第35話 雷刃一閃
ぼやくように笑い、破れた服を指で摘んで見せる。
皮膚の下で雷光が流れ、
瞳の奥に青い閃光が宿る。
巨人が盾を再度構えた。
盾の縁に光が走り、灼熱の球が形成される。
ドンッ!
赤光が放たれ、灼熱の弾が悠翔を襲う。
だが――
悠翔はただ、首をわずかに傾けた。
弾丸は頬をかすめ、背後の壁を爆ぜさせた。
風が吹き抜け、雷光が静かに揺れる。
「……もう見えてんだよ。」
悠翔の声は低く、落ち着いていた。
焦げた大地の上、
雷を纏った男と、紅蓮の巨兵が対峙する。
――次の瞬間、
空気が弾けた。
圧倒的な速度。
それはもはや人の動きではなかった。
大地を蹴った瞬間、雷光の残滓だけが残り、悠翔の姿は掻き消える。
次の瞬間、轟音。
拳が巨人の腹部にめり込み、金属が軋む鈍い悲鳴を上げた。
衝撃が遅れて空気を震わせ、巨体は壁へ叩きつけられる。
壁石が砕け、粉塵が舞った。
悠翔は無言のまま拳を見つめる。
手のひらを開き、指を閉じ――また開く。
握り締めた瞬間、拳の周囲で電撃が閃いた。
雷鳴にも似た音が微かに響き、空気が焦げる。
巨人が軋む音を立てて立ち上がった。
紅い眼孔に悠翔を映し、剣を掲げる。
刃が熱を帯び、再び衝撃波が走った。
悠翔は片方の口角をわずかに上げる。
その衝撃波が、あまりにも遅く見えた。
「……遅ぇ。」
次の瞬間には――巨人の眼前に立っていた。
巨人が慌てて盾を構える。
しかし悠翔は、ためらわない。
拳が鳴る。
ドゴンッ!
一撃。
巨体が壁へ叩きつけられる。
もう一撃。
ドガァン!
鉄壁がひび割れ、盾が軋みを上げる。
悠翔は間を置かず、さらに叩き込む。
拳が金属を砕くたび、火花が散り、衝撃波が部屋の隅々まで走った。
形が歪み、
線が裂け、
ついに――盾は崩れた。
壁に半ばめり込んだ巨人が、それでも剣を振り抜こうとした。
その瞬間、ダンッ。
重量物が地面に落ちる音が響く。
剣ではなかった。
床に転がったのは、巨人の腕。
悠翔の手には、雷で形作られた刃――雷刃。
高出力の竜気が凝縮し、空気を焼きながら震えている。
光は鋭く、音は低く唸り、まるで竜の息吹そのものだった。
悠翔は上段に構え、力を込める。
雷刃の輪郭がさらに濃く、密度が増していく。
大気が裂け、空間が歪む。
「――終わりだ。」
振り下ろす。
スパァン。
閃光。静寂。
悠翔は静かに立っていた。
右腕を下ろし、右手から淡い光が霧のように空へと散った。
巨人は、その場に立ったまま動かない。
時間が止まったように。
赤い核が一瞬明滅し、内部から爆ぜる。
そして――崩れ落ちる。
ガシャン……。
鈍い衝突音。
粉塵が舞い、微かな風が通り抜けた。
金属が砕け、灰となり、
そのすべてが光の粒となって風に溶けていく。
静寂の中、残ったのはただ一つ。
床に転がる、赤い線を引いた盾。
まだ微かに熱を帯びていた。
悠翔はそれを一瞥し、拳を開き
静かに息を吐いた。
次の瞬間、纏っていた雷装が霧のように散り、光の粒となって宙に溶けていく。
途端に、全身からどっと力が抜けた。
「……ふぅ。」
喉の奥から漏れた息は熱を帯び、肩で呼吸を繰り返す。
額から流れた汗が頬を伝い、顎先で一滴、石床に落ちた。
爆ぜた匂いと焦げた鉄の香りが、まだ残っている。
胸の奥がじんわりと痛む。
戦いの興奮が抜け、遅れて全身に疲労が押し寄せていた。
(……悔しいな。魔力だけじゃ全然ダメだな)
だが同時に、身体の奥で何かが軽く鳴るような感覚がある。
竜気が、静かに循環していた。
その流れが妙に自然で、心地よかった。
(でも……魔力であれこれ試してたおかげか、
竜気の扱いもスムーズになってるな。)
悠翔は手を握って、ゆっくりと開いた。
骨と筋がかすかに鳴り、掌の感覚が生々しく戻ってくる。
そのまま視線を落とすと、床に転がる赤い線の盾が目に入った。
「……これ、あいつが使ってたやつだよな。」
足を運び、しゃがみ込んで拾い上げる。
手に取ると、思ったよりも軽い。
見た目よりずっと小ぶりで、A4ほどのサイズしかない。
金属の表面はまだ温かく、手のひらに微かな熱が残る。
「ちょっと小さいけど……スモールシールドってとこか。」
取っ手を握り、軽く構えてみる。
薄い金属が光を反射し、天井の明かりを切り取った。
「篭手あるし、別にいらねーんだけどな。」
そう呟きながらも、もう一度盾を見つめる。
妙に引っかかる感覚があった。
「……小さくて、守るの難しくねーか?」
思案するように首を傾げ、
試しに――魔力を流してみた。
ボンッ……ガシュン。
赤い線が淡く光り、
盾全体が機械のような音を立てて伸張する。
まるで金属が呼吸するように、
一瞬で三倍ほどの大きさに膨らんだ。
「……おお、いいねぇ。」
悠翔の口元に、思わず笑みが浮かぶ。
手の中で感じる重量の変化、
内部を走る魔力の震え――それが心地いい。
「……まぁ、とりあえず仕舞っとくか。」
満足げに盾を縮め、マジックバッグへと滑り込ませる。
金属音が微かに鳴り、光が吸い込まれるように消えた。
「……そうだ、剣だ。」
あたりを見回す。
崩れた壁の奥、瓦礫の陰に黒い輝きが見えた。
「……あったあった。」
拾い上げると、金属の冷たさが掌に伝わる。
刃の縁が鈍く光り、焦げた匂いを纏っていた。
それもバッグに収め、
悠翔はようやく肩を落とす。
「……次の階、か。」
独り言のように呟き、
階段のほうへゆっくりと歩き出す。
足音が、静かに石床に響く。
戦いの熱が消えた空間に、
今はただ――彼の歩みだけが残っていた。




