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夢幻開現師―悪夢を断つ者―  作者: ks21
第零章「胡馬北風《中》」
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第103話「開現師の本懐」

「はあああああッ!!」


 笠井は風塵鴉鎚《ふうじんがつい》を握り締め、全力で振り抜いた。


 ブオンッ!!


 だが――届かない。


 西条は僅かに身体を傾けただけで、その一撃をかわす。


「くそッ!!」


 返す勢いでもう一撃。


 しかし、それも虚しく空を切った。


「そんなに感情を爆発させては――」


 西条の姿が、ふっと視界から消える。


「当たるものも、当たらなくなるよ」


 斬ッ――。


「ぐッ!!」


 次の瞬間、鉤爪が笠井の脇腹を切り裂いた。


「はあ……はあ……」


 よろめきながらも、風塵鴉鎚を構え直す。


 腕、肩、胸、脚。


 全身には、すでに無数の切り傷が刻まれていた。


 だが、どれも致命傷ではない。


 西条がその気なら、とっくに終わっている。


 それを、あえてしていないのだ。


(完全に……遊ばれてやがる……!)


「舐めんじゃねえええええッ!!」


 再び踏み込み、風塵鴉鎚を振り下ろす。


 ガキンッ!!


 鉤爪の甲が真正面から受け止めた。


「そこッ!!」


 至近距離から鎌鼬を放つ。


 だが――。


 フッ――。


「なっ!?」


 風刃は西条へ届いた瞬間、霧のように掻き消えた。


「隙だらけだよ」


 ゴッ!!


「がはッ!!」


 拳が顎を跳ね上げる。


 笠井の身体が後方へ吹き飛び、床へ叩きつけられた。


「が……は……」


 揺れる視界の中、西条がゆっくりと近づいてくる。


「死に瀕した時、人は時として己の内に眠る真の力を引き出す」


 一歩。


「恐怖」


 さらに一歩。


「怒り」


 巨大な鉤爪が、ぎらりと光る。


「そして――絶望」


「…………」


「極限まで追い詰められた精神は、その奥底に眠るものを曝け出す」


 西条が笑った。


「二年前の君も、そうだった」


「…………!」


「さあ、笠井亮《かさいりょう》君」


 鉤爪を振り上げる。


「もう一度、その境地に立ちなさい」


 そして――。


「“深化”へ至るんだ!」


 凶爪が振り下ろされた。


 ガキンッ!!


「…………?」


 鉤爪が止まる。


「まったく……」


 震える刃越しに、一人の少年が立っていた。


「手間をかけさせるな――お前は!!」


「お、小水内……」


 小水内悠《おみないはるか》。


 慚愧彗星剣《ざんきすいせいけん》で、凶爪を真正面から受け止めていた。


「なるほど。少し遊び過ぎたか」


「くッ……!」


 小水内の額から汗が滲む。


(なんて力だ……!)


 西条が僅かに力を込めただけで、足が床を滑った。


「小水内!!」


 バンッ!!


 横から激しい風圧が叩きつけられる。


 西条との距離が開いた。


「今だ!」


「分かっている!」


 小水内が慚愧彗星剣を突き出す。


 刀身を走る青白い稲光が、一直線に西条へ迸った。


「…………」


 西条は避けようともしない。


 だが――。


 迫る雷光が、寸前で無数の枝へ分かれた。


「何ッ!?」


 バチィィィィッ!!


