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営業マンはついに旅に出る 中編



 私ミシュリア・”タイン”・アルフィードは、リーシュの街を中心とする『タイン伯爵領』を統治する貴族である。

 私が20歳になった途端、父は私に公務の全権を委任するとか言い出したおかげで、今この歳にして名実ともに領主として日々を生活している。


 領主というのは忙しさが尋常じゃない。

 私の場合はそれに加えて、この街を治める伯爵としての仕事もあるものだから余計に。

 父もそれを分かっているはずなのに、いきなりなんの準備期間もなく仕事を放り投げられてみて?

 日々書類を全て書き切るだけで1日が終わってしまう。


 というか、私は長”女”であって長”男”じゃない。

 貴族としての跡取りはちゃんと私の下に弟が居るのだから、あの子に任せてしまえばいい。

 なんで女の私を当主の座に置くのだか。



 さて、そんな忙しい1日を過ごしていたある日。

 普段は外壁の門番を務めている衛兵隊の一人と、選民思想に囚われた愚かな屋敷の門番が言い合っているのを窓から見た。

 言い争うこと自体は屋敷の門番の性格もあって珍しい事ではないのだけれど、今日に限っては衛兵さんがしつこく粘って話をしていることに気付き、様子を見に行ってみた。


 話を聞くと、一人前の冒険者でもかなり危険な野獣『ラパーヌ』の群れを追い払った男がいて、彼は武器を街中で使用しないことを条件に街に入れて欲しいと頼んでいるらしい。

 門周辺には実際に群れと応戦した冒険者たちも集まっていて、彼ら全員がラパーヌを追い払ったという男の功績は真実だと言っているらしい。

 その上で、礼をしたいので街に入れてやって欲しいとも。


 しかし衛兵の立場からすると、怪しいものは街に入れるわけにはいかない。

 加えて私自身が、街に入れる者の条件に一切の例外を作ってはならないと厳命していたこともあって、現場では判断ができないため私の元を訪れたということらしい。


 なるほど、もしラパーヌを本当に追い払ったというのなら、その男は人間離れの相当の実力者ということになる。

 ラパーヌは極めて高度な連携で相手を巧みに追い詰めていく肉食獣だが、相手の力量を本能的に察知し、自分より格上だと判断した者には素直に引き下がるという習性がある。

 無論、大抵の冒険者は力関係がその真逆のため、この情報はあまり出回っていないんだけれども(出回っても意味がないということもある)。


 なら、ここでその男に恩を売っておけば、あとあと街が危機に陥った際に助けてくれるかもしれない。

 そのための先行投資をするだけの価値はあるだろう。

 まともな人間性を持った奴ならの話だけど。



 ということで、屋敷まで来てくれた衛兵さんと共に門へと走る。

 するとそこには、見ていて惚れ惚れするような大きな鎌を背負った黒づくめの格好の男がいた。

 年は私と同じくらいかしら?

