第72話「アドリブで演説しちゃう系イケメン」
日曜日なので第72話。
ちと難産でした。
一月二十二日の朝から始まった家督継承の儀式が終わり、名実ともに信長が織田弾正忠家の当主となった。
この後は三河魔境討伐の論功行賞式となる予定で、どこかほっとした空気が一同に流れたとき、今川代表として来た太原雪斎に同行する形で臨席していた山科内蔵頭言継様がにわかに立ち上がり、上座に上がって帝の勅(実際は綸旨という帝の私的な指示書、みたいなものらしい。後で聞いた)を読み上げ始めた。
私は会場の隅っこでそれをぽかんとして聞いている。
「綸言を承り、謹んで申し伝え奉る。
天下に魔物跋扈し、人民塗炭の苦しみを受くること、帝深くこれを憂いたまう。
しかるに尾張の武将、織田三郎信長は、三河の地に現れし三河童子を討ち滅ぼし、その首級を献上せり。
これ古来頼光が酒呑童子を討ちたるに比すべき武勲にして、人の世を守りし一大功績なり。
帝、これを深く嘉したまい、織田三郎信長に魔物追討使の任を賜う。
広くこの地において魔物を追い、討ち滅ぼす権をもって、その任に当たるべし。
天気如此。」
こういうの初めて聞くので何言ってるか理解するのに苦労する。
えーとえーと。
要は
「魔物が現れて大変な世の中で、信長が三河童子?さんをやっつけて首を献上したのは酒呑童子を退治した源頼光みたいでとってもえらいので、魔物追討使?だかに任命するからこれからも魔物退治がんばってね♡」
みたいな意味だろうか。
ところどころ意味がわからん。三河童子さんって誰?
首を献上ってスプラッタすぎん?
仮御所とはいえ宮殿にそんなもん持ち込んでよく怒られなかったなぁ。
魔物追討使ってのはなんだろう。聞いたことないな。
なんか遣唐使みたいで間抜けな響き。小野妹子か。
小野妹子って女の子みたいな名前だけど実はおっさんって知ってた?
いやおっさんかどうかは知らんけど。
とにかく、私は鍛えに鍛えた姫ムーブで涼し気な顔をしているつもりだけども、気づけば着物を握りしめていた。
あわわわ、厳しい財政のなか土田御前が作ってくれたきれいな着物がシワになってしまう。
青を基調に織田木瓜(織田家の家紋だよ)みたいな花の周りを舞う紫の蝶がまう柄が入った逸品で、よくこんなもんこの情勢で作れたな、と思いつつもいよいよこれを着て織田家の正室として立つのだなぁとか決意しちゃったりなんかしたりして。
余所事を考えつつもパニック状態のいつもの帰蝶ちゃんである。
ちなみにこれ聞いている間その場の全員が頭を下げて聞いていた。
よくわかんなくて頭を下げるタイミングが遅れたのは誰にも見られてな……山科様には見られてた。
バッチリ目があってなんかニヤリとされたのはなんでだろう。
不敬とか言われるんだろうか。
史実でも各国の大名からお金かっぱいで回った有力お公家様なんで私のようなか弱い美少女なんてあっさり潰されてしまう。
いざとなったら土下座して、それでもだめなら逃げよう。
そんなこともあり冷や汗がすごいことになっていたのだ。
山科様が文書を読み終えたタイミングで、
「謹んで、お受けいたしまする」
と、心なしか震えた信長の声があがり、しばらくして「皆、面をあげよ」と声がかかったので頭を上げた。
上座には信長と山科様が座っている。
信長は帝からの手紙を推し戴いていて、目を閉じて黙っている。
……感動してるんだね。
そうだ。信長は多くの幼馴染を失い、顔なじみの領民を失い、それでも多くの兵を率いて戦ってきた。
それが帝に認められた。
これほど嬉しいことはないはずだ。
この世界になるまでは「うつけ」と呼ばれ疎んじられた少年が、戦い続けた果てに帝に名指しで褒められる英雄となった。
これは、織田三郎信長という人にとって大きなことのはずだ。
いや、どんなものにとっても大きな事ではあるんだけど。
黙って目を瞑り、何かを噛みしめるような信長を見て、私もなんだか涙目になってきた。
……よかったね、ノッブ。
押し黙っている信長を見て、間が持たないと思ったのか山科様が話し始める。
「この混迷する世にあって、織田殿の武勇功績は比類なきものでおじゃる。
三河童子とは、三河に現れた将鬼の首級献上の際、帝御自ら命名したものでおじゃる」
えっ、三河童子さんてあの将鬼のこと!?
というかあの首って大和の仮御所まで持ってったの!?
今川が持ってったって聞いたんだけど……それを献上したのか!!
ざわめく中、来賓席にぽつんと佇む太原雪斎を見ると、バッチリ目があってニヤリとしてた。
あのヒヒジジイ!これが狙いだったんか!
何が「今川の士気向上のため」だよぉ!
うちが直接持ってけば功を独占できたのにぃ!
……思いつかなかった時点で家の負けかぁ。
悔しいけど、こういうとこは織田家はちっとも今川には勝てないな。
ま、今は同盟結んだしなんとか吸収できるように頑張らないとね。
「さらに、帝は三河童子に使われた大太刀も「童子切信長」と名付けられた。流石に折れた大太刀では使い物にならぬであろうが、修復して更に魔を断てとのお言葉も賜っておじゃる」
さらに大きくどよめく。
あの大太刀も今川が持ってったやつじゃん!
