第11話 選挙
謎の男たちに襲われてからしばらく経ち、俺たちは七歳になっていた。
最近は暑い日が続いていた。そのため、ルトリシア、アリサ、俺の三人は屋内で過ごしていた。
リビングの机に本を広げて座り、魔法の勉強を三人でこつこつと進めていたそんなときだった。
「なんか聞こえない?」
ルトリシアがふと顔を上げるとそう言った。
「ん。なんか聞こえる」
「え? 俺には聞こえないんだけど」
アリサもルトリシアと同じことを言うが、俺には聞こえていない。二人とも耳良いな。いや、俺が本に集中しすぎだっただけか。
とにかく口を閉じて耳を澄ませてみると、確かにガヤガヤと遠くで人が騒いでいるのが聞こえてきた。
「確かに聞こえるな。今日祭だっけ?」
「そんなわけないじゃない。パパが今日は朝から大森林の方に行くって言ってたし」
「ふーん、じゃあなんだろうな」
方角的には噴水広場の方だろうか。もし広場に集まっているのだとしたら、母さんたちが何かしている?
しかし、どうも聞こえてくる声の中に怒鳴るような声も聞こえる。何かあったのだろうか。
「……ちょっと見に行ってくる」
俺がそう言って立ち上がると、アリサも立ち上がった。
「私も行く」
「なら私も行こうかしら」
「んじゃ、みんなで行くか」
俺たちは三人で家を出た。なんか妙な胸騒ぎがする。面倒なことにならなければ良いが。
*
俺たちが歩いた先で見えてきた広場には、大勢の人々がいた。
人々の集まる前には、母さんとグレームが立っていて、その前でリカルドが民衆を取りなしている。
森の方に行ったんじゃなかったのだろうか?
自警団も少し離れたところから人々を見張っていた。
民衆の一番前には、対峙するように一人の男が立っていた。見慣れない顔だが、母さんに向けて何かを強く主張しているようだ。
俺たちは急いで近くによると、話している内容が聞こえてきた。
「代表! あなたには失望した! 食料制限をしていたと思ったら、そのほとんどを無断で保管していたとは……。どういった意図で行ったのか説明をしていただきたい!」
「これは立派な横領であり、権限の悪用では?」
「そうだ! そうだ!」
「なぜ食料を過剰に貯めていたのか説明を! こっちは今日の食事にすら困ってるんだぞ!」
集まった民衆の中でも若そうな一部がガヤガヤと文句を言っていた。
食料制限? 倉庫に貯めている? どういうことだ?
俺は集まった民衆を見て情報を探ろうとするが、様子がおかしい。全員が文句を言っているわけではなく、この話が初耳の人もいるようだ。
「アナスタシアがそんなことするかしら……」
「代表だぞ? 俺たちを救ってくれたんだ。何か意味が……」
聞こえてきた声には困惑が混じっていた。話していたのは年配の人たちで、戸惑っている様子だ。
何が何だかわからないな。
俺が必死に状況を探っていると、後ろからザッと足音が聞こえてきた。
「やっと気づいたようだな。そこの女の正体に」
芝居がかった口調で歩いてきた、以前より少しハゲたように見える男。あいつは――
「ジョエルさん! 来てくださったんですね!」
民衆の前にいた男が名前を呼んだ。そうだ。ジョエルだ。以前母さんの前で喚いていた怪しい男。そいつがなぜ今ここに?
俺が様子を見ていると呼ばれたジョエルは声に合わせて、前に出た。そしてずっと黙っている母さんに背を向けると、仰々しく手を広げて民衆に向けて話し始めた。
「彼から話を聞いただろう。現代表アナスタシア・ロイヴェルクはあろうことか我々民衆の手に渡るはずだった食料を独占し、隠していた。それについては証拠も得ている。そうだな?」
「ええ、彼女は間違いなく隠していました」
母さんに主張していた男の一人が頷いた。
何を言っている? そんなことがあり得るのか? よりによって、あの母さんが?
