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夢幻開現師―悪夢を断つ者―  作者: ks21
第零章「胡馬北風《中》」
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第105話「風鴉」

「うおおおおおッ!!」


「ッ!」


 患者の一人が、七瀬へ拳を振り下ろした。


「ああ、もう! 最悪だろ、これ!!」


 身体を捻って躱し、すれ違いざまに乱武炉《らんぶろ》を振るう。


 ガキンッ!!


 狙うのは被害者ではない。


 その身体を操る――黒い糸。


「くそっ、やっぱ固え!!」


 一人の身体に何本もの糸が伸び、そのすべてが狂医者へと繋がっている。


「だが、何とかするしかないだろ!!」


 小水内も慚愧彗星剣《ざんきすいせいけん》を振るい、黒い糸を断ち切っていく。


 だが――。


「ぐッ!?」


 脇腹へ拳が入った。


 さらに背後から蹴りを受ける。


「うぐッ……!」


 ただでさえ満身創痍の身体へ、容赦なく攻撃が積み重なる。


 それでも反撃はできない。


 目の前にいるのは――救うべき被害者たちなのだから。


(厄介すぎる……!)


 小水内は迫る拳を受け流し、黒い糸へ刃を滑らせる。


 ブチッ!!


 一本を切った直後、また別の傀儡が迫った。


「七瀬! とにかく今は耐えるぞ!!」


「ああ!」


 七瀬も拳を紙一重で躱す。


「亮の野郎がくたばる前に、全員助けりゃいいんだろ!!」


「そういうことだ!!」


「だったら――やってやるよ!!」


 二人は再び被害者たちの中へ飛び込んだ。


 その奥では――。


「キャハハハッ! さっきは随分と痛めつけてくれたねえ!!」


 狂医者の六本の腕が、一斉に笠井へ襲いかかる。


 右。


 左。


 上――。


「くッ!!」


 下から迫る鋏を飛び退いて躱し、顔面へ突き出された五本のメスを風塵鴉鎚《ふうじんがつい》で弾く。


「ちぃッ!!」


 だが――。


 ギュイイイイイイインッ!!


「ぐッ!?」


 死角から迫った電動ノコギリが脇腹を掠め、鮮血が飛んだ。


 三人へ分散していた攻撃を、一人で引き受けている。


 すべてを捌き切れるはずもない。


「ハハハハハ!! どうした、さっきまでの威勢は!!」


「うる……せえッ!!」


 笠井が風塵鴉鎚を振り上げる。


「はあああああああッ!!」


 そのまま叩き込もうとした――その時。


「おおっと」


 狂医者が笑う。


「少し頼むよ――君たち」


「…………!」


 黒い糸が蠢き、二人の患者が狂医者の前へ引き寄せられた。


「ちッ!!」


 笠井は寸前で風塵鴉鎚を止める。


「キャハハハハ!! ほら! 早く殴りたまえよ!!」


「てめえ……!」


 強引に振り抜けば、被害者まで巻き込む。


 だが――。


 シュッ!!


「ぐッ!!」


 患者の陰から飛び出したメスが、笠井の頬を切り裂いた。


「亮!!」


 七瀬が叫ぶ。


 だが、そちらも余裕はない。


「うおおおおッ!!」


 ガキンッ!!


「くそっ!! まだ切れねえのかよ!!」


「七瀬! そっちへ三人行ったぞ!!」


「分かってる!!」


 小水内も迫る患者たちを捌きながら、必死に糸を狙う。


 だが、二人だけですべてを抑えることなどできない。


「ぐッ!?」


 小水内の腹部へ拳が突き刺さる。


「がッ……!」


 七瀬も蹴りを受け、床を滑った。


「ハアッ……ハアッ……」


 三人の呼吸が荒くなる。


 笠井には、西条との戦いで負った傷。


 七瀬には、抉られた右肩。


 小水内には、全身へ突き刺された注射器の傷。


 誰一人として万全ではない。


「くそっ……!」


 笠井は、被害者を盾に嗤う狂医者を睨みつけた。


 三人で戦えば、こいつを追い詰められる。


 それなのに――。


(殴れねえ……!)


 攻撃すれば、人を傷つける。


 躊躇すれば、自分たちが削られていく。


(どうすりゃいい……!)


