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夢幻開現師 ―夢の守り人―  作者: ks21
第八章:「鬼哭餓亂城・籠城編」
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第72話「鬼哭餓亂城への道」

断たれた接続を繋ぎ直すため、花奈は和泉の精神回路へと直接潜る。


鬼哭餓亂城を覆う濃密な瘴気。

精神を蝕む悪意の中で、花奈はたった一筋の道を切り開こうとする。


そして、梓の慧珠が黒の部隊のもとへ――。

 花奈は、和泉の意識を起点として、再び鬼夢内部への侵入を試みていた。


(敵サイドが何を狙っているのかは、まだ分からない……)


 意識を研ぎ澄ませる。


(でも、ひとつだけはっきりしてる)


 理恵、杏樹、亜子――他のメンバーたちにも、確かに分厚い瘴気の層がまとわりついていた。


 そのせいで、精神の同調は著しく阻害されている。


 だが、和泉に絡みつくそれは、明らかに質が違っていた。


 重い。


 濃い。


 そして何より、そこに込められた“意志”が異様なほど強い。


 まるで和泉だけを狙い定め、その精神へ楔を打ち込むように絡みついている。


(あいつらは、明らかに百希夜くんへ執着してる)


 だが――だからこそ、そこが突破口になる。


 執着が強いということは、それだけ異変の中心にいる何者かとの繋がりが強いということだ。


 ならば、その繋がりごと逆探知してやればいい。


(利用しない手は、ない)


 花奈は、意識をさらに沈める。


 自らの精神を細く鋭く絞り、和泉へまとわりつく黒い泥の中へ潜り込ませていく。


「――うっ!?」


 次の瞬間、花奈の全身がびくりと跳ねた。


 ぬめる。


 絡みつく。


 焼ける。


 その瘴気は、まるでヘドロだった。


 どろどろと粘りつき、花奈の精神へまとわりついてくる。


 だが、それは単なる不快な泥では終わらない。


 じり、じり、と。


 触れた端から、花奈の精神の輪郭を溶かし始める。


 まるで濃硫酸に皮膚を浸したかのような、鋭く、容赦のない侵食。


(く……っ!)


 花奈は奥歯を食いしばる。


(保護膜を張っておいてよかった……!)


 和泉と精神を同調させる前に、花奈は自身の精神表層へ薄い膜を纏わせていた。


 他者と直接繋がる以上、自分と相手の境界を守るものが必要だったからだ。


 境界が曖昧になれば、どこまでが“自分”で、どこからが“相手”なのかすら分からなくなる。


 だが、その膜はあくまで最低限。


 厚くすれば安全になる。


 その代わり、動けなくなる。


 今、和泉の精神を通路として鬼夢内部へ潜るには、何よりも“速度”が必要だった。


 時間をかけすぎれば、花奈自身だけではない。


 接続元である和泉の精神にまで、深刻な負荷が及ぶ可能性がある。


 だから、最低限でいい。


 いや、最低限で突っ切るしかない。


(きついけど……このまま行くしかない!!)


 荒れ狂う海へ、命綱もなしに素潜りで飛び込むようなものだった。


 しかも、潜っているのは海ではない。


 他者の精神、そのさらに奥へこびりついた悪意そのものの中だ。


 それでも花奈は止まらない。


 膜を焼かれながら。


 精神の表層を削られながら。


 なおも、自身の意識をさらに深く、さらに奥へと潜らせていく。


 その先にいる。


 和泉を狙う何者か。


 この異変の核。


 そして、鬼哭餓亂城へ通じる“道”が。


 花奈は、痛みすら振り切るように、瘴気の海へと沈んでいった。


 悍ましいほどの“負の思念”。


 それは、時に怒り、時に泣き、時にあらゆるものを貪欲に貪らんとする。


 おびただしい悪意が、花奈へ群がっていた。


 まるでヒルのように。


 生ある者の生き血を吸わんとするかのように。


 黒い泥が、彼女の精神へべったりと張り付いてくる。


 それでも、花奈は歩みを止めない。


 たとえ自分の身が削れようとも。


 この深淵に囚われた仲間たちを救うために。


 様々な者たちから、彼らを託された者として。


 そして何より――過去に何もできなかった自分を、今度こそ乗り越えるために。


 花奈は、濁った激流へとただ一人進んでいく。


 ぽた、ぽた、と。


 現実世界では、花奈の鼻先から血が滴っていた。


 だが、それでも彼女の肉体は和泉から離れようとしない。


 歯を食いしばり、“何としてでも道を開く”という、その一念だけが彼女を突き動かしていた。


 それを、梓は見守ることしかできない。


 自然と、握った手に力がこもる。


 本来ならば、花奈の代わりに自分がやるべきなのだ。


 だが、悲しいかな、藤本梓にはまだそこまでの技量はない。


 今の彼女にできることは、花奈を信じ、託された任務を全うすることだけ。


 けれど、その胸に去来していた想いは、もはや単なる“來瀬川家の使用人”という立場を越えていた。


 理恵のために。


 そして、ここにいる黒の部隊の面々のために。


 それは、野外で一人奮闘する氷室も同じだった。


 押し寄せる、操られた亡者たち。


 正気を失い、鬼夢に侵されたまま襲いかかってくる彼らを、氷室は次々と制圧していく。


(たとえ、如何なる思惑や裏切りがあろうとも――)


