The salesman defeats fucking Great-Evil. Prologue(訳:営業マンはクソったれな巨悪をぶっ倒す 始章)
本当に更新が遅くなりまして申し訳ありませんでした。
相棒の一眼レフがメンテが必要な事態になり、それの影響で筆が進まなかったのです...。
Salesman defeats fucking Great-Evil ー Prologue
王都にある冒険者ギルド、その中の先日連合と俺たちが集まって会議をした部屋。
そこで俺は、自身の諜報活動で得られた多数の有益な情報を元に、冒険者たちに王都を取り囲む『闇』の状況を説明していた。
「以上が、先日のナーベラ商会倉庫の諜報活動及び、『影』への協力者が提供した施設に保管されていた様々な取引資料の一覧となっております」
営業職をやってた手前、プレゼンに関してはプロの域に入ってる俺だからな。
俺のわかりやすい説明(自分で言うのもなんだが)を聞いた者たちは皆、一様に唸り声を上げながら感心した様子を見せる。
「この間、無茶苦茶な無理を通させて良い紙を大量に渡せといってきたのはこれが理由だったか……。しかし、これだけの数の資料、もしや君の『道具使い』のスキルを使って?」
「ええ。実際私もやってみて驚いたのですが、想像していたよりもかなり速いペースで転写を終わらせる事ができました」
転写をすること自体は前もってギルドで実験していたので特に驚くことではなかったのだが、それを文字通り神がかった域のスピードでこなせてしまった事は予想を超えていた。
普通の人間ではどう頑張っても超えられないスピードの壁を越え、しかもその上筆跡が雑な物になるでもなく完璧に転写出来ていたのだ。
「けど、わざわざギルドの予算を圧迫しかねない程の高い紙を大量に用意して、意味があるのかしら?」
現代人感覚の俺からすると、ギルドに無理言って用意させた紙もまだまだな質なのだが、この世界では十分すぎるほどの高級品になるものだ。
もしこれで俺が考えている目論見通りに事が進まなかった場合、ギルドは危機的な大損害を被るわけで。
所属メンバーやマスターが心配をするのも無理はない。
だが俺自身も、決して勝算無しにそんな大博打を打っているわけじゃない。
「間違いなく意味はあるでしょう。我々が奴らを叩いた際、拠点に残っているこれらの原本の書類は、なんらかの方法で証拠隠滅のために破棄されるでしょう。この手の書類は扱いに慎重性を求められますし、隊長格の男の記憶を覗いた時にこれらの書類は原本以外は存在しない事も確認済みです。控えといったコピー書類は存在しません」
「ははぁ、それで原本が消滅したあとにコイツを本物だとか適当に言って、証拠として審判の判断材料にすると。ところで、奴らはそんなにいい質の紙を使ってたの?」
「ええ。ミシュリア様についてどうこう言うつもりは全くありませんが、貴族は生まれながらに我々平民とは身分が違いますから。そのような高貴なる方々にとって、庶民が使うような羊皮紙を使うというのはプライドが許すのかと。
筆跡もほぼ完璧に転写していますし、万一魔法か何かでこれ自体の”記憶”を遡られても、私自身は『影』の男から剥いだ服装を使っていますから、高確率で誤魔化しは効くでしょう」
「相手を貶める上でここまで頭が回るなんて。もっと早く王都に来てほしかったわ。本当に……」
ミュリエルさんや他の冒険者たちは表情を暗くする。
もっと早く来てやれたらと一瞬申し訳なさも浮かぶが、俺なりに急いで来れる精一杯のスピードで王都にやってきたのだと思い直し、気持ちを入れ替える。
以前に出してしまった犠牲者という過去は変えられないが、これから奴らの毒牙に掛かるかもしれない犠牲者を無くす事は出来る。
全てが、これから行われる一網打尽計画(フルボッコ計画)に掛かっている。
それを皆わかっているからこそ、ここにいる冒険者たち全員の顔は極めて強い意志を感じさせるものになっている。
「では改めて、明日の深夜に行われる『影』の撲滅計画の概要について説明します」
俺は先ほどプレゼンで展開していた物とは別の資料を用意し、各冒険者たちに配布する。
全員に手渡しが済んだ事を確認し、ミュリエルさんやマスター、チームの指揮に定評のある冒険者たちで集まって考案した作戦の概略を説明する。
「それでは、今回我々が制圧するべき拠点は全部で13あります。その中でも特に抑えなければならない拠点、すなわち敵にとっての重要拠点は3つあります。これらを制圧できれば、『影』や奴らに与する者たちに大打撃を与えられるでしょう。その代わり、敵の防衛戦力も他の拠点とは並外れているようですが」
