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第15話 樹視点 黒鉄の斧

一頭目の狼が咆哮とともに飛びかかった。


白刃のような牙が光る――その瞬間。


「はぁっ!」


樹の大ハンマーが横薙ぎに振り抜かれる。


衝撃で骨が悲鳴を上げるような軋みが腕を通じて伝わり、獣の体が横滑りに二メートルほど吹き飛んだ。


壁に叩きつけられた肉体が鈍い音を響かせ、地面に崩れ落ちる。


間髪入れず、二頭目が藤宮へ襲いかかる。


藤宮は瞬時に斧を構え、木製の柄で迫る顎を押し返した。


牙と木がぶつかり、鈍い衝突音とともに火花のような唾液が飛び散る。


「藤宮さん!」


樹が振り返りざま、ハンマーを下から突き上げるように振るう。


鉄塊が狼の下腹をえぐり、内臓を揺らす衝撃が掌に返ってくる。


獣は宙を舞い、鈍い衝撃音を残して地面に転がった。


だが最初に吹き飛ばされた狼が、低いうめき声を上げて立ち上がる。


その影に覆い被さるように――北見の斧が振り下ろされた。


鋼刃が肉と骨を断ち、血飛沫と共に胴へ深くめり込む。


獣はその場で崩れ、動かなくなった。


ほぼ同時に、藤宮の前にいた狼も、力を失ったように膝を折り、地面に沈んだ。




息荒く、五人は互いに視線を交わす。


動かない二つの亡骸を確認すると、藤宮が低く呟いた。


「……終わった、か」


その瞬間、全員の胸奥に奇妙な熱が広がる。


筋肉の奥が微かに熱を帯び、視界の奥行きが深くなるような高揚感――。


「……これが……レベルアップか?」


樹が息を整えながら呟く。


全員がその場に腰を落とす。


樹と北見は興奮を隠しきれず、互いの武器を見交わしながら、まだ手に残る感触を確かめる。


藤宮は二人を見やり、静かに告げた。


「……よくやった。これは仕方のないことだ。少しずつ慣れていこう」


一方、三浦と沙月は黙ったまま、獣の亡骸から目を離さない。


表情は固く、三浦が小さく漏らす。


「……できれば、殺したくない」


沙月も静かに頷いた。


獣の血の鉄臭さが、ひやりとした洞窟の空気に溶けていく――。


二度目の狼との遭遇も、樹たちは見事な連携で撃退した。


息を整えつつ進んだ先、長い直線の通路の途中に、小さな部屋がぽっかりと口を開けていた。


その中央に――ひとつの宝箱が鎮座していた。


木箱ではない。鈍い銀色の光を帯びた鉄製の箱。表面は長い年月を経たように曇り、縁には打ち傷や擦れ跡が刻まれている。


「お、宝箱だ……すっげぇファンタジーだな」


樹が素直な感想を漏らす。


その一言に、周囲も小さく頷き、わずかな笑みを浮かべた。


この異様な地下世界に慣れつつあった彼らにとって、久々に「ゲームの世界」の空気を思い出させる光景だった。


樹が部屋へと足を踏み入れようとした――その瞬間。


「――待て!」


鋭い声が空気を裂き、樹の肩がガシッと掴まれた。


振り向くと、藤宮が険しい目でこちらを見据えている。


「……トラップがあるかもしれん。確認する」


「確かに……てか藤宮さんも、こういうの詳しい口なんですね」


「……まぁな。……コホン」


咳払いひとつ、藤宮はスキル発動の構えを取る。


後方では、三浦が沙月の耳元で小声を漏らした。


「藤宮さんって、アニメとか見るのかな? ちょっと意外」


沙月は無言で頷き、口元だけがわずかに緩む。


北見がそれを横目で見て、笑いを含んだ声を投げた。


「人それぞれだろ」


藤宮は集中を深め、《環境解析》を発動する。


壁や床に響く微細な反響音が彼の脳裏に地形を描き出す。


やがて息を吐き、短く結論を告げた。