 握る拳に、さらに力が入る。


「あの人から託された子たちを――ただ守り切るのみ!!」


 それは、自らを鼓舞するように。


 氷室の叫びは、暗闇の中でなお抗い続ける光となって、彼の全身に血潮を巡らせる。


(――よし! 見えた!!)


 その時、花奈はようやく鬼哭餓亂城の外観へと辿り着いていた。


 闇の中に浮かぶ、巨大な城。


 いくつもの燈火がぼう、と灯り、城内では無数の悪鬼たちの影が蠢いている。


 まるでそれ自体が巨大な生き物のように、城全体が息づいているようだった。


 花奈は、そのまま鬼哭餓亂城への侵入口を創ろうとする。


 だが――その時だった。


 高く積み上げられた石垣の、さらに奥。


 もっとも深い闇に覆われた深部から、どす黒い“何か”が溢れ出していた。


(これが……私たちを妨害していた瘴気の正体!?)


 黒く淀んだそれは、あらゆるものを拒絶する壁であると同時に、強烈な引力をも持っていた。


 近づけば呑まれる。


 だが、目を逸らせば、それだけで心を折られそうになる。


 一瞬、その瘴気が花奈の精神へ触れた。


(――ッ!?)


 それは、悪意の原液だった。


 触れた瞬間、花奈の精神の輪郭がぐしゃりと歪む。


 視界が大きく傾ぎ、腹の底から内臓ごと吐き出してしまいそうなほどの猛烈な嗚咽感が込み上げる。


 そして何より――今すぐここから逃げ出したい。


 そう思わされるほどの圧倒的な恐怖が、彼女の精神へ流し込まれた。


「逃げるな!!」


 花奈は、自分自身へ向けて吠えた。


 現実の彼女の肉体もまた、右手で左手を思い切りつねり上げる。


 爪が皮膚へ深く食い込み、血が滲んだ。


 だが、その痛みが何とか彼女の錯乱しかけた意識を現実へと繋ぎ止める。


 ――す~きです、す~きです、す~きだから~。


 その時だった。


 どす黒い悪意の中から、妙に甘ったるい旋律のようなものが流れ込んでくる。


 それは、花奈をいたぶることそのものを悦びとするような声音だった。


 もがき、耐え、なお抗おうとする彼女の姿を見て、心底楽しんでいる。


 おびただしい悪意は、もはや花奈の防御膜を貫き、直接彼女の精神を蝕もうとしていた。


 本来ならば、ここで即座に防御壁を築き、侵食を止めるべきだ。


 それが、精神における正常な防衛反応である。


 だが――花奈はそれすら抑え込んでいた。


 ここで防御に転じれば、もう二度と鬼哭餓亂城へ近づけない。


 それが分かっていたからだ。


「私を……いたぶろうってか。でもね――」


 敵は、城へ迷い込んだ羽虫を嬲るように、花奈をいたぶっている。


 だからこそ、今が最初で最後の好機だった。


「あまり、私たちを舐めるな!!」


 花奈は、自身の意識の一部を矢のように鋭く絞り上げる。


 そして、それを鬼哭餓亂城の城壁へ向けて撃ち放った。


 それは、ほんのわずかな傷にしかならなかった。


 瘴気の壁に、ごく小さな風穴を穿ったに過ぎない。


 だが――それで十分だった。


「梓さん!!」


 花奈が叫ぶ。


 同時に、すでに待機していた梓の意識が、そのわずかな穴を正確に通過する。


 花奈が命懸けで穿った、たった一筋の道。


 それを無駄にすることだけは、絶対に許されなかった。


 梓は迷わなかった。


 その一瞬にすべてを懸け、鬼哭餓亂城への侵入を成功させる。


 役目は果たした。


 そう判断した瞬間、花奈は最後の力を振り絞って、和泉との同調を強制終了させた。


「へへ……。あとは、頼んだよ」


 その言葉を最後に、彼女の身体は力なく地面へ崩れ落ちる。


「ええ、お任せください」


 梓の声は、静かでありながら強かった。


 花奈が開いた道を、今度は自分が繋ぐ。


 鬼哭餓亂城へ侵入した梓の意識は、すぐさま四つの慧珠へと分化した。


(これ以上が……私の限界)


 四つに分かれた光は、かすかに震えていた。


 それでも――。


(でも!!)


