189話「輝く未来へ」
結局、アレンシアへの今回のお土産で1番反応が良かったのはパッケージの綺麗な化粧品より息子の為の滑り台だった。
朝からこちらの職人を呼び、組み立て説明書と実物を見せて、パーツの寸法などを測ってもらって作って貰うことにしたし、結局組み立て説明書もあげた。
自分のとこ用は写真に写してデータで残したから問題はなかろう。
「仕上げのことだが、子供が怪我しないように丁寧にヤスリをかけてくれ、ささくれなどないように」
「はい、心得ております」
「では、よろしく頼む」
職人に滑り台のオーダーを出して、秋冬の間に売り物を沢山作って貰い、春には販売する。そしてあとは秋の収穫祭の準備だ。
◆ ◆ ◆
夏が終わり、ついに我が国も秋を迎えた。
秋の夜風が、収穫祭の灯りを優しく揺らしていた。
エルシード公爵家の中央公園――広大な池のほとりは、幻想的な光を灯したランタンが無数に浮かび、甘い果実酒の香りと笑い声が満ちていた。
秋の収穫祭のクライマックス、スカイランタンの放流の時が来た。
カメラも複数用意し、使用人に使い方をレクチャーして、いたるところで撮影してもらってる。
俺は、妻のアレンシアの手をそっと握りながら、家族で並んでいた。
「お父様、ミルのランタン、もう飛ばしてもいいんですか?」
ミルシェラがアレンシアに似た美しい金髪を夜風に舞わせて飛び跳ね、ベルは護衛騎士が抱いて側に居る。
手に持った紙製のランタンは、ミルシェラの小さな願いを込めた花の絵で彩られていて、アレンシアがそれを見て穏やかに微笑む。
彼女の金色の髪が、池の水面に映って幻想的に輝いていた。
まるで豊穣の女神の如くだ。
ケーネストと政略結婚で結ばれた妻。……いや、今はもう、俺の大切な人だ。
「ミルシェラ、焦らなくとも風魔法使いが合図を出してくれますよ」
アレンシアの声はいつも通り優雅で涼やかだ。
繋いでる手は、緊張のためか、少し冷んやりしていた。
この身体の中身が、元々の夫のケーネストではないことは、既に彼女も知っている。
しばらく紆余曲折あったが、多分気位の高さからすぐには素直になれないだけで、異世界から憑依転生した、ただの元日本人のサラリーマンの涼であっても、嫌いとは言わなかったし、俺を公爵家から追い出そうとはしなかった。
むしろ、最近のこんな俺にでもそれなりに惹かれていると思う。
言葉には出さずとも繋いだ手を振りほどいたりはしないから、まんざらでもないのだと......信じたい。
だから俺は今日、この収穫祭にすべてを賭けていた。ケーネストではなく、俺自身が改めて彼女に告白するのだ。
用意したランタンを魔法の布から取り出すために一旦彼女の手を離した。
アレンシアも侍女から自分のランタンを受け取った。
護衛騎士たちが周囲を固め、東西南北に配置された風魔法使いたちが杖を構えている。
火災防止のため、ランタンの飛行経路を厳密に管理する役目だ。
赤いローブの魔法使いの一人が、俺に小さく頷いた。
「エルシード公爵閣下、準備は整っております。ご家族の合図で一斉に!」
俺は頷き、家族に向き直った。
「よし、皆。願いを込めてな」
まずミルシェラが目を閉じ、両手でランタンを胸に抱く。
「ミルはね……家族みんながずっと幸せで、長生き出来ますように!」
可愛らしい声に、俺の胸が熱くなった。
次にアレンシア。
彼女はランタンの縁を指でなぞりながら、静かに囁く。
「……この家族の絆が、永遠に続きますように」
その瞳が、ほんの一瞬だけ俺を捉えた。
物言いたげだった。
ベルはまだ願い事など訊いても、美味しいおやつ!くらいしかなさそうなので、代理で健康とランタンに書いておいた。
