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第11話 新たな力

あの地獄のような痛みから、どれだけの時が過ぎただろうか。

悠翔は、柔らかな光に包まれながら、ゆっくりと瞼を開けた。

視界に広がるのは、洞窟の天井一面に咲く《ヒカリゴケ》の淡い輝き。

何度も見慣れたはずの光景が、今日は不思議と——息を呑むほど優しく、温かく感じられる。

「……ん、あれ……」

ゆっくりと上体を起こす。

痛みは——ない。

まるで全身の筋肉と骨が、目に見えぬ職人の手で磨き上げられたかのように滑らかに動く。

関節は一切の引っかかりを見せず、呼吸は深く、肺の奥まで澄んだ空気が満ちていく。

伸びをすると、筋線維の一本一本がしなやかに連動し、力の伝わり方までもが以前とは違うと直感した。

それは、精密に調整された鎧をまとったような感覚——いや、もはや自分の肉体そのものが新たな武具へと生まれ変わったかのようだった。

立ち上がった瞬間、妙な違和感が全身を走った。

視界が——高い。

「……なんか、見える景色、違う?」

足元に視線を落とす。

履き慣れたズボンは、数か月の間に何度も転び、擦り切れて布地が薄くなっている。

だが、それ以上に目を引いたのは——本来ぴたりと合っていた裾が、いまや足首から五センチ以上も上にあったことだ。

「……はは、マジか。背、伸びてる……」

驚きよりも、なぜか腑に落ちる感覚のほうが強かった。

あの激痛は、ただの苦痛ではなかった。

——肉体そのものを作り変える儀式。

ならば、この変化も必然だ。

鏡はない。それでも、わかる。

皮膚の下で筋肉が規則正しく収まり、しなやかに、しかし爆発的な力を秘めてうねっている。

肩から腕にかけての稼働は、滑らかなのに鋼のような安定感を持ち、

背筋は一本一本が綱のように張り詰め、足は地面を掴むだけで推進力を生む感覚があった。

自分の肉体が——進化した。

その事実が、骨の奥まで染み込むように確かに感じられた。

そして——

静かに、胸の奥へ意識を沈めていく。

深く、さらに深く……そこに——あった。

《竜王の意志》。

以前とは比べ物にならないほど濃く、重く、そして深く息づいている。

それは巨大な海の底に沈む、揺るぎない核のようだった。

「……ゼル……」

名を呼んだ瞬間、胸の内で温かな脈動がふわりと広がる。

雷鳴の残響にも似たその律動は、言葉では返さない。

だが——確かに、ここにいる。

悠翔の中に、竜王ゼル=ヴォルグは生きている。

足元に力が満ちる。

それはもう、自分ひとりの力ではない——竜王の意志と共にある力だった

辺りを見回すと……光景は惨憺たるものだった。

地面にも壁にも、乾ききった血が飛び散り、黒い染みとなってこびりついている。

爪で引っ掻いたような深い溝が床や岩肌を走り、ところどころは砕けた石片が散乱していた。

「なんだこりゃ……大惨事じゃねーか」

思わず苦笑が漏れる。

あの激痛の中、自分がどれほど暴れたのか——想像するのも少し怖い。

それでも、こうして立っている。息をしている。生きている。

ぐぅ、と腹の奥が鳴った。

「あー……そりゃそうだよな」

足元に転がっていたリステアの実を拾い上げ、そのまま乱暴に口へ放り込む。

果肉が歯の間で弾け、ほのかに甘い汁が舌を満たす。

その瞬間、冷え切っていた血流がじわりと温まり、指先の先まで力が戻っていくのがわかる。

ふと、ゼルが横たわっていた場所に目をやる。

——そこには、もう何もなかった。

悠翔は足を止め、その場で静かに目を閉じた。

不思議と、涙はこぼれない。

寂しさは確かに胸にある。

だがそれ以上に、胸の奥底には今も“彼”がいる感覚があった。

温かな脈動と共に、ゼルの声も、力も、意志も——すべてがそこに在る。

「……そうか、本当に行っちまったんだな」

小さく呟く。

けれど、その言葉に悲嘆はなかった。

ゼルは確かに去ったが、同時に悠翔の一部として生き続けている。

そして、ふと思う。

ゼルが最後まで守り抜いたこの場所を——血と痛みの跡で穢したままにはできない、と。

「よーし……掃除するか」

小さく息を吐き、悠翔は軽く肩を回した。

この空間に宿る記憶を、しっかりと胸に刻むために。

そして、次なる一歩を胸を張って踏み出すために。


封印の間は、静けさを取り戻していた。

悠翔はゼルの痕跡を拭い去るように、水を汲んでは撒き、岩肌を擦る動作を繰り返す。

道具もなければ、綺麗な布もない。

指先でこそげ取る血は乾ききって頑固にこびりつき、爪の隙間を赤く染め、関節がじんじんと痺れた。

「……もう、これぐらいで勘弁してくれよ、ゼル」

乾いた笑みを浮かべ、腰に手を当てて立ち上がる。

完全には落ちきらない血痕が、かえってこの場所の重みを刻むように残っていた。

悠翔はそれをしばし見つめ、静かに息を吐く。

諦めではなく、区切りとして——そして、前を向くために。

(……よし。今の俺、どれだけ強くなったんだ?)