 稲妻が天井、壁、床を次々と穿ち、廊下いっぱいに土煙が巻き上がる。


「……目眩ましか」


 煙が晴れた時には、二人の姿は消えていた。


「逃げたか……」


 西条は追うことなく、静かに笑った。


 ◇◇◇


「はあッ……はあッ……!」


 暗い廊下を、笠井は小水内に肩を支えられながら走っていた。


「黙って走れ。追いつかれたら終わりだ」


 しばらく進んだところで、笠井が足を止める。


「……もういい」


 小水内の肩を振りほどいた。


「おい、笠井。七瀬のところへ戻るぞ」


「…………」


 笠井は答えない。


 視線だけが、西条のいる方向へ向いていた。


「お前が……七瀬のところへ行ってくれ」


「……何?」


「俺は戻る」


 小水内の表情が変わった。


「まだ、あいつと戦うつもりか?」


「…………」


 沈黙が、その答えだった。


「笠井……てめえ!!」


 胸倉を掴まれる。


「いい加減にしろ!!」


「…………!」


「奴とどんな因縁があるのか、僕は知らない。だが――」


 掴む手に力がこもる。


「僕たちが何のためにここへ来たのかくらい、分かっているだろ!!」


「…………」


「囚われた人たちを助けるためだ!」


 笠井は何も返せない。


「お前一人のために来たんじゃない!!」


「…………っ」


 小水内はしばらく笠井を睨みつけていた。


 やがて、胸倉から手を離す。


「……そこまでして戻りたいなら、勝手にしろ」


 背を向けた。


「僕は七瀬のところへ戻る」


 数歩進んだところで、一度だけ足を止める。


「……君には、がっかりしたよ」


「…………」


 それだけを残し、小水内は走り去った。


 暗い廊下に、笠井だけが残される。


(……俺は、何やってんだ)


 何のために、ここへ来た?


 南を助けるため。


 囚われた人たちを救うため。


 そのはずだった。


 なのに、西条を見た瞬間――すべてを投げ捨てた。


 仲間の声にも耳を貸さず、一人で飛び出した。


 そして結局、小水内に助けられた。


「…………」


 風塵鴉鎚を握る手に力がこもる。


 その時――。


『お前を……信じてるぞ』


「――ッ」


 二年前。


 父が最後に残した言葉。


 西条を倒す。


 父の仇を討つ。


 ずっと、それが父の想いに応えることだと思っていた。


「…………違う」


 父が最後まで守ろうとしていたもの。


 自分に託したもの。


「……俺は」


 顔を上げる。


 もう、西条のいた方向は見なかった。


「俺は、開現師だ」


 踵を返す。


 向かうのは、仲間たちのもと。


 救いを待つ人々のもと。


「必ず……任務を果たす!」


 笠井は走り出した。


「もう、行ってしまうのかい?」


「ッ!?」


 背後からの声に、反射的に飛び退く。


 振り返った先には、西条が立っていた。


「……貴様、何が目的なんだ?」


「何だい? かつての恩師に随分な言い草じゃないか」


「ふざけんな」


 笠井は風塵鴉鎚を構える。


「てめえ、その気ならいつでも俺を殺せただろ」


「…………」


「なのに、なんで殺さねえ」


 西条の笑みが、僅かに深くなった。


「やはり、いいねえ。君は」


「何がだ?」


「まだ分からないのかい?」


「…………?」


 西条は楽しげに両腕を広げた。


「南沙織は、私の瘴気の檻に閉じ込めた」


「……何?」


「他の開現師たちにも、たっぷりと瘴気を浴びてもらったよ。随分と素直に動いてくれているようだ」


「てめえ……!」


 現実で襲ってきた開現師たちの姿が、脳裏をよぎる。


 だが、西条は意に介さず言葉を続けた。


「それなのに――」


 その視線が、真っ直ぐ笠井を射抜く。


「どうして君たち三人だけが、何の妨害も受けずにここまで入ってこられたと思う?」


「…………!」


 潜行した時に覚えた違和感。


 南たちとの接続は遮断されていた。


 それなのに、自分たちはあまりにも容易く鬼夢へ入り込めた。


「まさか……」


「そう」


 西条の口元が歪んだ。


「私が通したんだよ」


「…………!」


「君には――ここへ来てもらわなくては困るからね」


「てめえ……最初から……!」


「もちろん」


 西条は悪びれる様子すら見せない。


「二年前から、ずっと興味があった」


 巨大な鉤爪をゆっくりと持ち上げる。


「あの状況で力を目覚めさせた君が、その先でどこまで辿り着くのか」


「…………」


「私は、それが見たいんだよ」


 西条の声が高揚していく。


「命の危機に立たされた君が――どこまで深化できるのかをね!」


「…………」


 笠井は黙ったまま、西条を睨みつける。


 すべて、この男の掌の上だった。


 南を封じたことも。


 開現師たちを操ったことも。


 自分たちを、ここへ招き入れたことさえ。


 だが――。


 笠井は静かに息を吐いた。


 先ほどとは違う。


 怒りはある。


 それでも、頭の中は不思議なほど冷えていた。


(だったら――利用してやる)


 風塵鴉鎚を握り直す。


(こいつが俺に執着してるなら、ここで引きつける)


 小水内。


 七瀬。


 そして、囚われた人たち。


(あいつらが救助する時間を、俺が作る!)