ベルは俺の腕の中でキャッキャと笑いながら、ランタンの灯りを指差すだけだが、愛らしい。
(家族の幸せと……それからアレンシアに、ちゃんと愛を伝えたい)
「俺の願いは……まだ秘密だ」
魔法使いたちが一斉に杖を掲げた。
「空へ!」
四方から穏やかな風魔法と火魔法が発動し、紙のランタンに火が灯される。
オレンジ色の炎が、夜空に向かってゆっくりと舞い上がった。
五千個を超えるスカイランタンが、池の水面を金色に染めながら、星空へ昇っていく。
圧巻である。
遠方からも今回のエルシード収穫祭の夜は見物だと、客が多く来ていたので大歓声が上がった。
美しい。まるで秋の星々が地上に降りてきたかのように。
ミルシェラも大喜びで歓声を上げ、ベルが手をパチパチ叩く。
アレンシアも輝くような瞳で空を見つめていた。
――今だ。俺は深呼吸し、アレンシアの前に一歩進み出た。
護衛騎士たちが自然に距離を取る。
風魔法使い達はランタンの方を向いている。
「アレンシア」
俺はポケットから、小さな箱を取り出した。
ダイヤ付きの指輪。
膝をつく。夜風が、俺の黒髪を優しく撫でた。
「私のランタンの願い事、知りたいかな?」
アレンシアの瞳が大きく見開かれた。息を呑む音が、静かな夜に響く。
「ええ、聞かせていただきます」
俺はアレンシアの細い腰を引き寄せ、その耳元に囁いた。
「俺の愛が、君に届きますように」
「......!」
そして指輪を掲げる。
宝石が、ランタンの灯りに照らされて、まるで星のように輝いた。
周囲には、俺の中身がケーネストではない事など知らないから、改めてのプロポーズだとは、分からんだろう。でも、全てを知った後の彼女には伝わるはずだ。
「この指輪は、私が君だけのために用意したものだ。愛の証として」
周囲の空気が凍りついたように静かになった。
ミルシェラが目を丸くし、ベルが俺の袖を掴む。風魔法使いの一人が、思わず杖を下ろした。
アレンシアの唇が、わずかに震えた。
「…………ありがとうございます」
彼女はゆっくりと跪いた俺の前にしゃがみ込んで、耳元で小さく囁く。
「私、ずっと……怖かったんです。『あの時、はいそうですか』なんてすぐに受け入れたら、情のない冷たい女だって思われるんじゃないかって。でも」
彼女の声が、優しく、けれど確かな熱を帯びて、また言葉を続けた。
「この秋の収穫祭で、あなたが家族や領地民のために尽力してくださって、そしてミルシェラやベルを愛おしそうに見つめて……私もあのランタンに、全部の想いを込めたのです、この新たな絆が永遠であるようにと」
「アレンシア......」
指輪の箱を受け取り、あなたがはめてくださいと眼差しが言っていたので、俺は指輪を受け取り、薬指にそっとはめた。
完璧なサイズだった。
「私も……愛しています」
俺は立ち上がり、彼女も立たせ、それから抱きしめた。
彼女の体温が、異世界に来て初めて感じた本当の帰る場所を教えてくれたかのようだ。
ミルシェラがいつの間にかしれっとカメラを構えていた。
「おかーたま泣いてる!」とベルがアレンシアに抱きついた。
夜空には、まだ無数のスカイランタンが輝いていた。
願いを乗せて、ゆっくりと遠ざかっていく。
風魔法使いたちが、控えめに拍手した。
護衛騎士の一人が、照れくさそうに目を逸らす。
俺はアレンシアの額にキスを落とし、心の中で呟いた。
(よかった……この異世界ではちゃんと家族を持てたし、心も、伝えることができた)
秋の収穫祭の夜は、まだ賑やかに鮮やかに続いていた。
ミルシェラの悪役令嬢化も、死刑や家門の破滅も回避して、ずっと。
今日の夜空のように、この先の未来も明るく優しく輝き続けて欲しい。
第二部 ~完~




