営業マンはついに旅に出る 前編
前編・中編・後編の3部で行きます。
ストーカー撃退事件から2週間が経ち、とうとう俺がこの世界に来てから一月が経過した。
この世界はどうやら太陽歴に似た暦を採用しているようで、だいたい一月30か31日。一部の月には数年に一度、地球と同じように閏年を設けて時間差を調節するそうだ。
それを聞いた時、俺はここが平行世界の地球なんじゃないかと思ってしまった。
中世ヨーロッパの時代と言えば、すべては神によって生み出されたという教えが浸透していた時代だ。
たとえば、地球は神が生み出したのだから世界は地球を中心に回ってる天動説とか。
この世界もてっきりそういうもんだと思っていたが、考えてみると文字の文化にひらがなカタカナが浸透していたり、王都まで行けば鉄道があったり、その鉄道は世界を一周していたり、暦が太陽歴に似たものを採用していたり。
間違いなく過去にもこの世界に、なんらかのアクシデントで迷い込んだ者がいるに違いない。
でなければ、俺の感覚でいえば思いっきり後進的も良いところの文化に、確かな科学的根拠に基づいて制定された論理が根付いている筈はないのだから。
この街での暮らしにも慣れてきた所だが、そろそろこの世界から元の世界に戻るための情報収集をしたい。
具体的には、旅に出て様々な所に聞き込みに行くという事を真剣に考えている。
それに、借りている宿舎ももうすぐ一月の家賃納入の節目である。
引き払うにもちょうどいいタイミングだろう。
そういえば、初めて街に来てから今日まで、結局ドムさん所の武器屋やこの辺の領主であるミシュリア様の元に顔を出してなかったな。
ドムさんはともかく、領主であり伯爵様でもある彼女は俺に会う時間などとても取れないとは思うけどな。
なんにせよ、街を発つというなら挨拶の一つはしていくべきだろう。
どちらも、今日まで俺が生きていけるキッカケをくれた大恩人だ。
ミシュリア様の方は今日いきなりアポなしで訪問するのもアレだし、とりあえずお屋敷を守る衛兵さんに明日少しだけ時間を頂けるようお取り次ぎしてもらおう。
「というわけで、街の中心部に来たはいいんだが……」
さすが領主様・伯爵様というだけあって、お住まいになられているお屋敷もデカイ。
東京にこんな豪邸を建てたら一体土地だけで何十億吹っ飛ぶかってくらいにデカイ。
そんな俺をお上りさんとでも思ってるのか、門番の衛兵さんはどこか胡散臭そうな目で俺を見てる。
まあこの世界の上の身分に対する振る舞い方を知らないって意味では、ある種お上りさんと似たようなもんだし、構わないんだが。
とりあえず、衛兵さんに明日のアポについてお話をしよう。
「突然すみません。私はこういう者でして、近いうちに街を発つため領主様に明日ご挨拶をする時間を頂けるよう、恐れ入りますがお取り次ぎ頂けないでしょうか?」
もっとも、俺の格好も大鎌を背負った怪しさ満点の黒づくめなので、話しかける時に身分証としてギルドカードを見せるのも忘れない。
もちろん、ステータスの所は表示せず、名前と見せても問題ない情報だけを見せている。
「はぁ? ただでさえお忙しい領主様に、高ランク冒険者ならともかく、まだ一人前にすらなっていない男が時間を避けると思うのか?」
「一応、お伝えする事だけでも出来ませんか? 領主のミシュリア様には以前、大変お世話になりましたので、本の数分でもお会いする時間を頂けましたらと」
「そんな願い叶えられる訳がないだろう。いくら冒険者のギルドカードがあった所で、お前は俺たちからすれば怪しい男だ。しかも『平民』だ。そんな奴に、このタイン伯爵領の主たるミシュリア様をお会いさせるなんて出来るはずが無い。帰れ」
「そこをなんとか……」
「帰れ。さもないと、領主様に平民という分不相応の身分でありながら会おうとした不敬罪で、拘束するぞ」
「そ、そこまでですか……」
薄々感じていたとはいえ、やはり下々の民は伯爵様に個人で会おうというのは場合によっては不敬となるらしい。
いずれにせよ、衛兵さんがこの態度じゃミシュリア様に伝えてくれるはずも無いだろうし、出発前にミシュリア様に挨拶をするっていうのはもう不可能と思って良いな。