 けれど、なんとなく感じる。

 この男は、確かに強いと。



 突然だけれど、私は実は魔法剣士のジョブ型スキルを持っている。

 付いている漢字は『上』。

 幼い頃に素質があるのがわかってから、ひたすら鍛錬に打ち込んできた。

 冒険者に登録もして、実際に野獣や魔物と戦って経験も得てきた。


 間違っても温室育ちではない私のカンが正しければ、この男の実力は本物だと。

 ラパーヌを追い払えるだけの力が確かにその身には宿っていると感じた。



 自己紹介をして、相手の出方を伺ってみる。

 すると意外なことに苗字を持っているだけでなく、私に対してとても丁寧な言葉遣いで返してきた。

 目元の動きを見たけれど、特に視線が揺らいでる訳でもなくしっかりとこちらを見据えている。

 普段からこういう話し方に慣れているということかしら。


 となると、苗字を持っていることから考えてもただの農村出身者というのはありえない。

 もし彼が自分の出自をそう言ってきたら、多分何かを隠してるということだと思っていいわね。

 本当に農村出身者だとするなら、ここまで違和感なくペラペラと敬語を使える=慣れている環境にいたはずがないし。


 その後は当たり障りのない話をして私は退散した。

 ほんの一瞬だけ、彼、タカヒトさんの私を見る目がイヤらしいものになってたけど。

 本当に一瞬の間だったから、許してあげよう。



----------



 それから数週間経ったある日、また屋敷の門番が私を訪ねにきた者と言い争っているのが見えた。

 この時私は、事実上の政略結婚の布石となる縁談のことで悩んでいて、はっきり言ってすこぶる機嫌が悪かった。

 門番もお客にも少し強めに言葉を添えてやろうかと思って窓をよく見ると、門番の相手はタカヒトさんだった。


 なんの用事があってと思い、窓を開けて会話を聞いてみると、おおよそ私が許せないような最低の言葉を門番が言い放っていることに改めて気付かされた。

 以前から退職させるように嘆願書が来ていたものの、彼の家が華族であることと、彼の父にアルフィード家が恩を受けたということもあり、クビにまでは中々踏み切れなかったのだ。

 これも私を悩ませるネタの一つだったが、ここまでやってるのならもう加減は要るまいと思い、クビにしてやった。

 心が少しすっきりした。



 改めてタカヒトさんを屋敷に招き、用件を聞くとなんと。

 この街を出て旅に出るという。


 はぁ、私も縁談をフイにして旅に出られるのなら旅に出たい。

 ていうか、彼がここを出るとなると次にラパーヌみたいなのがまた来た時、今度こそこの街終わりそうな気もする。

 あぁ、二重に頭が痛くなるわ。


 あ!

 私がタカヒトさんの旅に付いていけば、縁談をフイに出来ていいんじゃないかな?

 街にいる戦力はまぁ……正直大幅にダウンするだろうけど。


 その提案をしたら、タカヒトさんに断られた。

 アホなことを言うなって怒られた。


 その後も色々と粘ったけど、やっぱりダメだった。

 その上で、もう一度両親とよーく話し合えと。

 なんでか分からないけれど、タカヒトさんは頼れる大人の先輩という感じがした。

 

 くそう。

 こうなったらなんとしでも決めてやる。



----------



「タカヒト! やっと来たな! あれからカバーの使い心地はどうよ?」


「極めて良好だよ。それじゃ、早速だが支払いの話に入ろうか」


「そうだな……」



 ドムさんの店に来た俺は、以前作ってもらった鎌のカバー代を支払うため、ドムさんと共に店の応接室に来ていた。

 しばらく唸りながら考え込んでいたドムさんは、代金が決まったのかこちらをじっと見据える。



「カバーの代金なんだがよ」


「ああ」


「おめえにはこの街の危機を救ってくれた、ラパーヌの群れから俺たちを助けてくれたっていう大恩がある」


「それとこれとは別の話だろう」


「いーや。少なくとも群れに街への侵入を許してた場合、俺はこの店を畳んでた可能性があった。それは他のどの店だって一緒のことだ」


「いやしかし」


「だからよ、俺からお前に一生をかけて代金を払い続けてもらいたい。そのカバー、最後の最後ボロボロになるまで使い続けてくれ。それが俺の、いや、武器商人としての願いだ」


