第98話「彼らを美濃から生かして返すな」
木曜日なので第98話。
インフルエンザが流行ってますので気をつけましょうね。私はしっかり罹患しました。
「で、あるか」
すべての音が止まった室内に、信長の声が響く。
そしてその後押し黙り、顎に手を当てて考え込んでいる。
久助はそれをまっすぐ見据えて、また、黙っている。
私は……放心していた。
「詳しい状況はわかるか」
永遠にも思える沈黙を破って顔を上げた信長が久助に問う。
久助は私をちらりと見て、逡巡した様子を見せる。
「気にするな。事は一刻を争う。言え」
……聞きたくないと思った。聞けば恐ろしいことが、何かが決定的に変わってしまった事がこれからわかってしまう。
でも、私にはつい先程自身で言った言葉を違えることはできない。
信長の隣に立つと決めたのだから。
私は、織田家正室、織田帰蝶なのだから。
そんな覚悟を内心で決めた時、久助が話し始める。
~久助の報告~
美濃に潜らせていた手の者からの報告です。
3日前、美濃の山奥、郡上八幡は牛首山周辺に置かれた飛騨防衛線が突破されました。
主将は斉藤新九郎(義龍)さまでございましたが、雲霞の如く迫る将鬼に率いられた魔物どもの襲撃を受け、ご用意されていた丸太罠などを駆使し食い止めようと奮戦なさいましたが衆寡敵せず、将鬼の手で討ち取られてございます。
陣の崩壊を見た手の者は直ちに離脱。稲葉山の道三公に事態を知らせに走りましたところ、既に新九郎様の手の者により伝達が行っており、奥方様ら女子供を逃がす手筈が進んでいたそうです。
道三公は手の者に事態を殿に報せ、女房子供を受け入れてくれるよう直接話しをされました。
……我らが美濃に入っていた事は筒抜けだったようです。
ともかく、手の者は後方支援の者どもを奥方ら避難民の護衛と道案内につけて尾張に向かわせました。
本人はその後魔物軍の監視にあたっております。
勿論後方支援員による随時の報告は入っております。
……それによると、美濃国内になだれ込んだ魔物どもは兵も農民も女子供も見境無く嬲り殺しながら、真綿で首を絞めるようにゆっくりと稲葉山へ歩を進めているとのこと。
見るに耐えない有様でありますが、潜入している者どもも危険が大きく、民の救援叶わず。口惜しい事にございます。
~久助の報告、おわり~
「なんとも……」
それを言ったきりまた考え込む信長。あまりの事態に言葉が出ないらしい。
かくいう私も
「なんて、なんてこと……」
やっと絞り出せた言葉は、時代劇で味方の敗報を聞いたモブ奥方さまみたいなことだった。
そう考えるとあれってリアルな演技だったんだね。次見ることがあったら是非注目しておきたい。
ああもうどうでも良いよそんな事!今は時代劇どころかリアル時代劇の気まぐれファンタジー添えなんだから!
嘘でしょ、兄様(義龍)死んじゃったぁ!?
父ちゃん(マムシ)助けたり防衛線ガッツリ守ってたり、ぐふふとか笑うちょっとキモいけどデカくて強そうで実際強くて、私を見ると鼻で笑ってくるクソいけ好かないタイプの兄様だったしそのうち信長に倒される、というか早逝するからあんまり交流持つ気なかったけど、史実の斎藤義龍が存命中は織田家は美濃に入り込めなかった有能だからまあ大丈夫だろうな、と思ってた兄様なのに!
死んじゃったの?
病気じゃなくて?
将鬼と一騎打ちして?
……なんでだよぉ。
兄様死んじゃったら誰が美濃守るんだよぉ……
父ちゃん(マムシ)もうお年寄りだし、片腕しか無いんだよ……?
なのに、なんで、なんでこんな、こんな……!
パニック状態でぐるぐる考えていると信長が声をあげる
「待て久助、義父殿は?マムシ殿の撤退支援はどうなってる」
「はっ、道三公は美濃の民の避難を支援するために殿を務めるとのこと。
……城を枕に、でございましょう」
「そうか……やむを得ん。美濃国境を固めるしかあるまい」
ふぅ、とため息を付いて信長が一言。
嘘でしょ。待って、待ってよ。それって。
美濃を、父ちゃんを見捨てるってこと?
