第71話「幼女神VS狂信者」
木曜日なので第71話。
様子がおかしくなった信勝が継投します。
「ああっイナリさまっ!」
なんかくねくねして信勝が叫ぶ。端的に言ってキモい。
私は信長に助けを求めるように見る。
信長は完全にドン引きしていた。
「帰蝶、どうしようこれ」
「えーと。私、なんかやっちゃいました……?」
私の渾身のテヘペロをスルーして信長は頭を抱える。帰蝶ちゃんショック。
「心が弱ると人はこうなるのか……俺も気をつけよう」
「うーん、弱った人に宗教は救いになるものではあるんだけど、リアル神様は刺激が強すぎたのかぁ……」
「ああ、弱いものの心の拠り所には寺や神社を活用するのはありかもしれんとは思ってたが、眼の前で見るとこれが正解だとは思えんな……」
史実で宗教に苦しめられる前の信長だから、うまいこと利用しようと考えてるたのはちょっと意外……でもないか。史実の信長も宗教嫌いではなくて宗教を騙って好き放題する生臭坊主が嫌いだっただけらしいし。
眼の前で相変わらずイナリちゃんへの祈りを捧げている義弟を前に、余所事を考えて現実逃避していると「勘十郎、入りますよ」と声が聞こえた。
やばい。来客対応が終わった土田御前がやってきたんだ。
なんかまた怒られる流れだって、さすがの私も学習できている。
いやでも私悪くないよね!?
「母さんが来たか。仕方ない帰蝶、一緒に叱られよう」
「ええ~、今回私悪くないと思う~」
「それが通用する相手じゃないって知ってるだろ」
「うう、しょうがないかー」
いつまでも部屋の前で待たせるわけにいかんので、腹を括って「どうぞお入りください」と言おうとしたら、とてとてぱたぱたという子どもの足音がして
「おはるー!かっつがめざめたのじゃ?」
「ははうえー!かんじゅうろうあにうえがめざめたとききましたー!」
と、尾張が誇る美幼女コンビの弾む声が聞こえた。
「あらイナリ様。お市も。お見舞いに来てくださったのですか?」
と土田御前のお返事も聞こえる。
なんともほのぼのした一幕である。
戸を隔てて狂信者がそれを聞いていなければ。
「イナリ様!?イナリ様あああああああ!!」
「わー!ノッブ止めて!イナリちゃん逃げてええええ!」
「落ち着け勘十郎!」
立ち上がって戸に向かって走り出そうとする信勝を信長が羽交い締めにする。
「なんだこいつすげえ力だ!?」
「勘十郎様!殿中!殿中でござる!!」
「離してください兄上!僕は、僕は稲荷様へ熱い感謝の気持ちを捧げなければ!」
室内の大騒ぎを聞いて「何事です!」と叫んだ土田御前が戸を開く。
そして目に入るのは兄に羽交い締めされて暴れる弟、そして膝立ちで「殿中でござる!殿中でござる!」と叫んでいる嫁(美少女)。
「いや、ほんとに何してるのじゃ?」
イナリちゃんの素朴なつぶやきの後、那古屋城に雷が落ちた。
帰蝶です。狂信者も英雄も美少女姫様も母の偉大さには敵わず、兄弟プラス兄嫁の3名で正座してお説教されています。
謎の信仰に目覚めた信勝も母の強さには敵わないらしく、大人しく座っている。チラチラとイナリちゃんを目で追っているのが怖いけど。
「勘十郎!あなたは病なのです!それが起き抜けに大騒ぎなど恥を知りなさい!」
「しかし母上!僕はイナリ様という真の神を知ってしまったのです!」
「黙らっしゃい!それはそれこれはこれ!療養中の身でなんと情けない!」
「うぐ、すみませぬ……僕が弱いせいで……」
あかんお説教のせいでトラウマと罪悪感を刺激している。
ここは助け舟を……
「母さん、それぐらいで。勘十郎もまだ疲れが抜けてないんだ。飯を食ってまた寝かせねえと」
「三郎殿まで!……はあ、あまり母を心配させるものではありませんよ。正月から寿命が縮まる思いです」
疲れが滲む声。すいません義母さま。
でも私のせいではないと思う。たぶん。きっと。
「どうせ帰蝶殿が何か吹き込んだのでしょう。勘十郎、貴方はまだ疲れているのです。お食事をして横になっているのですよ」
とんだとばっちりであるが、信勝への優しい声掛けが尊いので何も言えねえ。
「お話は終わったかえ?」
のほほんと声を出すイナリちゃん。
信勝の目が再びぐるぐるしだした。
「かんじゅうろうあにうえ、なんかこわいです」
涙目のお市ちゃん。基本いつも笑ってる子なんだけど、信勝の様子がおかしいので怯えてるんだろうか。
幼い妹の怯える様子にハッとして、信勝は居住まいを正してイナリちゃんに頭を下げる。
「イナリ様、昨日は無礼を働いてしまい申し訳ございません。素晴らしき神通力で病で眠れなかった僕をお救いくださったとか。この織田勘十郎信勝、感謝の念に耐えませぬ」
イナリちゃんは昨日バケモノ呼ばわりされたことも気にした素振りも見せず、にっこり笑って
「うむ!かっつよ、そなたは病んでおる。
じゃが、わらわがしばらくはよく眠れるように術をかけてやるゆえ、ゆっくり休むのじゃよ?」
「うう、イナリ様、なんと慈悲深い……!!やはり愚かな人の子を救い給うために降臨された女神様であられた……!!」
ぶわわと涙を流して歓喜の声を上げる信勝。
キモいという感想しか湧いてこない。
お市ちゃんは
「おかあさま、かんじゅうろうあにうえ、おかしくなっちゃったの?」
と涙目だ。
信長が「そんなことはないから安心しろ」と慰めている。
なんというカオス。
案外まんざらでもなさそうにドヤ顔をしているイナリちゃんはおかしいと思う。
神様だから信者が増えるのは嬉しいんだろうか。
「まあまあ、とりあえずお食事にしましょうよ!勘十郎様、味噌煮込みうどんを作らせているのです。そろそろきますのでお食べください」
空気を変えるために明るく声を出す。
土田御前も「そうですね」と満足そうだ。
嫁的に正解な差配だったらしい。ちょうど土鍋が運ばれてきた。
味噌の香りがふわりと漂ってなんとも良い匂いだ。
今日も料理人たちは頑張ってくれているらしい。
「うどん!きちょーのうどんは美味であるのじゃ。よく食べるのじゃよかっつ」
「ははっ!ありがたく!義姉上、何から何まで感謝でございまする!」
ふははは!もっと褒めるが良い!
