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一月の出店計画。玉造の端と住吉の端に親子丼と豚汁屋をセットでだす。新しい街で顔を売る。人を集める。託児所の瓦版の件を横展開

低い机を囲むようにして、ノブ、さきちゃん、それから寺田町、上本町、鶴橋の代表代行たちが

座っていた。今日は帳面合わせや揉め事の火消しではなく、次にどこへ手を伸ばすか、その相談である。

博之は茶を一口すすってから口を開いた。

「年始にも話した通り、攻めるなら上町台地の外縁や。大阪のど真ん中には入らん。

人も金も集まる場所ほど、よう見られるし、よう噛まれる。うちは細路地で取れるところだけ取る。

それは変わらん」

 皆が黙って頷くのを見てから、博之は続けた。

「候補は二つ。一つ目は玉造の南東の方で、親子丼と豚汁屋を一軒ずつ。二つ目は住吉や。

天王寺の南、寺田町に寄せたあたりで、これも親子丼と豚汁を一軒ずつやる」

寺田町の代行が少し身を乗り出した。

「住吉は、うちから手ぇが届きますね」

「せや。最初の見張りも立て直しもやりやすい。ただし、どっちも新しい町や。

暖簾を出しただけで客が来るほど甘ない。最初は向こうで顔を売らなあかんし、

人も集めなあかん。せやから、できれば手慣れた者に行ってほしい」

 ノブが腕を組んだまま口を挟んだ。

「出張みたいな形ですね」

「そうや。足代として二百文出す。まずは通ってもらう。向こうで鍋を守って、味を守って、

段取りを整えて、そのうえで土地の顔を覚える。誰が使えそうか、どこに暇な手があるか、

そういうのを見て人を拾っていく」

博之はそこで一度言葉を切った。

「今月はこれ以上、店数を増やさん。せやから、今月は店長になりたいやつ、一旗あげたいやつを

そこへ入れる。ただ、最初から店長面させるには重い。予備で二両持たせるから、まずはそこで

店の運営を踏ん張ってもらう。即日うまくいくとは思ってへん」

 さきちゃんが静かに頷いた。

「うまくいったら、その町で人を集めるんですね」

「せや。いきなり店長は無理でも、下働きから入って、料理人、給仕と上げていける。

向こうで回せる顔を一人ずつ作っていくんや」

 上本町の代行が感心したように笑った。

「いよいよ別の町にも、ちょっとずつ出ていくんですね」

「ちょっとずつ、や」

博之は言葉を強めた。

「天王寺そのものは避ける。あそこは中心や。表や。競り合いもきつい。うちは細路地で勝ってきた。

その勝ち筋を捨ててまで、表へ出る気はない」

 その言葉に、場の空気が少し締まった。攻めるといっても、無闇に前へ出る話ではない。

届く場所だけを確実に取る。それが博之のやり方だった。

 ひととおり新しい町の話が済んだあと、博之はふと思い出したように言った。

「あと、託児所の瓦版や」

 さきちゃんが少し笑う。

「よう見られてますね」

「せや。タダで読めるように何枚か置いといたら、思ったより人が止まる。読める者は読むし、

読めへん者は横で聞く。大したもんやないけど、ああいう“ちょっと立ち寄る理由”は案外効く」

寺田町の代行がうなずいた。

「各町でもやってみますか」

「そうや。各町の宅地所にも何枚か置いてみたらええ。大層な金もいらんし、

人が寄る理由が一つ増える。飯だけやなく、話も落ちる。求人の話も、居抜きの話も、

世間話も拾いやすくなる」

 ノブが帳面を閉じる音が、小さく鳴った。

 店を増やすだけでは足りない。人がどう集まり、どう居つくかまで見なければ、

この先は回らない。瓦版でも、茶でも、ちょっとした仕掛けでも使えるものは使う。

うちは表の大店やない。細路地の知恵で勝つしかない。

 そう締めると、皆それぞれに頷いた。表へ出ればきりがない。だが、細路地から細路地へ、

届く場所だけを繋いでいけば、まだ広がる余地はある。博之はそう確かめるように、

静かに茶碗を置いた。

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