第36話 最悪の相棒
薄暗い石造りの回廊を抜けると、そこは円形の大空間だった。
中心には一つの台座。
時間の流れすら止まってしまったような、静寂。
その上に――赤銅色の盾が静かに鎮座していた。
中央には深い裂け目が走り、そこから橙の光が脈打つように漏れている。
古代文字の刻印が赤く滲み、空気がわずかに歪んだ。
金属とは思えぬ熱を帯び、まるで生きているようだ。
……あー、退屈。
どれくらい経った?
少し前? いや、昔……大昔? えぇい!
もう、すんごい昔からここに置かれてる!
俺様は偉大なるインテリジェンスウェポン!
竜王様じきじきに造られた、栄光の盾様だ!
この階層を守り、導くのが使命。
……誰も来たことないけどな。
カツ、カツ、カツ。
ん?
か、かすかに――足音?
!!!
な、なんだ!?
え、え、え!? ほんとに来た!?
人間!? まじで!?
俺様の伝説が! ついに始まる!!
ヒーロー登場の音だコレ!
おお、あれがそうか! 人間!
俺様を手に取れ、勇者よ! そうすれば貴様は――
「……あれは……」
(おぉ! 来た来た来た! そうだこっちだ!)
「くそー……また盾かよ。
もう盾はいらねぇよ。服が欲しいのに……」
(……え?)
(ちょっ……え? えぇぇ!? 俺様をスルー!?)
「いらねーか。」
(おいおいおいおい!!)
「待ちやがれぇ!!」
金属音が鳴り響いた。
その人間はピクリと止まる。
「俺様を“いらねぇ”とはどういう了見だこのクソがぁぁぁ!」
人間はただならぬ気配は出しながら身構えた。
(ま、まずい……これ、バレたらやられるやつ!?)
「なんだ? 今の声。」
(ヒィッ!)
人間は周囲を見回す。
視線が徐々に――こっちに向く。
(やばいやばいやばいやばい!)
「……【竜王眼】」
「ん? 魔力の反応は……こいつだけか。」
人間がしゃがみ、顔が目の前に。
(さ、さすがにバレはしない……俺はただの盾ですよ〜)
「まぁこいつがミミックでも、ぶっ飛ばせばわかるか。」
(なっ!? ちょっ、まっ――!)
人間の拳に力が収束していく。
雷のような光が拳を包み、空気が震えた。
「ストップストップストッープ!!」
拳は寸前で止まる。
「……やっぱりお前か。」
(ふ、ふぅ〜……あっぶねぇぇぇ!)
「で、何だお前。」
(あ、そうだ! 落ち着け俺様!)
(今こそ名乗る時――!)
「オホン。私は偉大なる――」
「インテリジェンスウェポンってやつだろ?」
「そう! その通り! ……え? なんで知ってんの?」
「アニメもマンガも見るしな。
この世界見りゃ誰でも察するわ。」
「まぁそうか。ってなるかー!」
「で? 用件は?」
「あ、オホン。この先は強敵が待っている。
私が必要不可欠だ! アイアンガーディアンは第2形態があり――」
「あーあいつか。倒した。」
「……え?」
「倒した。」
「は、ははっ……そんな冗談を――」
悠翔はマジックバックを開き、中から赤い線が光る盾を取り出す。
「……ほれ。」
「…………ええええええええぇぇぇぇ!!!」
声が石造りの空間に木霊した。
「うるさいなー……もう行っていいか?」
悠翔がうんざりしたように言うと、
盾はハッとしたように声を上げた。
「ま、待て待て! 俺様を連れて行け!」
「え〜やだよ。もう盾はいらないんだって。」