だから今まで食料が少なかったのか?
俺の驚きと合わせたように、場からどよめきが漏れた。
代表者の権力の乱用に、食料の確保と隠蔽。本当なら、どれもあってはならないことだ。
「どうだろうか、皆。彼女は為政者としてやってはならないことをした……。それでもまだ彼女を庇うだろうか。我々に許可も得ず、食料を勝手に得ていた。そのせいで、我々の手に届く食料は減っていたのだぞ?」
語りかけるジョエルの言葉に至る所から「許せない!」と声が上がった。ジョエルは次々と上がる同意の声に背中を押されたように語気を強める。
「そうだ! 許せないはずだ! 私たちの信用を受けて上に立った者が我々を裏切るなど、あってはならない!」
ジョエルはそう言って拳を振り上げた。
そして、熱気が冷めないまま言葉を続けた。
「それに二年前、我が息子ザックがアナスタシアの息子クルトに酷い怪我を負わされて以降、彼女の暴力性は増している! その証拠として三人の被害者に来てもらった!」
ジョエルがそう言うと前列にいた男女が三人前に立った。そして、苦しそうな表情をして口を開く。
「私はアナスタシアが命令した自警団の男性に暴力を振るわれました……私は無実だと言ったのに――」
「俺は本人にやられたぞ! こっちは普通に仕事をしてただけだってのにっ、いきなりだっ。もはや人間性を疑うほどの行いだ! 許せないっ」
自らを被害者だという男女がわーわーと喚き始めると、群衆もざわざわとし始めた。
まずい、ここまでされると話をひっくり返すのが大変だ。被害者とその被害は、先に言ってしまったものがちなところもある。
本当は存在しないことだとしても、そう印象づけるのにはぴったりだ。
なるほど。これは確かにザックの父親だな。嘘もたっぷり混じってる。性格の悪い方法だ。
ジョエルは民衆の反応を確認するようにじろりと見渡すと、口を開いた。
「――そこでだ! この場でアナスタシアが本当に代表として相応しいのか、投票を行いたいと思う!」
ジョエルの言葉を聞いて、一層場が混乱するようにざわざわと音が立つ。
投票? 選挙でもするのか?こんな場で?
俺は何がなんだかわからず、周りを見るが自警団の人達も全員黙ったままだった。
俺は正面にいる母さんたちを見る。母さんは未だに黙っていて何を考えているかわからない。
グレームはむすっとした顔で腕を組んでいるが、行動を起こす様子はない。
おいおい、何を考えてるんだよ。
ジョエルはざわめく民衆に対して手を叩く。
「静粛に、静粛に! 少し時間を取りたいと思う。君たちが知りたいことは私が答えよう。前に来てくれたまえ」
ジョエルはそう言うと、前で強く主張していた数人の男女と固まり話し始めた。
そこに若い男性が来て、「話を聞かせてもらってもいいですか?」と言うと「もちろんだとも!」とジョエルは快諾する。
以前見た母さんに突っかかっていた際の表情なんて消えてしまったかのような笑みだ。うさんくさすぎる。
男性が話を聞き始めると、それに釣られて若者がジョエルの元に集まっていく。
どうやら少し時間ができたようなので、俺は前方でグレームと話している母さんの元へ向かった。
「ちょっと母さん。何があったの?」
「あら、クルト。いたのね」
母さんが話を止めてこっちを向いた。
「広場が騒がしいと思って来たら、こんなことになってたからびっくりだよ」
「ああ……。まあ、彼らも急に来たのよ。私もここまでになるとは思ってなかったわ」
母さんは肩をすくめた。
「じゃあ、なんで止めないの?」
俺は一番気になっていることを尋ねる。
みんなもいるし、ジョエルなんて一瞬で制圧できるはずだ。ここまで話が広がるまでどうして放っておいたのか。
「彼らの言ってることの一部が事実だからよ」
「えっ……食料は?」
「隠していたことは事実ね」
本当に食料を隠していたのか。かといって、母さんが食料を独り占めしているわけではないことは、一緒に住んでいる俺が知っている。
母さんは昔から十分な量の食事を取っていなかった。そうなると、どう考えても理由があって食料を保管していたはず。何か考えがあるはずだ。
そこまで思い至った俺は顔を上げて聞こうとしたが、母さんが唇の前で人差し指を立てていた。俺はつい口を閉じる。
「それに臨時の選挙自体は元々制度として存在するのよ。邪魔しようがないわ」
「……」
あれ、本当に不味いのでは?