 生成された四つの慧珠は、それぞれ仲間たちのもとへ向かって、闇の中を飛び出していく。


 今度は、梓が繋ぐ番だった。


(お嬢様や皆様の居場所は……四方の広間。それに、この反応は――)


 梓は、城内へ放った四つの慧珠から返ってくる気配を瞬時に読み取る。


 すでに黒の部隊は、それぞれ敵と会敵していた。


     * * *


 北方の間。


 四方八方に据え付けられた巨大なモニター群が、断続的に明滅していた。


 青白い光が規則性なく走るたび、広間の闇が不気味に照らし出される。


 画面の中では、砂嵐、笑う顔、意味をなさない文字列、そしてどこかの誰かの日常の切れ端のような映像が、脈絡もなく流れては消えていく。


 その中心。


「え~、あんたがわたしの相手?」


 シナバーが、つまらなさそうに亜子を見下ろしていた。


「ちゃんと盛り上げてくれんの?」


 口元を覆っていたマスクの奥から漏れる声は、苛立ちと嘲りが入り混じっている。


「いちいち、うっさいんだけど……」


 亜子は手にした機銃を、迷いなくシナバーへ向けた。


「とっとと始めさせてもらう」


 無駄な言葉は、それだけで十分だった。


     * * *


 南方の間。


 そこは、まるで子ども部屋だった。


 壁には色とりどりの装飾。


 床にはぬいぐるみや玩具。


 棚には無数の人形が並び、どれもこれも、こちらを見ているような目をしている。


 その異様な空間の中央で。


「はむ……はむ……はむ」


 シンシャは、敵である杏樹を目の前にしながら、ひたすらお菓子を頬張っていた。


「ちょ、ちょっと……」


 杏樹が顔を引きつらせる。


 ようやくその声に気づいたシンシャが、ゆっくりと顔を上げる。


 だが、それでもまだ食べるのをやめない。


「ん?」


 シンシャは、小さく首を傾げた。


「これ、いる?」


 手にしていた飴を、杏樹へ差し出す。


「悪いけど……」


 杏樹はデガ喇叭を握りしめ、じり、と足を開いた。


「わたしだって、そんな冗談に付き合ってらんないの」


「そう――」


 シンシャは、ようやく満足したようにお菓子の手を止めた。


 そして、にいっと笑う。


「それじゃあ、シンシャと“あそんで”くれる?」


 その声は幼い。


 だが、その奥にあるものは、あまりにも昏く、あまりにも禍々しかった。


     * * *


 西方の間。


 そこに広がっていたのは、まるで歌劇団の劇場のような空間だった。


 赤い絨毯。


 重たく垂れた幕。


 黄金の装飾。


 客席はないのに、舞台だけが過剰なまでに美しく設えられている。


 その中央で、バーミリオンが大仰に胸へ手を当てた。


「おお、我が敵はこんなにも麗しき姫とは」


 芝居がかった嘆息。


 わざとらしい身振り。


 何もかもが鼻につく。


「……あまりお上手ではありませんね」


 一方の理恵は、冷え切った声音で言い放つ。


「胡散臭さが、少しも消えておりませんよ?」


 その一言で、バーミリオンの笑みが一瞬だけ剥がれた。


 だが、それも刹那だった。


 すぐにまた、彼女は役者めいた笑みを貼り付ける。


「ならば、いいでしょう……」


 バーミリオンが、ゆるやかに腕を広げる。


「我が力、とくとお見せしよう」


 理恵は、立華鉢頭摩鋏を静かに構えた。


 こうして、二人の戦いの舞台は幕を開ける。


     * * *


 東方の間。


 そして、東方の間。


 城内の一室に、ただ二つの影だけがあった。


 和泉。


 アカネ。


 因縁を積み重ねてきた二人が、今ふたたび相対している。


「あらあら」


 アカネは、煙管を指先で弄びながら、いつもの薄ら笑いを浮かべていた。


「随分と気が立っているんではなくって?」


 そんな敵を前に、和泉はただ静かに点火針の刀身を構える。


 怒りは、もう声には乗っていなかった。


 その分だけ、むしろ深い。


「ああ」


 和泉の眼は、ただ真っ直ぐにアカネを射抜いていた。


「ここでケリをつけよう」


 軽口も、挑発も、もはや必要ない。


 四方の広間で、それぞれの戦いが火蓋を切る。


 そして今、鬼哭餓亂城の内部にて――。


 黒の部隊と四天王、その決戦が始まったのであった。

次回予告


鬼哭餓亂城の四方に分かたれた黒の部隊。

それぞれの前に立ちはだかるのは、朱天の半身たる四天王。


東方では、和泉とアカネ。

西方では、理恵とバーミリオン。

南方では、杏樹とシンシャ。

北方では、亜子とシナバー。


瘴気に満ちた鬼の居城で、四つの戦いが同時に幕を開ける。


次回、

第73話「四天王戦、開幕」


黒の部隊は、絶望の城で己の力を示す。

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