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夢幻開現師―悪夢を断つ者―  作者: ks21
第零章「胡馬北風《中》」
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第98話「11年前の青春」

 十六歳だった頃の自分を思い起こし、笠井はふっと笑った。


「まったく……父さんたちの墓参りに来ると、いつも思い出しちまうな」


 父と母が眠る墓前に、そっと花を供える。


 生前、母が好きだった花――竜胆。


 青紫の花が、秋の日差しを受けて凜々しく咲いていた。


「何だかんだ、今日まで生きてこられたよ――父さん、母さん」


 しばらく墓前に立った後、笠井は静かに踵を返した。


 ポケットからスマートフォンを取り出し、連絡先から一人の名前を選ぶ。


 呼び出し音が数度響き――やがて、電話が繋がった。


「あら、笠井君から電話してくるなんて珍しいわね」


「ご無沙汰しております、南先生」


 電話の相手は、菩提府総監――南沙織《みなみさおり》。


「それで、今日は何の用かしら? あなたから電話してくるってことは、何か頼み事があるんでしょう?」


「ハハ。さすが南先生。こっちの考えはお見通しですか」


「いったい何年、あなたと付き合っていると思ってるの」


 久しぶりに聞く師の声に、笠井の口元がわずかに緩んだ。


「……それもそうですね」


 他愛のないやり取りなのに、不思議と昔に戻ったような気がした。


「それで?」


 南の声が、わずかに真剣味を帯びる。


「ここからが本題なのですが……」


 笠井は足を止めた。


 雲ひとつない秋空を見上げ、眩しい陽光に目を細める。


「俺を――もう一度、鍛え直してくれませんか?」


 ◇◇◇


 とある夢の中で、二つの人影が向かい合っていた。


 南沙織と笠井亮――かつての師弟が、数年ぶりに拳を交えようとしている。


「笠井君、本当にいいの? あなた、前の戦いからまだ完全には回復してないんでしょう?」


 そう問いながらも、南の表情はどこか嬉しそうだった。


「構いません。それに、先生も言ってたじゃないですか――」


 笠井も楽しげに口元を緩める。


「最後の武器は、己の拳だって」


 その言葉に、南は小さく笑った。


「なら、手加減なんてしたら失礼ね」


 南が両腕を掲げる。


 周囲の光が渦を巻き、その両拳へと収束した。


「顕現――無色色欲極楽浄土《むしきしきよくごくらくじょうど》!!」


 眩い光が弾け、南の両手に銀と金のメリケンサックが顕現する。


 一方、笠井は丸腰のまま腰を落とし、静かに拳を構えた。


「では――よろしくお願いします、先生」


 その言葉を合図に、無彩色だった夢が一気に彩りを得る。


 広がったのは、切り立った岩壁に囲まれた荒涼とした採石場だった。


「さあ! どんどん行くわよ!!」


 南の右拳――銀色の《無色》が眩く輝く。


 直後、巨大な光柱が大地を薙ぎ払った。


 轟音とともに岩盤が抉れ、赤熱した石礫が四方へ飛び散る。


 光が走った跡には巨大なクレーターが穿たれ、その周囲では融けた岩石がガラス状に変質していた。


 だが――笠井の姿はない。


 南が気配を探った瞬間、崩れ落ちる岩石の陰から黒い影が躍り出た。


「力押しは、嫌いじゃないわ!!」


 左拳――黄金の《色欲》が輝く。


 南が腕を薙ぐと、細く鋭い光線が幾筋も放たれ、降り注ぐ岩石を次々と撃ち抜いていった。


 笠井は身体を沈め、光線同士の僅かな隙間へ飛び込む。


 一歩。


 二歩。


 迫る閃光を紙一重で抜け、一気に南の懐へ潜り込んだ。


 シュッ!!


 拳が一直線に南の顔面を狙う。


 南は左の前腕を滑り込ませ、その一撃を受け止めた。


 ゴッ――!


