第7話 帰宅
「へぇ、魔法をアリサに教えるために来たのね」
ルトリシアはアリサに付いた砂を手で払い落としながら、ふむふむと頷いた。
「ああ、アリサのママに頼まれたんだ」
「ふーん……」
ルトリシアはそう言って俺の方をじっと見た。なんだ? 何か変なことを言ったか?
ルトリシアはもじもじと少し身体を揺らした後、口を開いた。
「……ねぇ、私にも教えてくれない?」
「え」
そう来るとは思わなかった。教えるのはいいが、俺なんかに習うよりも、街にいる魔法師に習った方が良くないか?
「他の人の方がいいんじゃないか?」
「教えてくれる人がいないわ」
「な、なるほど?」
教えてくれる人がいないらしい。どゆこと?
ま、まあ今は置いておこう。
現状、アリサにも教え始めていないんだよな。
上手く教えられるかわからない状態で人を増やすのは、ちょっと考えてしまう。
「……だめ?」
ルトリシアは手の平を胸の前で合わせて、上目遣いで首を傾げる。
ぐっ、こいつ、自分が最も可愛いと思われるポーズを理解してやがる……。
「い、いいよ」
俺は笑顔で答える。仕方ない。紳士はちょっとした衝撃では動揺しないのだ。
「やった」
ルトリシアは嬉しそうに小さくジャンプした。
「前から魔法もやってみたいと思っていたのよ。楽しみだわ」
「父さんから習っていたのは剣だけだったの?」
「ええ。なんど言っても魔法は教えてくれなかったの」
不満そうに言うルトリシア。剣に加えて魔法も教わろうとしていたのか。随分ストイックだな。
一応アリサにも断っておこう。元々、一対一で教えるつもりだったし。
「アリサもルトリシアが一緒に習うのは大丈夫か?」
「……」
アリサは黙りながら、俺の方をじっと見る。何だ? 今度は何を言われるんだ?
「さっき使ってた魔法」
「ん? うん。風魔法のこと?」
「たぶんそれ。教えてくれる?」
「ああ、もちろん。初級魔法だからな。最初の方に教えることになると思う」
「……わかった。それなら大丈夫」
アリサは先ほど虐められていたとは思えないくらいに力強い目をしていた。何か決意をしたかのような目だ。
「なら決定だね。とりあえず、一旦アリサの家まで戻ろうか」
「わかったわ」
「うん」
ここで話すのもあれだし、とりあえずアリサ宅に戻ることにした。
何よりもアリサママが心配しているからな。
*
「アリサっ! よかった!」
アリサママがアリサに抱きつく。アリサも母の背中に腕を回した。
「その、ザックたちが……」
ルトリシアが口ごもるとアリサママは頷いた。
「……そうよね。そうなんじゃないかと思ってた」
「……」
アリサは黙って母の胸元に顔を埋めた。
恐らく、前々からザック達には虐められていたのだろう。
ルトリシアはアリサママに近づいて言った。
「もう私のパパに言って助けてもらってもいいと思うの。二人とも苦しんでるじゃない」
ルトリシアが真剣な表情でアリサママに呼びかけると。アリサママは困った様子で目を伏せた。
ルトリシアのお父さんと言うと、誰のことだろうか。
「ルトリシアのお父さんって誰だ?」
「リカルド・アーンズバックっていうの。この街を守ってる人達の中で一番偉いんだけど」
守っているというと、この街にも警察みたいなものがあるのか。
それなら、ザックを無理矢理止めさせることもできるかもしれない。
「止められそうなのか?」
「うーん……、パパがよくゴルダン家には関わらない方がいいって言うの。だからだめかも……」
ルトリシアは顔を暗くする。
「……でもしっかり話せば分かってくれるはずだわ」
アリサが顔を上げてアリサママを見るが、アリサママは首を横に振った。
「ありがとう。でも大丈夫よ。迷惑を掛けたくないから……。それより」
アリサママは俺とルトリシアを見た。
「クルトくんとルトリシアちゃんにお願いなんだけど、これからこの子と一緒にいてくれないかしら。一緒にいた方が安全だと思うの」
俺とルトリシアは顔を見合わせる。
「もちろんいいわよ! アリサとは仲良くしたいし」
「元々そのつもりだったので、構いません」
俺たちが頷くと、アリサママは笑みを浮かべた。
それからアリサを俺たちのほうに向ける。
「ほら、よろしくお願いしますは?」
アリサママがそう催促すると、アリサは軽く頭を下げた。
「……よろしく」
「よろしくね、アリサ!」
ルトリシアはアリサに飛びつくように抱きついた。
「むぎゅ」
ルトリシアに抱きつかれ、アリサが苦しそうに顔を歪めた。
「私が助けてもいっつもすぐにいなくなっちゃうんだから! もっとお話ししたいと思ってたのに!」
ルトリシアは不満そうにそう言った。
アリサはそれを聞いて気まずそうに顔を背ける。
「目を逸らしたわね! こっちを見なさい!」
ルトリシアがぐいぐい行くから、アリサがタジタジだ。まあなんだかんだ仲良くなれそうでよかった。




