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夢幻開現師 ―夢の守り人―  作者: ks21
第八章:「鬼哭餓亂城・籠城編」
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第71話「断たれた慧珠」

鬼哭餓亂城が開城する、ほんの少し前。

黒の部隊との接続は断たれ、花奈たちは現実側で孤立する。


妨害、襲撃、そして内通者の影。

鬼夢の外でも、すでに戦いは始まっていた。

 鬼哭餓亂城が開城する、ほんの少し前――。


「だめ……! こっちも、接続が完全に切れてる」


 花奈は先ほどから何度も、黒の部隊の面々との交信を試みていた。


 だが、返ってくるものは何もない。


 いや――“応答がない”という表現は、正確ではなかった。


 正しくは、接続そのものが外側からねじ曲げられ、阻まれている。


 強大な悪鬼が放つ濃密な瘴気は、時として開現師と観測師との接続を阻害することがある。


 だが、それはあくまで“並み”の観測師の話だ。


 七瀬花奈(ななせかな)


 観測師としては、稀代と呼んで差し支えない才を持つ彼女ですら、その妨害を突破できない。


 その事実が意味するものは、あまりにも明白だった。


 事態は、花奈たちの想定を遥かに超えて悪化している。


「七瀬様でもだめとなると――」


 花奈の報告を受けた梓の中で、これまで疑惑に過ぎなかったものが、確信へ変わる。


「間違いない……。誰かが“意図的”に妨害しています」


 梓の声音は冷たく、そして断定的だった。


 花奈は唇を噛み、必死に思考を巡らせる。


(何が起きてるの……? 誰が、何のために――)


