第100話「ポンコツ幼女神の決断」
火曜日なので第100話。
なんだか神妙な顔をしたイナリちゃん、信勝、土御門様の三名が揃う。
そりゃ故郷の危機だからおふざけはやりにくいだろうけど、そんな畏まられてもこっちが困る。
「義姉上、此度は……」
お通夜に訪れたみたいなセリフを放つ信勝。
そりゃ現在進行系で人死にが出まくってるけど今はそんな事してる場合じゃないのよ。
なので努めて冷静に話すことにした。
「葬式でもないのでその先は今は結構です。勘十郎様、土御門様、お呼びしたのはお頼みしたいことがあるからです。
御存知の通り、飛騨から溢れた魔物が美濃を蹂躙中で、私はこれが尾張まで広がりかねないことを懸念しております」
「尾張まで?まさか……」
「勘十郎様、それが人ならば一挙に美濃を抜いて尾張まで来ることなど無いでしょう。しかし奴らは魔物なのですよ」
「……なるほど。僕は熱田にてイナリ教の差配をせよと兄上に命じられました。イナリ様の教えを広げることはやぶさかではありませんが……」
一体何をどうしたら?という顔をしている信勝に私は言い放つ。
「迷宮の地図作成に目処がつくまでとしていた新規の迷宮入りを解禁してください」
ピシャリと。
イナリちゃんのりっぱなおしっぽがピクリと動いた。
「は!?は……それは、願ってもない話ではあります。物資の生産量維持には必要ではありますが」
ちょっと嬉しそうな信勝。そりゃ信者……彼が言うには同志が増やす良い機会なのではあるが、さんざん危険性を訴えて止めていた私がこう言ったのがちょっと信じられないようだ。
でも、なりふりかまっていられないんだよ。
「隣国が滅びに瀕し、尾張に再び魔物の脅威が迫る中、帝の意を受けて民のため戦う織田の兵を支援するため、迷宮で産物を集めよとイナリ様のお告げがあった……そのように広めてください」
必殺プロパガンダである!信心深いこの時代の人々には効果てきめんなはずだ!
なんだったら信者の前で一発ぶち上げても良い。
「義姉上!?」「帰蝶殿?!」
「待ちやれきちょー、わらわはそんな事……」
3名から各々驚きの声が上がる。
そりゃそうだ。イナリ教、つまりはイナリちゃんをここまで直接政治利用するのは私がずっと避けてきたことだ。
イナリちゃんの名前で、人々をまだ調査が済んでいない迷宮に投入しようとしてるんだ、私は。
でも……私は織田信長の正室で、美濃のマムシの娘で、帰蝶だから。
救いたい人がいる。守らなきゃならない場所がある。
そして何より、魔物どもに舐められているのが、我慢ならないのだ。
だから、非道とも思える策を実行してもらえるよう、頭を下げた。
「お願いします……もはや悠長にしていられないのです。
……イナリちゃん、イナリ様。今回はお名前をお借りする事をお許しください」
「むぅ。まあ、魔物に抗する力を得るのは良いことじゃ。かっつ、かまわぬのじゃ。妾のお告げとして皆に広げよ。
あっ、くれぐれも命を大事にするよう付け加えるのじゃよ?」
「はっ!」
あっさりイナリちゃんが同調してくれたので助かった……
「それでは我らは信者に伝える必要がありますな。同志勘十郎、忙しくなりますぞ」
土御門様がそう声掛けをして、信勝と顔を合わせて頷く。
仲いいなあんたら。ああでもちょっと待って!
「あ、土御門様には別にお願いがありまして」
「む、なんですかな?」
呼び止めると、不思議そうな顔をする。
「土御門様、前線に兵糧を送るのに魔導冷蔵庫は大変便利です。ですがたくさん作るのは現状無理ですよね」
「む、そうですな。涼風と共に最近やってきた木っ端共が頑張っておりますが、迷宮鉄に術を彫り込み、相応しき箱を作るのも一苦労でしてな」
そう。魔導冷蔵庫だ。あれは基本的に迷宮鉄に陰陽師が術を彫り込んでそれを箱に設置するだけでできるが、土御門様なりに矜持があるのか、普通の木箱に入れることは許してくれない。
蔵はともかく、箱についてはそれなりの格式を求めているのだ。
このへんお貴族様なので難しいところなんだけれど、まだできたばかりの技術で効率化検証を続けてほしかったので、今まではそれで良かった。
でも、箱については分業で作れば大量生産ができる。
陰陽師が今後も増えればもっと増えるし。研究が進めば機械彫りでも作れるかもしれない。
魔物との戦いは総力戦。ならば大量生産力がものを言う。
だから、私はここで、戦時量産体制の構築を目論んでいるのだ。
……土御門様の矜持を曲げてもらうことになるけど。
「それ、必ず陰陽師がやらないといけない工程ってどれなんですか?」
「それはもう全てであろうよ。術を彫り込んだ迷宮鉄を収めるに足る格式と清廉さが備わった箱でないと陰陽術としての完成とは言い難い」
「……例えばですね、ただのつづらに術を彫った迷宮鉄を入れても中は冷えます?」
「冷えはするが、安倍晴明公の作り上げた術をそのような美しさの欠片もないものに……待て帰蝶どの、まさか……」
「土御門様の陰陽術への真摯さ、ひいては安倍晴明公への敬意には感服しており、尊崇の念を抱いておりまする。しかし此度は非常事態。尾張を……美濃を救うために、どうかそこを曲げて、簡易型魔導冷蔵庫の増産をお願いできませんでしょうか!」
再び頭を下げる。
「前線で戦う兵たちの士気を保ち、魔物に打ち勝つためには魔導冷蔵庫で新鮮な食材を送ることが不可欠なのです!ですから、どうか!!」
私は、他人を死地に送る決断をした。でもそれはただ死んでほしいわけでは断じて無い。可能な限り支援を送って、可能な限り死なないようにしてほしい。
だから、私にできる限りをするのだ!
