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夢幻開現師 ―夢の守り人―  作者: ks21
第八章:鬼哭餓亂城・開城編
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第66話「夢檻三道」

 大江山を舞台に始まる、合同訓練。


 その実態は、若き開現師たちの力量を測るための、極めて実戦的な試験だった。


 和泉たち黒の部隊が挑むのは、疑似鬼夢『夢檻三道(むかんさんどう)』。


 三つの難所を越え、山頂の荒れ寺へ至れ。


 そうして彼らは、夜の鬼夢へと降り立つ――。

 合同訓練当日。


 集合地点には、すでに各校の参加者たちが集まり始めていた。


 編成は一チーム四人に指導官一名。

 だが実際に動いている人員はその数では収まらない。各隊に付く観測師、医療班、防人、菩提府の運営スタッフ――大江山の麓は、慌ただしく行き交う人影と緊張に満ちていた。


 訓練開始後には、菩提府の上層部も何人か視察に訪れるらしい。

 ただの実地訓練にしては、どうにも規模が大きすぎる。


「とっきー、あれ見て」


 杏樹に裾を引かれ、和泉はその先へ視線を向けた。


「あれは……聖斂隊(せいれんたい)か」


 特徴的な白の隊服を纏った一団が、周囲へ鋭い視線を配っている。

 訓練参加者を守る護衛というより、何かを警戒しているような気配すらあった。


「あ、あの人――」


 その中に、和泉は見覚えのある顔を見つける。

 シンボルタワーでの戦いの折、救援に駆けつけた女性隊員だった。


「真理隊員、こちらの準備も完了しました」


「了解しました。では、各員、所定の位置へ。周囲の警戒を切らさないように」


 年若いはずのその女性――真理は、年上の隊員たちにも淀みなく指示を飛ばしていた。

 その声音には無理に張り上げた威圧ではなく、従わせるだけの芯があった。


(やっぱり、副隊長の右腕って感じだな……)


