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第13話 樹視点 正しさの形

樹たちは消防車の落ちていた場所に戻ってきていた。


ぬかるんだ地面を踏みしめながら、樹は瓦礫の山に手をかけた。


全身に力を巡らせる――《身体強化》。


筋肉がわずかに膨らみ、指先まで熱が通る。息が深くなり、視界がわずかに鮮明になった気がした。


「……よし」


ゆっくりと、だが確実に崩れた梁を押しのけていく。


湖で見つけた空間と同じく、ここも両端は崖。


だが広さは湖よりもあり、地上から落ちてきたものが無秩序に散乱している。


逆さまに落ちた車は屋根が潰れ、ガラスが粉々に砕けている。


家屋の一軒は丸ごと転落し、梁も壁も外れて全壊。


コンクリート片や木材の破片が無数に散らばり、金属の匂いと焦げ臭さが混じっていた。


(……家の中に、まだ……)


生きている可能性は薄い。それでも――。


樹は黙々と作業を続けた。焦りはなかった。何となく、息があるかどうかは感じ取れていたから。


それでも、見つけてやりたいという気持ちだけは強かった。


「こっちは……ダメだな」


藤宮が足元の瓦礫を蹴りどけながら呟く。


「食料らしきもんも、ほとんど潰れてやがる」


北見は倒れた冷蔵庫を覗き込み、首を振った。


その時、北見が何かに気づいた。


崩れた壁の陰に、青い制服の裾――。


近づくと、それはうつ伏せになった警察官の遺体だった。


「……警官だ」


北見が屈み込み、腰元を探る。


「……あった」


革製のホルスターから拳銃を抜き取り、ちらりと藤宮に目をやる。


「使えるかもしれねぇな」


そう言って拳銃を確認すると、弾倉は半分ほど残っている。


北見はそれをポケットに収めた。


「……不用意に撃つなよ。音で何が寄ってくるかわからんからな」


藤宮の声は低く、しかし鋭かった。


「わかってる」


短く返し、北見はまた探索に戻った。


少し離れた場所では、沙月が潰れた棚をどかしながら、缶詰や乾パンを拾い集めている。


「期限は切れてるけど……これ、まだ食べられるかも」


小さく呟きながら、見つけた食料を袋に入れていった。


樹はひときわ大きな瓦礫を持ち上げ、中を覗き込む。


そこには……家具と、散乱した衣服だけ。


人影はない。


「……くそ……」


短く吐き捨てるが、手は止めない。


樹は《身体強化》で全身に力を巡らせながら、崩れた家屋の梁を持ち上げた。


木材が軋み、粉塵が舞う。


瓦礫の下から現れたのは――泥と血にまみれた人の腕だった。


「……っ」


息を呑み、慎重に残りの瓦礫をどける。


やがて全身が露わになったその遺体は、目を閉じ、動く気配はなかった。


「……間に合わなかったか」


樹はしばらく黙って見下ろし、拳を握った。


まだ家の奥にも瓦礫は残っている。


もしかしたら――そう思い、さらに手を伸ばそうとした、その時。


「やめろ、樹」


低い声が背中から飛んできた。振り向くと、藤宮が険しい表情で立っていた。


「……まだ他にもいるかもしれない」


「体力を無駄にするだけだ。……お前も分かってるだろ」


短く言い放つ藤宮の目は冷静だった。


「でも……」


樹は言い返しかけて、言葉を飲み込んだ。


藤宮の言うことは正しい。


この崩落の中、生きている者を見つけられる可能性は限りなく低い。


それでも、胸の奥でどうしようもない感情が渦巻く。


藤宮は視線を逸らさずに続けた。


「今必要なのは、生きている奴を助けることだ。死者は……もう、助けられない」


樹は唇を噛み、うつむいた。


何も言わず、瓦礫から手を離す。


少し離れた場所では、北見が潰れた棚を調べ、使えそうな工具を取り出していた。


「これ、何かの修理に使えるかもな」


三浦は崩れた押し入れから毛布を引っ張り出し、


「湿ってるけど、これなら夜は少しマシになるかな」と呟く。


沙月は古びたリュックを開け、中の缶詰を無言で藤宮に手渡した。


樹は深く息をつき、再び周囲に視線を巡らせた。


――今は、まだ動ける自分がやるべきことをやらなければ。


「――全員、集まってくれ」


藤宮の声が遺跡空間に響く。樹は瓦礫の上から飛び降り、北見と三浦も手を止めて合流した。沙月は拾い集めた缶詰を抱えたまま、静かに輪に加わる。


「集めた物を出してくれ。まずは確認する」


地面に古びたシートが広げられ、次々と物が置かれていく。


- 樹:埃まみれの缶詰3つ、破れかけのタオル、空の水筒

- 北見:工具セット(スパナ、ペンチ)、警察官から回収した拳銃と予備弾倉、防水シート

- 三浦:湿った毛布2枚、医療キット(包帯・消毒液)