下手すりゃ首を刎ねられる可能性もある訳だし、粘るのもこの辺が潮時だな。
「分かりました。無理なことを申してすみませんでした」
「へっ! ようやく分かったか! 平民の分際で、ふざけたことをぬかしやがって!」
「お、おい! いくら何でもその言い方は……」
「んだよ? 平民は平民、一生勝ち上がれないクソみたいな人種なんだ。俺たちみたいな選ばれた人間とは違う。そんな奴を麗しき伯爵様に会わせるなんて、神が許しても俺が許さねえってんだよ。平民は平民らしく、上の存在である華族や貴族のために生きてれば良いんだよ! さっさとどっか行け!」
「……」
典型的な差別主義者と出会うとはな。
この国じゃ平民・華族・貴族・王族と、こんな具合に身分は分かれてる訳だが、どうやらこの二人の門番の片方は平民より上の身分の出身者らしい。
だからと言って、俺自身が『人は皆平等ということを最高法規で保証した国』日本の生まれなのもあって、今非常に不快な気分である。
身分がなんだというんだ。
人は皆、平等に尊ばれるべき存在ではないのか。
この男は、そこを勘違いされてらっしゃるようだ。
しかし、今怒りに身を任せて掴みかかりでもしたら俺が公務執行妨害の罪と、加えて上の身分の者に逆らった不敬罪にも問われるかもしれない。
こういう勘違い野郎は地球にいた時にも何人か見てきたが、自分が貶される位なら甘んじて受けてやろうじゃないか。
こんなのに一々付き合ってたら、それこそ無駄な時間を割く事にもなる。
「どうした? なんか言えよ? 平民のクソ野郎め」
このやろう。
こっちが手出しできないからって、とことんバカにしてやがる。
鑑定眼でステータス丸裸にしてやろうか?
もっとも、決して今は必要な状況じゃないから使わないが。
ムシャクシャしながらも、背を向けてギルドがある街の外周部に戻ろうとした時。
「口を慎みなさいこのクソ門番。私からすれば、あなたも下々の民に変わりはないのだから」
聞き覚えのある声が後ろからしたため振り向くと、そこにはいつぞやにお会いしたミシュリア様が立っていらっしゃった。
ていうか、口を慎めまではわかるがその後、クソ門番と仰られたよ。
クソなんて言っちゃっていいの?
しかも、ものっそい冷たい表情を浮かべてらっしゃる。
「あなたは前からそうね。華族だからと言って、平民の身分にある者を侮辱すると。そういう報告が常々上がってきているわ。あなたのペアにした彼は平民であることから、あなたの行動に彼が注意すれば、自分の身分を盾に脅しもかけていたようだし」
「な、なぜその事を……」
「今自分で吐いたわね? いずれにせよ、身分で全てを決めつけるような『無能』は私の部下には要らないわ。どこへなりとも消えてしまいなさい。二度と私の前に顔を見せないでくださいな」
「ま、待ってください! そんな、いきなり解雇だなんて横暴です! そんな理屈が通ると!?」
「通るでしょう? あなたの理屈で言えば、下々民は上位者のために生きていればいいと。さっき言っていましたね。ならば私もその理屈に則りましょう。『私のためにここから去り、二度と顔を見せるな』。それが上位者 に対する下々民 としてのあなたの生き方です。私からすれば、たかが『華族の分際』で何を調子に乗った事をと思いますが。さあ消えなさい。さもなくばこの場で首をはねますよ」
「ひ、ひいぃぃぃぃ!!」
さっきまで威勢良く俺を小馬鹿にしていた男が慌てて立ち去ってゆく。
その姿には、先ほどまでのプライドのような者は欠片も感じられなかった。
「……因果応報、だな」
今まで自分がしてきた行いが自分に返ってくる。
職場の後輩曰く、最近の若者はこういうのをブーメランとも呼ぶらしい。
なるほど。武器の性質と合わせて言い得て妙だな。
改めてミシュリア様と、残った門番に目を向ける。
さっきの冷酷な顔とは打って変わって、初めて会った時と同じような微笑を浮かべている。
「さっきの男は、生まれが華族というだけで調子に乗っていたのです。平民だからなんだと、貴族だからなんだと。もうそれはうんざりするような、吐き気がするくらいに忌々しい価値観をさも当然とばかりに、自分が正しいのだと本気で思っている。彼の父に私の家がちょっとした恩があったのでその恩に報いる形で雇ったのですが、これはあの内面の酷さを初見で見抜けなかった私達当主一家の落ち度ですね」