「……以前イナリ様にも言われましてな。晴明公は格式やら美しさにはそれほどこだわっていなかったと。よくできた術は自然と美しくなるものである、とも」
「よく覚えておるのう、ありのぶ」
「晴明公のお言葉を直接拝聴したような気分でございまする。忘れようはずもありませぬ」
「土御門様……」
「頭をお上げください帰蝶どの。そうですな、ここらで我ら魔導研究所が戦にも役に立つ事を見せねば尾張を追い出されかねませぬゆえ、致し方なく……という建前でいかがか?何、恥ずかしい話、朝廷筋のうるさ方に雅さが足りぬと言われるのが嫌であっただけなのですよ。今の物でよいのであれば、量産、請け負いましょうぞ」
「ありがとうございます!」
やった!これで信長たちに送る兵糧のバリエーションが増える!
「では義姉上、御前失礼いたしまする」
「量産については涼風を後ほど伺わせまする。詳しくはそちらへご指示を。私は同志勘十郎と迷宮に向かいまする。……結界符の試験が佳境でしてな」
そうしてドタバタと出ていく二人。
室内には私とイナリちゃんが残される。
そして、イナリちゃんがふう、とため息をつく。
ビクリとする私。
勝手に決めちゃった事、やっぱり怒っているのかしら……?
ポンコツ幼女だけど神様だからなにか天罰とか……?
おそるおそる様子をうかがっていると、イナリちゃんはへにゃりと笑って曰く。
「つらかったのう、きちょー。わらわがふがいないゆえ、苦労をかけさせてしまったのう」
「は……?」
「きちょー、わらわな、皆が大好きじゃ。ここはとてもあったかいのじゃ」
「はぁ」
「じゃからな、皆が困ったらわらわが手を貸そうと思うのじゃ」
「……?」
「きちょー、いまのきちょーはとっても荒れておるのじゃ。兄上が無うなって、マムシどのも危機の最中とあらばしょうがないのじゃ。わらわはそんなきちょーに何もしてやれないのが口惜しいのじゃ」
「あ、いやそんな!私の方こそイナリちゃんを利用するような……!」
「きちょー、良いのじゃよ。わらわはきちょーの側に居ると決めたのじゃ。だからな、あのな、心配せずともよい。わらわはきちょーとずっと一緒じゃ。きちょーがそうせよと言うなら、わらわはそうしよう。
あーもちろん、あんまり嫌だったら怒るから、その時は反省するのじゃよ?」
この子は……私を慰めようとしてくれてるんだろうか。
視界が潤む。どうしよう今猛烈にこの幼女を抱きしめたい。
ロリコンではないのだけど。
「わらわは神ゆえ、戦に手を出すことは叶わぬ。じゃが、信徒に加護をあたえるのはかまわないと思うのじゃ。わらわは見習いゆえ、それほど効果は無いものであろうが、信徒の皆は喜んでくれるかのう?」
ああ、この子は。このポンコツ幼女神様は……
私たちと、人と一緒に戦ってくれるのだ。
神の制約は色々あるんだろう。詳しくはわからないけど。
それでも自身にできる精一杯を尽くそうとしてくれている。
ああ、なんて良い子。
涙腺が崩壊した。
色々ありすぎてぐちゃぐちゃだった緊張が溢れ出す。
「ほわわっ、どうしたのじゃきちょー!わらわ、何か悪いこと言ってしまったのかの?泣かないでたも。きちょー、泣かないでたも……ひゃっ」
もうたまんないのでイナリちゃんを抱きしめてわんわん泣いた。
なんで泣いてるのかもよくわかんないけど、わんわんにゃーにゃー泣いた。
たまにイナリちゃんのりっぱなおしっぽをもふもふするのも忘れない。
スキンシップなのでセクハラでは無いので!健全なので!
土御門様にパワハラされたのか慌てた様子の涼風様がやってきた頃、私の目はすっかり腫れあがってしまっていた。
「誰であるか!?」
「ひどい!帰蝶です!」
「きちょーはほどほどができない子なのじゃなぁ」
しょうがないじゃん多感なお年頃の乙女なんだから!
帰蝶「前世まで含めるとアラ還とか言ったやつは処す」
ついに本編で100話達成。褒めてくれてもいいのよ。
というわけで今回はここまで。
また次回をお楽しみに。




