第47話「秘密はばれるからこそ秘密」
金曜日なので第47話です。
「雪斎殿……ですか」
なんだこれ。なんでこんなところに雪斎が!?
太原雪斎。
言わずと知れた今川義元の師匠というか軍師というか、僧侶のくせに戦場で大活躍する類の生臭坊主だ。
史実の今川家の凋落は雪斎の死がきっかけだったとか言われてたような気もする重鎮中の重鎮だ。
雪斎が生きていたら桶狭間は無かったとも。
その太原雪斎が、今この私の目の前にいる。
ここは熱田!織田家の支配地でございます!
そこに長年争った今川家の重鎮が現れるなんて、歴史は一体どうなってしまったんだろう。
ああ謎のファンタジー化したせいで歴史なんかもう当てにならないんだった!!
畜生!なんて時代だ!!
しかしどうしようこれ。
暇になったから涼風様やイナリちゃんと遊ぼうと思ってたのにとんでもないことになってしまった!
一体これから、どうなっちゃうの~!?
いやいや待て待て。まだだ。まだ慌てるようなあわわわわわ。
「どうやら、拙僧の来訪は予想外であったようですな」
私が静かにパニックになっていると雪斎は淡々と言った。
予想外というか認識外からの一撃を食らった気分です!
対戦ありがとうございました!もう帰っていいですか!?
「はて。ここは帰蝶殿のお屋敷であったはずでございましたが」
ぬわああああんまた口に出てたあああああ!!
女子大学寮での勉強の日々も土田御前の鬼のような特訓も身についてねえ!
すまねえみんな!アタイ前世から小市民だったから!
やっぱり私にはお姫様は荷が重いと思うの!
口を押えて目を白黒させる私にニヤリとしながら雪斎は続ける。
「尾張が落ち着いたと聞きましてな。
信秀殿に祝いを申し上げに参ったら、面白き嫁が来たので会っていけとおっしゃられましてな」
何してんのさ信秀!?
「それに、熱田は灰燼に帰したと聞き及んでおりましたが、ほんの1年でここまで再建されており、活気にあふれている様子。
いやはや、尾張は素晴らしいですな。今川もあやかりたいものです」
なんだ、何が言いたいこの爺さん!?
あわわわこんな老獪な政治家相手にするの私には無理だよぉ!
誰か助けて!
「駿河にも熱田の様子は聞こえておりましてなぁ。
うつけと言われておりました嫡男殿が素晴らしき活躍をなさったとか。
それならばこの様子も不思議ではありますまい」
うーん、ホントに世間話しに来ただけなのかな?
今川家はいろいろ大変だとは聞いてるけど。
いやいや油断しちゃだめだ。
これは外交だ。
全てに何かの意図があると疑ってかかる必要がある。
「熱田にできたという大学寮も、素晴らしいものですなあ。
魔物はびこる世にあっては女子もまた戦に備える必要がある。
まことに道理でございますな」
女子大学寮の事も知ってるっぽい。
ま、まあそれほど重要度は高くないから漏れてもいいかと話した覚えはあるんだけどね。
今川家にも知られている事は想定内だけど……。
「熱田では物の取引も活発になっておるようですなぁ。
これも嫡男殿の手柄だとか。
今頼光とは聞き及びましたが、政の手腕も大したものですな」
「お、オホホ……三郎さまはとても聡明な方ですからね」
やっと姫ムーブが仕事しだした。
当たり障りの無い返事でお茶を濁すターンです!
しかし久しぶりに聞いたよ「今頼光」。
尾張の鬼を殴り倒しまくった信長を、京都で暴れまわった鬼、酒呑童子を退治した源頼光になぞらえてこう呼ばれることがあるらしい。
信長は嫌がってるんだけどね。
それはともかく、雪斎は私の返答に満足そうにうなずいて、柔らかな笑みを浮かべながら続ける。
「確かに。今頼光、織田三郎さまは武勇に優れ、政にも明るいお方。
……しかし拙僧はひねくれ者ゆえ、ちと違う見方をしておりましてな」
「ヲ、ヲホホ……一体どのような……?」
雪斎は笑みを浮かべたまま、
「今の尾張の状況、作り出したのは貴女でございましょう?帰蝶殿」
と何でもない事のように言い放った。
なんで知ってるのこの人!?何をどこまで知ってる!?
というか知られてんの私!?
ピシリと固まった私はたっぷり1分ほど硬直した後、冷や汗をかきながら
「を、ヲホホほ?しぇ、雪斎殿は、ぎょ、ご冗談がお上手な事。ウヒョホホホ」
噛みまくって声が裏返った返答をせざるを得なかったのだ。
びっくりしたんでしょうがないと思う!私は悪くない!!
