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第12話 樹視点 空白の選択

ここからは悠翔と別れた樹達での物語をお送りします。

ぬかるんだ足場を一歩、また一歩と進む。


足元の水がちゃぷ、と音を立てるたび、心が軋んだ。


それが悠翔を見捨ててきた証拠のように思えて、胸が苦しい。


「……あいつ、無事だよな……?」


小さく漏らした声は、誰にも届かないように呑み込まれた。


藤宮の背中は相変わらず無言のまま歩を進め、三浦は眉をひそめてうつむいたまま、ただ黙っている。


あの“くぼみ”に取り残された悠翔──


かすかに笑って「大丈夫」と言ったあの顔が、何度もフラッシュバックする。


(あんなの、大丈夫なわけねえだろ……!)


拳を強く握りしめる。


その爪が食い込む痛みだけが、わずかに感情を押し留めていた。


「止まるぞ」


藤宮が手を挙げる。


その先、崩れた岩の合間からコンクリートの階段が現れていた。土砂や瓦礫に埋もれかけているが、確かに“人工物”だ。


「……あれ、上に通じてるのか?」


北見が低く問いかける。額にはうっすらと汗がにじんでいた。


「確認は取れてない。ただ、この地形の構造上、上層部につながる可能性がある」


藤宮は“環境解析”のスキルを使ったのだろう。


音によって周囲の構造を把握する彼のスキルは、この異常な地下構造でも頼りになっていた。


「……慎重に行こう」


樹も小さく頷いて言った。


気を抜いたら崩れる。そんな嫌な予感が、この先の階段からにじみ出ていた。



足場は滑りやすく、ところどころ崩れかけていたが、幸いにも踏破は可能だった。


登るごとに空気は乾き、湿り気の代わりにわずかな風が通る。


(この先に……出口があるのか)


そんな希望を抱きかけた──そのときだった。


「――うわあああああああっ!!!」


爆発的な叫び声が、遥か後方、悠翔の残された崖の方角から響いてきた。


「……!」


一瞬、全員の足が止まる。誰もが、すぐに何の叫びかを察した。


「……悠翔……!」


樹は叫んだ。そして駆け出そうとした。


だが――


「樹っ、待て!」


三浦が咄嗟に腕を掴む。北見も間に入るように前に立った。


「今戻ったら、お前も死ぬ!」


「くそっ……ッ!!」


全身から噴き出す汗、ざわつく胸、鼓動が耳元で煩く鳴る。


すぐにでも駆け戻りたい。すぐにでも、あの崖に。


だが──


(今、戻っても……間に合う保証はない)


理屈では分かっている。けれど、感情が暴れて止まらない。


崩れる音が、遠くで響いていた。


……まるで、あの“くぼみ”そのものが沈んでしまったかのように。


「……っ、行こう……」


かすれた声で、樹はそう言った。


今は、生き残るしかない。


……でも、あいつを諦めたわけじゃない。


歯を食いしばり、前を向く。


次に会ったとき、胸を張って「生き延びた」と言えるように──


自分は、自分の足で、この道を進む。


階段の先には、広い空間があった。


瓦礫と土埃に覆われた空間は、まるで時代が崩れ落ちた後の墓場のようだった。


剥き出しのコンクリート片、全壊した民家、信じがたいことに一台の消防車が、車体をねじ曲げながら地面に突き刺さっている。その傍には、錆びた自転車、スーツケース、ぺしゃんこになった自動販売機。そして、人の遺体がいくつか転がっていた。


「……地上から、落ちてきたってことか?」


誰かが呟いたが、それに答える者はいなかった。


「これ……使えるぞ」


そう声を上げたのは北見だった。彼は半壊した消防車の後部に回り、車体の中を覗き込んでいた。次の瞬間、地面に重たく音を立てて何かを引きずり出す。


それは、消火ホースだった。


「状態は良くないが、ロープ代わりにはなるはずだ。バックルも……よし、これなら耐えられる」


北見は、慣れた手つきでホースを持ち上げ、確認する。かつて消防士だった彼の目には、確かな実用性が見えていたのだろう。


「ってことは……」


「──ああ、行くぞ。悠翔を引き上げる」


そう言ったのは、樹だった。


彼は誰よりも早く動き、北見からホースを受け取る。その瞳には決意が宿っていた。


誰よりも近くで、悠翔の無理な笑顔を見たのは、自分だった。


あのまま黙って上に進むことなんて……できるはずがない。


「……戻るぞ」


「俺も行く」


北見が続き、沙月も無言で頷く。


藤宮はしばらく沈黙したのち、軽くうなずいた。


「危険を伴う行動だが……止める理由もない。慎重に行け」


その言葉に背を押されるように、樹たちは再び、あの“くぼみ”を目指して走り出した。


──今度こそ、あいつを迎えに行くために。


くぼみの縁に戻ったとき、そこには──誰もいなかった。


「……いねぇ……!?」


樹が、叫ぶように呟いた。ホースの端を握りしめたまま、信じられないという顔で身を乗り出す。


だが、そこに悠翔の姿はない。


「さっきの場所だよな……? 絶対、ここだよな……!?」


焦燥に駆られ、身を乗り出す樹を三浦が慌てて止める。


「危ない、落ちるって……!」


「でも……いないんだよ、ここに。確かに、ここだった……!」


その瞬間だった。


「これを使え」


北見がバッグから取り出したのは、古びた双眼鏡だった。さっきの空間で見つけ、なんとなく回収してきたものだった。


「貸して!」


受け取った樹がくぼみの底へ視線を向け、双眼鏡を覗き込む。しばしの沈黙の後──


「……ある」


「あるって、何が……?」


「壁に、穴だ……! ……岩肌が崩れて………抜けてる。ちょうどあいつがいたとこだ」


ざわ、と風が吹き抜け、周囲の緊張が高まった。


「血は? ……血痕とか……ないのか?」


藤宮の低い声に、樹は双眼鏡をもう一度覗き込んだ。


「……いや、ない。少なくとも、見える範囲には血は……ない」


「じゃあ、助かってるかもしれないってこと……?」


三浦の震える声に、誰もはっきりとは答えられなかった。


だが──


「可能性はある。……悠翔は、何らかの形で“中”に逃げたか、落ちた。……生きてるかもしれない」


樹の言葉に、全員がわずかに息を飲む。


北見が短くうなずいた。


「なら……信じるしかないだろ」


その一言で、場の空気が少し変わった。


藤宮が言う。


「状況が変わった。“死んだ”とは、もう断定できない。なら、俺たちは“生きている”前提で動く」


「……おう。あいつ、強ぇよ」


樹の言葉に、誰も反論しなかった。


そして、彼らは再び決意を固める。


──今はまだ戻れない。


──だが、必ず探す。必ず助け出す。


それが、樹たちの胸に刻まれた新たな誓いだった。

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