……わかってる。今はそれが合理的だってことは。
でも、でも——
美濃を、父を救ってほしいと願ってしまう私は、織田家正室失格なんだろうか。
と、顔を青くしているであろう私を見つめて信長が問うてきた。
「あるまいが……それでいいか帰蝶?」
まっすぐ射抜くような眼。
この眼は知ってる。
迷宮で子鬼を殺す事に躊躇した私に覚悟を問うてきた時と同じだ。
織田信長が、私に問うてきている。
——お前の意思で、兵を死地に送ることができるか?と。
どうしてこんな事を私に聞いてくるんだろう。
三河の時もそうだったけども。
どうしてこの人は、私にいくさを始める決断をさせようとするんだろう。
私は前世があるだけのただの女でしかないのに。
戸惑う私に、信長は続ける。
「帰蝶。お前の……いや、俺達の「なーろっぱ」はこういう時に備えていたのじゃあないのか?」
「えっ」
「義元に聞いた。桶狭間で将鬼に対面したお前が大喝した「人類舐めんなよこの野郎」、だったか。痛快だったよ。
なあ帰蝶。俺たちゃ武家だ。戦で戦って死ぬのは本懐とも言える。人が、人同士で争って切り合って殺したり殺されたりは戦の常だ。それはいい。それならしょうがねえ。
だがな、いまのこりゃ、ちがうだろ。魔物に脅かされて殺されるのは違う。
断じて違う。
なんて言って良いのかはわからんが、とにかく違うってことはわかる。
人ですらない余所者にでけえツラさせてたまるか、俺はそう思う。
だから、奴らがでけえ面して俺等の近くに出張ってきやがった以上、これはぶっ殺さにゃならねえ。
俺はそれが「なーろっぱ」だと思う。
帰蝶、なあ帰蝶。お前はここで日和って尾張だけ生き残れりゃ良いなんて思ってないはずだ。
やっちまおうぜ。あの訳わかんねえバケモンどもに舐められっぱなしにならないために色々やってきたんだろ。
今だぜ。あのぽっと出の余所者どもに痛い目みせるのは、今だ。
言え、言っちまえよ帰蝶。
心のままに、「人類舐めんなよこの野郎」ってさ。俺はそのための刀になってやる。
お前が俺を振るえ。そんで、マムシ殿を救って、美濃も救って、バケモンどもに目にもの見せてやろうぜ」
私はあっけにとられる。
この人は……この、織田信長という人は、私を巻き込んで魔物どもに報復戦争をしているんだ。
ああでも、わかる。
大変心躍る提案である。
あのバケモンが美濃を蹂躙して笑っている横から全力で殴りつける。
なんてスカッとする話だろう。
でも、良いんだろうか。あんまり大規模な侵攻を、今の尾張の力で跳ね返せるんだろうか。兵力は、兵站は……
ぐるぐると情報が頭を巡って返事をしようにも迷って出来ない私に、信長がもう一押し。
「細けえことは良いんだよ、帰蝶。舐められっぱなしでいいのかよ、おい?」
うぐぐ、そんな煽るみたいに。
私は平和主義者で有名な帰蝶ちゃんなんだぞお!
ああもうよござんす!
そんなに言ってほしいなら言ってやろうじゃない!
もうどうなっても知らないんだからね!
「舐められっぱなしでいいわけないでしょ!!
ノッブ!美濃のバケモンどもぶっ殺してきて!ついでに弱気の父ちゃん蹴っ飛ばして連れてきて!お説教してやる!!」
立ち上がってキレ気味に言い放つ私を見上げた信長はニカッと笑い、
「おう任された!聞いたな久助!陣触れじゃあ!!!」
と、熱田中に響き渡るような大声を出したのだった。
声にこもった魔力の圧がすごかった。鼓膜破れるかと思った。
帰蝶「掃滅せよ」
というわけで今回はここまで。
また次回をお楽しみに。




