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第34話 届かぬ勝利

悠翔は「ふぅー」と長く息を吐き、肺の奥の熱を吐き出した。


焦げた鉄の匂いが鼻を刺す。


目の前には、無言でこちらを見下ろす巨人。


灼けた装甲が赤く光り、地鳴りのような呼吸音が空気を揺らしていた。


悠翔は一歩、足を踏み出す。


その瞬間――巨人の剣が閃いた。


ゴォンッ!


振り下ろされた鋼が風を裂く。


悠翔は反射的に姿勢を低くし、剣の死角――巨体の懐へ潜り込んだ。


地を蹴る音と同時に、空気の層を突き抜ける感覚。


「――ッ!」


その勢いのまま、腹部に拳を叩き込む。


ゴォン! バキィ!


低く響く金属音。


拳の骨にまで振動が伝わるほどの衝撃。


腹部の装甲に亀裂が走り、熱気と共に火花が散った。


「よし……!」


もう一撃――そう思った刹那、


上方から強烈な圧。


反射的に顔を上げると、盾が振り下ろされていた。


空気を押し潰すような重圧。


悠翔は即座に後方へ飛び退く。


盾が地面に叩きつけられ、


石床がめり込み、破片が飛び散る。


着地と同時に体勢を整え、視線を上げる。


巨人の腹部を見ると――さっきの亀裂は、すでに塞がりつつあった。


「……そうか、再生するんだったな。」


悠翔は低く呟いた。


「一発じゃ無理だよな。しかも――さっきより硬ぇ……」


喉の奥で息を整え、魔力を再び練る。


青白い蒸気のような光が皮膚の下で脈打つ。


「とりあえず、攻めるしかねぇか。」


言葉と同時に、地を蹴った。


今度は直線ではない。


左右へジグザグに走り、巨人の視界を攪乱する。


靴底が石を砕き、砂塵が爆ぜた。


巨人が反応する。


剣を縦に構え、ゆっくりと寝かせるように姿勢を変える。


そして、悠翔の進行方向を読んだ――。


ブォォンッ!


横一文字の斬撃。


圧縮された空気が衝撃波となり、悠翔の頬をかすめる。


だが、悠翔は滑り込むように地を這い、軌道をすり抜けた。


「――甘ぇ!」


そのまま地面を蹴り、巨人へ一直線。


腹部へ蹴りを叩き込む。


ドゴン!


金属が悲鳴を上げる。


悠翔は続けざまに拳を繰り出す。


左の拳、右の拳。


拳が触れるたびに、火花と衝撃音が連鎖した。


だが次の瞬間、巨人の動きが止まる。


一拍遅れて――後方へ大きく跳躍。


「っ、逃げたか!?」


悠翔も追おうと前へ踏み出す。


だが、その瞬間、巨人の剣の切っ先がピタリと向けられた。


わずかに空気が張り詰める。


反射的に足が止まる。


一瞬の遅れ。


追撃の機を失う。


「……チッ。」


舌打ちとともに息を吐く。


額を汗が流れ落ち、視界の端で砂が静かに舞い落ちた。


「なかなか……決めきれねぇな。」


巨人の眼光が赤く脈打ち、


悠翔の胸の奥でも、魔力の鼓動がそれに呼応する。


二人の間を挟む空気が、熱で歪んでいた。


悠翔は一歩、前へ出た。


焦げた空気が肺に入り込み、喉が焼けるように熱い。


「……少し、試すか。」


そう呟くと同時に、地を蹴った。


巨人の赤い眼がわずかに光を強める。


次の瞬間、鋼の腕が振り下ろされた。


ゴォン――!


一撃目。


金属と風が擦れ合い、空気が悲鳴を上げる。


悠翔は刃の軌道を読み、すでに後方へ跳躍していた。


足裏が砕けた石片を散らし、着地の瞬間、熱風が背中を撫でた。


続けざまに二撃、三撃――。


巨人の剣が地を裂き、火花と石塵が飛び散る。


だが悠翔の姿はそこにはない。


剣が空を切るたび、残響だけが遅れて響いた。


「……よし、今度は――」


悠翔は再び駆けた。


今度は直線ではない。


左右に身体を揺らし、ジグザグに走る。


靴底が床を叩くたび、瓦礫が跳ね、砂塵が巻き上がる。


熱気の中、巨人の視界を撹乱するように、残像が幾つも揺れた。


巨人が反応する。


剣を引き戻し、ゆっくりと横へ寝かせる。


そして――横薙ぎの一撃。


ブォォン!


灼けた鉄が空気を断ち割る。


だが悠翔は刃の進行方向と同じ軌道で滑り込み、


盾側の死角へ回り込む。


その瞬間、剣が止まる。


巨人は即座に盾を構え直し、


無機質な機械音を響かせながら、圧力の壁を押し出してくる。


悠翔の髪が風圧で跳ねた。


咄嗟に後方へ飛び退き、靴底が石を削る。


ギギギギ……ッ!


