお前もな……。最後に笑うのは私だ!」
ジョエルはそう言うと、ハハハと高笑いしながら去って行く。
グレームが「おい、待て!」と声を張り上げたが、聞く耳を持たない。
いや、どこ行くねーん。まあ、広場には入りやすくなったからいいけど。一体何だったんだ。
「変な人ね」
ルトリシアが首を傾げる。
「変なおじさん」
「それな」
二人の言葉に同意する。ホントにな。
発言も含めて、なんて怪しいおっさんなんだ。
俺たちは隅からそそくさと出て噴水に近づく。
母さんとグレームはジョエルがいなくなった方を見ながら、呆れた表情をしていた。
「あいつ、何を企んでやがる」
「怪しいですね。見張りを付けましょうか」
「いや、今は人が足りない。どうするか……」
「あら、クルト?」
母さんが俺たちに気づいた。一応聞いておくか。
「何かあったの?」
母さんは優しい表情になって、噴水の縁を指した。
「何でもありませんよ、クルト。ほら、ご飯をお食べなさい。お腹が空いているでしょう?」
「うん、わかった」
上手くはぐらかされてしまった。まあ、今度また聞くか。
でも、あのおっさんどこかで見た気がするんだよなぁ……。あの騒がしい感じとか、気の強そうな顔とか、どっかで見覚えが……。
噴水の縁に座った俺達は弁当を広げる。俺も弁当に箸を伸ばしたが、つい考え込んでしまう。
何かが繋がりそうだが……。
「クルト、食べないの?」
ルトリシアがお弁当を開いたまま止まっている俺に気づいた。
考えるのは後にするか。諦めて俺も食べ始める。
「アリサのお弁当って本当においしそうよね」
「そう?」
「ええ。お肉が多くて羨ましいわ」
ルトリシアはそう言って野菜の多く入った自分の弁当を見せる。
「お母さん、野菜ばかりいれるんだもん。たまにはお肉を食べたいわ……」
ルトリシアの声は少し沈んでいた。ルトリシアのお母さんは食事に厳しいのかね。
確かに肉はちょこっとしか入ってない。
アリサは自分の弁当とルトリシアの弁当を交互に見て口を開いた。
「なら、野菜ちょうだい」
「え! も、もしかして交換してくれるの!?」
「うん」
「やった!」
ルトリシアは喜々としてフォークを持ち上げた。あーあ、バレたらリカルドさんに怒られるぞ~。
ルトリシアが笑顔でお肉を食べるのを見ながら、俺はさっきのことを考える。
さっきのおっさん、どう考えても何かを企んでる。
気をつけたほうがよさそうだが……どうなのだろうか。
あえて俺の母親に言いに来るくらいだ。あまり頭は良くなさそうだ。
だって、ことを起こす前に「今から起こしますよ!」と宣言しに来ているようなものだ。アホか?
しかし、そういったやつほどとんでもない災害を招き入れたりする。
少し用心しておくか。
俺は歓談するアリサとルトリシアを見ながらそう思った。




