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夢幻開現師 ―夢の守り人―  作者: ks21
第八章:「鬼哭餓亂城・籠城編」
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第79話「黒き鬼女の余韻」

西方の間に、静寂が戻った。


血を操る四天王・バーミリオンは討たれ、

理恵たちは、苛烈な戦いの終幕を迎えた。


だが、その勝利は安堵だけを残してはくれない。


《黒百合戀母》の力に呑まれた理恵は、なおも黒き鬼女として立ち上がる。

傷ついた芦谷、限界を超えて支援を続ける梓、そして駆けつける真理。


勝利の余韻に残されたのは、

理恵の奥底に眠る闇と、來瀬川の名に刻まれた因縁だった。


黒き鬼女の爪痕が残る西方の間で、

戦いは次なる最終局面へとつながっていく。

 西方の間にて繰り広げられた、理恵たちとバーミリオンの戦いは終わりを迎えた。


 舞台の赤い照明は消え、豪奢な劇場には重い沈黙が落ちている。


 倒れ伏したバーミリオン。

 砕けたサーベル。

 赤黒く染まったステージ。


 確かに、戦いは終わったはずだった。


 だが――。


 理恵の能力は、まだ解除されていなかった。


『……お、お嬢様』


 深紅の慧珠から、梓の震える声が漏れる。


 その瞬間。


 垂れた黒髪の奥にある瞳が、かっと見開かれた。


 それは、倒れた標的から、次なる獲物へと視線を移す獣の目だった。


 ゆらり、と。


 黒き鬼母神が立ち上がる。


「く、くそ……!」


 その視線の先にいたのは、芦谷だった。


 黒百合戀母と化した理恵は、すでに次なる標的を見定めている。


 だが、芦谷の身体も限界を迎えていた。


 片腕を失い、全身に深い傷を負い、立っているのもやっとの状態。


 それでも彼がまだ戦う意志を保っていられるのは、ただ一つ。


 背後にいる生徒たちのためだった。


「せ、先生……!?」


「お前たちは下がっていろ!!」


 震える生徒たちに向け、芦谷は強く言い放つ。


 声だけは、まだ教師のものだった。


 自分が倒れれば、生徒たちの心も折れる。


 だから、どれほど傷ついていようと、芦谷は指導者としてのやせ我慢を続けるしかなかった。


 黒百合戀母は、立華鉢頭摩鋏を再び抜き放つ。


 紫紺の刃が、舞台のわずかな光を拾って妖しく輝いた。


「こいつは……弱ったな」


 金鵄鳥を握る芦谷の手に、汗が滲む。


 勝ち目など、ほとんどない。


 それでも。


(とにかく、俺が盾になれば……多少なりとも時間は稼げるか?)


 あまりにも無策だった。


 けれど、他に方法はない。


 考えている間にも、相手は待ってくれない。


 ガッ!!


『お嬢様!?』


 梓の悲鳴と同時に、理恵が駆け出した。


 黒い死装束が舞台の上を滑る。


 その速度は、先ほどバーミリオンを蹂躙した時と変わらない。


 いや。


 標的を変えただけで、殺意はまったく衰えていなかった。


「南無三!!」


 芦谷が金鵄鳥を奏でる。


 ピィィィイイイイ――!!


 鋭い音色が、劇場に鳴り響く。


 だが、もはやその程度では足止めにもならない。


 黒百合戀母は一切怯まず、芦谷へ迫る。


 振り上げられた刀身が、美しく、そして禍々しく光った。


 これまでか。


 そう思われた瞬間――。


「まったく……手のかかる子ね!!」


 横合いから、銀色の閃きが飛び込んだ。


 ガンッ!!


