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夢幻開現師―悪夢を断つ者―  作者: ks21
第零章「胡馬北風《中》」
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第99話「三人三様」

 訓練を終え、笠井たち三人と南は現実世界へ戻った。


「先生、明日もやれるんですよね?」


 息を整えながら、笠井が南へ問いかける。


「いいえ。ここ数日は訓練続きだったでしょう? 根を詰めすぎても逆効果よ」


 南は三人の前に立った。


「明日は一日、休みにしましょう」


 だが、三人は揃って不満げな顔を浮かべる。


「あら。不満かしら?」


 小水内が眼鏡を押し上げた。


「いえ。このまま続けても足を引っ張られるだけですから、ちょうどいいです」


 その一言に、笠井と七瀬の眉が同時に跳ね上がる。


「おい、何だと。自分のこと棚に上げてんじゃねえぞ」


「まあ、今回も亮が勝手に仕掛けたのが原因なんだけどな!」


「ああ? ビビって前に出られねえ奴に言われたくねえな」


「んだと!?」


 小水内は二人を見て、わざとらしく溜め息をついた。


「そうやって所構わず噛みつく君たちと、一緒にされたくないな」


「う~ん……」


 再び火花を散らし始めた三人を前に、南は額へ手を当てた。


「君たちが、どうしてまだ現場へ出してもらえないのか。少しは分かってほしいものね」


 三人がぴたりと止まる。


「……俺一人なら、問題ないはずでしょ?」


 笠井が吐き捨てるように呟いた。


「おいおい。それは僕の台詞だろう」


「ふん。一人で無茶して、勝手に死ぬのが目に見えてるぜ」


「ああ?」


「いい加減にしなさい」


 南の声が低くなる。


 三人はようやく口を閉ざした。


「君たちには、開現師としての……いえ、プロとしての意識が欠けている。それを自覚しなさい」


 先ほどまでとは違う、厳しい声だった。


「現場では仲間との連携が欠かせない。それは、なぜだと思う?」


「確実に悪鬼を討伐するためです」


 小水内が即答する。


「五十点ね」


「……五十点?」


「悪鬼を倒すこと自体が目的じゃない。私たちが戦うのは、鬼夢《おにむ》に囚われた人たちを救い、悪鬼に呑み込まれた人を解放するためよ」


 小水内の表情から、僅かに余裕が消える。


「その根本を忘れたら、どれだけ強くてもプロ失格。それに、鬼夢の中では何が起こるか分からない。だからこそ、互いに補い合い、どんな状況でも冷静に対処する必要があるの」


