第15話 『根源』
「つまり、『根源』っていうのは、存在及び実体そのものに基づいて働く、魔法とは別種の力ってことですか?」
「うん。端的に言えばそうなるね」
俺は聞いた説明を纏めてみると、シャロンさんは頷いた。
「存在に基づいた働くって言うのは、どういったことができるんですか?」
「うーん、そうだねぇ……。言ってしまえば、擬似的な生命を生み出すことも可能だよ。そこに書いてある使い魔もそうさ」
「へぇ……」
便利ってレベルじゃない。生命を生み出せるのはほぼ反則だろ。
「あとは、理論上は瞬間移動とか、存在を希薄にしたり、いろいろできる。逆に、魔法みたいに物理的な現象……例えば爆発を起こすとか、氷塊を飛ばすとか、そういうのは苦手だね」
つまり、生命や物質、そういった実体を持つ存在に関することなら何でもできるっぽい。なんか凄まじく便利そうな力だな。
「強すぎると思ったかい?」
シャロンさんは笑って、紅茶を飲む。
いや、どう考えてもチート能力でしょ。聞くかぎり後天的にも使えそうな雰囲気だし。
「実は『根源』の利用には致命的な問題があってね」
「何ですか?」
「言ってしまえば、適性が無いと全く使えないんだ。『根源』の操作には、とてつもなく高度で繊細な技量が求められるってのが、学者たちの見解でね。普通は使えないんだよ……一部を除くとね」
「一部……というと、容易く扱える人がいるんですか?」
「うん。例えば……そこのアリサちゃんとか」
「え」
シャロンさんが目線を向けたのは、アリサだった。
アリサはきょとんとした表情で自分を指さした。
「わたし?」
「うん、君だよ。『黒髪』のアリサちゃん」
アリサが少し顔をしかめた。なぜ黒髪を強調したのだろうか。
「わたしが黒髪なのが何か関係あるの?」
「言い方が悪くてすまなかったね。でも、実際黒髪であることが大いに関係するんだ」
「どういう風に?」
「黒髪の一族……通称『魔女の一族』は、生まれながらにして『根源』を扱えるんだ」
なっ……つまり、アリサは生まれながらにしてこんなチート能力が使えるということか……? 何それずるい……!
「何かアリサちゃんに関して、気になることはないかい? 例えば……何かにとても優れているとか」
「ああ……そういえば」
俺は妙にアリサの魔法習得が早かったことを思い出した。
これらは全てそういうことだったのか……。
「やっぱり。それはアリサちゃんが自然と『根源』を扱っているからそうなるんだ」
「はえ~……」
「『根源』は生命に干渉する。つまり、根源を使いこなせるということは、大雑把に言えば物事の習得も早くなるんだ」
生まれながらに『根源』を使いこなし、習得速度が激早の戦闘民族ってことか。やべぇな。
「あと、基本に彼女たちの一族は生まれたときから無意識に身体強化をしている。だから、だいぶ打たれ強いね」
ほえ~、素の状態で身体強化を行ってるってことか。とんでもないな。
なんか強そうで羨ましい。俺にも『根源』使えたりしないかな。
「他に聞きたいことは……。あ、そうだ。シャロンさん、これって何かわかりますか? なんか知らないけど使えるんですよね」
俺はずいぶん前に王女に向かって送った、『光舞』に何かを混ぜた術を見せる。
光の動物たちが現れて踊り出す。
これは俺が使ったことのある術とはまた別の力……のようだ。感覚でわかる。
動物たちの光の舞が俺の周りをひらひらと舞う。それを見て、シャロンさんは目を見開いた。
そして、母さんの方を見た。
「アナスタシア、君って黒髪の一族だったっけ?」
「違うわよ」
苦笑する母さん。シャロンは「ええ~?」と疑惑の眼差しで俺と母さんを見る。俺も母さんも金髪だぞ。
「赤ちゃんの頃から随分と魔力回路が発達してるなぁとは思ってたんだ。だけど、『根源』も使えるってのは……」
「私だって使えるじゃない。遺伝ってことは無いの?」
母さんが尋ねるが、シャロンは首を振る。
「才能自体は、確かに遺伝するかも知れない。でも根源操作の才能まで遺伝するっていうのはあまりにも稀だよ。普通はありえない。クルトの場合は魔力操作も優れているだろう? なおさらさ」
「私の息子だから当たり前じゃ――」
「言いたいことはわかるけどね」
シャロンは苦笑して母さんの息子贔屓を止めた。母さん、俺についての話が長いからね。仕方ないね。
とにかく、この力が『根源』なのか。
俺の魔力操作については、確かに最初から妙に優れていた。
俺の場合は生まれによる才能と言うよりも、『前世』が影響している気がする。
まあそれはいいのだが。
本来は、ちょっとばかし魔法が上手な人が『根源』も使えるというような、簡単な話では無いのだろう。
「まあ、今のところはクルトが根源を使えるということしかわからないからね。『根源』はさっきの使い方以外にも使えるかい?」
「いえ、あれだけです。あの使い方も、何となく使えているという感じですから」
「へぇ……なんとも興味深いね」
シャロンさんは拳を顎の辺りに当てて、少し目を瞑った。
