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夢幻開現師―悪夢を断つ者―  作者: ks21
第零章「胡馬北風《中》」
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第102話「噛み合わない三人」

「ぐ……くっ、や、やめろ……!!」


 根岸の首を、一人の女性開現師が締め上げていた。


 細い腕からは想像もつかない力が、その太い首へ食い込んでいく。


「ぐ……ぅ……!」


 突然暴れ出した開現師たちとの取っ組み合いで、根岸の身体はすでに限界だった。


 力が入らない。


 視界が、端から黒く染まっていく。


(――まずい……このままじゃ……)


 意識が途切れかけた――その瞬間。


 ゴンッ!!


 女性の手から力が抜け、そのまま床へ崩れ落ちた。


「ゲホッ! カハッ……!」


 一気に気道が開き、根岸は必死に空気を吸い込む。


「大丈夫ですか、根岸さん」


「……ひ、氷川君か……」


 呼吸を整えながら顔を上げる。


「それに……君たちも無事だったか」


 氷川の後ろには、笠井、小水内、七瀬の三人が立っていた。


「一体、何があったんすか?」


「分からん……突然、潜行していた開現師たちが暴れ出したんだ」


「やはりか……」


 小水内の表情が険しくなる。


「僕たちの方でも、患者や職員だけでなく、潜行部隊の開現師に襲われました」


「何だと……?」


「いずれにせよ、外部へ連絡を――」


「それは無理っすね」


 七瀬が携帯電話を見せる。


「俺たちも試したけど、一切繋がらねえ」


 画面には圏外の表示。


 根岸も端末を確認するが、結果は同じだった。


「それだけじゃねえ」


 笠井が窓へ手をかける。


「窓も扉も、ビクともしない」


 力を込めても、まるで壁と一体化したように動かない。


「……鬼夢の悪化が、“こちら側”にまで影響し始めているのか」


「それより!」


 笠井が根岸へ詰め寄った。


「南先生は大丈夫なんですか!?」


「正直、分からん。突然、南隊長たちとの接続が一斉に遮断された。今は向こうの状態を観測することも、通信することもできない」


「だったら――」


 笠井がドリームコンバータへ目を向ける。


「俺たちが行くしかねえだろ!!」


「だめだ!」


 根岸が即座に否定した。


「君たちを鬼夢内部へ潜行させるなんて認められない!」


「でも、他に手立てがないでしょう!」


 小水内も食い下がる。


「南隊長たちとの接続が切れている以上、内部の状況を確かめるには誰かが潜行するしかない」


「ああ! そのためにここまで戻ってきたんだ!」


「しかし――」


 ガタンッ!!


 大きな音に全員が振り返る。


 氷川が扉を施錠し、机を入口へ押し込んでいた。


「何をしてる?」


「話してる場合じゃありません」


 さらに椅子を重ねる。


「拘束した連中が、もうこっちへ向かってます」


「なっ……」


 ドンッ!!


 扉が大きく揺れた。


 さらにもう一度。


 ドンッ!!


「……悠長に考えてる時間はなさそうですよ」


「なら、やることは決まってるでしょ!」


 笠井の言葉に、小水内と七瀬も頷いた。


「…………」


 根岸は三人を見渡し、深く息を吐く。


「……分かった。ただし、悪鬼本体の討伐は狙うな。囚われた人たちの救助と、南隊長たちの状況確認だけだ。いいな!」


「ああ、分かってますよ」


「了解です」


「っしゃ! なら行こうぜ!!」


 三人はすぐさまドリームコンバータへ向かった。


 ◇◇◇


 笠井はシートへ腰を下ろし、目を閉じる。


 暗闇の中。


 ドクン、ドクン――。


 自分の心音だけが大きく響く。


 呼吸を整え、意識を集中させた。


 やがて、どす黒く淀んだ揺らぎが浮かび上がる。


(……これか)


 意識を伸ばし、その濁りへ触れた。


 その瞬間――。


「……え?」


 観測機器を見つめていた根岸が、思わず声を漏らした。


「どうしました?」


 氷川が振り返る。


「いや……」


 根岸は表示された数値へ目を凝らす。


 南たちとの接続を完全に遮断するほど、鬼夢の内部は強く閉ざされている。


 それなのに――。


「……入った」


「何?」


「三人ともだ。ほとんど抵抗を受けていない」


 あまりにも、すんなりと。


 まるで――最初から入口が開けられていたかのように。


「…………」


 根岸の表情から、僅かに余裕が消えた。


 ◇◇◇


「ッ!?」


 世界が反転した。


 足元が消え、奈落へ引きずり落とされるような感覚が押し寄せる。


 ダンッ――。


「……っ」


 次に目を開いた時、笠井は病院の廊下に立っていた。


 隣には小水内。


 反対側には七瀬。


 三人とも、無事に潜行できたようだ。


「…………」


 ふと、自分の右腕へ目を落とす。


 握る。


 開く。


 軽く腕を回す。


(……痛くねえ)


