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夢幻開現師―悪夢を断つ者―  作者: ks21
第零章「胡馬北風《中》」
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第100話「競争」

 その日。


 笠井から初めてメッセージを受け取った小水内と七瀬は、菩提聖堂院に併設されたトレーニングルームへ集まっていた。


「珍しいな。お前から連絡してくるなんて」


 七瀬が鞄を置きながら声をかける。


「それで? 早く本題に入ってもらえるか。時間を浪費したくない」


 小水内も眼鏡を押し上げた。


「……御託はいい。お前らも分かってんだろ? このままじゃ駄目だって」


 二人は答えない。


「わざわざ来たってことは、お前らも同じこと考えてんだろ?」


 しばしの沈黙。


 やがて、小水内が口を開いた。


「まさか笠井。お前からそんなことを言い出すとは思わなかったよ」


「別に仲良しごっこがしたいわけじゃねえ。ただ、このままじゃいつまで経っても前へ進めねえ」


 昨日、南から投げかけられた問い。


 何のために強くなりたいのか。


 答えが出たわけではない。


 それでも、このままでいいとは誰も思っていなかった。


「で、このまま三人でいがみ合ってるか――先生を見返すか。どっちだ?」


「……ふん。お前に言われるのは癪だが、仕方あるまい」


「ま、南先生に目に物見せてやりてえしな」


 二人の返事を聞き、笠井が笑う。


「決まりだな」


 ドリームコンバータへ手を伸ばした。


「――朝までぶっ通しでやるぞ!」


 ◇◇◇


 夜が明け、朝日がトレーニングルームへ差し込む。


「……これで、何とか形にはなったな」


 笠井は頭部の配線を外し、立ち上がった。


「っと……」


 足元がふらつく。


 一晩中、夢の中で動き続けた疲労が三人の身体に重くのしかかっていた。


「まったく……お前たちが足を引っ張るから、こんな時間になったんだぞ」


 小水内も眼鏡をかけ直す。


 相変わらずの憎まれ口だが、声はどこか晴れやかだった。


「ハハ……これで南先生の鼻を明かせるってもんだ」


 七瀬が大きく伸びをする。


「言っとくけど、次は俺が仕切るからな」


「は? なんでお前なんだよ」


「今回、一番ミスが少なかったのは僕だ。客観的に考えれば――」


「始まったよ、こいつ」


 その時――。


「おい!! お前ら、こんな時間まで何やってるんだ!!」


「ッ!?」


 入口に、顔を真っ赤にした守衛が立っていた。


「やべっ! 見つかった!!」


「――逃げるぞ!!」


 笠井の一声で、三人は同時に駆け出す。


「あっ、こら!! 待て――!!」


 守衛の脇を次々とすり抜け、そのまま廊下へ飛び出した。


「はッ! これなら捕まるわけねえだろ!!」


 先頭を走る笠井が笑う。


「最悪だ! お前たちといると碌なことがない!!」


「なら、お前だけ残ればいいじゃん!」


「馬鹿を言え! 捕まえられない向こうが悪い!!」


「…………」


「…………」


 笠井と七瀬が同時に小水内を見る。


「プッ……」


「ハハハハ!」


「お前、そんな面白えこと言えたんだな!」


「意外だなあ!」


「……うるさい」


 小水内は顔を背け、走る速度を上げる。


「まあ、お前らが捕まっても僕のことは黙っておいてくれよ」


「なっ!? 待てよ、コラ!!」


「おい! 一人だけ逃げんな!!」


 三人の声が、朝の廊下に響き渡った。


 結局、その場では逃げ切れたものの――後になって南からこってり絞られたのは、また別の話である。


 ◇◇◇


 それから数日。


 三人は時間を見つけてはトレーニングルームへ集まり、何度も同じ訓練を繰り返した。


 意見がぶつかれば言い争う。


 失敗すれば、また最初から。


 それでも、そのたびに誰が前へ出るのか、誰が補うのかを確かめ直していった。


 そして――笠井たちは、再び南との模擬戦に挑んでいた。


 眩い閃光が夢の中を駆け抜ける。


 ドガアアアアアアンッ!!