ふと胸に浮かんだ疑問。

ドラゴンハートを食らい、肉体は明らかに変化した。

だが、それが具体的にどの程度なのか——感覚だけでは測れない。

「……ステータス、オープン。なんてな」

冗談半分で口にした言葉と、乾いた笑いが封印の空間に小さく響く。

次の瞬間——淡い蒼光が視界の端からにじみ出し、まるで空間そのものが形を変えるように広がった。

光は薄い膜となって宙に定着し、半透明の板が悠翔の前に浮かび上がる。

「っ……出た……!? いや、マジか……今まで一度も……」

思わず頭を抱える。

そういえば、スキルを得る前に一度だけ試したことがあった。

その時は何も起きず、それ以来ずっと「自分には使えない」と思い込んでいたのだ。

「恥ず……っ、何やってんだ俺……」

顔を覆い、しばし呻く。

だがすぐに気持ちを切り替え、蒼光に浮かぶ自分のステータスへと視線を向けた。


《STATUS – 有馬 悠翔》

名前:有馬ありま 悠翔ゆうと

レベル:1

種族:人族(竜喰)

所持スキル

《雷界歩》

《竜王眼》

《雷迅脚・界》

《雷撃放・震域》

《雷穿》

《雷臨纏身》

《風刃乱舞》

《風歩》

《疾風斬翔》

《雷竜王の意志》



スキル欄には見覚えのない技がずらりと並び、

それら一つひとつが、試してみたいという衝動を呼び起こす。

胸の奥で、雷鳴がひときわ大きく鳴った気がした。

ゼルが静かに笑っている——そんな錯覚すら覚える。

「スキル、順番に試していくか」

《雷界歩》

足元でバチッと雷が弾けた。

軽く踏み込むと、景色が一瞬で流れ去る。

残像と共に空気が裂け、十歩分の距離を一息で駆け抜けた。

「……速っ」

《竜王眼》

視界が淡く光を帯び、世界が輪郭を変える。

空気の揺らぎ、気流、小石の落ちる軌道までもが鮮明に見えた。

思わず息を止める。

《雷迅脚・界》

踏み出すたびに地面へ雷光が走る。

「加速やべー……」

《雷撃放・震域》

掌から雷光を解き放つ。

衝撃波と共に扇状の閃光が走り、壁が抉れた。

「……あらら、抑えねぇとな」

《雷穿》

雷が槍の形を取った。壁に向かい雷穿を纏った拳で殴ると

壁に風穴が空いた。

「……ははは……」

《雷臨纏身》

全身に雷がまとわりつく。

体が羽のように軽くなり、意識よりも先に足が動く。

「……反動が怖ぇな」

《風刃乱舞》

空気がざわめき、複数の刃となって宙を舞う。

鋭い風が一直線に目標へ飛び、岩肌を細かく切り裂いた。

「牽制には良さそうだな」

《風歩》

一歩踏み出した瞬間、足音も風切り音も消える。

空気との摩擦すら感じない。

「……これは便利だ」

《疾風斬翔》

跳び出すと同時に全身が風を纏い、一直線に滑空する。

着弾と同時に鋭い衝撃が走り、風が爆ぜた。

「すげぇ……」

一通りのスキルを試し終えると、悠翔は深く息を吐いた。

「……すげぇな。今の俺、マジでヤバいわ」

視線を上げ、ゼルが封印されていた場所へと歩み寄る。

鎖が無造作に床に散らばり、金属が擦れる鈍い音を立てた。

ふと、足裏に違和感——何か固いものが引っかかる感覚がある。

鎖をどけると、そこには金属の扉のようなものが現れた。

表面は長い年月で鈍くくすみ、ところどころに深い傷が刻まれている。

「……なんだこれ」

取っ手を握り、全身の力を込めて引く。

ガコォンッ。

空間に鈍い音が響き、重い扉がゆっくりと開いていく。

奥からは冷えた空気が吹き出し、暗闇の底で何かが息を潜めている気配がした。

「まだ……秘密があるのかよ、ゼル」

にやりと笑みを浮かべ、悠翔はその闇の中へ、一歩足を踏み入れた。

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