「俺様はなかなかすごいぞ? なんたって炎竜王様に作られた盾なんだ!」
悠翔は半眼で盾を見下ろす。
「んー……あんまり強そうに見えねぇんだよなー。」
「なんだとこの野郎! 俺様はめちゃくちゃ強ぇんだぞ!」
「何ができんの?」
「まず、炎にめちゃくちゃ強い!」
「ほーほー、それで?」
「硬い!」
悠翔は一拍の沈黙を置く。
盾は誇らしげに赤銅の面を光らせた。
「……面白い! 偉い! どうだ? 凄いだろ?」
悠翔は無言で背を向ける。
「……じゃあな。」
「え、おい! ま、待ってって! 待ってくれー! 頼むよー! 退屈なんだよー!」
足を止めた悠翔は、額に手を当ててため息をつく。
「……はぁ。まぁ、これも何かの縁か。」
彼は引き返し、台座の盾を無造作に持ち上げた。
「よぉし! それでこそ俺の見込んだ男! 俺様を左腕につけ――」
ふと、声が途切れる。
「……あれ? この真っ暗な空間は?」
悠翔は口角を上げた。
「これで静かになったな。」
そう言って、マジックバックの紐をきゅっと結んだ。
盾がひとつ、真っ暗な空間を漂っていた。
周囲には何もない。ただ冷たく、静かな闇だけが広がっている。
「ったく、あの人間め……! この俺様を、こんなところに閉じ込めやがって!
外に出たらタダじゃおかねぇからな!」
カン、と金属がぶつかる乾いた音。
「な、なんだ!? な、なにか当たったぞ!」
盾はぐるりと身を翻すように視界を動かす。
「お、俺様は最強なんだぞ! だ、誰にも負けねぇ! ……からな!」
そう強がっていたその時――。
視界の端に、何かがちらりと映った。
それは黒く、禍々しい形をしていた。
「こ、これは……? なんてもん持ってやがるんだ、あの人間……!」
盾がごくりと音を立てた。
一方その頃
「やっと静かになったな。」
悠翔は肩を回しながら、盾があった部屋を後にした。
階段を上るごとに、空気が少しずつ冷たくなる。
足音が石壁に反響し、吐いた息がわずかに白く曇った。
そして最後の段を踏みしめた瞬間――視界が、真っ白に染まった。
「……うそだろ、雪山?」
吹きつける風が頬を叩きつける。
細かな氷片が肌を裂くように突き刺さり、息を吸い込むだけで肺が軋んだ。
地面は雪と氷が入り混じり、足を踏みしめるたびギュッ、ギュッと嫌な音を立てる。
悠翔は思わず腕を抱き、肩をすくめる。
「……さ、さびぃ。早く降りないと凍えて死ぬ。」
指先の感覚がじわじわと鈍くなっていく。
頬が痛い。風が皮膚を剥ぐように吹きつける。
髪は凍りつき、唇がかすかに震えた。
悠翔は歯を噛み、魔力と竜気を同時に身体へ流し込む。
足元から熱が這い上がり、筋肉が一瞬で活性化する。
皮膚の下を熱が駆け巡り、体温がわずかに戻った。
「ふぅ……まだマシか。」
息を吐くと白煙が一瞬で風に散った。
「服を見つけねぇと本気でヤバいな……あ、そうだ。」
悠翔はマジックバックに手を突っ込み、静かな方の盾を取り出した。
「これこれ。」
魔力を流すと、盾がガシュンと重い音を響かせ、赤銅の光を放ちながら拡張する。
その光が雪面を照らし、周囲にぼんやりと暖色の輪を作った。
悠翔は口角を上げ、斜面を見やる。
「……よし、試してみるか。」
走り出し、斜面の端で跳躍。
空中で盾を足元に滑り込ませ、ボードのように構える――が、
ズボッ!