 重い衝撃に、足元の岩盤へ亀裂が走る。


「こうしていると、昔を思い出すわね」


 拳を受けながら、南は楽しげに笑った。


「あの頃は、いつも先生に泣かされてばかりでしたよ」


 笠井がさらに体重を乗せる。


 南も両脚を踏ん張り、真正面から押し返した。


「ふッ!!」


 空いた右拳が振るわれる。


 至近距離から銀光が迸った。


 笠井は咄嗟に身を沈める。


 光が頭上を通過すると同時に身体を捻り、その勢いを乗せた蹴りを南の側頭部へ放った。


 だが、南も上体を逸らす。


 靴底が鼻先を掠めた。


 南はそのまま後方へ飛び退き、着地を待たずに左拳を突き出す。


 黄金の光線が、雨のように降り注いだ。


「はああッ!!」


 笠井は地面を蹴る。


 身体を捻り、踏み込み、次々と光をかわしていく。


 それでも避けきれない一本が肩口へ迫った。


 笠井は左腕を差し込み、光の側面を正確に打つ。


 軌道を逸らされた光線が地面へ突き刺さり、岩盤を爆ぜさせた。


 さらに一本。


 今度は手首で払い、僅かに角度を変える。


 光は頬を掠め、その背後の岩壁を貫いた。


(さすがね……)


 攻撃を続けながら、南の目が細まる。


(真正面から受ければ、腕一本くらい簡単に持っていける。それなのに、力の流れを見極めて、最小限の接触だけで軌道をずらしている)


 かつてなら、攻撃を前にして飛び込むことしか知らなかった。


 だが、今は違う。


 相手を見ている。


 力を見ている。


 その先にある、わずかな隙まで。


「本当に強くなったわね、笠井君」


 最後の光線が大地を抉り、盛大な砂塵が巻き上がった。


 その向こうから、笠井がゆっくりと姿を現す。


「いえ――」


 拳を構え直す。


「まだまだ、これからですよ」


 南が笑う。


 笠井も笑った。


 二人が同時に地面を蹴る。


 距離が一瞬で消えた。


 拳と拳がぶつかる、その寸前――夢の景色が塗り替わる。


 採石場が消え、無数の高層ビルが立ち並んだ。


 ガンッ――!!


 二人の拳が真正面から激突する。


 衝撃が大気を震わせ、周囲のビルの窓ガラスが一斉に砕け散った。


 無数のガラス片が光を反射しながら宙を舞う。


 その中心で、笠井と南は互いに笑っていた。


 まるで――あの頃に戻ったかのように。


 がむしゃらに強さだけを追い求めた日々。


 何度倒されても立ち上がり、三人で張り合い、ぶつかり合った。


 そして――いつだって隣には、あの二人がいた。


 笠井亮が十六歳だった頃。


 最も青臭く、最も無鉄砲で。


 それでも――今思えば、何より輝いていた青春の日々。


 そう――あれは、今から十一年前。


 ◇◇◇


 その日もまた、南の放った光が轟音とともに地面を穿った。


「ちぃぃいいい! ぼこすか撃ちやがって!!」


 爆発を避けるように、三つの影がそれぞれ別方向へ跳ぶ。


 笠井亮《かさいりょう》――十六歳。


「ふん。笠井、お前が先行し過ぎるから狙われるんだ!」


 小水内悠《おみないはるか》――十六歳。


「そんなこと言って、悠! てめえ、ビビって後ろに下がってんじゃねえか!?」


 七瀬月樹《ななせいつき》――十六歳。


 三人の口論を遮るように、再び巨大な光線が地面を薙ぎ払う。


「てめえらが、とろとろしてるから! 俺が前へ出るしかねえんだろうが!!」


 笠井が爆風を突っ切り、前へ出る。


「ああ!? 亮! てめえが馬鹿みてえに突っ込むから、こっちまで狙われてんだろうが!!」


 七瀬も怒鳴り返しながら、飛んできた岩石をかわした。


「ふん……所詮、馬鹿どもの尻拭いなどごめんだな」


 そんな二人を横目に、小水内だけが進路を変える。


 一気に南との距離を詰めた。


「あっ、悠! てめえ、勝手に前へ出んなよ!!」


「うるさい。お前たちと僕を一緒に――」


 振り返った。


 その一瞬だった。


「あなたも――あまりに不用心よ、小水内君」


「ッ!?」


 すでに南は目の前にいた。


 ドンッ!!


 拳が小水内の腹部へ深々と突き刺さる。


「がっ……はッ……!」


 肺から強制的に空気が押し出され、小水内の身体がくの字に折れた。


 だが――。


「もらったァ!!」


 小水内の背後から笠井が飛び出す。


 仲間が殴られたことより、南に生まれた隙の方が先に目に入っていた。


(――この距離なら!!)