 笠井は拳を握り締めた。


 言っていることは分かる。


 鬼夢の恐ろしさも、暴走した悪鬼の凶悪さも身をもって知っている。


 それなのに、未だ現場へ出ることすら許されない。


 そんな自分が、どうしようもなく悔しかった。


「今の君たちなら、確かに戦うことはできるでしょう。でも――何のために戦うの?」


「…………」


「復讐のため?」


 笠井の指先が僅かに震える。


「自分の力を証明するため?」


 小水内が視線を逸らした。


「誰かを見返すため?」


 七瀬の表情が強張る。


「そんなものを目的にするくらいなら、開現師なんて目指さない方がいいわ」


 三人とも、何も言えなかった。


「もう一度、よく考えなさい。自分が何を目指し、何のために強くなりたいのか」


 南は訓練室の出口へ向かう。


「それが分からないままなら、開現師のことなんて忘れて生きていきなさい」


 扉が閉まった。


 いつもなら、誰かが悪態をつけばすぐに誰かが言い返す。


 だが、この時ばかりは誰も口を開かなかった。


 三人は互いに目を合わせることもなく、訓練室を後にした。


 ◇◇◇


 翌日。


 休みを言い渡された笠井は、かつて南とバディを組んでいた徳井太一《とくいたいち》のもとを訪れていた。


「すんません、突然」


「いや、別に構わないよ。僕も亮がどうしてるか気になってたし」


 相変わらず、徳井の表情はどこかぶっきらぼうだった。


 だが、それなりに長い付き合いだ。言葉に出さないだけで、自分を気にかけてくれていることは笠井にも分かっていた。


「まあ……ぼちぼちっす」


 視線を床へ落とす笠井を見て、徳井が首を傾げる。


「あれ? もしかして、南先生に怒られた?」


「……さすがですね、徳井さん。筒抜けっすか」


 苦笑する笠井を横目に、徳井は台所へ向かった。


「まあ、これでもカウンセラーの端くれだからね。それに、亮がわざわざ僕のところまで来たんだ。それくらいは想像つくよ。コーヒー、いるかい?」


「ええ、お願いします」


「無糖だったっけ?」


「うっす」


 徳井は二人分のコーヒーを淹れ、一つを笠井へ差し出した。


 口をつけると、深い苦味がじわりと広がる。


「それで、他の弟子たちとはどうだい?」


「いや……なかなか上手くいかないっすね」


「なるほど。それで南先生に怒られたってわけか」


 徳井はコーヒーを一口飲み、少し間を置いた。


「亮は、あの二人が嫌いなのかい?」


「…………」


 小水内の澄ました顔。


 何かと噛みついてくる七瀬。


 腹の立つことなら、いくらでもある。


「まあ……癪に障る時は多いですけど、嫌いってわけじゃないっす」


「へえ」


「強いですよ、あいつら。実際」


 笠井はカップを置いた。


「だからこそ、負けたくないっていうか……」


「なら、どうしてそこまでいがみ合っちゃうんだろうね?」


「…………」


 笠井はしばらく考えた。


 単に気に食わないだけなら、ここまで二人を意識する必要もない。


「強いて言うなら――焦り、っすかね」


「焦り?」


「……やっぱ、父さんのことです」


 徳井は黙って続きを待つ。


「あの野郎をぶっ潰すって意気込んでたのに、深化覚醒《しんかかくせい》にも未だ至らずで……ずっと足踏みしてる感じがするんですよね」


「なるほどね……」


「徳井さんは、どうやって深化に至ったんですか?」


「んん? 僕かい?」


 徳井はカップを置いた。


「深化といっても千差万別だからね。誰にでも当てはまる答えなんてないよ」


 そこで一度、言葉を切る。


「ただ――僕の場合は……“怒り”、かな」


「怒り……?」


 先ほどまで穏やかだった徳井の目が、僅かに鋭さを帯びた。


 ◇◇◇


 小水内は自室の机に向かい、日課の記録をつけていた。


 訓練内容。


 結果。


 失敗した点。


 そして、今日どれだけ成長できたのか。


 最後の一行を書き終えたところで、昨日の南の言葉が脳裏に蘇る。


『自分の力を証明するため?』


「…………」


 否定はできなかった。


 小水内は、笠井や七瀬とは違う。


 菩提府とも開現師とも無縁の家庭に生まれた。


 父は郵便局員、母は地方病院の看護師。


 ごく普通の家庭で、ごく普通に育った。


 ただ、小水内自身は幼い頃から生真面目だった。


 自分に何ができて、何ができないのか。


 常に客観的に分析し、足りないものがあれば補う。


 誰かと過ごすより、自分自身へ時間を使う方が性に合っていた。


 その結果、勉強も運動も大抵のことは卒なくこなせた。


 だからこそ、早くから理解していたこともある。


 世の中には――才能というものがある。


 同じ努力をしても、同じだけ進めるとは限らない。


 一歩の幅は、人によって違う。


 努力を否定するつもりはない。


 むしろ、小水内は努力することが好きだった。


 だが、どうしても届かない相手なら、そういうものだと割り切ればいい。


 最後まで歯を食いしばり、泥臭く食らいつく。


 そんなものとは無縁だと思っていた。


 ――開現師としての才能があると知るまでは。


(正直……嬉しかった)


 菩提聖堂院《ぼだいせいどういん》へ入ってから、訓練は順調そのものだった。


 覚えるのも早く、同期に追いつかれることはない。


 やがて上級生すら上回った。


 ――自分には才能がある。


 初めて、そう思えた。


 もっと上へ行ける。


 その先を求め、南沙織《みなみさおり》の門弟にまで辿り着いた。


 だが――そこで想定は崩れた。


 笠井亮《かさいりょう》。


 七瀬月樹《ななせいつき》。


 抜いたと思えば追いつかれる。


 追いついたと思えば、また引き離される。


 これまで誰にも追随されなかった自分が、必死にならなければ置いていかれる。


(あいつらは言いたがらないが……開現師の家系なのは間違いない)


 自分にはないものを、二人は最初から持っている。


 そう考えるたび、胸の奥がざわついた。


 癪に障る。


 そして――負けたくない。


 理屈では割り切れない、身を焦がすほどの焦燥。


 こんな感情を抱いたのは、生まれて初めてだった。


(笠井にも、七瀬にも……絶対に負けたくない)


