第85話「キーボーウーノーハナー」
木曜日なので第85話。
夏風邪で腹に来てまする。うごごごご
赤と青のセロハンのせいで紫色に見える空にぽっかり空いた輝く窓枠の中で、とっても神々しくて美しい女神様のバストアップが浮かんでいる。
やたらと立体的に見えるのはかけている3Dメガネのせいだろうか。
女神様以外を見ると目がチカチカして痛くなるので他に目を移すのはやめたほうが良さそうだ。
ともかく、空に浮かんだ女神様……宇迦之御魂神さまを視認した私は「ヒェッ」と一声鳴いてから慌てて跪いたのであった。
「ああやっと見えたようですね。なんで帰蝶ちゃんには見えなかったのかしら?」
宇迦之御魂神さまの困惑した声が聞こえる。困ってる割にのほほんとした雰囲気が漂っていて、なんだかよくあるあらあらうふふ系ママさんキャラみたいだ。
一部界隈でメインキャラより人気が出るタイプ。
「えっ?ああはい。あーなるほど、そういう事。イナリちゃん、貴女の仕業ね?」
窓枠の中で何かを手渡されたらしい宇迦之御魂神さまがふんふんと読んでいたかと思うと、イナリちゃんに言う。
えっ!と思ってイナリちゃんを見ると、
「わらわ、幼女だから全然わかんないのじゃ」
とよそ見をしている。心当たりがあるなこいつ。
「妙な術をかけっぱなしじゃないの!解いてあげないと私とお話ができないでしょう!」
「めっ!」とばかりにイナリちゃんを叱る宇迦之御魂神さま。なんだろう。神々しいのにバブみが強くてオギャりたくなる。
あらあらうふふ系は私の母ちゃんと同系統だ。なんだか母ちゃんに会いたくなってきた。
叱られたイナリちゃんは立派なおしっぽを丸めてしょんもりとしつつ、おずおずと言う。
「で、でも術を解いたらきちょーが鬼太郎と話せなくなるのじゃ。それではニンジャの特訓に困るのじゃ」
あの術のせいか!
迷宮でイナリちゃんが監禁(?)されていた社殿にいる鬼太郎は体術と隠形術の達人で、ニンジャはほぼ全員が彼の弟子なのだ。
ただ見た目がちょっと大きい子鬼な上に言ってる言葉も「ギャッ」としか聞こえないのだ。
そのため、イナリちゃんの術で彼の言葉がわかる私とイナリちゃんが通訳をしているのだ。最近は私が忙しいのであまり行けてないけど……
久助によると、単語カードみたいなのを使って意思疎通はできてるそうなので、私もお役御免だろうなあと思っていたけど。
……こんな副作用があるならそろそろ解いてほしいなぁ。
いや、鬼太郎に顔合わせるたびに煽られるのが嫌だと言うわけではないよ。本当だよ?
というわけで、千載一遇のチャンスでもあるので、私は宇迦之御魂神の鶴の一声で忌々しい術が解かれる事を期待したのだった。
「……それもそうですね。とりあえずその赤青眼で見えるわけですし、無理に解除する必要もないわね」
……期待は裏切られるものである。即落ち2コマとかいうレベルじゃねーぞ!
すぐ諦めないで女神様!
「ちょちょちょ、ちょっとまってイナリちゃん!宇迦さまも!あのゴブリンに煽られるのはもう嫌なのよう!解いて!あとこのメガネ絶対目に良くないから!できれば付けたくない!」
「ちょ、おま、帰蝶!?」
信長が慌てて止めてくるが構うものか!
言いたいことはちゃんと言った方が良いんだよ!
「うーん、あの子鬼とやり取りしてる帰蝶ちゃんはとてもかわいらしいので、今のままで良いとおもうわぁ」
「うむ!宇迦さまのいう通りなのじゃ!」
「そんなぁ……」
頬に手を当てて困ったわあ的に言いやがる女神様。畜生かわいい。
逆らえないオーラがある。神様だけに。
というかイナリちゃんの主だけあって嗜好は似通っているようだ。
主従揃って似たようなこと言いやがって。
私はがっくりうなだれるしかなかった。
「ごほん!えーと、話が脱線してしまいましたね。ともかく、イナリを保護してくれてありがとう、ノッブ……あらやだ、信長殿、帰蝶ちゃん」
ノッブっていったぞこの神様。
「言葉をかわすことは難しかったのですが、イナリを通してあなた達の事は良く見ていました。良くぞイナリを守り、また魔物を退けていますね。神々は貴方がたに注目しているのです」
隣の信長が息を呑む音が聞こえる。
マジか。朝廷どころか神様にも注目されてるですと!?
「……それは、もったいなきお言葉」
絞り出すように声を出す信長。
私もいろいろ聞きたいことはあるけれど、ちょっとなんて言っていいかわからない。
「正直なところ、今この世に何が起こっているのか、神々も計りかねているのです。
これまでの世にあって、気……帰蝶ちゃんが言う魔力を始めとした神秘は秘匿されるべきものでした。森羅万象がありのままに、神秘に頼らぬ世づくりをこそ進めようと」
んんんん?!いきなりすんげえことぶっこまれた気がする!?
