第17話 手がかりゲット
作戦会議の前日である今日。俺たちは忍び込む先であるジョエル宅を視察するために商業区へ来ていた。
買い物客が多く、人混みが凄い地域なので、基本的には子どもがうろちょろしていても目立たない場所ではある。
しかし、ジョエル宅は大通りから横道に一本逸れた場所に建っている。その横道は幅もあって広いし、人気もあまり無いため堂々と見に行くのは確実に目立つ。
どうしたものか……。
「まず、どうやって家の周りを確認するかだが……」
俺たち三人は駄弁っているふりをしながら、ちらっとジョエル宅を見る。
遠目にジョエル宅の前に武装した二人の男がいた。二人は近くで話しているようで時折下品な笑い声が聞こえてくる。
恐らく門番だが、正直まともなやつらじゃなさそうだ。ジョエル、門番がこいつらでええんか?
まあとにかく、二人がまともに周囲に意識を向けていないとしても、真っ直ぐ行けば確実に怪しまれるだろう。子どもとはいえ、流石に俺の顔は知っているかもしれないし。
となると、どうやって近づくか。
俺は二人に案を求めた。するとアリサが口を開く。
「姿を消して近づくのはだめ?」
「まあ、やっぱりそれだよな。でも、万が一、あの二人が強い人でバレると危ないなと思ってな」
「あれがぁ? あり得ないでしょ」
ルトリシアが二人の門番を見て、鼻を鳴らす。ルトリシアはああいうやつらが嫌いなようだ。まあ、仕事をしてないのは確かだしな。
「まあ、そこまで心配しても仕方ないか。いっちょ行ってくる」
「最悪、私が斬るから大丈夫」
「それは本当に大丈夫なのか……?」
アリサの戦意マシマシな台詞に困惑するが、一先ず姿を消すことにする。
近くにあった物陰に隠れて、『透明化くんベータ』を発動する。少しすると、俺の姿は見えなくなった。
「よし、行ってくるわ」
「行ってらっしゃい」
「気をつけなさいよ」
アリサが俺の方を見て言ってくるが、ルトリシアは九十度違う方を見ていた。ちょっとズレてるかな。
二人の元から離れて、ジョエル宅に近づく。幸い地面は石畳なので、足跡は見えない。
家の塀が真横に来た。大きな家なので門まではまだ少しある距離だが、家の周囲が明らかになる。
屋敷は少し高い塀に囲まれていた。その壁の上には柵があって、登りづらくしているようだ。それ以外は特に特徴が無く、壁が壊れているようなところもない。
なるほど。微妙に入りづらい感じだな。魔法を使えば簡単に入れる壁の高さではあるが、それだと姿が見えてしまったり音を立ててしまう可能性がある。
そういう風になるように設計しているのだろう。絶妙な塩梅だな。
あとは……門の様子か。姿を消していれば、スッと入れるような感じなら万々歳だが。
俺が門の様子を見ようと足を動かした、そのときだった。
「ちっ、余計なことをしやがって! おらっ!」
「あ、ぐっ」
一人の若い女性が、家の玄関から出てきた男に蹴り飛ばされて門から出てきた。勢いよく地面に倒れる。二十代ほどだろうか、少し大人びた印象で少し茶色を含んだブロンドの髪が印象的だ。
「これ以上余計なことをするなよ! ジョエル様には伝えておくから覚悟しておけ!」
「そ、それだけは!」
女性が蹴った男性に縋ろうとしたところで門が閉められ、女性は門番二人に押し戻された。
「ほら、邪魔だ! どっか行け!」
そのまま、少し離れまで投げるように押し飛ばされた女性は俺の目の前で倒れてしまう。
「うう……、どうしよう」
すすり泣きながら立ち上がった女性は、とぼとぼと歩いて行く。
なるほど……困っている女性と誰かにそれを報告しようとしている男。そして、彼女は俺の目的の家の中から出てきた……と。
俺は急いでアリサとルトリシアの元に戻り、姿を見せる。
「二人とも、俺に考えがあるんだが」
そういって二人を見ると、アリサとルトリシアは顔を見合わせて肩を竦めた。
「クルトの好きにしたら? 手伝うのは同じだし」
「私も平気」
そう言って俺を見てくる。信頼してくれてるのは助かるな。
女性はこの間にも歩いて行ってしまっている。急がなきゃな。
「じゃあついてきてくれ。アリサは姿を消して。ルトリシアは俺が術を掛ける」
「わかった」「わかったわ」
ルトリシアに『透明化くんベータ』を掛け、三人で女性を急いで追いかける。