俺がグレームに視線を向けると、目が合った。
グレームは母さんの方をちらっと見る。
すぐに視線を俺に戻したグレームが口を開いた瞬間、母さんが割り込むように声を出した。
「グレーム」
母さんが強く制するようにグレームの名前を呼んだ。
「……はいはい、わかってるよ」
グレームは肩を竦めて俺に「すまねぇな」と口パクをした。
おいおい……黙らされちゃったよ……。
俺は母さんにうるうるお目々を向けて説明を願うが、こっちを見ようともしない。
俺が意地になってじーっと見ていると、母さんはため息をついてこちらを向いた。
「意図を読みなさい、クルト。私が何を狙っているのか」
母さんが何を狙っているかだと?
ジョエルが流れを作っているこの状況で?
こりゃあ、完全に教える気はなさそうだ。
諦めてジョエルたちを見ると、何やら若い人を中心にジョエルを囲んで盛り上がっていた。
訴えかけるようなジョエルの口ぶりに、若者たちも熱くなってしまっている。
おいおい、大丈夫なのかこれ。
母さんを見ても何もする様子はない。母さんの前に立つリカルドも済ました顔で動こうとしない。
そのまま少し経つと、話し終わったのかジョエルが民衆の前に立った。
おわ、なんか始まっちゃうよ。
ジョエルは大きく仰々しく手を広げる。
「それでは、投票を行いたいと思う! まず、私が私とこの女の名前をそれぞれ言っていく。ふさわしいと思う方で手を上げてくれたまえ」
ジョエルは小さく咳払いをしてから、口を開く。
「では、アナスタシア・ロイヴェルク!」
母さんの名前が呼ばれた。少しずつ手が上がるが、数はかなり少ない。年齢のいった人たちが手を上げてくれているが、若い人達はほぼ全滅だ。
というか、よく見たら全体的に若い人が多い。
「次はこの私! ジョエル・ゴルダン!」
ジョエルが自らの名前を述べると、前列にいた若者が真っ先に手を上げ、それに釣られるように他の若者たちも手を上げていく。数えなくてもジョエルの方が多いのがわかった。
これは負けか……。今後どうなるのか想像がつかないな。
母さんを見ると、感情の読めない顔で前を見ている。いや、それどういう表情?
困惑していると、ジョエルがニヤニヤしながらこちらに向かってきた。
「残念だったな。アナスタシア・ロイヴェルク。貴様は今日から代表を降りてもらう。これは確定事項だ。逃れられんぞぉ?」
嫌みったらしく言うジョエルに母さんは一つため息をついた。
「はぁ……好きにしなさい。行くわよ、クルト」
母さんはわざとらしくジョエルに目線を向けると、肩を竦めた。そして俺の手を取って歩き出す。
「き、貴様、悔しくないのか? 代表の座を私に奪われたのだぞ!?」
「代表の座程度で満足するなら勝手にしなさい。私にはどうでもいいもの」
「こ、このっ、馬鹿にしているのかっ!? 代表を下ろされた不正女が、この私を侮辱するとはっ!!」
後ろでめちゃくちゃ怒っているジョエルが何かわめき散らしているが、母さんは全く耳を貸さず歩いていく。
「……大丈夫なの? これ」
「大丈夫よ。ひとまず帰りましょう」
本当か? 代表から母さんが下ろされたことだけじゃない。あのジョエルが代表になるというのは、かなり心配だ。どうなってしまうことやら……。
俺は小さくため息をついた。




