166話「懺悔室と小瓶」
~ アレンシア視点 ~
私は夫と今、微妙な関係です。
でも私にはプライドもありますし、迂闊に知人に相談出来ませんので、神殿にある懺悔室へ向かいました。
箱のように四方を囲まれた小さな狭い部屋。
それが懺悔室。
顔を見せずに、衝立越しに神職にある者が話を聞いてくれるようになっています。
「なるほど、現在あなたはご主人と気まずくなっており、仲良くしたい気持ちはあるのに素直になれないと」
「はい……」
意外と若めの神父の声が聞こえます。どこかで聞いた事のある声である気がしましたが、私は今、心が乱れていて、よく思い出せません。
「では、この秘密の薬を授けましょう。貴方に相応しい奇跡がおこり、助けになるでしょう。しかし、ちゃんと自宅に帰り、自室にて飲んでください。決して帰り道などではなく、ご主人の帰還に合わせてお飲みください」
懺悔室の衝立の下の方に小さな小窓があり、そこから小さな小瓶が差し出されました。
「主人の帰りに合わせて……これを」
「そうです、それで相手の真実の心が分かるはずです」
「あの人の真実の心?」
「本当にあなたの真心を受け取るに値する男性なのかが分かりますよ、きっと」
「そう……なんですのね」
そんな言葉にそそのかされ、自室で主人の帰りを待っていた私に、帰還を知らせる魔法の伝書鳥の報告がありました。
そして……私は馬車が公爵邸の庭園まで帰ってきたのを自室の窓から確認しました。
私は神父から受け取った小瓶の蓋を開け、言われた通りに自室で中身を飲み干しました。
そうしたら、私の身体が縮んでいったと思ったら、なんと猫の姿になってしまいました!
しまった! 神殿内の神父の言うことだし、つい信じてしまいましたが、もしや罠!?
エルシードを敵視している者か、私の存在を邪魔に思った者が紛れこんでいたのかしら!?
ああっ! なんてこと!
このまま猫から人間の姿に戻れなくなったらどうしましょう!!
混乱のさ中、部屋にノックの音が響きました。
「アレンシア? 今帰ったよ」
「……ニャーッ!!」
ああっ! ニャーとしか言えません!
人の言葉が喋れません!
「にゃー? おかしいな、いつの間に猫なんか飼ったのだろう?」
あの人の声が扉の向こうから聞こえました。
「閣下、いかがなされました?」
騎士の声がしました。おそらく部屋の側で待機していた護衛でしょう。私は足元に落ちているさっきまで着ていたドレスを隠すことにしました。
脱ぎ散らかしたと思われたくなかったので、口で咥え、必死でベッドの影へと引きずって行きました。
「ああ、何故かアレンシアの部屋から猫の声が聞こえて……ベルは小さいので寝室に戻しておいてくれ、猫は小さい子が苦手なことがあるから」
「かしこまりました」
ふたたびノックを数回する音がしました。
「開けるぞ」
と、言いつつ彼が、ケーネストの姿をしたリョウが現れました。
「ニャー……」
「おや? 金色に近い毛並みの猫なんて、珍しいな……でも、とても可愛い。アレンシアへの誰かからの贈り物か、それとも旅行中の友人の猫でも預かったのか?」
あの人が静かに歩み寄ってきて、膝を床につけ、猫になった私の鼻先に手の甲を持ってきました。……もしかして匂いを嗅げと!?
そんな事、私はしませんけど!!
「これって犬にやる行為なのか猫にやるのか、忘れたけど……俺は怖くないよ、触ってもいいかな?」
「ニャア……」
どうやら動物を安心させる為の、敵意はないアピールなのかもしれません。
私は頭を少し下げてあげました。
変な所を触られるくらいなら、頭がマシだと思ったからです。
決して頭を撫でて欲しいとかではなく、そこが身体よりはマシだからです!
「……ふわふわだな、長毛種だし、気品があって高貴な雰囲気の子だ」
リョウが私の頭を優しく撫でています。
そして、すっと私を抱き上げてそのまま胸の前で抱っこしてしまいましたが、凄く優しい声と仕草だったので、暴れるのはやめてさしあげました。
「それにしてもアレンシアはどこに行ったんだ?風呂か? トイレか? 邸宅には居るはずなんだが」
お風呂でもトイレでもありませんよ!と言いたいのですけれど、
「ニャー!!」としかやはり言えませんでした。
「少し探してみるか……」
リョウは私を抱いたまま、部屋を出ました。
すると、廊下の曲がり方から娘のミルシェラが現れました。
「あら? お父様、その猫は?」
「分からない、何故かアレンシアの部屋にいた」
「可愛いーーっ!! 私も抱っこしたいです!」
「落とすなよ、猫はにゃんぱらりが出来るとは思うが、特別足腰の弱い子だとまずいことになる」
「わざと落としたりしませんよ! というか、この子は老猫なんですか?」
「俺、いや私には猫の年齢はよく分からんが、毛並みが金色っぽくて綺麗でレアだ。見た目重視で特殊な遺伝子操作をされた子なら、産まれ付き身体が弱いとか、あるかもだし」
「あー! あちらの世界でありますね! あまり飛び跳ね無くて大人しくて飼いやすいけど身体の弱い子、折れ耳のー」
「そう、そんな体の弱い猫だと扱いは慎重にしないといけないからな」
「大事に抱っこします!」
ミルシェラはどうしても私を抱っこしたいようでした。私もリョウからミルシェラに引き渡され、落とされないかドキドキします。
……なんとか落とされずに抱っこされています。
娘に抱っこされるなんて少し複雑ですけど。
「ほんとに大人しくて可愛いーーっ!」
感極まった娘に頬ずりをされました。
愛おしくてたまらないといった感じです。
「この子、うちの子なんでしょうか? だとしたら嬉しいです!」
「アレンシアの部屋にいたから人から預かってるか、貰ったかしたのかもしれんが、どうだろうな?」
「可愛いー! 猫大好き!」
「俺も、いや、私も好きだよ、その猫、そろそろ返してくれ」
「お父さまの猫じゃないのでしょう?」
「そうだけど、私も触りたい」
父と娘で私を奪い合うのはやめて!
「もー! しょうがないですね!」
娘は頬を膨らませつつも、リョウの願いを聞いてあげるようで、私を彼に渡しました。
「ほんとに可愛いなぁ」
リョウまで猫の私に頬ずりしてます。
この人達、本当に猫に夢中すぎます。
「ところでお母様にお土産は渡せたのですか?」
「それが、部屋まで行っても本人の姿が見えなかったんだ」
「まさかお母様、帰りが遅いことに拗ねてお隠れになってる?」
「お隠れに!? 天の岩戸に隠れる神様かな。宴でもすれば出てくるのか?」
「知りませんよー! メイドはお母様は邸宅にいると言ってたので邸宅内にはいるはずです」
「公爵邸は広すぎてガチで隠れんぼされたら探すのが大変だ」
「お母様ーーっ! どこですか、お母様ーーっ!」
「ニャア……」
娘の探す声に控えめに返事をしてみましたが、
「あなたじゃないのよ、猫ちゃん、お母様を知らない?」
だから私なんですけど……そうなりますよね。
でもどうしましょう、二人とも猫が好きみたいなので無碍に扱われることは無さげですが、人間に戻れないのは困ります!