数々の特訓を経て帰蝶ちゃんも成長しているのだ。
スーパー帰蝶ちゃん2ターボXと呼んでくれてよいのだよ!
とドヤ顔していると土田御前が
「帰蝶殿は後で私の部屋に来なさい」
と言った。呼び出しを受ける覚えは、結構あるのでなんとも言えん。
信勝は食事の後イナリちゃんの術で眠らされた。
謎の狂信者化したけれど眠れば大人しくなるし。
穏やかな寝息を立てる信勝を優しく撫でて、土田御前がこちらを向く。
ちなみにお市ちゃんとイナリちゃんは部屋の隅でなにやらこしょこしょ話している。
幼女同士大人しくしててえらい。
「で、何があったのです?」
「えーと、イナリちゃんを紹介したら、ああなりました」
「簡潔すぎます!たったそれだけでどうしてああなるのです!」
「えー……?」
「あのな、母さん。ほんとにそれだけなんだ。帰蝶はイナリが魔物に見えて怯えてたのを、神だって説明しただけだ」
うう、信長が助け舟出してくれてりゅ。
「それでなぜあんな様子に……?」
「あー、魔物ばかりじゃなく神もよこしたので天は人を見捨てていない、みたいなことも言ったか、帰蝶?」
「え、あーはい。世の中に絶望してた様子なので少しでも慰めになれば、と……」
「そうですか……勘十郎は疲れてますからね。一時の気の迷いと思いましょうか」
「ああ。それと出家は止めると言ってたからな。代わりにイナリを祀る社を作るとかなんとか」
信長が信勝の出家取りやめ宣言を説明すると、イナリちゃんが立派なおしっぽをピンと立ててこちらを見た。
「わらわの社!?かっつはそんなこといってくれたのかや!?」
「お、おう。どこまで本気かはわからんが」
「ほうほう!かっつはなかなか見どころのある者であるのじゃ!」
「そんなにうれしいものなの?」
「そうなのじゃ!社ができればわらわも大きくなれるし、主の宇迦さまのお力も増すので尾張の豊穣は約束されたも同然じゃ!」
「えっそんな効果があるの!?どういう仕組なんだろ」
「社があると、気が集まるのじゃ!こう、きゅるるんっと。これは、かっつを早う元気にしてやらねば!」
「なるほど、わからん。だが良い事があるなら検討の余地はあるな……」
「勘十郎様が元気になることは良いことだねノッブ、義母様」
「ええ、よろしくお願いします、イナリ様」
「いちもやるー!」
「うむ、我が一番弟子であるおいちも一緒にかっつを元気にするのじゃ!」
「あはは、お市ちゃんの可愛さで勘十郎様もすぐに元気になるよ!」
元気になって、正気に戻ってほしい、みたいな事を信長と土田御前と話して、その日は終わった。
翌日から、信勝は目覚めてはイナリちゃんを崇めまくってはお社建立計画を練ってまた寝かされる、という謎のループに入った。
イナリちゃんも嬉しそうにあんな社が良いと要望を出しては信勝が涙を流して同調する、みたいな感じで過ごしている。
とにかくよく眠れるので日に日に顔色がツヤツヤしだして、すっかり知的イケメンの容貌を取り戻したのだった。
いや、狂信者は治らなかったんだけど。
たまに目がぐるぐるしててこわい。
ともかく、土御門様の手紙の処理はまだ終わらないし、身内(主に信勝)が妙なことになるし、イナリちゃんはお社計画でウキウキしつつ新しいおやつをねだってくるし、お市ちゃんがよく眠れる術を使いだしてみんなを眠らせたりするし、問題は山積しているけど、一月二十二日。
家督継承式の日がやってきたのだった。
そしてこの日。
「帝からの勅を伝える。織田三郎信長を魔物追討使に任ずる」
ただの来賓だと思っていた山科様の伝達したことが、尾張を震撼させることになる。
VSって言ったってほんとに戦うとは言っていない。
というわけで今回はここまで。
また次回をよろしく。