 巨大な光柱が大地へ突き刺さり、爆風が周囲を薙ぎ払った。


 やがて砂塵の中から、三つの影が現れる。


「くそっ! あともう少しだったのに!!」


 笠井が風塵鴉鎚《ふうじんがつい》を地面へ叩きつけた。


「……僕がもう少し早く動けていれば」


 小水内も悔しげに手を見つめる。


「でも……今までで一番よかったんじゃね?」


 倒れたまま、七瀬が笑った。


 三人とも傷だらけだった。


 それでも、以前のように誰かの失敗を責める者はいない。


「驚いたわ……」


 南が三人へ歩み寄る。


「あなたたち、いつの間にそんなに連携できるようになったの?」


 三人は顔を見合わせると、ほとんど同時に立ち上がった。


「先生! もう一度お願いします!!」


「僕からもお願いします。次なら、もっと詰められます!」


「俺も! お願いします!!」


「はあ~……」


 南は大きく溜め息をつく。


「いいえ。もういいわ」


「え?」


 三人が揃って顔を上げた。


 決して、仲良くなったわけではない。


 相変わらず衝突もする。


 それでも――南に勝つ。


 その一点だけは、三人とも同じだった。


 一人で無理なら、二人を使う。


 自分にできないことなら、できる奴に任せる。


 そうやって何度もぶつかりながら、少しずつ互いの動きを理解していった。


 それでも、まだ南には届かない。


「勘違いしないで」


 悔しさを滲ませる三人へ、南が笑った。


「合格ってことよ」


「「「え?」」」


「君たちは合格」


「でも先生! 俺たち、まだ一発も入れられてませんよ!!」


「そうです。これで終わりでは納得できません!」


「もう一戦お願いします!!」


 食い下がる三人を見て、南は思わず笑みを零した。


「本当に……見違えたわね。この数日で何があったの?」


 三人は互いの顔を見る。


 やがて笠井が口元を緩めた。


「別に、大したことじゃないっすよ。ただ――三人で先生に勝ちたかっただけっす」


「まあ、一人では効率が悪いと判断しただけです」


「素直じゃねえなあ、お前」


 七瀬が笑う。


「でもまあ……俺も同じかな」


 南は満足そうに頷いた。


「だからこそ、やっと君たちを現場へ連れていけるって言ってるの」


 三人の表情が変わる。


「先生……僕たちも実戦に参加できるということですか?」


「ええ。ただし、君たちはあくまで後方支援。私の指示には必ず従うこと。勝手な行動も禁止よ」


 一瞬の沈黙。


「っしゃああああ!!」


 七瀬が両拳を突き上げた。


「やっとかよ!」


「まあ……これで少しは前進かな」


 小水内は平静を装って眼鏡を押し上げるが、その口元は僅かに緩んでいる。


「何言ってんだよ、悠」


 笠井が風塵鴉鎚を肩へ担ぐ。


「喜ぶのは、先生を倒してからだろ?」


「それには同意だな!」


「勝手に僕まで巻き込むな」


 そう言いながらも、小水内は否定しなかった。


 まだ届かない。


 それでも――確かに、一歩は進んだ。


 そんな三人を、南は優しく見つめていた。


 ◇◇◇


 カラカラカラ……、カラカラカラ……。


「はッ、はッ……!」


 暗い病院の廊下を、一人の女性が駆けていた。


 涙を浮かべ、震える身体を必死に動かす。


 手近な病室の扉へ飛びつく。


 だが――開かない。


 カラカラカラ……。


 乾いた車輪の音が近づいてくる。


「だ、だめぇ……!!」


 女性は再び走り出した。


 姿は見えない。


 それでも、あの音だけが一定の速さで追ってくる。


 視界の端にトイレを見つけると、中へ転がり込んだ。


「はあッ、はあッ……!」


 数日前から、同じような夢を何度も見ている。


 だが――今夜は違った。


 何もかもが、夢とは思えないほど生々しい。


「早く……隠れなきゃ……!」


 個室へ飛び込み、内側から鍵をかける。


 なぜだか分からない。


 ただ、今夜もし“あれ”に見つかれば終わりだと、本能が告げていた。


 ギイイイイ……。


 入口の扉が開く。


「……んんっ!!」


 女性は咄嗟に口を塞いだ。


 カラカラカラ……。


 車輪の音がトイレへ入り込んでくる。


 そして――止まった。


 トン、トン。


 一番手前の個室がノックされる。


「――っ」


 カラカラカラ……。


 トン、トン。


 次の個室。


 また一つ。


 また一つ。


 “それ”は確実に近づいてくる。


 そして――。


 カラカラカラ……。


 女性の隠れる個室の前で、音が止まった。


(……いる!!)


 扉の向こうに、何かがいる。


 トン、トン。


 女性はきつく目を閉じる。


(お願い……あっちへ行って……!!)


 やがて――。


 カラカラカラ……。


 車輪が再び動き出した。


 隣の個室をノックし、そのまま遠ざかっていく。


 ギイイイイ――バタン。


 入口の扉が閉じた。


「……はぁ……」


 女性はようやく息を吐く。


 助かった。


 そう思った。


 ふと――視線を上げる。


「見ぃ~つけた」


「――え?」


 個室の上。


 垂れ下がった黒髪の隙間から、爛々と光る双眸が女性を覗き込んでいた。


 口元が、にぃっと吊り上がる。


「キャアアアアアアアッ!!!」


 絶叫が病院内へ響き渡り――すぐに途絶えた。


 カラカラカラ……、カラカラカラ……。


 あとには、乾いた車輪の音だけが残った。


 ◇◇◇


 そして――数日後。


 鬼夢に呑み込まれた病院の前に、複数の開現師が集められていた。


 その先頭には、南沙織。


 後方には――。


 笠井亮。


 小水内悠。


 七瀬月樹。


 初めて実戦へ赴く三人の姿があった。


「いい? ここから先は訓練じゃない」


 南が振り返る。


 その表情から、師としての柔らかさは消えていた。


「一つの判断ミスが、自分だけじゃなく誰かの命を奪うことになる。私の指示には必ず従うこと。勝手な行動はしない。分かった?」


「はい!」


「分かりました」


「ああ!」


 三人がそれぞれ答える。


 南は病院へ視線を戻した。


「なら――行くわよ」


 一歩、前へ踏み出す。


「仕事の開始よ」


 三人も、その背中を追った。


 初めての実戦。


 この時の彼らはまだ知らない。


 病院の奥で彼らを待ち受けていたのは――


 二年前、笠井亮の人生を変えた、あの男だった。

次回予告


 南との訓練を乗り越え、ついに実戦への参加を許された笠井、小水内、七瀬。


 向かった先は、鬼夢に侵食されつつある一つの病院だった。


 そこで三人を待っていたのは、観測師・根岸真と、防人・氷川薫。


 初めて足を踏み入れる、本物の現場。


 しかし――。


 病院を蝕む異変は、彼らの想像を遥かに超えて広がり始めていた。


 そして三人は、鬼夢が現実へ及ぼす恐ろしさを目の当たりにすることになる――。


 次回、第101話「病院の鬼夢」

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