 ◇◇◇


 瘴気渦巻く病院の上空にて――。


 南と西条が、再び激突していた。


「はああああッ!!」


 南が銀の拳を振り抜く。


 カッ!!


 巨大な光柱が空を貫いた。


「っと……!」


 西条は身を翻して躱し、そのまま一気に距離を詰める。


「甘い!!」


 南が黄金の《色欲》を振り下ろした。


 パッ!!


 一本の光が、無数の細い光線へと枝分かれする。


 シュシュシュシュシュッ!!


 降り注ぐ光の雨を、西条は空中を駆けながら躱していく。


(――気配が読めない)


 黄金の光に紛れ、南の姿が消えた。


「そんなに私に会いたいなら――」


「ッ!?」


 光の奔流を突き破り、南が眼前へ現れる。


「プレゼントをあげる!!」


 ブオンッ!!


 鋭い右ストレート。


「随分と――」


 ガンッ!!


 西条は鉤爪の手甲で受け止める。


「強烈なプレゼント――だッ!!」


 もう一方の鉤爪が南の顔面を狙う。


「遅い!!」


 だが、すでに黄金の拳には光が集束していた。


「はッ!!」


 カッ!!


「――ッ!」


 至近距離から無数の光線が放たれる。


 ドドドドドドッ!!


「ぐ……ッ!」


 西条は両腕の手甲を交差させ、その身体を大きく後方へ押し流された。


 光が収まる。


 それでも、南は追わない。


「なるほど……やはり、そう安々とは飛び込んでこないか」


「…………」


 南の視線が、西条の背後へ向く。


 瘴気の中で揺れる――尾型の短刀。


 迂闊に死角へ回り込めば、あの刃が襲いかかる。


「……案外、あなたも強か《したたか》なのね」


「お褒めに預かり光栄だよ」


 西条も両腕の鉤爪を広げる。


 南は笑みを崩さない。


(やっぱり、《色欲》じゃ決定打にはならないわね)


 黄金の拳へ一瞬だけ視線を落とす。


(となると――《無色》を叩き込むしかない)


「で――まだやるのかい?」


「ええ」


 南は即答した。


「あなたみたいな危険人物を放っておくほど、平和ボケしてないつもりよ」


「…………」


「それに――」


 南は西条を鋭く見据えた。


「あなた、ただの悪鬼じゃないわね?」


「ほう」


 西条の眉が僅かに動く。


「どうして、そう思うんだい?」


「とぼけても無駄よ」


 南は拳を構えたまま、視線を逸らさない。


「力も、知識も、立ち振る舞いも――そこらの悪鬼とはまるで違う」


「…………」


「あなた……一体、何者なの?」


 僅かな沈黙。


 だが、西条はすぐに笑った。


「さて――何者だろうね?」


「……教える気はないってことね」


「ご想像にお任せするよ」


「そう」


 南も、それ以上は追及しなかった。


「だったら――殴って聞き出すまでよ」


「はは。それは怖いな」


 笑みを交わしながらも、二人の視線は絶えず相手を探っている。


 間合い。


 呼吸。


 次の一手。


「…………」


 西条は静かに南を見据えた。


(なるほど……)


 先ほどまでの軽い笑みが、僅かに薄れる。


(やはり、そこらの開現師とは違う)


 一撃一撃が重い。


 それ以上に厄介なのは、戦いの最中にも相手の動きを見極め、次の手を組み立て続けていること。


(まともに受け続ければ、こちらとて無傷では済まないか)


 だが、西条の瞳から余裕が消えることはなかった。


 一方、南の脳裏には笠井たちの姿がよぎっていた。


(これ以上、時間はかけられない)


(あの子たちを、これ以上危険に晒すわけにはいかない)