俺たちが最低限制圧するべき3つのポイントとは、『ナーベラ商会本部』『清心教キスト王国本部拠点』『ランザム男爵別邸』である。
ナーベラ商会は以前倉庫に忍び込んだが、今回は商人が詰めている本部の拠点。
ナーベラ商会は違法に奴隷とされた罪なき者を売り捌く奴隷市場を全面的に取り仕切っているらしく、この拠点の制圧と証拠となる取引の書類を手に入れられれば問答無用で黙らせられるだろう。
また、実働隊である『影』が動くための拠点を管理し設備維持に出資している証拠もあり、この点でも余罪を追及する事ができる。
こちらの拠点の制圧目標は、奴隷市場展開に関わった上役たちの『捕縛』である。
続いて『清心教のキスト王国本部拠点』だが、これは一番最初に俺に奇襲をかけたリオのおかげで事が露呈したと言っていい。
調査と資料の転写のために忍び込んだ数々の拠点にはほとんど、清心教に関わる記述が見られなかったのだ。
一応書かれた情報がなかったわけではなく、『影』に関わっている事自体は間違いはない。
ただ、関わっていると書類で判断できる事柄が他の2つの大目標と比較して少ないため、どれだけの罪状に問えるのかという所が肝となる。
こちらの制圧目標も、裏の取引にかかわったであろう司祭、特にリオの記憶に出てきた『マウリッツ』という司祭の男を捕らえる事が目標だ。
最後に、『ランザム男爵別邸』が大きな制圧目標拠点なのだが、どうやら貴族たちが『影』に依頼を出す際にはこのランザム男爵という男が仲介役となって仕事を命令するらしい。
王都に到着初日にミシュリアを狙って誘拐するように命じたのも、指揮系統を鑑みるとこの男が命令したとみて間違いないだろう。
加えて、この国の最大の闇とも言える奴隷に関わる事業も、元を辿ればこの男が主導したという話も書類に残っている。
こいつも引っ捕らえて罪を白日の元に晒さなければならないだろう。
目標はランザム男爵本人と近しい者の捕縛、及び邸宅内に残っている可能性のある取引の証拠の押収だ。
一応今手元にある証拠だけでも抑えられなくは無いだろうが、数が揃えばより強力な手札となる。
問題は、この男は他の制圧対象拠点に籍を置く者らと違い、身分が『貴族』であるという点だ。
男爵という貴族の中では下の方の位とはいえ、平民である俺たちよりも2階級も身分が上である事が大変なネックとなっている。
王国においては『王家』『貴族』『華族』『平民』という風に身分が分かれ、当たり前だが『王家』から順に段々と身分は下がっていく。
『華族』については平民でも分別を分けられれば話しかけたり軽くコミュニケーションを取っても良いのだが、『貴族』より上の身分の者に対しては少しでも貴族側が不快だと感じた途端に、問答無用で平民は首をはねられても仕方ないと言うような権力構造が出来上がってしまっている。
絶対的な権力のもとには『平等に法の名の下に審判を下す』という事が行われない可能性もある。
具体的には『でっち上げの嘘っぱち』からの不敬罪で首を刎ねろ! という感じ。
おまけにこのランザム男爵も、ミシュリアと同様に表向きには相当民衆受けの良い貴族様であるようで、仮に当人が認めても世間が認めないってなれば民衆の力を受けて逆転無罪、からの不敬罪に問われてその場で処刑とか。
明確な法整備が整っていない上に、司法と権力が必ずしも分離し独立して存在するわけではないご時世。
こちらの出方を間違えると本当にとんでもない事態を招きかねない。
つまり何が言いたいのかというとだ。
『貴族』よりも上位の存在たる者に、我々が有する裏取引の証拠の効力を保証してもらわなければならないのだ。
ミシュリアという被害者側の権力を持った証人はすでに我々の陣営にいる。
だが、公正な審判を下すのに必要な権力を持った存在はいない。
拠点を襲撃してこの一連の事件に終止符を打つためには、何物にも決して揺るがされる事のない絶対的な権力が必要だと俺は判断した。
悪の権力者をさばくのに司法の力ではなく権力が必要とは、なんという皮肉だろうな。
話が脱線したが、俺は今回は一番厄介なところと言えるランザム男爵の別邸を担当する事になった。
女性陣二人はナーベラ商会の制圧に回った。
この振り分けをしたミュリエルさんたち曰く、誰にも気づかれずに忍び込み、男爵の悪事の確実な証拠を引っ提げて男爵自身も捕らえる事を想定しているらしい。
確かにこの体とスキルを持ってすれば、多分事は簡単に進みそうな気はするんだが……。
だがこの前、マスターが『鑑定』系統に対する防衛線として盗撮防止という魔法やスキルがあるのを教えてくれた。
これと似たような感じで、スキルや魔法を強制的に発動できなくさせるシステムも何かあるんじゃないか?