- 沙月:缶詰4つ、乾パン2袋、古びたリュック

- 藤宮:ポータブルガスコンロとボンベ2本、小型の懐中電灯


藤宮は一つ一つ手に取り、状態を確認していく。


「毛布は使える。湿ってても乾かせば問題ない。……食料は賞味期限切れだが、今は構わない。医療キットは貴重だ、三浦が管理してくれ」


「了解」三浦が頷く。


工具は北見が保管、拳銃は藤宮が受け取って安全装置を確認した。


「これは最終手段だ。音が響けばモンスターを呼び寄せる可能性がある」


全員の視線が自然と藤宮に集まる。


彼は短く息をつき、言葉を続けた。


「今後の方針だが……とにかく上を目指す。どれだけ上に行けば出口かはわからん。ただ、休み休み進むしかない」


「モンスターの可能性は?」樹が問う。


「……十分ある。だから休むときはなるべく近くで固まって休め。単独行動は避けろ」


藤宮は皆の顔を順に見渡した後、少し声を和らげた。


「とりあえず、今は少し休憩だ。好きな場所でいいが、離れすぎるな」



壁際の大きな瓦礫に腰を下ろし、持っていた水筒の中身を口に含む。ほとんど空だが、喉を潤すには十分。視線はさっきまで作業していた崩れた家に向いていた。


北見

消防車の残骸の近くに座り、工具セットを一つずつ確認。動作するかをチェックしながら、時折視線を周囲に走らせて警戒を怠らない。


三浦

包帯と消毒液の残量を点検。湿った毛布を瓦礫の上に干しながら、仲間が怪我したときの手順を頭の中で繰り返している。


沙月

崩れた棚の影に腰を下ろし、拾った缶詰のラベルを一つずつ確認。表情は無いが、手の動きは丁寧で、物資の管理を無言で担っている。


藤宮

中央付近に立ったまま、拳銃を腰に差し、周囲を見渡す。懐中電灯を時折点けては天井や通路を確認し、仲間の位置を把握している。


瓦礫と崩落の匂いが漂う中、それぞれが短い休息を取っていた。


いつまた動き出すかは、藤宮の合図次第だ。


樹は瓦礫に背を預け、いつの間にかまぶたが重くなっていた。


《身体強化》で酷使した筋肉が鈍く熱を帯び、意識が揺らぐ。


(……少しだけ……)


そう思った瞬間、視界は暗く沈み込んだ。


少し離れた場所から、その様子を藤宮が静かに見ていた。


腕を組み、仲間たちの様子を一人ずつ確認していく。


北見は座ったまま工具袋を抱え、首を傾けている。


沙月は缶詰を抱えたまま壁に背をつけ、目を細めていた。


三浦は毛布を干した場所に腰を下ろし、瞬きがゆっくりになっている。


(……全員、疲れてるな)