「はぁ。人の上に立つというのも大変でございますね」
「ええ。そのうえ、あの男のふざけた選民思想のおかげで、私にとって有益なやり取りを望んでいる相手まで『平民風情』の一言で片付けて追い払ってしまうものですから。実はタカヒトさんが街に来られた際も、使いできた衛兵の方を門前払いにしようとしていたのです。門前で口論になりかけていて、それを仲裁したからタカヒトさんのことを伺うことができたのですが、もし使いの方がすぐに諦めて帰ってしまうような人でしたら、私は危うくこの街にとって大切な人材をあの男のせいで門前払いしてしまう所でした」
「その節は本当にお世話になりました」
「さあ、長々と愚痴を言ってしまってすみません。お茶を入れますので、どうぞお上りください」
「お時間を頂けるのでしたら是非とも、ご一緒させていただきます」
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というわけで、予想外の腹立たしいハプニングはあったものの、なんとかミシュリア様と会談することになった。
お付きのメイドさんと共に通された応接間は、嫌味にならない程度に豪華な調度品が並ぶ上品な部屋だった。
普通それなりに権力のある貴族様というのは、客を通す部屋にはとにかく幾らするのか考えたくもなくなる豪華な調度品をこれでも飾って、言外にこれだけの財と権力があることをアピールするらしいのだが。
この部屋には今述べた通り、招かれた人が嫌味に感じないように飾られている調度品の数は抑えられていると言える。
飾られている品の質は、一目で見てとても良い物であることが分かる。
ここから俺はどういうメッセージを受け取れば良いのかというと、おそらく俺を権力を示す必要性がない人物だと認識しているという意味なんだろうな。
それが『平民』だからなのか、それとも純粋に知り合いとして話したいのかは判断がし辛い所だが、おそらく前者だと思って話を進めていこう。
「さて、早速本題に入りましょう。何か私に言いたいことがあるのでしょう?」
「ええ。それでは、結論を申させていただきますと、旅に出ようと考えています」
「……旅、ですか?」
「ええ。そろそろ資金も貯まってきましたし、本来の目的である旅を始めようかと。いつまでもこの街に居座っていては、私の目的が果たせませんから」
「そうですか……。それは残念ですが仕方ないですね。本音を言うなら街に留まって頂きたい所なのですけど、冒険者ですもの」
「そうですね。あくまで一箇所に長期間拠点を置いておく気は無いんです。この街に来てからもう一月となりますし、キリも良いですから」
「残念です……」
カップを優雅に持ちながらお茶を楽しまれるミシュリア様。
生まれも育ちも庶民の俺から見るととても洗練された実に美しい動きである。
育ちの良さというか貴族のたしなみというか、彼女たちにとってはこの程度できて当然の振る舞いなんだろうけど、それでもやはり見ていて感動するな。
と、カップを置いた彼女はなにやら思いついた!という顔をする。
「タカヒトさん」
「なんでしょう?」
「魔法剣士の仲間をパーティーに入れたくないですか?」
「はい?」
なんでいきなりそういう話になったんだ?
魔法剣士を入れるかどうかってのも随分とピンポイントだし。
真意を計りかねている俺の顔を見て、いたずらが成功したような微笑を浮かべてとんでもない爆弾発言をしてくれた。
「ですから、今なら魔法剣士の『私』が旅のお供になりますよ〜ってお話です」
「無礼を承知で言わせていただきますが、アホなことを仰るのも大概にするべきかと」
「あ、アホとは失礼ですね! 首はねちゃいますよ」
「騎士や衛兵さんに聞かれますと現実に私の首が飛んじゃうので止めてください」
「まあ冗談はさておきですね」
いきなり何を言い出すのかと思えばこの人は。
どうやら立ち居振る舞いはともかく、性格に貴族らしさはあまり無いようである。
しかし、魔法剣士の私が旅のお供ってどういうことだ?
何を考えてそんな事を?