縁が雪面に突き刺さり、そのまま前方へ派手にダイブ。
雪煙が爆ぜ、冷気が肌を切る。
「ぐほっ!!」
冷えた雪が襟元に流れ込み、背中まで冷たさが突き抜けた。
顔を上げると、頬に張りついた雪がじんわり溶けて水滴となり、あごを伝って落ちた。
「……つめてぇ〜……くそっ。」
肩を震わせながら、悠翔は静かな盾を睨んだ。
「やっぱ、あのうるさいやつじゃなきゃダメか。」
ため息をつき、静かな方をマジックバックに戻す。
そして――もう一枚。
悠翔はマジックバックの紐を解き、中から例のうるさい盾を取り出した。
「やっと出したなこの野郎! 俺様をあんな危ねぇ所に放り込みやがって、ただじゃ――」
風が鳴った。
その瞬間、盾の声が震えた。
「さ、さむっ……す、すぎて……しゃ、しゃべれな……っ」
かすれた音が金属の奥で途切れ、盾の表面が白く曇る。
「……は?」
悠翔は眉をひそめる。
「お、おい……おねがい……魔力を、流してくれぇ……」
その声はもはや助けを乞う悲鳴に近かった。
悠翔は小さくため息をつき、掌を盾に当てる。
魔力を流すと、盾の紋様が淡く赤く輝き、熱の膜がじわりと手のひらを包む。
「さ、さむくなーい!!!」
突然の絶叫に悠翔が肩をすくめる。
だが盾は続けた。
「よ、よぉし! やればできるじゃねぇか! それでこそ俺様がみ……こ……んだ……さ、さむ〜いっ!!!」
「……」
悠翔は魔力の流れを止めた。
「さ、さむ〜い! さ、さむくな〜い! ……えぇい! 俺様で遊ぶなぁっ!!!」
盾が叫ぶ。悠翔は腹を抱えて笑い出した。
「お前……おもしれぇな」
雪煙を吹き上げる吹雪の中、二人の声が異様に響いた。
やがて悠翔は息を整え、鋭く視線を上げた。
「……五? いや、六か。」
竜王眼を発動し、視界の色調が変わる。空気が歪み、淡く青白い魔力の残滓が雪の層の下に浮かび上がった。
空気が、重い。
皮膚に刺さる冷気が、さっきまでよりさらに鋭い。
「六だな。」
イグリスの声が低く響いた。
「この魔力は――氷拳猿だ。」
「なんだそれ。お前、モンスターに詳しいのか?」
「モンスター? ああ、“魔物”のことか。俺様を誰だと思ってやがる。このダンジョンのことなら、俺様以上に詳しいやつはいねぇ!」
イグリスが誇らしげに鼻を鳴らす。
悠翔は苦笑しながら左腕に盾を構えた。
「ならサポート頼むぜ。」
目を細める。
「……来るぞ。」
次の瞬間――地面が、鳴った。
**ズズッ……ドガッ!**
雪面が爆ぜ、白い閃光が舞い上がる。
吹き散る雪煙の奥から、**それ**は姿を現した。
全身を覆うのは、**白銀の毛と氷殻の混合装甲**。
陽光のない雪原の中でなお、鈍く青く光を返す。
肩から腕にかけて、氷晶質の筋繊維が隆起しており、
動くたびに**ピキッ、ピキキッ**と氷が軋む音を立てた。
その体躯、三メートル超。
雪を踏みしめるたび、大地がわずかに震える。
頭頂部には青白い“氷冠”が形成され、王冠のように鋭く伸びている。
瞳は淡く青に光り、息を吐くたびに白霧が舞う。
咆哮は低く、しかし骨に響く。低周波が空気を震わせ、鼓膜の奥に“痛み”を残す。
悠翔はその姿を見据え、わずかに口角を上げた。
「なるほど……氷ゴリラ、ね。」
「左右から来るぞ〜。」
イグリスが気の抜けた声を出す。
(こいつはまた、面倒な奴らと出会ったな……)
悠翔は息を吐く。冷気が肺を刺し、視界が白く曇った。
「――あぁ、わかってる。」
その言葉と同時に、雪原の両端が爆ぜた。
氷の裂け目から、同じ白銀の影が二体――滑るように、悠翔を包囲していた。