 突然の速攻に、黒百合戀母の反応がわずかに遅れる。


 だが、それでも理恵は襲いかかる者へ刀身を走らせた。


 鋭い刃が、飛び込んできた真理の頬をかすめる。


 赤い線が、白い肌に走った。


 それでも真理は退かない。


 ほんの一瞬の差で、彼女の銀色の刀身が黒百合戀母の頭部を打ち据えた。


 鈍い音が響く。


 黒百合戀母の身体が、ぐらりと揺れた。


 そして、あっけなく地に伏せる。


 倒れた瞬間、黒い死装束が霧のようにほどけ、理恵の姿は元へ戻っていった。


 白く細い首。

 乱れた黒髪。

 力を失った細い身体。


 そこにいたのは、先ほどまでの鬼女ではない。


 傷つき、意識を失った來瀬川理恵だった。


『……ありがとうございます、真理様』


 深紅の慧珠から、梓の声が震えながら響く。


 北方の間での戦いを終えた真理たちへ、梓が救援を要請していたのだ。


 真理は倒れた理恵を見下ろす。


 その瞳が、ほんのわずかに揺れた。


 だが、それは一瞬だけだった。


 次の瞬間には、いつもの冷たい眼差しが戻っている。


「梓」


 真理の声が、静かに落ちた。


「あなたが付いていながら、どういうこと?」


 その怒りの矛先は、深紅の慧珠へ向けられていた。


『申し訳ございません。私の力不足により……』


「ええ。力不足では済まされないわ」


 真理の声は冷たい。


 だが、その奥には、抑え込まれた焦りと怒りが滲んでいた。


「けれど、今は責めている場合ではない。状況を報告して」


 誰も、すぐには言葉を発することができなかった。


 西方の間には、重い沈黙が落ちる。


 その沈黙を破ったのは、亜子だった。


「何がなんだか分かんないんだけど……他のみんなはどうなってるの?」


 その言葉で、まだ何か言いたげだった真理も口を閉じる。


『はい。南方の間では、杏樹様と大明寺様が敵の一体を討ち取りました』


 その報告に、亜子の表情は大きく変わらなかった。


 けれど、肩からわずかに力が抜ける。


 彼女なりに、安堵したのだろう。


「……そっか。よかった」


 短く、それだけを呟く。


「遅くなって申し訳ありません」


 真理は、倒れ込む芦谷の元へ歩み寄った。


「いや、助かったよ……。それに、大明寺も無事でよかった」


 芦谷は、生徒たちに支えられながら、何とか上体を起こす。


 顔色は悪い。


 片腕を失った痛みも、出血も、決して軽いものではない。


 それでも、彼はまず生徒の無事を確認していた。


「梓、治療を」


『はい』


 慧珠が淡く光り、芦谷の傷口へ浄化の光が注がれる。


 裂けた傷は少しずつ塞がっていく。


 呼吸も、わずかに落ち着いていった。


 だが、失われた片腕までは戻らない。


『申し訳ございません。私の実力では、ここまでしか……』


「いや、随分楽になったよ」


 芦谷は苦笑する。


「それより、大明寺たちの元へ案内してくれないかい?」


 その言葉に、真理が眉をわずかに動かす。


「その状態で、まだ生徒の心配ですか」


「教師だからね」


 芦谷は、片腕だけで何とか身体を支えながら笑った。


「みっともなくても、そこは譲れないさ」


 亜子は、意識を失った理恵をそっと支えていた。


 理恵の顔は青白く、呼吸は浅い。


 先ほどまでの黒き鬼女の面影は、もうない。


 だが、亜子はその手を離さなかった。


「なら、私が殿を務めましょう」


 真理が静かに言う。


 その声に、誰も異を唱えなかった。


 こうして、真理たちは戦いの終わった南方の間へ向かうことになった。


 崩れた舞台を背に、西方の間を後にする。


 その道中、亜子がふと口を開いた。


「梓さん。和泉君は?」


『はい。和泉さんは、大久保様と共に最後の敵と会敵中です』


「最後の敵……」


 亜子の声が、わずかに低くなる。


 真理が、横目で亜子を見た。


「お友達が心配?」


 その問いに、亜子は少しだけ考え、それから首を振った。


「指導官代理がいるし……それに、和泉君なら大丈夫」


「……そう」


 真理は、それ以上何も言わなかった。


 鬼哭餓亂城での戦いも、いよいよ佳境へと向かっている。


 北方の間では、亜子と真理がシナバーを討った。

 南方の間では、杏樹とレイカがシンシャを討った。

 西方の間では、理恵と芦谷がバーミリオンを討った。


 残るは、東方の間。


 和泉百希夜と大久保淳。

 そして、四天王最後の一人――アカネ。


 鬼哭餓亂城の悪意は、まだ終わっていない。

次回予告


西方の間で、理恵と芦谷は四天王・バーミリオンを討ち取った。


だが、その勝利はあまりにも大きな代償を残す。

暴走した理恵。

片腕を失った芦谷。

疲弊しながらも四つの戦場を支え続ける梓。


北方、南方、西方――。

三つの戦場で四天王は倒れ、鬼哭餓亂城での戦いはいよいよ最終局面へ向かう。


残るは、東方の間。

そこでは、和泉百希夜と大久保淳が、黒煙を操るアカネ、そして灰色の番犬・死灰と対峙していた。


大久保の《群象》が戦場を押し潰し、

和泉の炎が、借り物の精神の奥に潜む敵の本体へ届く。


次回、

第80話「天敵の炎」


黒き煙を裂き、怒りを刃へ。

和泉の炎が、最後の四天王を焼く。

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