「悪いけど――」


 南が銀の拳を下ろした。


「いつまでも、あなたとじゃれ合ってるつもりはないの」


「…………?」


 空気が変わる。


 西条の笑みが僅かに薄れた。


 南は静かに目を閉じ、自らの深層へ意識を沈める。


「起きて――」


 目を開く。


「大井御前《おおいごぜん》!!」


 瞬間――。


 西条の顔から、初めて笑みが消えた。


 悪鬼によって生み出された精神世界。


 それを淀んだ池に喩えるなら、南が呼び起こした悪鬼は、そこへ落とされた巨岩。


 だが、不思議なほどその気配は静かだった。


 静かであるがゆえに――底が知れない。


 南の背後に、巨大な女が現れる。


 着物から伸びる腕や脚は、丸太のように太い。


 顔は影に隠れ、口元からは黒く塗られた歯が覗く。


 そして頭上には、髪飾りのように据えられた銅鏡。


「それが、君の悪鬼というわけかい?」


「ええ」


 南は笑った。


「この子も、あなたみたいな優男に会えて喜んでるわ」


「悪鬼招来――」


 右手を天へ掲げる。


 大井御前の巨体が揺らぎ、南の身体へと重なった。


「――鏡稜降伏《きょうりょうごうふ》!!」


 瞬間、巨大な力が迸る。


 深化覚醒。


 南の周囲を、二枚の銅鏡が巡り始めた。


「八大天が一人――《空天》・南沙織」


 南が拳を構える。


「さあ――」


 銀と金の光が、眩く輝いた。


「ここからが本番よ」


「…………」


 対する西条もまた、両腕の鉤爪をゆっくりと広げる。


「いいだろう」


 どす黒い瘴気が、その全身から溢れ出した。


「ならば――もう少し、君の力を見せてもらおうか」


 そして――。


 二つの巨大な力が、真正面からぶつかろうとしていた。


 ◇◇◇


 一方――。


 笠井たちは、すでに限界へ達しようとしていた。


 ゴンッ!!


「ぐッ……!」


 七瀬の頬へ拳が叩き込まれる。


 よろめいたところへ――。


 ドンッ!!


「……かはッ!」


 腹部へ蹴りが突き刺さった。


 カラン……。


 乱武炉が床へ落ちる。


「く……そ……」


 拾おうと手を伸ばす。


 だが、もう指先にすら力が入らない。


「ぐッ……!」


 小水内も、残された力を振り絞って慚愧彗星剣を振るう。


(あと……一本でも……!)


 黒い糸へ刃を食い込ませた。


 ギリギリ――。


「切れ……!」


 だが、動かない。


 刀身を引き抜く力すら残っていなかった。


 ゴッ!!


