第12話 密談
街の噴水広場からは離れた場所に商人が集まる地域があった。
露天商や店舗も多く、人混みが絶えないその道沿いには大きな家が並んでいる。
主に商人が暮らす家が集まるその道の先には、一際目立つように装飾を施された家があった。
家主を体現しているかのような奇抜な装飾は、初めてこの家を見た通行人の目を丸くしている。
その家の奥にある一室。過度な金の装飾が施された壺や宝飾類が飾られたその部屋で、ジョエルはクッションの敷き詰められた大きな椅子にふんぞり返っていた。
ジョエルの前には漆喰の机があり、その先では三十代ほどの身なりを整えた男が媚びたような表情を見せながらジョエルに頭を下げていた。
「いやはや、流石はジョエル殿です。あれから半年でここまで進むとは。私としても投資した価値がありました」
「あのときは助かったぞ、リケル。貴様にはさらに優先的に販路を使わせるよういってある。上手く使うんだな」
「おお! ありがたい!」
リケルと呼ばれた三十代頃の商人の男が大仰に頭を下げるのを見て、ジョエルは満足そうに頷いた。
「あのアナスタシアが素直に代表を降りたのがやけに気になっていたが、降ろしてしまえば大したことがなかったな」
「ええ、おかげで我々は今までと違い自由に動けております」
「確か、自警団も活動を抑えているのだろう?」
「はい。見回りなどは今まで通りですが、我々商人への監視などは減っております」
「はっ、青二才のリカルドもようやく立場をわきまえたようだな。言うことを聞かないから、少し脅してやったら、こうだ」
ジョエルは戯けたように笑う。
同じく笑みを浮かべていたリケルは、ふと部屋の窓から見える外の景色を見て、口を開いた。
「この辺りもしばらく人が寄りつきませんでしたが、ようやく人が戻ってきましたね」
リケルがそう言うと、ジョエルは上機嫌そうに手元にあったワイングラスを手に取った。
「ああ、アナスタシアの意地汚い策略のせいで我ら商会一同酷い目に遭った。だが、それももう終わりだ。後は自警団と治療院を掌握すれば問題は解決したも同然だな」
「それは素晴らしい。して、その二つの状況はいかほどで?」
「ああ……それなのだがな」
ジョエルは苦々しい表情を浮かべた。
「リカルドはまず言うことを聞かん。あいつはアナスタシアの犬だからな。わかってはいたが、ここまで聞き分けが悪いとは……」
「ふむ。ダフネ殿は?」
「婆は我らに好意的では無いが……まあ拒否もせんだろう。怪我人がいれば、とにかく見てくれる人だからな」
ジョエルは肩をすくめた。
「まあ、どちらにせよ少し時間が掛かる。リケルには追加の支援も頼むかもしれん」
「かしこまりました。……そういえば、アナスタシアが貯めていた食料の方はどうなっておりますか?」
「ああ、あれか。あれは祭をやるよう民共に通達したのでな。がっつり使ってやる予定だ」
ジョエルはがははと笑った。リケルは一瞬頬をヒクつかせたが、すぐに表情を戻した。
「私どもとしてはあれを商品として扱いたいのです。あまり過度に配るのは止めていただけると助かりますね」
「わかっとるわかっとる。だが、民の鬱憤を晴らすのも頂点に立つ男の勤めよ」
ジョエルはしたり顔で言った。
「確かに。ジョエル殿の考えは代表者として立派なものです」
リケルが表情を変えずにそう言うと、ジョエルは笑った。
「わかってるじゃないか。私こそが代表にふさわしいのだ。それなのに――」
酔いが回ってきたジョエルは饒舌になっていた。リケルはそこで初めて鬱陶しそうに顔を顰めると、ポケットに手を入れ、忍ばせていた魔道具のスイッチを入れた。
すると急に部屋に匂いが立ちこめ、ジョエルの目の焦点がブレた。リケルはそのまま話し続けるジョエルを無視して部屋から出た。
家の中を歩くリケルは独りごちる。
「全く、何故あんなバカの面倒を見なければいけないのか」
リケルはため息をついた。
「あのお方に近づけたのは良いものの、課された仕事がこれとは……。まあ見返りは大きい。組織も納得するはずだ。何も問題は無い」
自分に言い聞かせるように言うリケルは、ふと違和感を感じた。
誰かに見られているような感覚。魔法をある程度習得している彼だから感じられた違和感だった。
リケルが辺りを見渡すと、廊下の先に小動物が顔を出していた。ネズミのような見た目の動物だった。
「なんだ、動物か……。忍び込んだ? いや、この家のものか? どちらにしろ、我が物顔で汚い動物が歩いているというのも、この家の程度が知れるな」
リケルがそのまま歩いて行き角を曲がると、玄関が見えた。そこへ向かっていると、勢いよく玄関の扉が開いた。
「くそっ、クルトのやつ。バカにしやがってっ!」
ジョエルの息子であるザックが廊下を走って向かってくる。
「やあ、ザック。どうしたんだい?」
「リケルおじさん。あいつです、クルトですよ! あいつ、以前も俺の家を馬鹿にしたと思ったら、今度も馬鹿にしてきやがったっ!」
「ああ……そういうことか」
ロイヴェルクの息子がザックに魔法で攻撃したというのは一時話題になったが、一瞬で消えた。なぜなら、ザックがアリサに暴力を振るっていたというのが知れ渡ったからだ。
ゴルダン家は黒髪の一族は魔女であり悪であると主張しているが、その話を街の人間は信じていない。
魔女だから攻撃して良い。魔女だから悪だ。それはこの街では成り立たないのだ。
だから、虐めをしていたザックは逆に悪者にされた。それは当たり前のことだったが、ゴルダン家の男どもは未だ納得がいっていないらしい。
(……内街でも一部の旧体制派しかそのことに拘ってはいない、とあのお方が言っていたことがあったが……つまり一部ではまだ信じられているということ。そしてそれを何故か知っているゴルダン家……何か関係があるのか?)
リケルは思考しそうになったのに気づき、頭を振った。
(……考える意味も無いことだ。早く戻って仕事の続きをせねば)
「程々にしなよ」
「わかってますよ!」
ザックはどしどしと廊下の奥に向かっていく。恐らく、ジョエルに直談判するのだろう。本当にバカな親子だ。身の程を知らないから、身の丈に合ったことができない。
(ま、だから私がすべてを手に入れるというわけだ)
リケルはニヤッと笑って、玄関から出て行った。
それを動物が家具の影から覗いていた。動物は「ちゅー」と一鳴きすると、フッと消えるように姿を消した。