盾が空を押し潰すように突き出され、


その通り道にあった砂塵が一気に吹き飛んだ。


悠翔は距離を取りながら、呼吸を整える。


吐いた息が熱を帯び、頬を伝う汗が乾くより早く蒸発していく。


「……やっぱり、そうか。」


低く呟いた。


頭の中で、戦況が明瞭に組み上がっていく。


――直線で突っ込めば剣が縦に落ちる。


――ジグザグで来れば横薙ぎ。


――盾側に回れば押し込み。


――懐に飛び込めば、盾で圧殺。


悠翔は眉を寄せ、拳を握った。


「動きのパターンは、完全に見えた。」


しかし、拳の震えが止まらない。


心の奥底で、わかっている。


見えたとしても――決定打がない。


「……でも、どうする。」


思考が熱に霞む。


巨人の立ち姿は微動だにせず、


まるで悠翔の思考すら読んでいるかのように、


静かに、圧を放っていた。


悠翔は巨人を見据えながら、額から流れる汗を手の甲で拭った。


汗はすぐに蒸発し、鉄と焦げた空気の匂いが鼻を突く。


体内で魔力を練っているが、動き始めた頃のような滑らかさはもうない。


血流に混じる魔力が重たく、循環するたびに身体が軋んだ。


(……きつくなってきたな。消耗しすぎた。)


胸の奥で息が荒い。


肺の動きが熱を帯び、呼吸がひどく重い。


(……あの時のパンチを、もう一度出せれば――いける。)


悠翔は拳を握りしめ、魔力を込めた。


拳の表面が淡く光り、肌の下で血管が青く浮かぶ。


全身の魔力を練り上げ、再び構えを取る。


その瞬間、巨人が剣を掲げた。


刃が赤熱に染まり、空気が歪む。


嫌な予感が背筋を走り抜ける。


「……ッ!」


悠翔は反射的に横へ跳んだ。


ほぼ同時に、剣が振り下ろされる。


ブォンッ――!!


空間そのものを裂くような衝撃波。


遅れて床が爆ぜ、瓦礫が跳ね上がった。


悠翔の体が吹き飛び、思わず声が漏れる。


「う、ぉッ!」


空中で体を捻り、背からの着地を避ける。


地面に滑り込みながら視線を上げると、


巨人が今度は盾の下端をこちらに向けていた。


その瞬間、巨人の核が赤く脈打つ。


空気が吸い込まれ、耳の奥が軋む。


ドンッ!


盾の縁から何かが射出された。


赤い閃光が視界を貫き、悠翔は反射的に身体を傾ける。


熱風が頬を撫で、次の瞬間、背後で爆音と爆炎が巻き上がった。


振り返るまでもない。


“直撃したら終わる”――身体がそう告げていた。


悠翔は思考より先に動いた。


巨人の外周を描くように駆け出す。


盾から放たれる灼熱弾が次々と地を穿ち、


床石が砕け、白煙と爆光が交互に視界を染める。


「このままじゃ……埒があかねぇ!」


進行方向を切り替えた。


巨人の真正面へ。


衝撃波が迫る――横へ滑り込み、


次に盾から放たれた弾を読み切り、わずかに身を傾ける。


弾丸が耳元を掠め、背後で爆ぜる音が連鎖する。


「――今だッ!」


一気に距離を詰める。


巨人の剣が振り下ろされ、悠翔はその軌道をすり抜けた。


盾側に身体を流し、構えるよりも早く懐へ潜り込む。


全身の魔力を一点へ。


足から腰へ、肩から肘へ――


拳にすべてを流し込む。


「喰らえッ!!」


ドガァンッ!


拳が巨人の腹部を撃ち抜き、金属が裂ける音が響く。


しかし、違和感。


――軽い。


亀裂は走ったが、深くはない。


巨人が一歩、わずかに後退しただけだった。


悠翔の拳から、熱が逃げる。


(……さっきのほど、通らねぇ……)


拳を見つめる。


皮膚が赤く焼け、震えている。


魔力が薄く、もはや体が追いついていない。


呼吸が荒く、視界が霞む。


だが悠翔は、笑みを漏らした。


「……まだ、終わってねぇ。」


紅蓮の光が再び巨人を包む。


空気が震え、床が軋み――


次の一撃が、来る。


巨人は盾を構えたまま、動きを止めた。


そして――その銃口を自らの足元へと向けた。


「……は?」


悠翔の目が見開かれる。


「やべっ――!」


反射的に離脱の体勢を取る。


だが、遅かった。


巨人の核が一瞬、心臓のように脈打つ。


次の瞬間――


ドガァァァンッ!!


轟音と閃光。


爆炎が花開き、地がめくれ上がる。


悠翔の体が衝撃波に飲み込まれ、


「ぐはっ――!」と声を漏らしながら空中へ弾き飛ばされた。


全身を灼けた風が叩きつける。


皮膚が焼け、呼吸が奪われる。


地面を転がり、瓦礫を砕きながら止まった時、


喉の奥に血の味が広がっていた。


「く……そっ!」


砂を払って起き上がると、


巨人の足元はクレーターのように抉れ、ひび割れていた。


だが――上半身は、ほとんど無傷。


その亀裂が、音を立てて塞がっていく。


焼けた金属の縁がじゅうじゅうと音を立て、


再生しているのが目に見えた。


「……マジかよ。」


悠翔が息を荒げる間もなく、


巨人は再び盾をこちらへ向けた。


その瞬間、悟った。


身体の奥から絞り出すように、小さく呟く。


「……ここまでか。」


言葉と同時に、赤い光。


核が鼓動し、再び弾丸が放たれる。


ドォンッ!


悠翔のいた場所が爆ぜ、


白煙と瓦礫が吹き上がる。


巨人はゆっくりと盾を降ろした。


その仕草には、勝利の確信が滲んでいた。


――だが、静寂の中。


「……もう、それ使わなくていいのかよ。」


乾いた声が響いた。


巨人の視界の右側――。


瓦礫の影から、悠翔が立ち上がっていた。


衣服は裂け、肌には焦げ跡。


その身体から、青白い光が散っていた。


「……ちくしょー、魔力だけじゃ無理だったか。」


悠翔の肩口から、バチッ……バチチッ……と音が漏れる。


空気が焦げるような臭いが漂い、


彼の体を包む光が次第に雷へと変わる。


「服もボロボロになったしよー……。」


ぼやくように笑い、破れた服を指で摘んで見せる。

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