第18話 親御さんの許可が取れました
路地裏広場を越えて、噴水広場まで戻ってきた。
そのままグレームの家の扉を開いて中を覗き込むと、母が机に座って書類を眺めていた。
「あら、クルト、二人も。どうしたの?」
母さんが顔を上げて俺たちを見た。さて、勢いでここまで来たがどうやって説明するかね……。
「母さんに話がしたいって人と会ったんだ」
「話? その人は何か言ってたかしら?」
「貴族から逃げてて外街に匿って欲しいんだって。ファビオって人とジェシカって人と会ったよ」
「ファビオ……へぇ、まだ逃げ切っていたのね」
母さんの目が少し細まった。おっと、お仕事モード発動ですかね。
「そのファビオさんはどこにいるの?」
「わかりづらいところにいるから案内しようか?」
「ええ。お願いするわ。二人も彼らを見たのかしら」
「は、はい」「うん」
慌てて頷くルトリシアと、ただ頷いたアリサ。以前からルトリシアは、母さんに少しビビってる節があるんだよな。何でだろ。
二人が頷いたのを見た母さんは、家の裏に向かって「グレーム! 外に出るからついてきて!」と大きな声を掛けた。
「おいおい、何だ急に。今日は何の予定も入ってなかっただろ」
「急に入ったのよ」
母さんは側に掛かっていた小さなバッグを肩に掛けると、俺の手を引いて外に出た。
慌てて追いかけてくるグレームに母さんは「行くわよ」と言って歩き出す。
「ちょっ、何かあったのか?」
「少し前に話に上がってた内街から逃亡中のがいたでしょう。彼らが見つかったようなの」
「あの全然見つからなかったやつらか? まだ捕まってなかったのか」
「ええ。この子に声を掛けたみたいなの」
そう言って俺を見る母さん。俺は頷く。
「二人は商店街からそこまで離れてない地区の空き家にいたよ。残りの人はわからないけど」
「それで十分よ」
俺たちは早足で移動していく。商店街からではなく、逆から目的の空き家を目指すことにする。
次第に周りの家に人気が無くなって、薄汚れた雰囲気が漂ってくる。すると、それほど掛からずに目的の空き家が見えた。
さっき来たときは気づかなかったけど、結構奥まったところにあるんだな。
扉の前まで来ると、母さんが俺に目配せしてきた。俺が声かけをしてってことかね。
俺は扉にノックをして、口を開く。
「クルトです。母さんを連れてきました」
「アナスタシア・ロイヴェリクよ。話を聞かせてもらえないかしら」
少しの間、扉の先から返答はなかった。人の気配はするので、扉に開いているのぞき穴からこちらを確認しているのかもしれない。
「確認が取れた。今開ける」
ぎいと音を立てて開いた扉の前にはファビオがいた。
「先に中に入ってもらっていいか? 人目につくのは避けたいんだ」
「ええ。構わないわ」
俺たち五人が部屋に上がる
「ずいぶん早かったな……ん?」
全員を見渡して、ファビオは首を傾げた。
「あんたはグレームだな」
「ああ」
「それで、あんたがアナスタシア」
「ええ」
「んで、この坊主がクルト」
「はい」
ファビオは俺たちの様子を見て眉を顰めた。
「別にいいんだが……このガキ二人は誰だ?」
「……あっ」
さっきは俺には見えていたから忘れていた。アリサとルトリシアは根源で姿を隠していたんだった……。
「ええっとですねぇ……」
俺が慌てて訳を話そうとすると、母さんが口を開いた。
「この子達は、ちょっと重要な子達なのよ。離れると危ないかもしれないから、連れてきたの」
「危ない……? ああ、そういや代表が替わったんだったか」
ファビオは納得したように頷いた。お偉いさんの子どもを側に置いているのか、とでも思ったのかもしれない。
「だから、この二人のことは放っておいていいわ。それよりも、仕事の話をしましょう」
「ああ。座ってくれ」
ファビオが指した椅子にみんなで座る。机を挟んでファビオが向かい側で、母さんとグレームがこっち側に二人で並んで座っている。俺たち子ども組は三人とも少し後ろに並んで座っていた。
「本題に入る前にだ。ジェシカ!」
ファビオが後ろに振り向いて声を張った。そういえば、ジェシカが見当たらない。
「はいはい! 今行く!」
少し慌てたような声と物音が聞こえた後、調理場の方からジェシカが現われた。湯飲みが人数分載ったお盆を持っている。慣れてない様子だ。ファビオに言われて急いで用意したのかもしれない。
ジェシカが母さんを見ると、頭を下げた。
「遅くなってすみません」
「いえ、大した時間じゃないわ」
湯飲みが全員の前に置かれた後、ジェシカがファビオの隣に座る。
母さんはジェシカがしっかり座ったのを見て口を開いた。
「それで、クルトから少し話は聞いたけれど、しっかり聞かせてもらっていいかしら」
「は、はい」
少し緊張したようにジェシカは話し始めた。
俺が先ほど聞いた話が繰り返された後、母さんが「わかりました」と言った。
「代表の座が戻ったら、外街の一角をあなたたちの為に用意しましょう。それまでは個人的に用意している場所があるから、そこを使ってちょうだい」
「あ、ありがとうございます!」
ジェシカは顔を輝かせると頭を下げた。
「ですが、仕事はしてもらいます。また細かく打ち合わせをすることになると思うけど、農業関連で頼むと思うわ」
「もちろんです! よろしくお願いします!」
「ええ。よろしく」
よかった。話は纏まったみたいだ。ジェシカたちは将来的に外街の一角に移住。そこで仕事を任されるみたい。約束していた件は果たしたし、これで満を持してジョエル宅の間取りをもらえるってわけよ!