「……まあ、今度もっと詳しい人を連れてくるよ。『根源』の才能遺伝についての研究は別の人がやってるからね」
「わかりました」
まるで『根源』について研究している人が大勢いるかのような言い方だな。
「そういえば、シャロンさんは普段はどこにいるんですか? あまりこの街のほうには来てないようですけど」
「ああ~、それはね~」
シャロンさんは母さんを見る。
「まだ説明はしてないわ。八歳になってすらいないのよ?」
「まあそうだよね。クルトがあまりにも早熟なだけだ」
「何かあるんですか?」
シャロンさんと母さんは互いに頷いて口を開いた。
「せっかくだから説明しておこうか。内街と外街の関係について」
「内街と外街?」
「壁の向こうに城が見えたことがないかい? あっち側の話さ」
ほう。どうやら、あの高い壁の向こう側について説明してくれるらしい。
本とかにも全く情報が無かったし、誰もあっち側について話さないから、何もわからずじまいだったんだが、ようやく教えてくれるらしい。心して聞くことにしよう。
シャロンは机に紙を広げて、胸元のポケットからペンを取り出した。
「クルトも知っているだろうけど、あっち側とこの街は隣り合っているんだ。間に高い壁を挟んでね」
シャロンさんはそう言って、あっち側とこっち側の関係と違いについて話し始めた。
「向こう側は内街と呼ばれている。こっちとは別の街になっていてね。女王が街を治めてるんだ」
「女王……もしかして、あの性格悪そうな銀髪の人ですか?」
「え? 見たことあるのかい? ……まあ、彼女のことだね。セシル・ドラローシュって言うんだ」
シャロンはそう言って、線を引く。
「こっち側、つまり外街と女王の治める内街は対立していてね。少し前には戦争状態だったんだ」
「だから多くの家がボロボロなんですか?」
「いや、戦争の影響と言うよりは、資源と余力の問題さ。こっちには家を全部直せるほどの余裕が無いんだ」
「こっちには、ということは、あっちは余裕があるんですか?」
「まあ、あるだろうね。あっちには貴族が多いから、魔法使いも多いし」
なんと、こちらの街は結構ギリギリらしい。あっちは余裕があるのに。
「基本的に内街は排他的でね。こっちから入ることはできないから、あまり情報は流れてこないんだ」
そう言ってシャロンは肩をすくめる。
「今も裏では火種はくすぶっているし、微妙なところだね」
「戦争が起きたら負けそうですけど」
「ああ……うん。まあ、難しいところだね」
シャロンは腕を組む。
「まあ、こっちは代表者がみんな優秀だからね。あと、アナスタシアがとんでもないから。それで成り立ってると言ってもいいかな」
「えっと、そんなにみんな強いの? あまり代表の人たちが戦ってるのって見たことがないわ」
ルトリシアが尋ねる。確かにあまり見たことが無い。
それにどうやら母さんも強いらしい。戦っているのを見たことがないが本当だろうか。
「ああ……それもそうだね。ええと、リカルドからは剣を習ってるだろう? 彼は強くなかったかい?」
「ああ~。そういえば、リカルドさんはめっちゃ強かったですね」
俺たちが襲われて以降、時折剣術を教えてくれるルトリシアの父リカルド。
彼は確かに強そうだった。
「彼の本領は優れた氷魔法と剣術の組み合わせさ。まあいずれ見ることになるだろうから、楽しみにしてるといいよ」
そう言って、シャロンさんは仕切り直すように机を軽く叩いた。
「まあ、とにかくずっと内街と外街は仲が険悪でね。僕たちがこの街に来たのも丁度一番激しくやり合ってる時だった。劣勢だった外街をアナスタシアとラルフが救い、二人が外街を治めることになったんだ」
お? 母さんと父さんは王都の外から来たのか。
外街を助けて、そのまま代表になったと。
なんか、色々裏に目的がありそうな予感。
「救った……というか、そう見えるようにしたのよ。その方が都合が良いから」
母さんが昼飯を持ってきて、机に置きながら苦笑した。いや、急に怖いこと言うじゃん。
「まあまあ。とにかく、それ以降力をつけた外街と内街の睨めっこが続いてるってわけさ」
「まあ、それもそろそろ終わらせるのだけどね」
「おや、言っていいのかい?」
母さんの言葉にシャロンさんが目を丸くする。
「ええ。準備は整いつつあるし、やっぱりクルトにも心の準備をしておいてもらおうかなって」
そう言いながら、母さんが俺に近づいてくる。
母さんがしゃがんで俺の手を取り、見つめてくる。
「……ロイヴェリクには、長い長い歴史があるの。その中で私たちは重要な責務を負ってきた。だから、クルトにも強くなってもらわなきゃいけない」
なんか急に凄い話になってきたぞ。神を殺す? それはどういう……。
「私たちは一度『神』を殺し損ねた。私たちの一族は一旦身を隠し、長い時間神からの攻撃を逃れた。その間に、神は逃げ、世界は隔離されてしまったの」
「……隔離?」
「そう、この王都一帯は隔離されているの。空間的にね」
空間的に隔離されているだと……?