そう聞いたところ答えは『ある』だそうだ。
男爵の位の貴族とはいえ、これだけの黒い事をし続けてきたのであれば侵入者への対策の一つや二つしていそうなもんである。
安心をセ◯ムする某セキュリティ会社じゃないにせよ、そうしたスキルの発動を無力化する警備システムが仕掛けられてそうな予感がするのは俺だけか。
つまるところ、今回もまた本丸の一つを攻めるというのに俺一人での行動だ。
死なない程度の毒を塗り込んだ暗器の用意はきっちりしていくが、それだけで場をうまく乗り越えられるかどうか。
サラリーマン出身の男に、黒い事のプロフェッショナルと同じレベルを期待されても困るのだ。
今は自分の行動の命令書たるスキルがあるからいいが、スキルが使えなくなったとなれば、俺自身のこの体で全部事を運ばないといけないのだから。
ああ、今からとても憂鬱だ。
けど、着実にランザム男爵を数々の罪と一緒に白日の元に晒し上げるべく、協力者は得ておかないとな。
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夜、皆が寝静まり始める頃の時間。
キスト王国国王『ファルク・”キストーシュ”・ヴェン・リンドラム』は、寝室のテラスで夜風に当たっていた。
隣には、愛しい愛しい大切な王妃『フェリスニア』を肩に寄せて。
数少ない夫婦水入らずで過ごせる時間である。
「あなた、今日は月が綺麗ね」
「そうだな。お前と共に見る月が、私は一番綺麗だと思うよ」
「まぁっ、あなたったら」
ありきたりなキザなセリフであるが、王妃はそれでも顔をポッと赤らめてしまう。
でもそれは無理のないことだ。
キスト王国はついこの間、先代から今代に王位を継承したばかり。
このファルク王は35を過ぎたばかりの、王としてはそれなりに若い方の男である。
王妃も同じく同い歳で、またどちらも選民思想を持ち合わせていない事から、民には慕われている王族でもあった。
そんな夫婦水入らずの甘い空気を過ごす中、ふとファルク王は何者かが近くにいる気配を感じ取る。
慌てて愛しい妻たる王妃を肩に抱き寄せ、警戒感を露わにしながらどことなく言葉を掛ける。
「誰だ。私が誰であるか分かった上での振る舞いか?」
「あなた? もしかして間者が?」
「大丈夫、我が身に何かあろうと、お前だけは守ってみせる。さぁ、顔を見せるが良い。お前の視線は誤魔化せていないぞ」
すると、柱に隠れて死角となっていた所から黒い外套を身にまとった男が現れた。
背中には男なら誰もが一瞬は魅入ってしまうほどの見事な作りをした巨大な鎌。
フードの下に見える黒髪に黒目とあまり見ない顔の特徴、布で顔の下半分を隠しているにもかかわらず、それでも男ですら一瞬見惚れるほどの整った顔。
つまるところ、王家に侵入した不届き者たる鎌使いとはタカヒト本人である。
「お初にお目にかかります殿下。時間がありませんので、要件を手短に済まさせて頂きます。なお、大声等は上げないようお願いします。そのようにされた場合」
刹那、男の姿がブレて、王と王妃の間に柄の長いナイフを滑り込ませていた。
「申し訳ありませんが、このような強硬手段を取らざるを得ません。私は殿下に話を聞いて頂くことを目的としています。何もなされなければ傷付けることはしないと、我が魂に誓って宣言いたしましょう」
本来ならばここで名乗り、その上で自身の名に誓ってという過程を経て相手の信頼を得るのが常識なのだが、彼はやってる事がやってる事なので正直に名乗る事はできない。ゆえに、名前と同等に自身が決して誤魔化す事のできない”魂”に誓うという宣言をした。