 そんなことを考えていると、隣で杏樹が不思議そうに眉をひそめていた。


「どうかしたか?」


「ねえ、あの人……りえっちに似てない?」


 その疑問は、和泉もまた最初に彼女を見た時から抱いていたものだった。


「ああ。確かに、顔立ちも雰囲気もどこか似てるな」


 顔だけではない。

 理恵が纏う、一般人とは明らかに異なる“気品”のようなものを、その女性もまた自然に滲ませていた。


「ねえ、りえっち!」


 杏樹が前を歩く理恵へ呼びかける。


「あの人、りえっちによく似てるね」


 理恵は足を止め、真理へ視線を向けた。


 ほんの一瞬だった。

 けれど、和泉には見えた。理恵の表情に、ごくかすかな翳りが差したのを。


「ええ……そうでしょうか」


 それだけ言うと、理恵はそれ以上その話に触れたくないとでもいうように、足早に花奈たちの方へ向かっていく。


 その後を歩く梓が、いつも以上に鋭い目で和泉と杏樹を一瞥した。

 そして無言のまま、理恵の背を追う。


「あ、あれ……わたし、何かまずいこと言っちゃった?」


 杏樹が困惑したように目を瞬かせる。


「まあ、他人のことをあれこれ詮索しない方がいいってことだろ」


 和泉はそう言って、杏樹の肩を軽く叩いた。


「ちょ、ちょっと待ってよ!」


 慌てて杏樹が追いかけようとした、その時だった。


「オーッホッホッホッホ!! あらあら、杏樹さんではありませんこと?」


 場の空気を真っ二つに裂くような高笑いが、広場に響いた。


「げっ……まさか――」


 杏樹の顔がみるみる引きつる。


「あら。せっかくの再会だというのに、随分なご挨拶ですのね。加藤 杏樹さん?」


 わざとらしく、一音一音区切るように名前を呼んだのは、一人の少女だった。


 東京校の制服を纏いながらも、他の誰より目を引く。

 金の髪は丁寧に巻かれ、碧い瞳は宝石めいて光を弾いている。立っているだけで、舞台の中央にいるような華があった。


大明寺 レイカ(だいみょうじ レイカ)……」


 杏樹が露骨に嫌そうな顔で、その名を吐き出す。


「オーッホッホッホ!! そう! 私こそが真の“新星”、大明寺レイカその人ですことよ!!」


 レイカは芝居がかった仕草で胸を張り、高らかに笑った。


「まさか、あんたがここにいるなんて」


「当然ですわ。貴方が呼ばれて、私が呼ばれないわけがありませんもの。そんなことも分かりませんの?」


「なにを~……!」


 二人の間で、見えない火花がばちばちと散る。


「まあ、貴方がどこぞの部隊へ派遣されたと聞いた時は、ついに飛ばされたのかと心配して差し上げましたのよ?」


「ああ、そう? それにしても、ずいぶん偉そうになったよね。わたしがいなくなってから、威張り散らしてるのかな?」


「何ですって?」

「何よ?」


 にらみ合う二人の額には、揃って青筋が浮いていた。


「おい、何やってんだよ」


 さすがに見かねて、和泉が割って入る。


「べ、別に~。ちょっと前の学校のクラスメイトが急に声をかけてきたから、誰だっけって思い出してただけ」


 杏樹はあからさまに敵意を滲ませながら言い返す。


 その言葉に、レイカは歯をぎり、と噛み締めかけ――和泉の顔を見た瞬間、ふっと表情を変えた。


「まあ……貴方が和泉 百希夜さんですの?」


「なんで、俺の名前を?」


「当然ですわ。あの笠井 亮が弟子に迎えた人物なら、東京校でも知らぬ者はいませんもの」


 そう言ってレイカは、すっと手を差し出す。


「東京校の大明寺レイカですわ。以後、お見知りおきを」


 だが、その手の前へ杏樹が割り込んだ。


「いいよ、とっきー! こんな女、無視しちゃって!」


 うう、と低く唸るその様は、まるで威嚇する小型犬だ。


「まあ、怖い。こんな凶暴な方、百希夜さんもお困りですわよね?」


 レイカも負けじと、にっこり笑って牽制する。


「何なのよ、あんた! 久しぶりに会ったと思えば!!」

「そちらこそ何ですの!? スカウトを受けたくらいで調子に乗って――」


 口論は、ますます熱を帯びていく。


「そこ! 何をしている!!」


 凛と張りつめた声が、二人を一喝した。


 空気が一瞬で冷える。


 振り向けば、先ほどの女性隊員――真理が、こちらへ歩み寄ってきていた。


「これから訓練が始まるというのに、少し緩みすぎだ」


 その姿には、威圧だけでは片づけられない品があった。

 背筋を伸ばして立つだけで、場の空気を正してしまうような気配。


「うう、すみません……」

「失礼しましたわ」


 さしものレイカも、その圧には逆らえなかったらしい。


「おい、大明寺! まったく、目を離すとすぐこれだ」


 そこへ駆け寄ってきた男を見て、杏樹がはっとする。


 杏樹の元指導官――芦谷 祐介(あしや ゆうすけ)だった。


「すみません。うちの生徒が迷惑かけました」


 芦谷はそう言って、暴れそうになるレイカの頭を半ば無理やり下げさせる。


「も~、杏樹ちゃんもこんなところでみんなに迷惑かけちゃだめでしょう!」


 続いて花奈もやって来て、真理へ頭を下げた。


「いえ。ですが、生徒たちも、いつも以上に気が立っているようです」


 真理は静かに答える。


「訓練が始まるまでに、無用なトラブルが起きないよう、しっかり見ていてください」


「はい」


 花奈が頷く。


 真理は小さく一礼し、そのまま元の位置へ戻ろうとした。


 その時だった。


 ふと、彼女の視線が花奈たちの後ろへ流れる。


 そこにいたのは――理恵だった。


 紫がかったその瞳に、一瞬だけ、炎にも似た色が灯ったように見えた。


 和泉は息を呑む。


 だが真理は次の瞬間には、何事もなかったかのように視線を外していた。

 そしてそのまま、足早に去っていった。


「でも、不思議だね」


 いつの間にか、和泉の後ろへ立っていた亜子が口を開く。


「こんな学生相手の訓練に、聖斂隊まで出てるなんて」


「……ま、確かに言われてみたらそうかもな」


 和泉が低く答える。


 すると、亜子の表情が少しだけ曇る。


「なんだか、ここ嫌な感じがする」


「嫌な感じ?」


 和泉が問い返す。


 亜子は小さく頷いた。


 確かに、規模の大きさに舞い上がっている部分はある。

 だが、その奥底では自分も薄く感じていたのだ。

 何か、とてつもなく嫌なことが起こるのではないかというざわめきを。


 それを、誰よりも敏感に亜子は感じ取っているらしかった。


「なんにせよ、俺たちは俺たちのやるべきことをするまでさ――」


 その言葉は、自分自身への戒めとして、重く深く和泉の心の奥へ突き刺さるのであった。


     * * *


 指定ポイントには、すでに簡易テントがいくつも設営されていた。

 その内部では、花奈や梓をはじめとする観測師たちが慌ただしく行き交い、ドリームコンバータをはじめとする各種機材の最終確認に追われている。


 やがて全班の到着が確認されると、各テント内に設置されたモニターが一斉に点灯した。


 まず映し出されたのは、担当職員による事務的な連絡事項だった。

 通信環境、緊急離脱時の手順、負傷時の対応――必要事項が淡々と告げられていく。


 そして、その説明が終わった直後。

 画面の人物が切り替わり、場の空気がわずかに張りつめた。


「これより、合同訓練の概要を説明する」


 低く、よく通る声だった。

 今回の合同訓練全体を統括する試験官であるらしい。


「今回の訓練では、我々が事前に構築した疑似鬼夢へとダイビングしてもらう。本来の鬼夢に比べれば瘴気は抑制されている。だが――そこで受ける損傷は、決して偽物ではない」