「実はですね。一応形式的にも実質的にも、私はこのタイン伯爵領の領主なんですけれど」
「ええ。存じています」
「この度両親に、お見合いという名の事実上の政略結婚をさせられることになりまして」
「それはそれは、おめでとうございます」
「私は一生の相手を自分で選びたいんですよ」
「それは私も同じですが、言わなければ先方や家族の方々には伝わらないのでは?」
「言ったけれども聞き入れてくれない訳です」
「予想はしてましたが、やっぱりそうでしたか」
「なので、私をお供にして連れてってください」
「それをやった場合、縁談をお釈迦にしたことで私が社会的に抹殺されませんか」
「……やっぱり、ダメです?」
「諦めた方が良いとは言いませんけど、その手を使うのは極めて危険かと。特に私個人の社会的身分が危ぶまれますので」
「うぅ……。相手も正直イケメンでとても良い人なのが悔しい。打つ手が無くてどうしましょ……」
会ったことが無いからなんとも言えないが、イケメンですごく良い人って超優良物件じゃないか。
なるほど、自分で選んだ訳じゃないから拒否したい。
しかし拒否するに足る理由が、相手の男性には特にこれといって無いと。
むしろ良いところばっかりで打つ手が無い。
むしろ庶民感覚で俺がもし女だったらって考えたらバッチコーイって感じだぞ。
男に置き換えれば容姿端麗内面美人、言うことなしの相手と結婚できるというわけだし。
「タカヒトさん、お願いします。私荷物持ちでもなんでもやりますから連れてってください」
「会って一月しか経っていない男に言うセリフじゃないと思うんですけど……」
部屋のメイドさんを見ると、すごい勢いで首を縦にブンブンしてる。
やっぱりあなたもそう思いますよね?
だいたい、仮にも伯爵家の当主に荷物持ちさせてるなんてところが知られたら、それもまた俺の社会的死亡コースまっしぐらだ。
それ以前に一緒に付いてるのが男の俺一人って時点でもう、俺の社会的死亡コースは確定したようなもんである。
「私と一緒にいると、タカヒトさんは私を襲っちゃうんですか? 狼さんになっちゃうんですか?」
「なりません。でも他人がどう思うかまでは決められないんですよ?」
例えば週刊紙のスクープはよく『熱愛現場』とか『不倫』とかの見出しで写真と記事を載っけてるが、本当は不倫や熱愛ではなくただの知人としての付き合いだったとしても、写真は被写体の関係性を明確に示す事が出来ないのを利用して、記事の文章で煽ってそう見えるように書いているだけなのだ。
同じ写真でも、付ける記事が肯定的なものと否定的な内容とでは、読者に与える印象が違うものになる。
さて、それでは本題に話は戻る。
一緒に旅をして、いくら本当に襲わなかったとしても。
俺は見た目20代前半くらいの若い男(に見えるらしい)で、もう片方も20代前半くらいの若い女性。
どう見たって、実際の事実に関係なく一緒に旅しているのを見た他人は『ああ、こいつらきっとヤってるんだろうなぁ』と思うだろう。
イメージと事実は必ずしもイコールで相手に伝わるものでは無いと言う事だ。
「でしたら、せめて私が結婚しなくて済む方法を考えてくださいよ」
「なんで個人のお家の問題にここまで私が巻き込まれてるのか疑問ですが、解決策としては『もう一度両親と話し合う』以上です」
「そんな……私に死ねと?」
「どんだけ怖いご両親なんでしょうか」
「うぅ……」
「お嬢様、そろそろ職務を再開しないと後に響きます」
「では、私はこれにて失礼します。今日は貴重なお時間をありがとうございました」
「うぅ、では気を付けて旅に出てくださいね」
すっかり意気消沈してしまっているミシュリア様を尻目に屋敷を後にする。
っていうか、本当に政略結婚が嫌なんだな。
いや、俺も勝手に相手が決められるのは嫌だけどさ。
けど、普通この時代の価値観で貴族様ってのは、政略結婚は日常的な事じゃとも思うが。
ともかく、人によって価値観は様々だし、これ以上とやかく言わない事にしよう。
さて、早くドムさんのところに顔を出さないとな。
ミシュリア様の心情については、次の中編で書いてきます。
ちょっとうん?となるかもしれませんが、明日にご期待ください。