完全にパニックになってる私を無表情で見守る雪斎。
もう嫌だ!レベルアップしたスーパー帰蝶ちゃんパワーでこの人たち叩きだしてふて寝してしまっても許されるような気がしてきた!
そうだ今川何するものぞ!
そっちがそう来るならよろしい、ならば戦争だ!
いや待て待てお客さんぶっ飛ばして勝手に戦争始めたら本気で離縁させられちゃう!
そんなに……僕たちの力が見たいのか……!!
でもでもこの爺さん尾張の最高機密(自称)の私の事知ってるっぽいし、口封じするしか!
お前一人で戦争始めるつもりか!
ちくわ大明神
誰だ今の?
脳内帰蝶ちゃん議会が紛糾してフリーズした顔色の悪い私を見やって、雪斎は無表情で
「喝!」
と言った。
一気に頭が冷える私。
ビクッとして背筋を伸ばした私を見て、雪斎はまた柔らかく笑って語りかける。
「落ち着きなされ。腹芸は不得意のようですな帰蝶殿?」
「ひゃ、ひゃい……すいましぇん……」
うう、学校で先生に叱られた時みたい。
「貴女には腹を割って話した方が良さそうですな。
拙僧が尾張に来たのは、織田に援軍を求めに来たのです」
「えん……ぐん?」
「左様。今川は魔境に対峙する北条と武田より援兵を求められておりましてな。
ですが今川とて余裕は無い。三河がありますからな」
「そう、ですね」
そして雪斎は今川の置かれた状況を説明し始めた。
曰く、武田と北条は三河で魔境と対峙しているとはいえ領国のうち駿河と遠江に魔境が無く、比較的兵数に余裕がある今川に魔境防衛の援軍を求められていた。
戦国時代で長年争ってはいたが、縁戚でもあるし甲斐と相模が抜かれれば魔物に包囲されてしまうのはどうしても避けたいので援軍を送る方向で話は進んでいたそうな。
派遣の準備中に尾張でも噴出が起こり、三河の半分、岡崎まで魔物に攻め込まれたのでいったん立ち消えになってしまったが、甲斐と相模がどうにも厳しいので派兵するか、となったところで待ったがかかった。
三河武士たちだ。
主家の松平家は当主討ち死にで大混乱ではあるけど、生き残った武士たちは三河を魔物から取り戻したくて仕方ない。
そりゃそうだけど、何とかこらえて防衛戦を続けるよう説得していたところに尾張での信長の活躍が聞こえてきて、
「尾張のうつけにできるんなら我らにだってできる!!」
という声が高まり、隣国への援軍の準備を進める今川家を「腰抜け」と噂するほどになってしまった。
このまま援軍を派遣したら三河の魔境を抑えるどころか謀反を起こしかねない。
そうした理由で、やむなく三河の魔境に進攻する羽目になってしまったのだとか。
結果はお察しである。
三河武士たちは魔物に抗しきれず多くの犠牲を出して撤退せざるを得ず、駿河と遠江から出た今川家も結構な損害を被ったのだとか。
三河武士たちも魔境のヤバさを思い知っておとなしくなったけど、兵が減った三河武士たちにこれまでどおり魔境を抑えさせることは難しくなってしまった。
と、いう訳で断腸の思いで織田に援軍を求める事になったとさ。
「……何というか、ひどいお話ですね」
小学生並みの感想しか出てこない。
「お恥ずかしい話ではございますが、これが今川の置かれた状況にござる
……三河の魔境を討伐し、関東と信濃の魔物に備えねばなりませぬが、悔しいが我らにはその力がない。
そこで、尾張平定をなした「今頼光」織田三郎さまと、彼に知恵を授けた稀代の女軍師、帰蝶殿のお力をお借りしたいのです」
「私が女軍師などと……」
どこで知ったのさ!
私の存在は信長が苦労して隠してたはずだ。
そりゃまあ太原雪斎ならそういう子飼いの忍びとか情報のつてはありそうだけどさ!
「帰蝶殿は、もう少し口を慎まれる事を覚えた方がようございますな」
要するに私がいらん事あちこちでボロボロこぼすせいで、雪斎にかかれば情報を集めるのは結構簡単だったのだとか。
今も心の声が口から零れ落ちたしね!
つまり私のせいだった!自業自得!ショギョムッジョ!アババー!
いや待てよ?信秀が私を紹介したとか言ってたけど……
「援軍の要請を行ったら、「嫁に聞け、良い知恵を出すはずだ」と弾正忠さま(信秀の事)がおっしゃられましてな。
これをもって全てが繋がったのでございますよ」
ニヤリとして言う雪斎。
決定打は信秀じゃんか!
情報の隠蔽とは一体なんだったのさ!?
一応、ちゃんとした理由はあるんですよ。
帰蝶が察することができるかは別の話ですけど。
という訳で今回はここまで。
ご意見ご感想お待ちしております。