 だが、その問いに答える材料などどこにもない。


 いや、たとえ今ここで答えに辿り着けたとしても、それが何になるのだろう。


 黒の部隊は、すでに鬼夢の中だ。


 理恵も。

 和泉も。

 杏樹も。

 亜子も。


 今この瞬間にも、何かに巻き込まれているかもしれない。


 花奈の思考が、不安によってじわじわと絡め取られていく。


「ならば、今は何としてでもお嬢様たちを援護する策を講じるべきです」


 その揺らぐ思考を、梓の凛とした声が断ち切った。


「……うん。そうだね。そうだよね」


 花奈は、はっと息を呑む。


「今は、原因を探るより先に……どんな手を使ってでも、打開策を考えないと」


 自分に言い聞かせるように呟きながら、花奈は目を閉じた。


 焦るな。

 慌てるな。

 今、自分にできることを考えろ。


 観測師として。


 理恵たちを支える者として。


 数秒の逡巡ののち、花奈は一つの結論へ辿り着いた。


「……ある」


「何か、策が?」


 花奈の表情の変化を察し、梓がすぐさま問う。


 花奈は短く息を吸い、そして言った。


「誰かの精神回路を使って、直接接続を試みる」


 その言葉に、梓は初めてあからさまに眉をひそめた。


「それは、あまりにも無謀です」


 即答だった。


 観測師が開現師の精神と“直接”接続する。


 それは危険などという言葉では足りない。


 通常、開現師と観測師は、ドリームコンバータという媒介を通して、他者の深層意識――すなわち“夢”へ潜る。


 言うなれば、深海へ潜る者が専用の装備を身に纏うようなものだ。


 だが、直接接続は違う。


 それは、深海へ生身のまま飛び込むのと同義だった。


 しかも危険なのは、それだけではない。


 ドリームコンバータは、接続を補助するだけの道具ではない。


 他者の精神に自分が侵食されず、逆に相手の精神へ自分が混ざりすぎぬよう、ぎりぎりの境界を保つための“堤防”でもある。


 それを介さず、精神と精神を直接繋ぐということは――。


 観測師の意識が、接続先の開現師の意識と混じり合うということだ。


 一歩間違えれば、観測師だけではない。


 接続された開現師の精神まで巻き込み、両者まとめて崩壊する可能性すらある。


 それは援護ではない。


 最悪の場合、共倒れだ。


 だからこそ、梓は即座に否定した。


「七瀬様、それは手段ではなく、ほとんど賭けです」


 梓の目は鋭い。


「成功したとしても、貴女の精神が無事でいられる保証はありません。いえ、それどころか、お嬢様たちまで巻き込む危険すらある」


 花奈は、その言葉を黙って聞いていた。


 梓の言っていることは、何一つ間違っていない。


 理屈だけで言えば、むしろ正しすぎるほど正しい。


 だが――。


「それでも」


 花奈は、ゆっくりと顔を上げた。


「このまま何もできないよりは、ずっといい」


 その瞳には、強い決意が宿っていた。


 暫しの沈黙。


 やがて、梓が静かに息を吐く。


「……分かりました」


 観念したわけではない。


 腹を括った声だった。


「どちらにせよ、現状それ以上の打開策は見当たりません。それに――」


 そこまで言って、梓の瞳にほんの僅かな陰りが差す。


「残念ながら、私ではその領域に立つことができませんから……」


 その吐露を、花奈は静かに受け止める。


「でも、私一人じゃたぶん無理」


 花奈は真っ直ぐに梓を見る。


「梓さん、サポートをお願いできますか?」


 その言葉に、梓は今度こそ迷いなく頷いた。


「もちろんです」


 その時だった。


 設営されたテントの布越しに、がさ……と不自然な物音が鳴る。


 梓の視線が一瞬で鋭くなった。


「七瀬様、下がってください」


 低く、研ぎ澄まされた声だった。


 瞬間、花奈の背筋にぞわりと悪寒が走る。


 その悪寒は、直ちに現実のものとなった。


 物音のした方向のテント布が、ぐぐ、と外側から膨らんでいく。


 よく見れば、それは一か所ではない。


 左右、ほぼ同じ高さの二か所から同時に盛り上がっている。


 まるで、人間が両腕を前へ突き出しているかのように。


 次の瞬間――。


 びりっ!!


 ほんの小さな裂け目を起点に、布地が一気に引き裂かれた。


「があああああ!!」


 破れ目から飛び込んできた男が、叫びながら花奈たちへ迫る。


 突然のことに、花奈の思考は完全に止まった。


 だが、その男と花奈の間へ、梓が一瞬で滑り込む。


 腕を取る。

 踏み込む。

 相手の勢いを逆利用し、身体を捻る。


 どんっ!!


 凄まじい音とともに、男の身体が床へ叩きつけられた。


 あまりの衝撃に、男はそのまま意識を失ったようだった。


「きゃああああ!!」


 だが、花奈の悲鳴がすぐ背後で弾ける。


 梓が振り向く。


 そこには、別の男が花奈の首を後ろから締め上げていた。


「くっ!? 彼女を放しなさい!!」


 梓が叫ぶ。


 だが、男は一切反応を示さない。


 それどころか、その瞳は虚ろで、焦点すら合っていなかった。


(――これは)


 梓がその異様さに気付いた、その時だった。


 テントの外で、何かが倒れる鈍い音がした。


 直後。


 花奈を拘束する男の背後で、影が動く。


 それと同時に、梓の身体も前へ踏み出していた。


「む――んんん……!!」


 男の腕に力がこもる。


 息ができない。

 声も出ない。

 視界が揺れる。


 だが、次の瞬間。


 その締め付けが、ふっと解けた。


「あ――!?」


 急に拘束を失った花奈の身体が、前方へ崩れる。


 地面へぶつかる寸前、その身体を梓が抱き止めた。


「カホッ……ゲホッ!!」


 花奈は圧迫された喉へ一気に空気を流し込み、激しく咳き込む。


「七瀬様、大丈夫ですか?