犯罪者相手に王族に限らず信用されるなんてありはしないだろうが、形式的にも自分が危害を加えるつもりは基本的には無い事を証明する為の精一杯の振る舞いである。
「ふん、名も名乗る事なくいきなり武器を向けておいてその言い草か。私を殿下と呼ぶということは、私がどのような身分にあるのかを分かった上でこの振る舞いをしているのだろうな?」
「もちろんでございます。全てが終わった暁には、この国の王に刃を向けた愚かなる大罪人として、この首を差し出す覚悟でございます」
「ほう?」
その瞬間、ファルク王の纏う空気が一気に闘気を纏ったものに変わった。
王がタカヒトを覇気の籠った強い眼差しを以て見据える。
タカヒトは内心冷や汗をかきながらも、表面上は何事もなく平然としているように佇む。
やがてなんの反応も示さないタカヒトに痺れを切らした王は、夫婦の時間を邪魔されたことを恨むような目付きをしながら言葉を吐いた。
「……貴様が私に何かを求めているのは分かっている。早く申せ。私は早く妻との時間を過ごしたいのだ」
妻との時間、といったあたりでタカヒトの額に青筋が浮かぶが、今はフードを被っているのでそれが王に伝わることはなかった。
内心見せつけやがって畜生め、という自身が未だに独身であることによる嫉妬心を感じていたが、それもまた表面に出ないよう努めて冷静に振る舞い続ける。
どうせこんな嫉妬はすぐに消える一時の感情でしか無いことは、36年の人生経験の中で理解しているのだ。
決して自分より一つ下の男がこんな美人な嫁さん貰いやがってとか、そういう嫉妬を抱えているわけでは無いのだと言い訳をしながら、ではあるが。
「では単刀直入に述べさせて頂きます。私率いるある一団は明日、この国を覆う”闇”を根元から討ち払うべく行動を開始します」
「……何? 今貴様、何と言った」
「”闇”を討ち払うべく行動を開始すると申しました」
「なぜ貴様のような者が……いや、いまはそんな事どうでも良い。貴様、この国を覆う”闇”を本当に討ち払う事ができると申すか?」
「ええ。その為に必要な証拠はすでに粗方抑えてありますゆえ、やろうと思えばいますぐにでも奇襲を掛けられるでしょう。まあ今は、奇襲をかけた後の保険が出来ていないため、行動を実行に移すという選択肢は無しに等しいのですが」
つまりは最後の決め手に欠けている訳ですよと、タカヒトにしては珍しくヘラヘラした不誠実そうな笑みを浮かべる。
一方ファルク王たちは、タカヒトが求める『保険』というのがなんなのかイマイチ測りかねていた。
彼らとて立派な執政者の一員であり、大臣や上級の貴族たちに支えられながらこの王国がより良くなるよう指揮を執っている。
しかし民にとっての政を敷こうとする際に問題となるのが、タカヒトが口にする”闇”という存在。
先代どころか先先代にまで起源は遡り、今や極めて強固なネットワークを持って裏の社会を取り仕切っている悪。
これを自分の代で撲滅するには相当の犠牲と時間が掛かるだろうと、彼は内心絶望にも近い感情を持っていた。
それを、この男は今何と言ったのだ?
証拠を粗方抑えてあると言ったのか?
それが事実であるならば、この国を覆う”闇”を討ち払える又と無いチャンスだろう。
もちろんこれが嘘である可能性もある。
いやむしろ、真実だと思う方が少ないのは当たり前だ。
けれどこれが嘘であれば、わざわざこんな真夜中に王宮に侵入した挙句王族に刃を向けるという、背負うにはあまりにも大きすぎるリスクを背負う必要が無い。
目の前に立つ男の行動に対して、言っている内容が嘘だった場合に男に得られるメリットが無さすぎるのがどうにも引っ掛かった。
賭けてみるか?