「ドムさん、それは申し訳ない。せめて使った素材の額だけでも」


「ばっきゃろー!!』


「うぉ!」


「おめえが今までカバーを大事に扱ってくれてるのは、てめぇの鎌を見りゃすぐ分かる。これからも大事に使ってやってくれよ。それでいいんだ」


「ドムさん……」



 ああ、やってしまった。

 この世界に来て初めての(多分)高い買い物を、支払いもせずに踏み倒してしまった。

 ドムさんは大事に扱ってくれたと言っているが、俺含む大抵の日本人はものは大切に扱うのが常識中の常識なわけで。

 取り扱いに関しても特段変わったことをしたわけではない。


 むしろドムさんのその台詞を聞いた時、逆にカバーを買い求める顧客は普段どれだけ扱いが雑なんだと心配してしまう。


「……本当に、恩にきる」


「おうよ! それで、もう一つ用があるんじゃねえのか?」



 鋭いな。

 確かに、もう一つ用事がある。



「なんで分かったってか? 今まで丸一月顔見せなかったお前が急にここに来たんだ。大方、旅に出るとか言い出しそうだと思ってな」


「完璧な答えだよ。素晴らしい」


「……おい、マジかよ」


「へ?」



 正解を言い当てられたから正直に白状した途端、ドムさんの顔が悲しみに満ちたものに変わる。

 えー。そこまでか?



「まぁ、お前も色々とやりてえことはあるよな。とりあえず、なんか辛いことあったらまたこの街に戻ってこいよ。俺はお前のこと歓迎するぜ。一人の友としてな」


「ああ、ありがとう。それじゃ、仕事中に邪魔して悪かったな」


「おうよ。気をつけて行けよ」


「そっちこそ、病気と怪我には気をつけてな」



 ドムさんと熱い握手を交わし、ドム商店を後にする。

 さて、次はギルドに行って旅の情報収集をしないとな。



----------



「なに? 縁談を受けたくないだと?」


「以前から申していた通り、私は自分の夫は自分で決めたいです。しかも、我が家にはすでに弟のアレンもいます。言うなれば我が家は安泰も同然、私が縁談を受ける必要性はありません。というか、さっさと書類に忙殺される日常から出て外で体を動かしたいです」


「……お前というやつは……」



 何度もなんども縁談は受けたくないと、突っぱねられてもなお同じことを言い続けるものだから、さすがに父もほとほと疲れてきているようである。

 本当に、なんで縁談なんて受けてしまったのよ。

 それ以前から、たかだか薄っぺらい神ごときに忙殺されて鬱憤がたまってるというのに。



「ミシュリア。今回の相手は素晴らしい方よ。器量も良し、容姿も良し、加えて言うなら家柄も良し。そんな方が他ならぬミシュリアを指名しているというのに」


「ですからお母様。私は”自分で”相手を選びたいのです。そしてそれは縁談というものではなく、お互いのことを深く知り合った上で結ばれたいの。いくら相手が素晴らしい人であっても、私は”自分で”この目で会う人を見極めお付き合いしたいのです!!」