「……トラップかどうかまでは断言できんが、仕掛けらしい構造はない」


「了解です。じゃあ――」


樹は数秒だけ黙考し、大ハンマーを握り直すと、


「……っ!」


唐突に部屋の奥へ向かって全力で投げ放った。


「お!?」「えぇ!?」


驚きの声が一斉に重なる。


ハンマーは床を一度跳ね、柄が「カァン」と高く澄んだ音を響かせて宝箱の側面を打った。


……何も起きない。


「大丈夫そうですね」樹は満足げに頷く。


藤宮は「あぁ……」と答えつつも、顔には“何やってんだこいつ”という色が隠しきれない。


北見が笑い混じりに口を挟む。


「武器を投げて確認する奴があるかよ。お前、どんな判断基準だ」


「いざとなれば拳で戦いますよ」


樹は軽く拳を構え、肩を回してみせる。


一行は警戒を緩めず、宝箱へと歩を進めた。


樹がふと藤宮に目を向ける。


「……これって、ミミックの可能性、ありますよね?」


「なんで俺に聞く」


「なんか、詳しそうなんで」


真顔で言う樹に、藤宮はわずかに呆れを滲ませながら答える。


「多分大丈夫だろ。ミミックは大抵、衝撃を与えると反応する。今は……沈黙してる」


「じゃあ開けます。みんな、下がって」


全員が二歩、三歩と距離を取り、武器を構えたまま見守る。


樹は宝箱の横に回り込み、両手を掛ける。


金属の冷たさが掌に染み込む。


深く息を吸い――ゆっくりと蓋を持ち上げた。


樹は、深く息を吸い込んでから宝箱の蓋に手をかけた。


金属の蝶番が軋み、低い音を響かせながら、ゆっくりと開いていく。


中に収まっていたのは――一本の斧。


黒鉄の刃は長年の戦場を渡り歩いた兵士のように無骨で、鈍い光を返していた。


刃の中央には赤橙色の鉱石が深く埋め込まれ、その表面には細かな亀裂が走っている。


それは欠けや損傷ではない。内部に封じられた熱の脈動が外へ滲み出し、刻んだ紋様のようにも見えた。


柄は手のひらに吸いつくような黒革で巻かれ、握れば汗で滑らぬ確かな感触が返ってくるだろう。


柄尻には重量のある金属輪が嵌め込まれ、振り下ろした際のバランスを整える役割を担っていた。


その場の全員が、無言で宝箱の中身に目を奪われた。


「……武器、か」


藤宮が呟きながら手を伸ばす。


「結構……重いな」


黒鉄の斧を持ち上げ、手首で重心を探る。


すると樹が一歩前へ出た。


「北見さん、使ってください」


「俺か?」


意外そうに眉を上げながらも、北見は藤宮から斧を受け取る。


ずっしりとした重量感が両腕に乗るが、鍛えられた体には心地よい負荷でもあった。


片手でも振れなくはない。しかし、やや重い。


「……少し重いな」


そう呟いた後、北見はふと樹を見る。


「やっぱり、お前が使えよ」


樹は首を横に振り、笑みを浮かべた。


「俺には、こいつがありますから」


そう言って床に転がしていた大ハンマーを片手で拾い上げる。


柄尻を軽く叩きながら、冗談めかした口調で続けた。


「それに……なんか消防士の北見さんに似合ってる気がして」


藤宮が短く問う。


「扱えそうにないなら、置いていくか……もしくは背負っていくが、どうする?」


北見は黙って斧を握り直した。


黒革越しに伝わる感触、手に馴染む重量。


その瞬間、何かが腹の底で決まった。


「……使います」


短く、しかし力強くそう告げた北見の声に、迷いはなかった。


元々持っていた標準的な斧は、ベルトのホルダー部分に通し、予備として腰に固定する。


赤橙の鉱石が、ヒカリゴケの淡い光を受けて、わずかに瞬いた。

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