 風塵鴉鎚《ふうじんがつい》を大きく振りかぶる。


 狙うは南の頭部。


 間合いは十分。


 避ける暇など――。


「笠井君も、もっと状況を見定めないと」


「な――」


 南の右拳は、すでに地面へ向けられていた。


 銀色の《無色》が輝く。


「し、しまッ――」


 カッ!!


 足元が白光に包まれる。


 次の瞬間、地面そのものが爆ぜた。


「ぐあッ!!」


「がッ――!」


 爆風に煽られ、笠井と小水内が揃って宙へ投げ出される。


「亮! 悠!」


 七瀬が二人を目で追った。


 その視線が、完全に南から外れる。


「――はッ!?」


 気づいた時には、もう遅い。


 南の姿が消えていた。


「七瀬君は――もっと積極的に攻めなさい」


 声は、すぐ目の前から聞こえた。


 砂塵の中から、南の姿が現れる。


「ガードを――!」


 七瀬が両腕を上げるより早く、南の身体が沈んだ。


 直後――。


 ゴンッ!!


 下から突き上げられた拳が、七瀬の顎を正確に捉えた。


「う……ぐッ……」


 身体が僅かに浮き、そのまま力なく地面へ落ちる。


 ドサッ。


 ほぼ同時に、吹き飛ばされていた笠井と小水内も地面へ叩きつけられた。


「ぐ……っ」


「くそ……」


 三人揃って、地面に転がる。


 対する南は――息一つ乱していなかった。


「くっそ! また一方的にやられちまった!!」


 笠井は拳を地面へ叩きつけた。


「当然だ。どこかの馬鹿が、考えなしに突っ込むからだ」


 小水内が眼鏡をかけ直しながら立ち上がる。


「ああ? それ、自分に言ってんのか?」


 笠井が鋭く睨みつけた。


「まったく……客観視できない奴と一緒にいると、会話が成り立たんな」


 小水内も冷ややかな視線を返す。


「はッ!? 二人でいちゃつきやがって!!」


 睨み合う二人へ、七瀬がさらに噛みついた。


「だいたい、てめえら二人が我先にって突っ込むから、こうもあっさりやられんだろうが!!」


「ふん。後ろでコソコソしてるようなビビりに言われる筋合いはねえな」


 笠井が鼻で笑う。


「七瀬。君の方がもっとたちが悪い。そんな中途半端な動きをするくらいなら、最初から後ろで見ていればいいんじゃないか?」


 そこへ小水内も追い打ちをかけた。


「んだと!? やんのか、こいつら!!」


 七瀬が二人へ詰め寄る。


「ああ、やってやるよ!!」


 笠井も一歩前へ出た。


「なら、君たち二人だけで勝手にやってくれ」


 小水内が背を向けようとした、その瞬間――七瀬が胸倉を掴む。


「小水内……てめえもさっきから、そのすかした態度が癪に障るんだよ……」


「放せよ――」


 三人の間で、張り詰めた空気が一気に膨れ上がった。


 ドガアアアアアアンッ!!


「ッ!?」


 三人のすぐ横へ、巨大な光柱が突き刺さる。


 岩盤が爆ぜ、砕けた石礫が盛大に舞った。


「三人とも――いい加減にしなさい」


 南の静かな声が響く。


 その一言で、三人の頭に昇っていた血が一気に引いた。


 七瀬は小水内の胸倉から手を離し、笠井も気まずそうに顔を背ける。


「まったく……」


 南は腰に手を当て、深く息を吐いた。


「三人とも、それぞれに素質はあるのに……」


 笠井。


 小水内。


 七瀬。


 一人ずつ順番に見回す。


「三人揃うと、本当に最悪ね」


「…………」


「…………」


「…………」


 誰一人、言い返さない。


 もっとも、反省しているわけでもなかった。


「……ふん」


「ちっ……」


「……僕は悪くない」


 三人は揃って顔を背ける。


「しょうがない子たちね」


 南は困ったように小さく息を吐いた。


 けれど、その口元には――どこか楽しげな笑みが浮かんでいた。

次回予告


 笠井、小水内、七瀬――。


 同じ師の下で鍛えながらも、三人が強さを求める理由は、それぞれ違っていた。


 父を奪った男への復讐。


 自らの力を証明したいという焦り。


 そして、名家の血に押し潰されまいとする意地。


 南から投げかけられた「何のために強くなるのか」という問いを前に、三人はそれぞれ自分自身と向き合っていく。


 ぶつかり合う三人の胸に秘められたものとは――。


 次回、第99話「三人三様」

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