そう俺が意気込んでいると、握手を交わす二人をファビオが見ていた。息をついて肩を降ろしている。
「ふぅ。よかったぜ。これで一旦、この仕事も区切りだな」
疲れた様子のファビオを母さんが見る。
「あら。内街に戻るの?」
「いや、少し時間を置く。今戻ると捕まりかねないからな」
「そう」
「……一つ、気になるんだが」
「何かしら?」
「そう簡単に代表の座を取り返せるのか? 流石にあんたとはいえ、どうなるかわからないんじゃないかと思ってな」
「正しい方法で得ていないものは、正しくない方法で取り返せばいいのよ」
「ん……? つまり、どういうことだ?」
「方法はいろいろある、ということよ。それよりも、あなたに仕事があるのだけれど」
「仕事ぉ? あんたが俺にぃ? 何を企んでんだ?」
「あら、失礼ね」
母さんは確実に何かを企んでいるようだ。
母さんとファビオが話しているのを俺がジト目で見ていると、ジェシカがこちらに近づいてきたのに気づいた。
ジェシカが話しかけてくる。
「ありがとね。本当に匿ってもらえるとは思わなかったわ」
「いやいや、ダメならまず話を通しませんよ。それにこっちにもメリットがあるみたいですし」
「ならいいんだけどね。これから頑張らなくちゃ」
ジェシカがそう言って笑みを浮かべた。
それから懐から紙を取り出して、俺に差し出してくる。これはもしや……!
「ほら、約束の。結構覚えてたから、細かく書いておいたわ」
「おお! 早い! それにめっちゃ細かいですね! 助かります!」
俺がうきうきで受け取ると、ジェシカが呟いた。
「あんたもそんな表情するのね……」
「え? 何でですか?」
「いや、最初に会ったときは無表情だったから。ロイヴェリクって怖いなぁと思っちゃった」
「ああ……何か雰囲気が交渉っぽかったんで。雰囲気を出しました」
「ふ、雰囲気……」
ジェシカが顔を引き攣らせる。雰囲気は大事だぞ。逆に雰囲気だけでそれっぽくなることも多々あるからな。俺が心の中で一人頷いていると、ジェシカが悟ったようにため息をついた。
「まあ、七歳でこんな話してるあんたがヤバいだけか」
「聞こえてますよ」
全く失礼だなぁ……。まあ中身は七歳ではないので、当っているのだが。
とにかく、家の間取りを手に入れた。紙にはジョエルの部屋までの経路と家具などが書かれている。
見てない場所については書かれていないが、まあジョエルの部屋までがわかれば問題ないだろう。
これで書類を探す手間が省けたと思いたい。
「じゃあ、頼むわね」
「おう」
母さんとファビオの話も纏まったみたいで母さんとグレームがこちらに向かってくる。いつの間にかグレームも話に参加していたみたいだ。
「じゃあ、帰りましょうか。二人とも、行くわよ!」
「ん。……ルトリシア」
「……っ!? は、はい!」
がっつり寝ていたルトリシアをアリサが揺すると、ルトリシアはビクッとして身体を起こした。
アリサと慌てた様子のルトリシアが俺たちの元に来たので、外に出る。
帰り道に向かって歩き出すと、隣に居た母さんが口を開いた。
「さっき、何をもらってたの?」
「え? えっと、その」
やべ。ここで地図を見せたら確実にジョエルの家に忍び込もうとしているのがバレてしまう。そうしたら、確実に止められるだろう。
俺としてもこの機会は逃したくない。情報集めにも困っている現状、内街の存在についても詳しく知れる良い機会かもしれないからだ。
どうやって、この場を切り抜けるか……。
俺が母さんから目を逸らしながら言い訳を考えていると、「明日の十時」と母さんが言った。
「?」
俺が首を傾げて顔を見上げると、母さんが指を一本立てていた。
「ジョエルが壇上に上がる時間よ。その間、家の中にはほとんど誰も居ないわ」
「そ、そうなんだ。あ、ありがとう」
マジですか!? めちゃくちゃありがたい情報だけど、企んでることが大体バレてることにビビる。
俺が戦慄していると、母さんが肩から提げていたバッグから紙を取り出した。
「あと、取ってくるなら、これとこれも。この辺りもあれば取ってきてちょうだい」
「う、うん」
俺が手渡された紙を開くと、母さんの指が書かれている部分を次々に指していく。
よく見ると、回収予定らしき重要書類の一覧だった。え、元々回収予定だったの? というか、これもう実質、俺が母さんのパシリなのでは?