女性が道の角を曲がると、そのまま真っ直ぐ歩いて行く。しばらくすると、人気の無い道に入っていった。俺はそのまま少し歩いたところで、彼女の目の前に姿を現わす。
急に現われた俺に驚いたように目を見開く女性に俺は話しかけた。
「こんにちは、お姉さん」
「あ、あなたは……?」
「ロイヴェリク家の長男のクルトです。少し話をしたいのですが」
「ロイヴェリク!? ほ、本当に!?」
女性はずいと身を乗り出した。その後、慌てたように辺りを見渡すと、俺の手を掴んだ。
「すいませんっ! ちょっとついてきてください!」
「おお?」
なすがままに手を引かれ俺も走り出す。女性は誰かに見られていないかを気にしているようで、しきりに辺りを窺いながら、裏道を沿うようにどこかへ向かう。
黙ってついて行くこと五分ほどで、女性は薄暗い路地にある扉の前で立ち止まった。女性が扉をとんとんとノックすると、声が返ってきた。
「誰だ?」
「ジェシカよ! 早く入れて!」
「お、おう!」
扉が開かれると女性は俺の手を掴んだまま、急いで中に入った。
俺も素直について行く。消えたままのアリサとルトリシアもちゃっかり中に入っていた。
家の内装はかなりぼろぼろだった。ほとんどの家具が腐りかけだったり、埃が積もって使われていないように見える。
リビングらしき場所には小さな机があり、三つの椅子がそのテーブルを囲んでいた。そのうちの一つには気怠そうにしている男性がいた。男性は俺の方を見て眉を顰めている。
男性は髭が濃く、荒事に慣れていそうな雰囲気がした。身なりは決して綺麗とは言えない格好だ。
恐らく、外街の中でもしばらく使われていない辺りの物件を勝手に使っているのだろう。隠れ潜んでいるのか、何なのかはわからないが。
「すいません、少し話を聞いてもらえませんか」
俺を連れてきた女性が俺に懇願するように頭を下げた。
それを見た一人の男性が声を上げた。
「おいおい、ジェシカ。このガキは何なんだよ」
「ちょっと、あんたも頭を下げて! こっちの人はロイヴェリク家の長男よ!」
「ちょ、マジかよ」
先ほどから疑った目をしていた男性が慌てて立ち上がった。そして軽く会釈をしたが、その後口を開いた。
「あんたがロイヴェリクの倅っていうのはわかった。だが、こんなところに何の――」
俺はすっと手を出して、男性の言葉を止める。
「その前に、まず座りませんか? こっちも何が何だかわかっていないので」
俺がそう言うと、二人は顔を見合わせた。その後、頷くと男性が口を開く。
「確かに、そいつはすまなかった。ジェシカ、お茶の準備をしてきてくれ」
ジェシカは無言で頷くと、キッチンに向かっていった。
男性が椅子の埃を払ってを俺に差し出したので座ると、残りの二つの椅子に二人が座った。
「それでは改めて。初めまして。僕はクルト・ロイヴェリクです」
「俺の名前はファビオ・カサルテッリだ。よろしく頼む」
「私の名前はジェシカ。そのままジェシカって呼んで……ください」
ジェシカが思い出したように敬語を使った。あまり慣れてないのがよくわかる。
呆れたようにファビオがジェシカを見ると、ジェシカが彼の背中を強く叩いた。凄い音だ。苛立ちの見える良いパンチである。
痛みに苦しむファビオを横目に俺は口を開く。
「二人とも、よろしくお願いします。それで僕には何のようなのでしょうか。ジェシカさんに何も説明されずに連れてこられたのですが」
「ああ……それはすまなかったな」
痛みに背をさするファビオがジェシカを見ると、ジェシカは頷いた。それを見て、ファビオがこちらに向き直る。
「まず、俺についての話をさせてくれ。俺は所謂、ブローカーっていうのをやっている」
「仲介人のことですか?」
「ああ。今は王都から出られねぇから、ほぼ仕事は無いがな。以前はそれなりにやってたんだぜ?」
「へぇ……凄いですね。王都から出られないっていうのは隔離のことですか?」
「あ? お前さんは隔離って呼んでんのか? まあ、そのことだろうよ。王都の外の森から先には行けねぇってのは大人達はみんな知ってる」
「隔離がされたのって、いつ頃の話ですか?」
「あぁ? あーっと、確か十数年前じゃなかったか?」
気になっていたことが二つも解けた。なるほど。隔離は一般常識で、時間もそれなりに経っているようだ。
ファビオは三十代中頃に見えるし、二十代に仕事を始めたとしても、十数年しか経っていない。