バッと太原雪斎を見ると流石に目は合わなかったけどすごいドヤ顔しとる!
これアンタの仕込みか?全部仕込んでたの!?
何が「同盟の記念に」だよぉ!
将鬼討伐のどさくさの中でここまで考えてたの!?
これが戦国時代の陰謀!?怖い!
てゆーか「童子切信長」って!!
これちゃんと取っといたら国宝じゃんね!
いやでも修復しろって帝が言うならそうしなきゃかあ。
「そして帝は、織田殿に魔物を討つ命を与えることとされた。そこで創設したのが「魔物追討使」でおじゃる。魔物を討つことの帝のお墨付きでおじゃる。
卑しくも悪用などせぬよう、ゆめゆめ気をつけよ」
魔物追討使ってのは臨時官職なのね。具体例がないけど、少なくとも魔物討伐の大義名分が得られたわけだ。
ただなんだか響きがショボい。もっとかっこいい感じにできなかったのかな(不敬)。
まあ、どこまで使えるかわかんないけど、何もないよりよっぽど良いね。
魔物退治で越境して「勝手に入りやがって!戦だ!」とか言われてもめんどくさい。
太原雪斎は、無表情でちょっと目を見開いている。
おっ、これは予想外だったのかな?ざまぁ!
いやどういう心境かはちっともわかんないけどさ!
やられっぱなしは面白くないもんね。
とは言っても、これからどうしよう。
帝から立派な官職(しかも臨時の!)をもらった以上、あちこちの魔物を退治して回らないとかなぁ。
まだぜんぜん準備が足らないのだけども。
……まずは落ち着いて内政を、尾張と三河を復興させていかなきゃ。
その鍵を握るのが熱田の迷宮だ。
信長もそれはわかっているはず。
……わかってるよね。
なんかテンション上がって
「上洛し京を解放する!」
とか言い出さないよね。
いかん心配になってきた。
杞憂だとはわかってるけど、小心者でビビりな帰蝶ちゃんは考えずにいられないタチなのだ。
こういうただ座ってるだけの式典とかでは特にね。
ハラハラしながら信長を見ていると、目を見開いた信長が私を見て、力強く頷いた。
ああ、そうだよね。私たちの思いは一緒のはず。
ナーロッパ作ろうって約束したもんね。
私も頷きを返すと、信長が立ち上がり。
よく通る声で、静かに話し始めた。
「世は変わった。意味のわからぬ魔物が溢れ、多くの者が死に、今も苦しんでいる」
ざわつきが収まる。
「それまでも戦国の世と言われ、地獄のような有様と言われていた。だが真の地獄が現れた」
耳が痛いほどの静寂。皆聞き入っている。
「戦国……そう、俺達は戦国の世に生きている。
だがそれは他国の都合や悪政に抗うとか、そういったものではない。
俺達が生きるためだ。子々孫々まで故地を治め、平和に暮らすためのものだ。
もはや人同士で争っている場合ではなくなった。
それを認識しているものは少ない。
だが長年争った今川とも此度盟を結び、この難局にともに抗う事となった。
そして今、山科内蔵頭様から伝奏していただいたとおり、俺達の働きは恐れ多くも帝にもお認めいただいた」
おお、と小さなざわめきがおこる。やっぱりよくわかってない人も居たみたい。
……教養を深める学校も必要かしら。
「俺は、帝の信に答えるべく、この尾張……いや日ノ本から魔物どもを駆逐したいと思う。
そうだろう?
突然現れた魔物どもに大きな顔をさせられるか?
そんな事認められるわけがない。
この日ノ本は俺達のものだ!
魔物は強大だ。だが殺せないわけではない!
ならば俺は、俺達は黙って死んだりはしない!
抗って、最後までこの日ノ本で生き続ける!
そのために、多くの事を変える必要がある。
皆、うつけと言われた俺に思うところはあろう。
だが今日この時より、この俺が!
この魔物追討使織田三郎信長が尾張を率いる!
皆の多くが俺に付いてきてくれることを望む。
……安心しろ、悪いようにはしねえ」
不敵に、大胆に、しかし太陽のように笑って信長が演説を言い切ると、
「「「おぉおっ!」」」
と家臣の皆が大きな声を上げている。
私?スタンディングオベーションしようとして思いとどまって変な体制になってるよ。
思わず「U・S・A!」と……、ああ違う違う「O・D・A!O・D・A!!」とか言いそうになったのは内緒だ。
そのうち広めようと思う。
最前列の平手のじいとか林のおっさんとかが男泣きに泣いてるのが印象的だった。
こうして、サプライズまみれだった家督継承式は終わった。このあとは論功行賞式典に移るんだけど、その前にちょっと身内で話すことになったので別室に移動した。
どうも信長にとっても山科様の動きはサプライズだったようで、信秀に向かって「ちょっと別室に来い」と言わんばかりに顎をしゃくっていた。
信秀はなんかニヤニヤしてたけど。
……当主になったとたん親子喧嘩して信秀追放とかしないよね。
いざとなったらこの帰蝶ちゃんが体を張って信長を止めようと思いながら、織田家専用の控室へ向かうのだった。
うつけに振り回されたおっさんたちは泣いていい場面。
というわけで今回はここまで。
ご意見感想ポイントブクマ等々、お待ちしています。




