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第1話 落下と孤独

空が――ひっくり返った。

目の前の世界が、ぐるりと反転し、

地面だったはずの足元が、空のように明るい**“天井”になる。

重力が一気に崩れ、身体がふわりと宙に浮く感覚。

だがすぐに、それは“落下”という現実に変わった。

「う、わ……っ!!」

咄嗟に手を伸ばす。掴めるものは、ない。

自分のすぐ近くを、何かが一緒に落ちていた。

――車。

大きく軋む音を立てて、乗用車が空中で回転している。

タイヤが虚空を掻き、バンパーの金属が千切れて舞う。

必死に目を凝らす。

下がどうなっているのか――“地面”か、“何か”か、確認したかった。

「っ……!」

真下は、光に照らされた広い空間。

地形は不自然なまでに深く、広く、ほとんどクレーターのように陥没していた。

その中心に、なにか“黒い膜”のようなものが見える。

(……水……か?)

思う間もなかった。

先に落ちた車が、その黒い膜に叩きつけられた。

ドバァァンッ!!

重低音と同時に、水柱が跳ね上がる。

その瞬間、ようやく悠翔は理解する――

これは水面だ。だが、柔らかさなんて期待できない。体勢を変えようと、もがき足を水面に向けた

波が荒れ、視界が跳ねる。

(ここで角度間違えたら……死ぬ)

体をできるだけ真っ直ぐに、足から落ちるように――

祈るような姿勢で、次の瞬間、

ゴボォオォォン――!!

強烈な衝撃が全身を襲った。

思考が飛ぶ。

骨が軋む音がした。

肺から空気が抜け、喉が焼けるように痛む。

一瞬、自分の体がどうなったかもわからなかった。

でも――浮いた。

「っ、は……ぷっ、あが……!」

顔を水面に出した瞬間、

「まだ生きている」と理解した。

そして、すぐに上から響く怒鳴り声。

「倒れるぞーッ!!逃げろッ!!」

顔を上げる。

そこにあったのは、上空から落下してくる“建造物”。

何メートルもある、ビルという名の質量の塊

次は、あれが降ってくる。

「……ウソ、だろ……?」

水面から顔を出した彼の目に、空――いや、“天井”が映った。

そこから、崩れた街の残骸が落ちてくる。

なかでも目に入ったのは、数階建てのビルの上層部。

現実のものだ。鉄筋の梁が剥き出しになり、ガラスが砕けながら回転して落ちてくる。

一緒に崩れ落ちてきたのだろう。

重さ、角度、落下速度――どれも、彼の命を奪うには十分だった。

「やべ……!」

急いで水をかく。

すぐ近くに見える崖のふちに向かって、必死に手を伸ばす。

濡れた服が体に絡みつき、自由がきかない。

それでも、泳ぐしかなかった。

ドゴォン――!!

落ちてきたビルが、背後に着水した。

その瞬間、巨大な水柱と衝撃波が周囲に広がる。

「ッ――!」

逃げ切れなかった。

その衝撃波が波となって、背中を思いきり叩いた。

「うぐっ……あああッ!!」

浮いた。

押し上げられ、身体が波とともに打ち上げられ

そして――

崖の外側へと放り出された。

視界が回転し、地面も空もわからなくなる。

自分の身体が“宙に浮いている”のを、どこか他人事のように感じた。

(くそっ……落ちる……!)

暗い岩壁が目前に迫る。

ガンッ!

背中から叩きつけられた。

が、その場所には偶然、人一人がやっと納まる程度のくぼみがあった。

衝撃は強かったが、骨は折れていない。

息が苦しい。

腕も脚も痺れていたが、意識は残っていた。

(……死んだかと思った……)

目を開ければ、はるか上空から差し込む光。

振り返れば、深すぎて底が見えない闇。

そして、落ちた先の“湖”には、現実世界のビルの残骸がゆっくりと沈んでいっていた。

崖のくぼみに仰向けに倒れたまま、彼は、しばらく何も考えられなかった。

荒くなった呼吸が、鼓膜の内側で反響する。

心臓は、今にも破裂しそうなほど早く脈打っていた。

「……生きてる……」

かすれた声が漏れた。

誰に届けるでもなく、自分自身に確認するように。

手足をゆっくりと動かす。

痛むが、骨は折れていない。打撲と擦過傷くらいで済んでいるらしい。

ほんの数分前、自分は出勤途中だった。

あの道を、いつものように歩いていた。

それが突然、崩れた。

地面が裂けて、光に包まれて、重力が狂って……気づけば、この場所にいた。

(ここは……どこだよ)

岩肌に手を添え、身体を起こす。

くぼみの奥行きは浅く、人一人が横になれる程度しかない。

上を見れば、崖の縁が遠くにある。

高すぎて、登るなど到底無理だ。

(落ちたのは……あの湖だっけ)

慎重に身を乗り出す。

くぼみの外から、斜め上方に水が崖底に向かい流れ落ちているのが見える。

まるで崖の“中腹”から、湖を見上げる形だ。

さっき落ちたときの記憶が蘇る。

水の冷たさ。

建物の落下音。

津波のような波にさらわれた感覚。

崖に激突した痛み。

「……よく、死ななかったな……」

改めて、自分が生きていることが信じられなかった。

周囲を見渡しても、人の姿はない。

聞こえるのは、水が岩に当たる音と、自分の呼吸だけ。

(……どうする?)

このままここでじっとしていても、助けは来ない。

けれど、崖を登る術もない。

スマホを取り出してみる――

画面はついた。

時間は、朝の8時半を過ぎていた。

ただし、電波は圏外。通信は完全に断たれている。

(誰とも、連絡が取れない……)

ポケットに入れていた社員証を見つける。

手元にはスマホと財布。

水に濡れていないだけでも、奇跡かもしれない。

「くそ……なんなんだよ、これ……」

独り言が岩肌に反響し、よりいっそう孤独を感じさせた。

崖のくぼみで身体を縮こませるように座りながら、じっと息を潜めていた。

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