しばらくして藤宮は短く息をつき、声を張った。


「――集合」


瓦礫の間から全員が集まり、輪になって腰を下ろす。


先ほどの休憩から、もう一時間ほど経っていた。


「ここは……比較的安全だと判断する。だから、今日はこの場で本格的に睡眠を取る」


藤宮の言葉に、皆の表情がわずかに緩む。


「食料と水分は十分ある。樹がさっきまで瓦礫をどけてた民家から、缶詰以外にも大量に出てきた」


藤宮は足元の袋を指した。


袋の中には、砂まみれになった菓子袋や乾パン、水のペットボトルがぎっしり詰まっている。


「民家が逆さまになってて、床下収納から落ちてきたらしい。砂はついてるが、中身は問題ない」


樹は少しばつが悪そうに頭をかいた。


「……悪い、人を探すので頭いっぱいで、食料は缶詰しか見てなかった」


「気にするな。それより今は、体力回復が優先だ」藤宮はそう言って短く笑った。


「見張りは二人体制で回す。最初は……寝てた分、少しは回復してるだろう樹と三浦だ」


藤宮が視線を向ける。


「いけるか?」


「大丈夫です」樹は即答する。


三浦も「問題ありません」と頷いた。


「次が北見と沙月、最後は俺が入る。異論はあるか?」


誰も口を開かず、全員が了承の意思を示した。


藤宮は周囲を見渡し、指示を出す。


「じゃあ、順番が来るまではしっかり休め。ここを抜けるには体力が必要だ」


仲間たちはそれぞれの場所に散り、静かに夜の支度を始めた。


遺跡空間には、瓦礫と微かな息遣いだけが残った。


夜の遺跡空間は、昼間よりも静かだった。


天井や壁のあちこちに広がるヒカリゴケが、淡い緑の光を放っている。


この光は昼と夜でわずかに明るさが変わるため、ここに落ちてからも何となく時間の流れが分かった。


今はその光が少し弱まり、夜に近いことを告げている。


樹は瓦礫の上に腰を下ろし、背伸びをしてから腰の位置で拳を握り、耳を澄ませた。


その隣で、三浦が毛布を肩に掛けたまま座っている。


「……さっきは、悪かったな」


不意に樹が口を開く。


「何が?」


「ほら……あの家の瓦礫。藤宮さんに止められたやつ」


「ああ……」三浦は短く息を吐く。


「気持ちは分かるけど、あの時は止められて正解だったと思う」


樹は苦笑して首を振った。


「分かってるんだよ。無駄だって。でも……置いておけなかった」


「それは悪いことじゃないよ」三浦は小さく笑う。


「ただ、生きてる人を優先するっていう考え方も、同じくらい大事」


しばし沈黙が落ちる。


ヒカリゴケの光が、ゆらりと風に揺れるようにわずかに明滅している。


遠くで、瓦礫の間から水滴が落ちる音が響いた。


「……三浦さんは、なんでこんな冷静でいられるんだ?」


「看護師だからかな。人が死ぬ現場は、もう何度も見てきたし」


三浦は崩れた天井に目をやり、少し間を置いてから続ける。


「感情が乱れてると、助けられる人も助けられなくなる。それだけ」


樹はその言葉を噛みしめるように頷いた。


「……なるほどな。俺にはまだ、その切り替えができそうにない」


「そのままでいいと思うよ」


三浦は軽く笑い、立ち上がった。


「誰かが感情を持って動くのも、大事だから」


ヒカリゴケの光が静かに空間を照らす中、二人は言葉を減らし、耳を澄ませながら周囲の警戒を続けた。


「……もうそろそろ、三時間ぐらいだな」


樹は小さく呟きながら、瓦礫に背を預けていた身体を起こした。


足元には、ガラスの部分が割れた置時計が転がっている。


それは民家の中で見つけたもので、電池は外れており正確な時間は分からなかった。


だが、針の動きを自分たちの休憩開始時に合わせておくことで、経過時間を測るには十分だった。


樹は時計を一瞥し、立ち上がる。


「……交代の時間だな」


そう呟き、北見と沙月の元へ歩いていく。


北見の肩を軽く叩き、沙月には声をかけて起こした。


「次お願いします。」


「任せろ」北見が短く答え、立ち上がる。


沙月も無言で頷き、毛布をたたむと腰のバッグを肩に掛けた。



見張りの持ち場は遺跡空間の中央寄り。


北見は周囲を見回し、足元の瓦礫を踏み越えて視界の良い位置へ移動する。


「……気配感知、今はどうだ?」


「反応なし。生き物の気配は感じない」


沙月の声は小さいが、はっきりとした響きを持っていた。


「それならいいが……」北見は腰の工具袋と拳銃の位置を確かめる。


「なんだか匂いが変わった気がする。」


沙月が短く頷く。


「遠くで何かが動いているかもしれない。でも今の範囲には入ってない」


二人は会話を切り上げ、それぞれの役割に集中する。


北見は崩れた壁の上に登り、広い視界を確保する。


沙月はその下で目を閉じ、半径数十メートルの空気の揺れと生体反応を探っていた。


時折、ヒカリゴケの光が壁の亀裂に沿ってちらつく。


その明滅の中、二人の影が瓦礫に長く伸び、ゆらりと揺れる。


やがて予定していた時間が近づくと、北見が肩越しに声をかける。


「異常なし。……藤宮さんの番だ」


沙月も「交代」とだけ告げ、見張りの場を離れた。


二人はそのまま藤宮の元へ向かい、持ち場を引き渡した。


交代の時間になり、藤宮がゆっくりと立ち上がった。


北見と沙月から簡単な報告を受ける。


「異常なし。ただ……匂いが少し変わった気がします。」北見が短く言い、沙月も無言で頷く。


「わかった。休んでくれ」


二人が持ち場を離れると、遺跡空間はさらに静かさを増した。


ヒカリゴケの淡い緑光が、瓦礫と崩れた家の影をぼんやりと浮かび上がらせている。


藤宮は腰に差した拳銃に軽く触れ、ゆっくりと周囲を見回す。


(……この静けさ、逆に不気味だな)


藤宮は壁際まで歩み寄り、深く息を整える。


次の瞬間、足先から天井まで空間全体を包むように《環境解析エコースキャン》を発動させた。


短く舌打ちするような音が壁に響き、反響が彼の頭の中に立体的な地形情報を描き出す。


(……北側は行き止まり、東側は崩落……西は……)


反響の中に、かすかな縦の空間が浮かび上がった。


天井の奥に続くような斜めの通路――おそらく、上層へ繋がる階層だ。


藤宮は目を細め、位置を頭の中に正確に刻み込む。


(距離は……おそらく百メートル弱。瓦礫の山を越える必要があるな)


確認を終えると、再び耳を澄ませる。


物音はない。ただ、通路の先からはわずかに冷たい風が流れ込んでくる。


この風が昼夜で強弱を変えているのは、上層や外部と繋がっている証拠だった。


藤宮は持ち場に戻り、座って時間を測りながら静かに次の交代を待った。


視線の先では、ヒカリゴケがわずかに明るさを取り戻し始めている。


(……そろそろ夜明けか。動く準備をしておくべきだな)


その表情には、先ほど発見した「上に繋がる道」の情報を伝える確かな決意があった。

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