「はああああッ!!」


 床を蹴った。


「…………!」


 西条の目が僅かに見開かれる。


(速い――!)


 ガンッ!!


 風塵鴉鎚を鉤爪の甲が受け止める。


「うおおおおおおッ!!」


 間髪入れず、蹴りを叩き込んだ。


「ぬうッ!?」


 西条の身体が僅かに揺らぐ。


「まだだ!!」


 笠井の掌から、圧縮された風塊が放たれた。


 ゴッ!!


 西条が一歩後退する。


 さらに踏み込み、風塵鴉鎚を振り抜いた。


 シュッ――。


「…………!」


 西条が身を引く。


 だが、僅かに遅れた。


 頬に一本の赤い線が走る。


「…………」


 西条が指先で血を拭った。


 その笑みが消える。


「……舐めるなよ、ガキが!!」


 ブンッ!!


 鉤爪が荒々しく振り抜かれた。


「ッ!!」


 笠井は咄嗟に風を全身へ纏わせる。


 ザシュッ!!


「ぐッ……!」


 胴を切り裂かれ、大きくよろめいた。


 防御がなければ、致命傷になっていただろう。


「なるほど……」


 西条が目を細める。


「咄嗟に風を纏わせたか」


「はあ……はあ……!」


「さっきまでとは、まるで別人だね」


「…………」


「何が君をそこまで変えた?」


 笠井は風塵鴉鎚を構え直す。


「てめえを倒すことしか見えてなかった時より――」


 真っ直ぐ西条を見据えた。


「今の方が、戦う理由がはっきりしてるだけだ」


「…………」


 西条の口元が歪む。


「面白い」


 鉤爪を構え直した。


「なら、その覚悟ごと――切り裂いてあげよう!!」


 全身に走る痛みで、笠井の反応が僅かに遅れる。


(しまった――!)


 銀の凶爪が眼前へ迫った――その時。


 カアアアアアアア――!!


「ッ!?」


 二人の真下から、眩い光が迸った。


 ゴォォォォッ!!


 床を突き破った巨大な光柱が、そのまま天井まで貫く。


 西条が大きく後退した。


 やがて光が収まる。


 笠井の前には、一人の人影が立っていた。


「先生……?」


 銀と金。


 両手に異なる色のメリケンサックを纏った女。


「南先生!!」


 南は笠井を庇うように立ち、西条を見据えていた。


「まさか、あの瘴気の檻を自力で突破するとは……少し侮り過ぎたようだ」


「あら、そう?」


 南が両拳を握る。


「随分と好き勝手やってくれたわね」


 銀と金の光が、静かに揺らめいた。


「笠井君」


「はい!」


 南は西条から目を離さない。


「あなたがどうしてここにいるのか――今は追及しないわ」


「…………」


「その代わり、自分の使命を遂行しなさい」


「――ッ」


 笠井は力強く頷いた。


「はい!!」


 踵を返し、走り出す。


「逃すか!!」


 西条が踏み込んだ。


 カッ!!


「ッ!」


 一条の光線が、その進路を貫く。


「あなたの相手は――」


 南が拳を構えた。


「私のはずよ」


「…………」


「笠井君」


 南は背を向けたまま言う。


「後は、任せたわよ」


「はいッ!!」


 もう振り返らない。


 笠井は仲間たちのもとへ走っていった。


「あ~あ。行ってしまったじゃないか」


「さっきは遅れを取ったけど――」


 南の両拳へ、銀と金の光が集まっていく。


「ここからは、反撃させてもらうわ」


 西条もゆっくりと鉤爪を構える。


 病院を覆う闇の中。


 再び、南と西条が対峙した。

次回予告


 復讐ではなく、開現師としての使命を選んだ笠井。


 南に西条を託し、仲間たちのもとへと走る。


 一方、七瀬と小水内もまた、それぞれの場所で囚われた人々を救うため戦い続けていた。


 傷だらけ。


 息も絶え絶え。


 それでも――三人は再び同じ場所へ集う。


「三人仲良くボロボロか……」


 かつて南から「三人揃うと、本当に最悪」と評された三人。


 だが今、その“最悪”が――敵へと牙を剥く。


 次回、第104話「最悪の三人」

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