”闇”が関わる問題に、自身と同じく胸を痛めていた王妃に目線で問う。
貴方に任せます、王妃として貴方の全ての意思に従いますと、そんな答えが返ってきたように王は感じた。
王は一つ大きな溜息を吐き、覚悟を以て男と向き合う。
「貴様の言う『保険』とやら、貴様が何を私に求めるというのだ?」
「お話が早くて助かります。では、本題に入る前に私の言う事が真実である事を証明いたしましょう。こちらの書類、月明かりだけでは見えにくいかと思いますが、どうぞご欄下さい。ああ、まだ使いますのでお返し頂きますよ」
「うん? なんだこの紙は……こっ、これはっ!?」
タカヒトから手渡された複数の書類を見た瞬間、王の表情が驚愕に染まる。
そこに書かれていたのは大まかに纏めてナーベラ商会とランザム男爵家の金銭的繋がり、王国内では違法となる”罪なき者”を奴隷として扱う市場への両者及び清心教幹部の繋がりを示す証拠、その他あげればキリがない数々の王国貴族が”闇”に関わっていることを示す証拠の数々だ。
これらは全て、タカヒトが敵の各拠点に情報収集に行ったついでに転写してきた証拠である。
筆跡から何から何まで全て本物そっくりである以上、王にはもはや疑う術は無い。
「こんなもの、一体どうやって得たというのだ……」
「方法は申し上げられません。が、これらを元手に奴らを法廷に引きずり出せさえすれば、”闇”を討ち払うことは可能となるでしょう」
「確かに、これだけの証拠があるのならそれも可能であろう。しかしそれなら、わざわざ奇襲を掛ける意味がないのではないか? これ自体が、相当強力な手札として機能するはずだろう」
「ええ確かに。ですが、最初から言葉だけのやり取りではダメなのです殿下。殿下は、今まで”闇”が操る『影』によって、何人が犠牲になったかご存知でいらっしゃいますか?」
「なんだと?」
「貧しい民も同胞の民として必死にサポートしてきた冒険者、貧しい暮らしをしていた子供、あるいは大人。冒険者は例外として、社会的に『平民』の中でも最も低い立場にいる者たちが、揃いも揃って『影』による犠牲となっているのです。
ある者は奴隷として人としての尊厳を奪われ、ある者は生きる道や未来を全て断たれ、闇へ堕ちる以外になかった者。
冒険者においては、貧しい境遇に置かれた者を助けようとしていた人情味溢れる優しい者が『影』の手に掛けられたのです。男ならその場で殺され、女は奴隷として売り飛ばされるか、あるいは囚われた段階で自身のプライドに殉じ自ら命を絶つか。
殿下が社交界でのやり取りや習い事、作法を学んでいた少年時代から今日に至るまでですら、一体何人の王国民が犠牲になったのか。殿下はご存知でいらっしゃいますか?」
「……」
タカヒトが王都に来てから今までに見聞きした”闇”の一部を聞かせると、王は本気で悔しそうに歯を食いしばっていた。
暗がりにありつつも、握られた拳もまたとても強く握られているのが分かった。
その表情は決して、タカヒトが王を責めるような言い方をしたことによる『平民に王のプライドを傷付けられた』ことから起こるものでは無いと、そう直感的に感じたタカヒトは言葉を続ける。
「この件に携わってからというもの、特に冒険者の方の悔しさと悲しみ、そしてこんな自体を引き起こした”闇”に対する憎悪は相当の物になっているのを実感しました。もはや彼らの傷を癒すためには、彼ら自身もこの出来事の幕引きに携わらせる以外には無いのです。彼らにとっては正しい事をしたにも関わらず仲間を奪われた、それは立場が異なる貧しき国民も同様のこと」
「あぁ……」
「私が明日奇襲を掛けると言ったのは、彼ら自身の手で幕引きを図らせる事が一番の目的です。もちろん、当事者たちを恨みのあまりに殺されてしまうのは困るのですけれど、そのような事をして今までの努力を無駄にするほど短絡的な方ではありませんから、そこは私は信じているところです」
「……では、貴様が私に求める『保険』というのは一体なんなのだ? 何をすれば貴様の行いに応える事ができる?」
「簡単な事です。我々『平民』が『貴族』や『華族』を裁く際に、『王族』による権力の介入をして頂きたいのです」
「な、なに? 裁判をする上で我がキストーシュ家の権力を審判に介入させろというのか」