つまり、隔離も、外街と内街の対立が始まったのも、どちらも十年~二十年くらいの間の話ってことだ。その間に母さんたちは外から入ってきて、外街を実効的に支配した、ということだろう。
少し街ができあがった流れが見えてきた。
「なるほど。それで、なぜブローカーであるファビオさんがここに?」
「そう、そこからが本題だ」
ファビオは気を取り直すように、小さく咳払いをして顔を上げた。
「俺はとある集団の逃げる手伝いをしているんだ。ジェシカもその一人でな。集団自体は十数人の男女だ」
逃げてるっていうのは、どうも物騒な話だな。
「その人達は何か事件を起こしたのですか?」
「いいや、先に言ってしまえば、こいつらへの追っ手を出してるのは内街のとある貴族でな。そいつがこいつらを雇っていたんだが、その待遇が年々酷くなっていたらしい。それが理由で俺に話が回ってきた」
なるほど。ブローカーとしての仕事がここで登場すると。
雇っていたとは言うが、条件がかなり悪かったのかもしれない。それで雇われていた彼らは逃げざるを得なくなったと。
「契約の内容は?」
「こいつらを外街に逃がすことだ」
「なぜ外街に? あまり良い環境とは言えませんが……」
正直、外街は逃げるのには適しているかもしれないが、それ以外で優れているとは言いがたい。
食料も恐らく内街の方があるんじゃないだろうか。内街で潜伏するという方法もあったと思うが、あえて外に向かったのはなぜなのか。
ファビオは俺の言葉を聞いて深く頷いた。
「そりゃ当然の疑問だな。あえて外街を選んだのは、王都から出られないってのもあるが一番はアナスタシア・ロイヴェリクの話を聞いたからだ。聞くところによれば、実力主義者らしいじゃねぇか。それなら、こいつらと匿ってくれると思ったんだ」
「確かに。母さんはそういう所がありますね」
俺が頷くと、ファビオは笑みを浮かべた。
「ならよかった。まあとにかく、依頼を受けて俺とこいつらは隠れ家を転々としながら、外街に入ったんだ。しかし、最後の最後で裏切られてな」
「裏切られた?」
「確かこっちに内街と繋がってるハゲがいるだろ? 名前なんだっけな……」
「ジョエル・ゴルダンですか?」
「ああ、そいつだ! そいつに内街の貴族から話が行ったらしく、追っ手が明らかに増えてな。外にも出れない状態だ」
「なるほど……」
「できれば、アナスタシア代表に話を通してもらいてぇんだが……」
「いいですよ」
「本当か!? 助かるぜ!」
ファビオは嬉しそうに笑みを浮かべた。しかし、こちらとしてはまだ聞きたいことがある。
「ですが、その前に聞きたいことがあります」
「ああ、なんだ?」
「彼らは一体なぜ追われてるんですか? 元々貴族に囲われてたってことは、何か貴族にとって価値が……彼らにしかできないことがあったんだと思うんですが」
「あー……、それはだな……」
ファビオが少し言いづらそうに口を開こうとしたとき、横からジェシカが口を挟んだ。
「私たちは元々王族お抱えの農業の魔術研究者だったの。待遇も悪くはなかったんだけど、今のセシル王女になってからおかしくなってね」
そう言って顔をジェシカは顔を顰めた。
「食料難で大変なのはわかってる。でも私たちは研究者よ? 魔法で食料をぽんっと出せるわけじゃ無いのよ。それを雇ってくれてる貴族に直接言ったら、賃金は減らされるし、怪しい植物を育てろとか言われるし、あげくには妾になれとか言われて……どうしろって言うのよ」
肩を落としたジェシカ。なんとも可哀想な話だった。
でも話を聞くかぎり外街に流れてきたのは正解かもしれない。なんと言っても外街は(恐らく)これからビックウェーブが来る。こちらでしっかりと恩を売っておくのはありだろう。とはいえ、彼らは一体何ができるのか。
「農業を魔術で研究しているということですが、何ができるんですか?」
「本来は品種改良が仕事の中心よ。でも、王都から出られなくなってからは、作物の成長の促進とか保管のための保護魔法なんかが主な仕事だったらしいわ」
成長の促進と保管か。なんとも便利そうな魔術だ。是非とも仲間にしておいて損はなさそうだ。
それと、王都から出られなくなってからとは言うが、目の前の彼女はどう見ても十代後半。この世界は美男美女が多いのはわかってるが、見た目の年齢も若いのか?