 現実では、つい先ほどメスで深く切り裂かれた右腕。


 だが、鬼夢内の身体には傷一つなく、痛みも感じない。


 現実で負った肉体の傷は、鬼夢内の身体には反映されない。


(これなら……問題なく動ける)


『三人とも、聞こえるか?』


 声と共に、翠色の珠が三人の前へ浮かび上がった。


 根岸の慧珠《えじゅ》だ。


『どうやら、君たちとの接続は保てているようだ』


「南先生たちとは繋がらねえのに?」


『……ああ』


 返事が、僅かに遅れた。


『それに、君たちはあまりにも簡単に潜行できた。正直、妙だ』


「妙って……何が?」


『まだ分からん。とにかく、慎重に進んでくれ』


「……分かった」


 笠井は周囲を見渡した。


 薄暗い廊下。


 淀んだ空気。


 壁も床も天井も、黒い瘴気を滲ませている。


 訓練の夢とはまるで違う。


 この世界そのものが、侵入者の意識を呑み込もうとしていた。


 それなのに――。


「…………」


 妙だった。


 これほど濃い瘴気に覆われているにもかかわらず、自分たちを押し返そうとする感覚がほとんどない。


 むしろ――。


(なんだ……?)


 奥へ。


 もっと奥へ。


 そう誘われているような、不気味な感覚さえある。


「亮?」


「……いや、何でもねえ」


 小水内へそう返し、再び前を向く。


 闇の奥。


 そのさらに向こうから、微かな気配が伝わってくる。


(……間違いねえ)


 二年前。


 あの夜に感じたものと、よく似ている。


(奴がいる)


 まるで、最初から自分がここへ来ることを待っていたかのような――。


 そんな気味の悪い感覚が、瘴気の奥から伝わってきていた。


「このまま奥へ行けばいいんすよね?」


 七瀬が根岸へ問いかける。


『ああ! 被害者も潜行部隊も、この先に囚われている可能性が高い!』


 その時――。


 床や壁に落ちていた黒い影が、ゆらりと蠢いた。


「……来るぞ」


 影が盛り上がり、人ならざる形を成していく。


『気をつけろ!』


 だが、三人はすでに迎撃態勢へ入っていた。


「「「顕現――」」」


「風塵鴉鎚《ふうじんがつい》!!」


「慚愧彗星剣《ざんきすいせいけん》!!」


「乱武炉《らんぶろ》!!」


「ギイイイイイイッ!!」


 影鬼――亜羊《あよう》の群れが一斉に襲いかかる。


「はあああああッ!!」


 ドゴッ!!


 笠井の風塵鴉鎚が一体の頭部を粉砕した。


 左右から二体。


「遅え!!」


 ブオンッ!!


 横薙ぎの一撃から生まれた風圧が、二体まとめて切り裂く。


 一方、小水内の前にも複数の亜羊が迫っていた。


 敵の位置。


 距離。


 間隔。


 瞬時に頭の中で図へ置き換える。


(――そこだ)


 シュッ――!!


 慚愧彗星剣を構え、一気に踏み込んだ。


「ギッ!?」


 小水内が群れの中を一直線に駆け抜ける。


 ザシュッ!!


 軌道上の亜羊たちへ、一斉に裂け目が走った。


「……一体、残ったか」


 斬ッ――。


 振り返りざまの一閃が、最後の首を落とす。


「さすがだな……けど、俺も負けてらんねえ!!」


 七瀬が両手の乱武炉を構えた。


「ギギギギッ!!」


 飛びかかってきた亜羊の爪を、二本の釵で受け止める。


「舐めんなあああああ!!」


 ボオッ!!


 乱武炉から炎が噴き上がった。


「ギギッ!?」


 怯んだ腹部へ片方を突き立て――。


「せりゃああああああッ!!」


 ザンッ!!