 その言葉に、テント内の空気がさらに引き締まる。


「訓練だからと侮るな。油断した者から脱落すると思え」


 和泉は、無意識のうちに拳を握りしめていた。


 ここに集められているのは、東京、京都をはじめとする各聖堂院から選抜された若き開現師たち。加えて、すでに実務に就いている者たちもいる。

 いずれも今後の菩提府を担っていくであろう人材ばかりだ。


 その誰もの顔に緊張はあった。

 だが同時に、その奥には別の熱も燃えている。


 ――他の誰にも遅れは取らない。


 そう言わんばかりの、剥き出しの闘志だった。


「そして、諸君らもすでに察しているだろうが、今回の合同訓練はただの訓練ではない」


 試験官の声音が、さらに一段低くなる。


「これは、君たちが現場で通用するかを見極めるための試験でもある」


 その言葉に、各所から小さなどよめきが漏れた。

 だがそれは驚きというより、半ば確信していたことを改めて突きつけられた時の反応に近い。


 それも当然だった。

 上層部の視察。聖斂隊の配置。菩提府本部による全面的な支援。

 ここまで仰々しい舞台が整えられていながら、純粋な訓練で済むはずがないことくらい、誰の目にも明らかだった。


「では、今回の訓練内容について説明する」


 そう言うと、モニターの映像が切り替わる。


 映し出されたのは、一つの見取り図だった。


「今、画面に表示されているものが、諸君らがこれからダイビングする鬼夢の全体図である」


 和泉は目を細めた。


 その地形には見覚えがあった。

 いや、見覚えどころではない。まさに、自分たちが今いる大江山そのものだった。


「見ての通り、この鬼夢はここ大江山の地形を模して構築されている」


 試験官の言葉とともに、麓にあたる位置へ“開始地点”、山頂にあたる位置へ“到達地点”の印が灯る。


「諸君らは、この麓の開始地点から山道を踏破し、頂上へ到達せよ。到達をもって、第一段階突破とする」


 モニター上に、いくつかの進路が表示される。


「だが、当然ながら、ただ登ればよいわけではない」


 直後、山の図が三層に色分けされた。


「どの進路を選んだとしても、必ず三つのセクションを通過することになる」


 色分けされた領域が、じわりと不気味に光を帯びる。


「各セクションには、それぞれ異なる障害が用意されている。問われるのは、単純な戦闘力だけではない。対応力、判断力、決断力――現場に立つ者として必要な資質、そのすべてだ」


 その言葉に、和泉はごく浅く息を吸った。


「今回の訓練の一部始終は、上層部の方々も確認される」


 静かだが、重い言葉だった。


「各員、己が持てる力をすべて尽くし、その実力を証明せよ」


 そして、最後に試験官は一言だけ告げた。


「――健闘を祈る」


 その瞬間、モニターの光がふっと落ちた。


 画面には、何も映らない黒だけが残る。

 だが、その沈黙の方が、先ほどまでの説明よりもずっと重く感じられた。


 しかし、もはや誰に言われるまでもなかった。

 次に取るべき行動は、全員の中でとっくに定まっていた。


 すぐさま各員がドリームコンバータを装着する。

 あとは、接続を待つだけだ。


「じゃあ、みんな! 準備はいい?」


 花奈の声に、全員が短く頷いた。


「よし。それじゃあ――接続するよ」


 次の瞬間、視界が激しい閃光に呑まれた。


 白。

 ただ一面の白が、意識を焼くように広がる。


 やがてその光が晴れた時、和泉たちの目の前に広がっていたのは、大江山の麓そのままの景色だった。


 だが、決定的に違うものがある。


 現実ではまだ陽が落ちきっていなかったはずなのに、ここではすでに太陽は沈みきり、山は濃い夜に包まれていた。

 空気まで、どこか冷たい。


 さらに周囲を見回しても、他班の姿は見当たらない。

 おそらく各班ごとに、別々の開始地点へ配置されたのだろう。


 その時、宙に浮かぶ透明な珠から、先ほどの試験官の声が響いた。


『準備の整った班から、順次開始せよ』


『なお、各セクションの詳細は、あえて事前には伝えない。現場で何が起きるかを見極め、判断し、突破すること――それ自体が試験の一部だからだ』


 それだけ告げると、透明な珠は再び沈黙し、ただ彼らを監視するように頭上へ浮かんだままとなる。


「試験官の言った通り、僕は君たちを見てるだけだからね」


 珠から皆の意識が離れたところで、大久保がのんびりと口を開いた。


「危険かどうかの判断はするけど、それ以上は手を出さない。だから、ここから先の判断は全部、君たちで決めてくれ」


 和泉、理恵、杏樹、亜子。

 四人は互いに視線を交わし、言葉もなく頷き合った。


 腹は決まっている。


「――じゃあ、行きますか」


 和泉の一言を合図に、四人は夜の森へ足を踏み入れていった。

次回予告


 第一セクション“侵緑の森”。


 そこは、森そのものが侵入者へ牙を剥く、生きた迷宮だった。


 襲い来る亜羊。

 絡みつく枝と蔓。

 足を止めれば、その時点で喰われる。


 黒の部隊は、それぞれの力と連携でこの難所を突破できるのか――。


 次回、第67話「侵緑の森」。

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