「困った子だわ……」



 父に続いて母にも呆れられる。

 これは良いぞ。

 もう少しで押し切れば、私の結婚は無かったことに出来るかもしれない。



 ところで、両親がなぜここまで縁談を断ることを頑なに拒んでいるのかという理由なのだが。

 その理由は私に縁談を申し込んできた貴族が、よりにもよって序列は低いながらも王位継承権を持つ家柄の長男坊だからだ。

 そもそも自分の家柄よりも上のお家という時点で、下の身分である我が家に断るという選択肢はない。

 下手すれば不敬とされて、家の者全員首を飛ばされる可能性もある。


 私が気に入らないのはそこだ。

 事実上断ることはできない縁談。

 そして相手の内面が良いとなれば、『会ってから考えたけどやはり破談に』というこちらの切り札も使えない。


 イケメンで中身も良くてお家も良いならくっ付いちまえとか思うかもしれないけど、私は『自分で見極めた相手』以外とは結ばれるつもりは無いのだ。

 縁談によるお見合い政略結婚なんて論外。

 そんなもんクソ食らえと思う。



「姉さん。そんなことを言ってたら、父さんも母さんも首飛ばされちゃうよ」


「そういう権力を盾にしたやり方が気に食わないって言ってんのよ」


「おおう、姉さんがいよいよ本当に怒り始めた」



 弟のアレンにまで受け入れろと言われて、いよいよ私の我慢は限界に近くなる。

 ちくしょう、誰よこんな縁談セッティングしたやつは。


 目の前にいた。

 私の両親がこの縁談をセッティングしたんだったっけ。



「もうこうなったら、究極の奥の手を使うしか無いわね……」


「な、なにをするつもりだ? ミシュリア」


「私をこのお家から破門してください」


「「「はぁ!?」」」


「そいで、ぜひともアレンを当主の座に」


「お前はそこまで結婚が嫌なのか……」


「結婚が嫌なのではありません。縁談という自身の意思が介されない方法で身を結ぶのが嫌なのです」


「「はぁー……」」


-----


 いよいよ疲れがピークに達し、両親そろって額に手を当てため息をつく。

 娘のこれほどまでに強情な態度にどう攻めて観念させようかとも思っていた父だが、これはもう諦めた方が良いという風に思い始めていた。

 以前から縁談が来た際に、ミシュリアはこうした抵抗を続けて有耶無耶にしてきた。

 今回ばかりは相手が相手なだけに上手くいくかとも思ったが、やはり彼女の芯の想いは変わらないようだ。


 無論、成功しない可能性が高いということは、実は相手の方は了承済みである。

 その上でなお、相手のご長男様がミシュリアに魅入られて縁談を申し込んできた。

 なんども公務の関係で会ったことがあるが、見た目も内面も本当に良の字が揃ったお方である。

 彼になら娘を差し出しても良いと思えるぐらいには。


 しかし、まさかここまで娘が鬱憤を溜めているとは思わなかった。

 ミシュリアの言う通り、我が家にはすでに次期後継者のアレンがいるし、そのアレン自身も後を継ぐことには納得して引き受けるつもりでいる。


 落ち着いた見た目に反してかなり行動的なミシュリア。

 これ以上屋敷という鳥かごに入れ続けるのは止すべきだな。


 そのように、ミシュリアの父は結論を出した。


-----


「分かった。お前のその想いは認めよう。もとより縁談が纏まらなくとも良いと、先方には実は了解を取ってあった。お前に執務を任せたのは領主として貴族としてどんなに大変なのかを分からせる為であったが、分かってはいたがお前は出来ることは出来ても性格が向いていないようだ。今日をもって、お前を今の立場からただの令嬢の立場に戻す。そして、アレンとともに領主の仕事に復帰しよう。お前は旅に出るなり戦ってくるなり、自分の望むように生きれば良いが、我が家名に……というか、この先の未来の子孫の為にアルフィードの名を堕とすような振る舞いだけはしてくれるなよ」


「もちろん、心得ております。では早速、用意をして参ります」


「「「えっ? もう行くの?」」」


「時は金なりと申します。完全に衰えきった肉体のカンを取り戻さなくては。それに、一人旅の共を任せられる人物に心当たりもありますから。というわけで失礼します!」



 何か両親に言われる前にさっさと部屋を辞する。

 さて、旅をした経験もあるとはいえ、今の私はブランクが大きい。

 旅の用意も早いところしなくちゃいけないし。

 このバッグの中にあれとこれと、これは使う機会がなさそうだからボツでっと。


 フフフフフ、これで私は大見得切ってようやく自由な外の世界に旅立つことができる。

 待っていなさいよ。

 すぐに最強冒険者の仲間入りを再び果たしてやるんだからね。



 そういえば以前の冒険者ランクはBランクのグレード1だったけど、降格とかってあるのかしら?

ミシュリア様は執務時には落ち着いた雰囲気の服装を着ていることもあって、初対面の人からは消極的なイメージに見られがちですが、実際は結構積極的に動き回るタイプです。

ただ、きちんと分別を考えての積極的なので、あまりトラブルを起こすことはありません。


次回はついにタカヒトさんが旅に出るわけですが、どこか一波乱がありそうな気がしますね

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