 燃え盛るもう一方の刃が、亜羊の身体を切り裂く。


「はッ! この程度じゃ敵にならねえぜ!!」


 七瀬が得意げに笑った。


「ふん。所詮、雑兵だ」


 小水内が剣先を払う。


「目的を忘れるなよ」


「ああ? 分かってるって。なあ、亮?」


「…………」


「亮?」


「あ、ああ……」


 笠井は二人を見ていなかった。


 視線の先は、廊下のさらに奥。


 光すら呑み込むような闇。


「どうした?」


「…………」


 その先には、何も見えない。


 だが――。


 笠井の脳裏に、二年前の惨劇が蘇る。


 親友から向けられた殺意。


 傷つき、倒れていく父。


 そして、そのすべてを仕組んだ男。


 偽りの“西条”。


「…………」


 ぎり、と奥歯を噛み締める。


 その時――。


 闇の奥に、一つの人影が見えた。


「――ッ!!」


 見間違えるはずがない。


 胸の奥に押し込めていた怒りが、一気に噴き上がる。


「待て!!」


 次の瞬間、笠井は走り出していた。


「お、おい!? 亮!!」


 七瀬の声も耳に入らない。


 人影を追い、本来進むべき道とは別の廊下へ駆け込む。


「亮!! 止まれ!!」


 小水内が叫ぶ。


 だが、笠井は止まらない。


「ちッ!」


 小水内が七瀬へ振り返った。


「七瀬! お前は根岸さんの指示通り先へ行け!」


「は!? お前はどうすんだよ!」


「あの馬鹿を連れ戻す!」


「だったら俺も――」


「三人揃って任務を放棄してどうする!!」


「……っ」


「囚われた人たちを探すのが、僕たちの任務だ!」


 そう言い残し、小水内も笠井を追った。


「お、おい!!」


『どうした!? 何があった!!』


 慧珠から根岸の声が飛ぶ。


「くそッ……!」


 七瀬は二人が消えた廊下と、本来進むべき道を交互に見た。


「ったく……勝手なことしやがって!!」


 拳を握り締める。


「根岸さん! 俺はこのまま先へ行く!!」


『分かった! 絶対に無茶はするなよ!』


「ああ!」


 七瀬も再び走り出した。


 ようやく噛み合い始めていた三人は――再び別々の道へ分かれた。


 ◇◇◇


「はあッ、はあッ……!」


 笠井はひたすら人影を追っていた。


「間違いねえ……あいつだ!!」


 南から言われたことも。


 根岸から命じられたことも。


 今はもう、頭から抜け落ちている。


 廊下の最奥へ辿り着いた。


「どこだ……!」


 だが、人影は消えていた。


「くそッ……!」


 その時。


 背後に気配。


「――ッ!!」


 振り返りざまに風塵鴉鎚を振り抜く。


 バアアアアアアンッ!!


 猛烈な風刃が廊下を駆け抜け、壁と床を抉った。


 粉塵が舞い上がる。


「おおっと。危ないじゃないか」


「…………!」


 聞き覚えのある声。


 粉塵の向こうに、一人の男が立っていた。


「てめえ……」


 笠井の顔が怒りに歪む。


「西条ォォォッ!!」


 男は二年前と、何一つ変わらない姿をしていた。


「久しぶりだね、笠井亮《かさいりょう》君」


 西条が穏やかに微笑む。


「私も君に会えて嬉しく――」


 ダンッ!!


「死ねえええええッ!!」


 最後まで聞かず、笠井が間合いを詰める。


 風塵鴉鎚を振り下ろした。


 ガシッ!!


「なっ――!?」


 止まった。


 西条は一歩も動かず、風塵鴉鎚を片手で掴んでいた。


「ふ~ん。以前よりは随分動けるようになったね」


「離せッ!!」


 笠井は即座に蹴りを放つ。


「しかし――」


 ゴッ!!


「がはッ!!」


 それより速く、西条の拳が腹部へめり込んだ。


「ぐ……うッ……!」


 身体がくの字に折れ、その場へ崩れ落ちる。


「二年経っても――」


 西条が冷たい目で見下ろした。


「やはり、まだ自分の中の悪鬼とは向き合えていないようだね」


「ぐ……ッ」


「黙れ……」


「ん?」


「てめえが……俺の何を知ってる……!」


 風塵鴉鎚を支えに、笠井は立ち上がった。


「ぐ……はああああああッ!!」


 怒りのまま咆哮し、再び構えを取る。


「いいね」


 西条が楽しげに目を細めた。


「その意気込みは嫌いじゃない」


 その両手を、巨大な鉤爪が覆っていく。


「さあ――」


 刃先が鈍い光を放った。


「この戦いで、君の“覚醒”は成るかな?」


「…………!」


 笠井は風塵鴉鎚を強く握り締める。


 二年の時を経て――。


 再び、あの悪夢の夜の元凶と対峙する。

次回予告


 二年ぶりに対峙した、因縁の男――西条。


 父を奪った相手を前に、笠井の胸に抑え込んできた怒りが再び燃え上がる。


 だが、その力は未だ西条には届かない。


「二年経っても――やはり、まだ自分の中の悪鬼とは向き合えていないようだね」


 復讐のために戦うのか。


 それとも――誰かを救うために戦うのか。


 怒りの先で、笠井はもう一度、自分が目指すものと向き合う。


 そして、それぞれの道を進む三人にも、新たな戦いが待ち受ける――。


 次回、第103話「開現師の本懐」

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