「……まったく、情けないな」


 小水内は自嘲するように息を吐き、日記を閉じた。


 ◇◇◇


 トゥルルルル、トゥルルルル……。


『もしもし?』


「もしもし、修おじさん」


『お〜、月樹か! どうだ、元気してるか?』


 久しぶりに聞く声に、七瀬は少し肩の力を抜いた。


「まあ、ぼちぼちかな。それより、花奈はどう?」


『花奈ちゃんなら元気にしてるよ。最近は学校で新しい友達もできたみたいでさ』


「そっか。それならよかった。花奈のやつ、引っ込み思案なところあるし」


 七瀬には八歳年下の妹、花奈がいる。


 歳が離れていることもあり、七瀬は幼い妹を何より大切にしていた。


『花奈ちゃんも、月樹に会いたがってるよ』


「ああ。もうしばらくしたら、絶対帰るよ」


 少しだけ間を置く。


「……母さんは?」


 電話の向こうが静かになった。


『まあ……ぼちぼちかな』


「…………」


 その言葉だけで、あまり良くないことは分かった。


 七瀬の父は、すでに亡くなっている。


 母も健在ではあるものの、夫の死を境に心を病み、今も病院で療養を続けていた。


 そして――七瀬という姓も、本来のものではない。


 かつての姓は、四十万《しじま》。


 四十万家は、菩提府の創設にも深く関わり、開現師の礎を築いたとされる四十万天星《しじまてんせい》を祖に持つ古い家系だった。


 かつては大きな影響力を持っていたが、開現師の世界は徹底した実力主義である。


 実力者を輩出できなければ、どれだけ由緒ある家でも力は衰える。


 父が任務中に命を落としてから、七瀬たち親子への風当たりは一気に強くなった。


 特に母への誹りは激しく、夫を失った悲しみも重なって、その心はついに壊れてしまった。


 そんな七瀬と花奈に手を差し伸べてくれたのが、父の同僚だった矢野修《やのおさむ》である。


 血の繋がりこそないが、七瀬にとっては家族同然の存在だった。


『それで?』


「ん?」


『どうしたんだよ。お前から電話してくるなんて、何かあったんだろ?』


「いや、別に。ちょっと元気にしてるかなって……」


『…………』


 沈黙だけで、誤魔化せていないことが分かる。


「……嘘。実は最近、ちょっとうまくいってなくてさ」


『あ〜……南にこってり絞られたな?』


「なんで分かるんだよ……」


『お前をあの子に預けたのは俺だからな。だいたい想像はつくよ』


 七瀬が南の下で師事することになったのも、矢野の勧めがきっかけだった。


 四十万家という肩書は、七瀬にとって重すぎる。


 名家の出身。


 創始者の血筋。


 それだけで、周囲から求められるものは大きくなる。


 矢野なりに、それを案じてのことだったのだろう。


「まあ……怒られたのは仕方ねえよ。俺が悪いのも分かってる」


『へえ。お前がそこまで素直に認めるなんて珍しいな』


「うるせえな」


 七瀬は苦笑する。


 だが、その笑みはすぐに消えた。


「……まさか、あんな奴らがいるなんて思わなかったんだよ」


『あんな奴ら?』


「一緒に南先生の下でやってる二人」


 笠井亮。


 小水内悠《おみないはるか》。


 同い年で、同じ師の下で学ぶ門弟。


「あいつら、強えんだ」


 七瀬は拳を握った。


「二人とも、明らかに俺より開現師としての素質がある。特に亮は……その中でも頭一つ抜けてる」


 認めたくはない。


 だが、それを否定するほど七瀬も馬鹿ではなかった。


「こっちはずっと……素質がないって言われてきたのにな」


 思った以上に、小さな声になった。


 しばらく、矢野から返事はなかった。


『……それだけ分かってるなら、大丈夫さ』


「え?」


『悔しいんだろ? あいつらに負けたくないって』


「……まあな」


『なら、それでいい。ただな、月樹』


 矢野の声が少しだけ低くなる。


『一つだけ、覚えておけ』


「何?」


『自分に押し潰されるなよ』


「…………」


 その言葉が、七瀬の胸へ静かに沈んだ。


 四十万の名。


 父の死。


 母のこと。


 素質がないと言われ続けてきた自分。


 そして、笠井と小水内。


 いつの間にか、自分自身で自分を追い詰めていたのかもしれない。


「……ああ。ありがとう、修おじさん」


『おう。また何かあったら電話してこい』


「分かった。じゃあな」


 通話が切れ、静けさが部屋へ戻った。


 七瀬はしばらくスマートフォンを見つめた後、両頬をぱちぱちと叩く。


「……っしゃ! やりますか!!」


 せっかくの休みではある。


 だが、何もしないでいられるほど、七瀬月樹《ななせいつき》は器用ではなかった。

次回予告


 それぞれの胸に抱えていた、強さを求める理由。


 復讐、焦り、劣等感――。


 南の問いかけをきっかけに、自分自身と向き合った笠井、小水内、七瀬。


 だからといって、三人の仲が良くなったわけではない。


 それでも、このまま足踏みを続けるつもりもなかった。


「このまま三人でいがみ合ってるか――先生を見返すか。どっちだ?」


 目指す相手は、ただ一人。


 南沙織。


 ぶつかり合う三人が、初めて同じ目的へ向かって走り出す――。


 次回、第100話「競争」

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