「そも、魔力はそれほど濃いものではありませんでしたからね。それが突然このような事になって……あの魔物たちも、一体何がどうして現れたのか……」
神様もわかんないのこの状況!?
さすがに看過できない内容なので、私は声を上げる。
「あの、宇迦さま!この事態が神様の手のことではないとしたら、一体どういうことなのでしょう?私たち人類はどうしたら……!」
「帰蝶ちゃん。それは私たちにもわからないのです。ある日突然世の理が変わった……としか言いようがありません。神々は現在人をどう導くかを検討しているところです。
ただ……」
「ただ?」
「……私たち神々の、特に現世に影響を及ぼすための力は、多くの者が私たちを信じることが源なのです。現在、それが急速に失われています」
マジかよ。確かに既存宗教離れが急速に進んでいる事は聞いているけど。
「昨今、この尾張を中心に、イナリを通じて信仰が高まっています。おかげで、今回あなた方と会う機会を設けられたのですよ」
イナリ教のおかげだった!マジかよあんな冗談みたいな成立過程で産まれたもんが!?
「と、いうわけでイナリちゃん、帰蝶ちゃん。あなた方は今の方針を進めなさい。術についても……お市ちゃんを大事に育てなさい。どうも私とイナリの教え方は人の子には伝わりにくいようです。
……彼女ならば、人に術を伝える事が可能でしょう」
お市ちゃんを見る。
……彼女が術のキーパーソン?
魔法幼女だけど、彼女はあのお市だ。
史実では戦国の悲劇の姫とは言われてるけど、彼女の血筋はずっとずっと残っている。聡明な女性ではあったのだろう。その才を術に……?
「はーい!おいちはがんばります!」
わからないなりに元気に手を上げる彼女を見て。
良くわかんないけど、神様がそう言うならそうしよう。そもそも彼女は私の義妹だ。不幸にする気は毛頭ない。
信長と目があった。
彼も同じような事を思ったようだ。アイコンタクトで頷く。
「「かしこまりました」」
二人で宇迦之御魂神さまに頭を下げる。
「道を示してあげられぬ情けない神々を許してくださいましね。
……織田家の縁者に、豊穣の加護を授けます。今はこれくらいしかできませんが」
「いえ、全く十分であります。この織田三郎信長、宇迦之御魂神様のご高配に感謝の言葉もありませぬ」
「イナリちゃん。あなたはここ尾張で信仰の芽を出しました。それはとても立派なことで、貴女は真の神に一歩進みました。伏見は魔の手に落ちてしまいましたが、伏見にこだわらず、ここで修行を続けながら人々を導くのですよ」
「……はい、はい!宇迦さま!わらわはここで頑張るのじゃ!
あっ、宇迦さま?人の世の戦に手を出してはならぬという掟じゃが……」
イナリちゃんが何か質問を投げかける。
人の世の戦に手を出したら頭がパーンとなるとかいう掟だったか。あの話かな?
いや、掟があろうとなかろうと戦に幼女を出す気はこれっぽっちもないんだけども。
宇迦之御魂神さまも怪訝そうにしている。
「戦に神が手を出さぬのは当然であるが、自衛は認められておる。じゃが、魔物と戦う術を持たぬ者を守るために神が手を出すのは許されるのじゃろうか……?」
それは……!
気持ちは嬉しいけども、イナリちゃんが戦うハメにならないように色々準備してるわけで。イナリちゃんの頭がパーンとなってまで戦ってほしいなどとは思わない。
「そうですねぇ……それは今神々で話し合っているところなのです。せめて神域に入り込んだ魔物の排除ぐらいは良いではないか、というのが主流ですが。
……イナリちゃん。今は良いとも悪いとも言えません。はっきり決まったらお知らせします。わかりましたね?」
なんだか玉虫色的な回答だけども、イナリちゃんは元気に「わかったのじゃ!」と言っているのでまあ良いか。
戦に出す気は無いんですがね。
「ふふ、その意気です。やがて貴女たちが伏見を……京を解放してくれる事を祈っています。ああ、そろそろ時間のようです。最後に、信長殿。おばさま……天照大神様からの伝言です。
「迷宮の魔力が高まっている。注意せよ」……そして、「外つ国の神々が信徒の派遣を検討中。来訪時はできれば受けいれてほしい」とのことです」
んんんんんんん!!情報量が多い!!多すぎて頭がパンクしそうだ!
「これからも多くの苦難が貴方がたには待っているでしょう。しかし神々は見ていますし、あなたがたの味方です。ですから……止まらずに、まっすぐにお進みなさい」
そう言うと、宇迦之御魂神さまは薄っすらと消えていった。
後には赤青セロハンのせいで紫色の空が残る。
正直、目が痛い。頭も痛いけど。
◯赤青眼
赤と青の薄膜が貼られた上質な和紙でできた眼鏡。
見えざるものが見える事があるという。
往々にして、秘匿を暴くのは全く滑稽な真似である。
というわけで今回はここまで。
また次回をお楽しみに。