「うぐッ!?」


 腹部へ膝蹴りが突き刺さり、小水内が崩れ落ちる。


「ハハハハハハ!! 素晴らしい!!」


 狂医者が満面の笑みを浮かべた。


 黒い糸が蠢く。


「これで君たちも――」


「ぐッ……!」


 笠井の身体が宙へ吊り上げられた。


「私の愛しいモルモットだ!!」


「……て、めえ……」


 胸や脇腹には、何本ものメス。


 風塵鴉鎚も床へ落ちている。


 続いて――。


「ぐ……!」


「くそ……!」


 七瀬と小水内も吊り上げられた。


 三人並んで、身動きすら取れない。


「イヒヒヒヒ……!」


 狂医者が嬉しそうに手を擦る。


「これ以上、逆らわれても困るからねえ」


 その腹部に、一本の亀裂が走った。


 ズルッ――。


 裂け目が左右へ開き、内部から幾本もの細い機械の腕が伸びてくる。


 その先端には、メス。


 ドリル。


 鋏。


「まずは――」


 一本が笠井の額へ。


 もう一本が小水内へ。


 さらに一本が七瀬へ。


「脳から綺麗に治してあげよう!!」


「……っ!」


 三人の額へ、冷たいメスの刃が触れた。


 ◇◇◇


 その瞬間――。


 笠井の内で、漆黒の羽根が舞い上がった。


 意識が、自らのさらに深い場所へと沈んでいく。


 暗闇の奥。


 そこに――いた。


 あの日からずっと、自分の中に巣食い続けてきた黒鴉。


「……何だよ」


 笠井が睨みつける。


「俺が死にかけてるから、わざわざ出てきたのか?」


 黒鴉は答えない。


 ただ、じっと笠井を見つめている。


 その漆黒の瞳に映っていたのは――自分自身。


「いい加減にしろよ……!」


 拳を握り締めた。


「てめえは、俺にとっての疫病神だろうが!!」


 父を死へ追いやった、漆黒の翼。


 あの日から自分を苦しめ続けてきた存在。


「てめえのせいでッ!!」


 爪が掌へ食い込み、血が滲む。


「おやじはッ!!」


 声が震える。


「父さんは――ッ!!」


 だが――。


「…………」


 そこで、言葉が止まった。


 黒鴉は何もしていない。


 ただ、こちらを見ているだけ。


 その瞳に映っているのは――。


「…………俺?」


 違う。


 ずっと勘違いしていた。


 目の前にいるこいつは、父を殺した存在じゃない。


 自分を苦しめるために現れた怪物でもない。


「……そうか」


 ようやく、気づいた。


「お前は……俺の怒りそのものなんだ」


 父を失った悲しみ。


 何もできなかった自分への憎しみ。


 抱えるには、あの頃の自分は幼すぎた。


 だから――押しつけた。


 目の前の鬼へ。


 もう一人の自分へ。


「お前は――俺だ」


 その言葉に応えるように、黒鴉が翼を広げた。


「もう……お前だけに父さんの死を背負わせない」


 一枚の黒羽が舞う。


 続いて、二枚。


 三枚。


 やがて漆黒の風が、二人を包み込んでいく。


「俺はずっと……自分のせいだと思ってた」


 拳を握る。


「俺が弱かったから――父さんは死んだんだって!!」


 風が強くなる。


「だから、お前に全部押しつけた!」


 怒りも。


 悲しみも。


 罪悪感も。


「でも――もう逃げねえ!!」


 漆黒の風が激しく渦巻く。


「俺の怒りも! 後悔も!」


 黒鴉が大きく翼を広げる。


「父さんを失った痛みも――全部、俺が背負って生きる!!」


 笠井は、一歩踏み出した。


「だから――」


 僅かに笑う。


「こんなところで終われねえだろ」


 風が勢いを増していく。


「俺たちがくたばるのは――こんな所なんかじゃねえ!!」


 黒鴉へ。


 いや――もう一人の自分へ叫ぶ。


「そうだろッ!!」


 ゴオオオオオオオッ!!


 漆黒の風が世界を呑み込む。


「風鴉《ふうが》!!」


 初めて――。


 笠井は、自らの悪鬼の名を呼んだ。


 黒鴉が翼を広げる。


 その姿が無数の黒羽へ変わり――笠井の身体へ流れ込んでいった。


 ◇◇◇


「さあ――まずは君からだ!!」


 狂医者が笠井の額へメスを当てる。


 ツー――。


 刃先が皮膚をなぞり、一本の赤い線を刻んだ。


「くッ!? 笠井!!」


「起きろ、亮!!」


 小水内と七瀬が叫ぶ。


 だが、笠井は微動だにしない。


「大丈夫。彼の脳を取り出したら、三等分して君たちにも分けてあげよう!」


「何言ってやがる……!」


 ギュイイイイイイイインッ!!


 電動ノコギリが高速で回転する。


「それから君たちの脳も取り出して――三人で仲良く分け合いっこだ!!」


「やめろおおおおおッ!!」


 狂医者が恍惚とした笑みを浮かべ、回転する刃を笠井の頭部へ近づける。


 あと僅か――。


「…………!」


 笠井の目が開いた。


 ガシッ!!


「なッ!?」


 回転する電動ノコギリを――片手で掴み止める。


「な、なんだ突然!!」


 ギュイイイイ……。


 刃は回り続ける。


 それでも、笠井の手はびくともしない。


「…………」


 静かに狂医者を見上げる。


 そして――。


 バキンッ!!


「ギャアアアアアッ!!」


 片腕だけで、電動ノコギリを握り砕いた。


「な……なんだ、お前……!?」


 黒い羽根が、一枚。


 続いて二枚。


 三枚――。


 漆黒の風が、笠井の身体を包み込む。


「悪鬼招来――」


 静かに、その名を告げる。


「黒錆鉄爪《こくじょうてっそう》」

次回予告


 己の怒りも、後悔も、すべてを受け入れた笠井。


 風鴉と向き合ったその先で、ついに新たな力が目を覚ます。


 黒き風が戦場を切り裂き、追い詰められていた三人に反撃の糸口が生まれる。


 そして――。


 その姿を見た七瀬の胸の奥でも、長く押し殺してきた感情が燃え始めていた。


 嫉妬。


 劣等感。


 認められたいという想い。


 否定し続けてきた自分自身を受け入れた時――。


 紫炎の獣が、ついに咆哮する。


 次回、第106話「窮怨奇」

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