「ってことは、今世界には外街と内街しか街が無いってこと?」
「さすがクルト、頭がいいわね。そういうことよ。加えるなら、外に広がる土地も限られているわ」
なんてこった。この世界には現状二つの街しか無く、加えて土地も空間的に断絶されていて、限られている。
そ、そんなことあるぅ?
土地が限られているってことは、食料や資源なんかも限界があるってことだ。状況としてはかなり不味い。
多くの情報に顔をしかめた俺を見て、母さんは目を細める。
「そう。状況は日々悪化してるの。だから、私たちは隔離を解除して、元の世界に戻らないといけない……」
「……どうやって?」
元の世界があることも初耳だが、それは一旦置いて俺はそう尋ねた。聞くところには、隔離は神が行ったようだが……。
「全ての元凶は女王セシル。彼女の仕業よ」
「……」
「隔離が起きた頃、何故か神が力を大きく失ったの。隠れていた私たちはそれを察知して、攻撃を仕掛けようとした。でも、先に神が女王セシルに恩恵を授けることで、空間ごと隔離されてしまった」
理由はわからないが、神が大きく力を失ったタイミングで攻めようとしたら、先に隠れられちゃったということか。神が大ダメージを受ける何かが起きたのだろうか
。
女王セシルが神から力を授かって隔離を行ったから、今の状態になっていると。
「隔離を解除するには、神から恩恵を受けたセシル……女王を殺すしかない」
一応女王を殺せば、隔離は解けるらしい。そこまで聞いて疑問が浮かぶ。
「母さんなら女王を殺せるんじゃないの? 前もめっちゃ強かったし」
「……いえ、私じゃ足りないの。だからあなたには期待してるのよ。私よりもよっぽど優秀なようだから」
次いで、母さんの後ろにいたシャロンが口を開いた。
「神を殺すには、最上位まで極めた『根源』を扱える必要がある、というのが今の通説でね。アナスタシアでは足りないんだ」
シャロンがそう言うのを聞いて、母さんは力なく笑った。
「しんみりしちゃったわね。今話したことは、まだ気にしなくていいわ。さ、ご飯にしましょう」
「おなかすいた」
「うおっ」
気づいたときにはアリサが背後にいた。そしてスタスタと歩き、椅子に座る。昼飯への反応早すぎるだろ。
大きなダイニングテーブルにみんなで座り、母さんの「どうぞ」の声で食べ始めた。
食べながら、俺は今後の動きについて考える。
『俺』はどうやら、とんでもない因果を持ってこの世界に来てしまったらしい。状況が重すぎる。どうしてこうなった。
俺がやらなきゃいけないことは、主に三つだ。
一つ目は、日本に帰ること。
二つ目は、恐らくあの銀髪の女であろう女王セシルを倒し、隣にいた女の子を救うこと。
三つ目は、邪神を殺すことだ。
神――邪神をそのままにしておくと、この世界がどうなるかわからない。殺すのが一番だ。絶対に、絶対に殺す。
俺はせき立てられるようにそう感じた。何故だかはわからないが――。
邪神を殺すための力の一端はすでに手に入れているようだった。
そう、『根源』だ。あとはどうやってその力を強くするか、そして女王を倒し、邪神を殺し、元の世界に戻るかだ。
邪神を殺して元の世界に戻れるかはわからないが、何故か確信がある。殺せば帰れる。
これは予感だ。極悪人を集めた刑務所でデスゲームに巻き込まれた殺人鬼みたいな感覚と言ってもいい。全員殺せばシャバに出られるぞ、みたいな。
神の元まで行くには、女王セシルを殺して隔離を解除する必要があるはずだ。しかし、それは王女……あの娘の親を殺すことになる。そうなったとき、どうするべきなのか……。
いや、まだセシルの元に行く算段すら立っていないのだから、まずは力をつけることからか。そして内街に入り、女王セシルに接近する。
とにかく、強力な魔法を使って戦えるようにならなきゃいけない。それと根源を扱えるようになるべきだ。
俺は昼飯を食べながら、魔法の強化と根源の習得を目指すことを決めた。