俺が急展開に困惑していると、ふと疑問が湧く。
「あれ、母さんも根源使えるんでしょ? 母さんが全部やった方が早いんじゃ……」
「あら? ああ……そういえば、前に話した中で言ったわね」
「根源を使えれば、透明にもなれるんじゃないの?」
俺が尋ねると、母さんは首を振った。
「残念だけど、私には無理だわ」
「なんで?」
「私に根源を操作する才能が無いからよ」
「?」
俺が首を傾げると、母さんは人差し指を立てた。
「以前に根源を使いこなすには才能が最も重要って話を聞いたでしょう?」
「シャロンさんが言ってたやつね」
「ええ。私には戦闘に関する根源の才能はあるの。身体強化とか思考加速、アリサちゃんみたいに戦闘中の学習速度の強化とかね。でも、根源を操って何かを作ったり、自分の根源を偽装したり加工したりする才能は無いわ」
「それはまた別の才能なんだ」
「ええ、だからクルトは凄い才能があるのよ? あのアリサちゃんと同じで全適性なんて、正直ビックリだわ」
全適性とかいう聞いたことないワードが飛び出したが、恐らく根源でできることが多いということだろう。
母さんは戦闘に関する内容しか使えないらしいし、そう考えると俺の適性は広いのがわかるな。
「まあ、まだあまり気にすることじゃないわ。まずは書類を取ってこなくちゃね」
そう言って母さんは笑みを浮かべた後、少し表情を沈めた。
「正直言って、あなたに託すにはまだ重い仕事かもしれない。でもこれはあなたの旅路の一ページ目よ。『ロイヴェリク』として、やり遂げてみせて」
母さんの言葉はよくわからない表現だったが、何となく気迫がこもっているのを感じた。とにかく託されたらしい。俺はしっかり頷いておいた。
アリサとルトリシアがこっちを見ていたので、そちらに向かうことにする。
俺が母さんから離れると、後ろで母さんがグレームに話しかけたのが聞こえた。
「全く。忍び込むなんて発想をするなんて。子どもらしいと言えば子どもらしいのかしら」
「なんだ? あいつ、誰かの家に忍び込もうとしてんのか?」
「ええ。あの紙も渡しておいたわ」
「ってことは、ジョエルの家か……。発想としてはあり得るだろうな。どうやって忍び込むかは……まあどうにかするんだろう」
「それは、あの子は才能があるから」
「……まあ、なるほどな」
「でも、危ないわよね……心配だわ」
「まあ、根源が使えるなら大丈夫だろう。それに、子どもってのはそういうもんだ。男なら尚更だな」
「ラルフはそうでも無かったわよ?」
「あいつは……まあ、生まれが生まれだからな」
「……それもそうね」
まだ見ぬ父に関して二人が意味深なことを言っていた。おいおい、気になるだろぉ!
どうやって忍び込むかについてはバレてるというか、察せられている感じがある。
どちらかというと、忍び込むことについて問い詰められないのはなぜですかね……。
普通、子どもが危険な橋を渡ろうとしていたら、叱って止めるはずだ。逆にサポートするとかやばすぎ(泣)。
でも、それが『ロイヴェリク』であるということなのだろうか? 危険でもやり遂げるという気概が必要……?
まあ、許可はもらったのでできるだけやりましょうかね。