「単純に言えばそうなります。なにぶん我々は国で最も身分の低い『平民』であるゆえ、証拠を提示したとしても「その証拠は捏造だ」などと『貴族』の方々に仰られてしまうと、一瞬で我々は権力に叩き潰される結果になりかねません。特に一番の強敵とも呼べるランザム男爵、彼が王都の民に慕われているのは殿下もご存知でしょう。一介の冒険者と住民に慕われた権力ある貴族、住人は果たしてどちらを信じるか。火を見るよりも明らかとなるかと」
「なるほど……。我々『王族』の権力は、この国で唯一何人たりとも抵抗できない権力だ。ゆえに、裁判の結果が権力で歪められる心配がなくなる訳だと」
「仰る通りでございます。逆に言えば、殿下のご協力無くして、今回の”闇”の撲滅計画は完全に成就されません。どうか、我々にお力添えをお願いしたいと存じます」
最後にそう締め括り、タカヒトは土下座の姿勢をとって王に跪いた。
それを見た王は、自身がどう選択するべきなのかを考える。
タカヒトの見せた書類は紛れも無く、国を動かす役目にいるはずの貴族たちが”闇”そのものだという事を示していた。
曲がりなりにも王として、各々の貴族の筆跡などは全て頭に入っている。
その確かな記憶が、これは間違いなく本物の署名であると告げているのだ。
そう思わせるほどに、タカヒトの『道具使い・極』スキルが秀で過ぎているのだがそれはそれだ。
これを逃せば、おそらく自分の当初考えていたような、多大な犠牲の上に成り立つ国の更生という道を辿る事になるだろう。
できる限り犠牲が少なく、そしてなるだけ武力を行使せずにいられるならその方が良い。
王は覚悟を決めた。
「……明日の14の刻に、もう一度この部屋を訪ねろ。昼よりも極めて強力な防御結界すら突破してきた”君”なら、きっと誰にも悟られずこの部屋に来れるだろう」
「……殿下の仰せのままに。良い返事を、お待ちしております。それと」
「なんだ?」
「私を”貴様”から”君”へと呼び方を変えたというのは、信頼の証と捉えても?」
「完全に信じた訳ではないが、君の行いを評価してこちらから歩み寄ったということだ。それが?」
「いえ、出過ぎた事を申しました。それでは改めて、失礼致します」
「待っているぞ……」
タカヒトは部屋へと入り、かと思うとすぐに気配が掻き消えた。
まるで、影の中に身を隠したかの如く。
宵闇に侵入者の気配が消えたのを確認し、王と王妃は揃って大きくため息を吐く。
「……こんなところまで、私たちは本当に息が合うな」
「ため息だけに、ですか?」
「……今のは気付かずに言ってしまったのだ。そういうのは聞き過ごせ」
「分かっていて尋ねたのですよ」
知らぬうちに親父ギャグを言った事に指摘されて気付くファルク王と、指摘されて顔を赤らめる夫を見てフフフと笑うフェリスニア王妃。
夫婦仲睦まじい幸せな時間だったが、すぐに二人とも真面目な顔つきになる。
「フェリスニア」
「はい」
「思わぬところから刺客が来たと思ったが、実際に飛び込んできたのは国を救える一つの可能性だった」
「はい」
「だが、私はあの男を完全に信じても良いのかと、迷ってもいる」
「迷う事は人として当然です。ましてや、国の未来を決める大きな決断ですもの」
「そうだ。しかしあの男が提示した証拠の数々は、すでに我が王国がこれ以上ないほどに腐りきっている事を示していた。このまま放置すれば、さらなる犠牲者が民の中に出てくる。これ以上、国の宝たる民を内なる災いで失うわけにはいかない」
「ええ。私も、そのように思います」
「そうか。フェリスニア、この先は修羅の道かもしれない。それでも、私に付いてきてくれるか?」
「王の妃として貴方の傍にいると決めた時から、私の意志は決まっております。どうか、共に連れて行って下さいませ。私を、民を、貴方が目指す素晴らしき国へと」
「……ありがとう、フェル」
「ファルク……」
二人は互いの想いを再確認し、互いにどこか顔を赤らめながらも目を閉じ、顔を近づけた。
そんな国王夫妻の交わす愛のベーゼ を、王宮の少し離れた部屋から見ていたタカヒト。
先ほど感じていた、歳の近い男としての王に抱いてた爆発しろ的な嫉妬はすっかり消え去り、さながら幸せ夫婦をにっこり見守るお爺さん気分で見ていた。
すぐに彼の表情もまた、明日行われる奇襲作戦に向けた真剣なものに戻ったが。
明日、この国の未来は大きく変わる。
天から地獄へ、地獄から天へと。
いよいよ、”闇”との全面対決になっていきます。