 すみません、私が付いていながら――」


 梓は花奈の背をさすりながら、男の方へ視線を向けた。


「遅いですよ……氷室さん」


 男の背後には、氷室が立っていた。


 氷室は男の首を後ろから取り、そのまま暴れる相手を絞め落としていたのだ。


「遅れてすみません」


 氷室は淡々と答える。


「少しばかり、外の連中を鎮圧するのに手間取りまして……」


 彼の言葉通り、テントの外にはすでに二人の男が倒れていた。


「一体、何者ですか?」


 梓の問いに、氷室は襲撃者の一人から奪った免許証を差し出した。


「私が外で抑えた男のものです」


 そこには、“須山辰巳”と記されていた。


「恐らくですが、彼らは一か月ほど前にここで姿を消したと思われる者たちでしょう」


 氷室は気絶した男を床へ下ろし、その懐を探る。


 やがて財布からマイナンバーカードを取り出した。


「“節田雄馬”。……彼も行方不明者の一人です。おそらく、他の者たちも同様に」


「そんな……そのような情報は聞いていません」


 梓が困惑を露わにする。


 それも当然だった。


 もしも、このような行方不明者が出ている場所だと菩提府が把握していたなら、そんな危険地帯を訓練会場に選ぶはずがない。


「それに、彼らの様子はまさに――」


「鬼夢によって正気を失っている状態だった……ゲホッ」


 ようやく息を整えた花奈が、梓の言葉を継いだ。


「七瀬さん、本当に大丈夫ですか?」


 氷室が問う。


「うん……少し苦しかったけど、もう平気」


 花奈は首筋を押さえながらも、目を閉じて意識を研ぎ澄ませる。


「でも、捕まったおかげで分かった。彼らから、鬼夢特有の“瘴気”を感じる」


 推測は、ほぼ確信へ変わった。


 須山たち四人は、一か月ほど前に大江山へ入り、そしてその途中で鬼哭餓亂城へ囚われたのだ。


「でも、なぜ……こんな事態になっているのに、菩提府は何も……」


 花奈がその疑問を口にした瞬間、答えはすぐに浮かんだ。


「菩提府内部に、今回の件を手引きした内通者がいる――ということですね」


 今度は、梓が花奈の言葉を引き継ぐ。


 そして、そのまま氷室へ視線を向けた。


「ですが、どうして氷室さんは行方不明者のことを知っていたのですか?」


「実は、皆さんが試験へ挑んでいる間に、大塚所長からメッセージが届きまして……。そこに添付されていたファイルに、ここ一か月ほど、大江山周辺で行方不明者が出ていると」


 そう言って、氷室は自身のスマートフォンを花奈たちへ差し出す。


 そこには、氷室の言う通り、失踪者一覧のファイルが添付されていた。


 そして本文には、たった一行だけ。


 “敵は、内部にも居る”


「大塚所長……。何か用事があるって、しばらく姿を見せてなかったのって……」


「その内通者の元へ向かったか……あるいは」


 梓はそこで言葉を切った。


 最悪の想定が、三人の脳裏をかすめる。


「兎に角」


 氷室が短く言った。


「所長からメッセージが届いたということは、所長も独自に動いているということです。我々も、今できる最善をやりましょう」


 そう言って、氷室は再びテントの外へ向かう。


「氷室さんは、どうするんですか?」


 花奈が問う。


 氷室は背を向けたまま答えた。


「お二人は、和泉さんたちを助けてあげてください」


 そこで一拍置き、低く続ける。


「私は――外の連中を抑えます」


 その言葉通り、すでにテントの外には複数の人の気配が満ち始めていた。


「――七瀬さん、和泉くんたちをお願いします」


 そう言い残し、氷室は外へ駆け出していく。


 その背を見送った花奈は、すぐに和泉のもとへ膝をついた。


 そして、自らの額をそっと和泉の額へ重ねる。


「梓さん」


 花奈はその姿勢のまま、声だけを飛ばした。


「はい」


「私は和泉くんの意識から、もう一度、鬼夢内部へ入るためのゲートを創る」


 花奈の声音は震えていた。


 だが、その芯は折れていない。


「でも、きっと私の意識は、ゲートを維持するだけで精一杯になると思う。だから――あとは、お願いします!」


 そうして花奈は、和泉の意識を起点に、鬼夢へ自らの精神を侵入させるための“道”を創り出そうとする。


 そんな彼女の横顔を見つめながら、梓は静かに口を開く。


「承知しました」


 その声は凛としていた。


「必ず、皆さんを守り抜きましょう」


 鬼夢の中だけではない。


 現実でもまた、和泉たちを救うための戦いが始まっていたのだ。

次回予告


断たれた接続を繋ぎ直すため、花奈は和泉の精神回路へと直接潜る。


待ち受けるのは、鬼哭餓亂城を覆う濃密な瘴気。

精神を蝕む悪意の中で、花奈はたった一つの道を切り開こうとする。


そして、梓の慧珠が黒の部隊のもとへ――。


次回、

第72話「鬼哭餓亂城への道」


現実から鬼夢へ。

支える者たちの意志が、絶望の城へ届く。

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