俺がジェシカの顔や身体を不思議だなぁと見ていると、ジェシカは慌てたように咳払いをした。
「い、今のは親から聞いた話よ? 私はまだ十代だし。研究には後から加わったわ」
「そ、そうなんですね」
胸を張って若さを主張するジェシカ。うーん、これには頷くしか無い。
俺が微妙な笑みを浮かべていると、ファビオが「でだな」と言って俺を見た。
「さっきも言ったが、このところジョエルの野郎の追求がキツくてな。実はさっきもジェシカに交渉に行ってもらってたんだが……」
ファビオがジェシカを見ると、彼女は首を振った。
「ってわけで、できればお前さんには早めに話をしてきて欲しい。頼めるか?」
「わかりました。ですがその前に一つ問題が」
「なんだ?」
「今外街の代表はまさにジョエルとなってしまっています」
「なっ」
愕然と口を開けるジェシカさんとファビオさん。それもそうだろう頼み綱が消えたようなものだ。
「ですが、僕の母はこれを良く思っていません。すぐに代表の座は奪還できるでしょう。そのために二人には協力してもらいたいんです」
俺はポケットに入れていた紙を取り出した。メモ書き用に取っておいたものだが、ちょうど良い。これを使おう。
俺が紙を置くと、二人が首を傾げた。
「なんだ? これ」
「これにジョエルの家の間取りを書いてもらっていいですか。家具なんかもわかると助かります」
「え、ええ。わかる範囲でなら書けるけど……」
困惑した様子のジェシカさん。一方で、ファビオさんは聞いてすぐにピンときたようだった。
「お前さん、何か企んでるな?」
「まあ、そうですね」
ファビオさんは呆れたようにため息をついた。
「ほどほどにしろよ。まあこちらとしても損は無さそうだからな。気をつけてガッツリやってくれ」
「ですね」
ファビオさんは「ったく。本当に七歳かよ……」と小さく呟く。年齢がバレているのはなぜですかねぇ。
恐らく、俺のことも事前に知っていたのだろう。まあ、ブローカーとしては情報が命だろうし、そんなものか。
むしろ、ファビオさんには色々と手伝ってもらうのもありかもしれない。仕事ができそうな雰囲気がある。
「それじゃあ、母さんに話してきますね。追っ手の件についても話しておきます。少しは動きやすくなると思うので。また会うときまでに間取りは書いておいてください」
「わかったわ」
頷く二人を背に扉を出ると、遅れてさっきまで空気だったアリサとルトリシアが一緒に出てきた。扉から離れて路地の角を曲がると、二人に声を掛ける。
「もういいぞ。二人とも」
「ふぅー! 息が詰まるわね!」
「間諜みたいだった」
ずっと静かに黙っていたから大変だったのだろう。疲れたように息を吐く二人。
ん? なんか難しい単語が聞こえた気が。
「間諜? どこで知ったんだそんな言葉」
「クルトのお母さんが話してた」
「なるほど~」
一瞬で納得した。一体、母さんは毎日何をしているのだろうか(困惑)。
「二人も聞いてたと思うが、母さんに話をしに行くから戻るぞー」
「わかったわ」
「なかなか面白かった」
アリサはスパイごっこがお気に召したらしく、満足げに頷いている。
後で透明化の使用は厳禁だと言っておこう……。




