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第九話 勇者は、恐怖を教える

「やってみろ」


 僕が言い終えるより早く、ゴブリンヒーローが床を蹴った。


 大剣が横薙ぎに迫る。


 受ければ押し負ける。


 身を沈め、刃の下へ潜った。


 頭上を通り過ぎた大剣が、石壁を深く削る。


 懐へ踏み込み、《魔法剣》をまとわせた刃を脇腹へ走らせた。


 硬い。


 黒い鎧の表面を斬っただけで、刃が止まる。


「ゲッ!」


 ゴブリンヒーローが膝を突き出した。


 後ろへ跳ぶ。


 その瞬間、赤い光が視界の端に映った。


「モエロ!」


 ゴブリンウィザードの杖から、火球が放たれる。


 杖の角度。


 術者の視線。


 魔力の流れる方向。


 シャムの魔法に比べれば、何もかも分かりやすい。


 僕は火球を引きつけながら走った。


 正面には、盾を構えたゴブリンナイト。


 背後からは、ゴブリンヒーローが追ってくる。


「ハサンダゾ!」


 三体が互いの役割を理解して動いている。


 ヒーローが攻める。


 ナイトが逃げ道を塞ぐ。


 ウィザードが魔法で追い込む。


 まともに相手をする必要はない。


 三体を倒す前に、三体で戦えなくすればいい。


 僕は腕に巻いていた《蜘蛛の糸》を放った。


 粘つく糸が、ナイトの盾へ絡みつく。


 もう一端を、横に立つ石柱へ巻きつけた。


「グオッ?」


 ナイトが盾を引く。


 糸は伸びても切れない。


 動きが止まった。


 その一瞬で十分だった。


 僕はナイトの脇を抜ける。


「ウシロダ!」


 ウィザードが叫んだ。


 追ってきた火球が、僕の背中へ迫る。


 直前で身を沈めた。


 火球が頭上を通過する。


 その先にいたのは、盾を引こうとしていたゴブリンナイトだ。


「ガッ――!」


 火球が盾へ直撃した。


 炎が弾け、ナイトの巨体が揺れる。


 僕は革袋から《煙玉》を取り出し、床へ叩きつけた。


 白煙が一気に広間を覆う。


「ミエネエ!」


「ウィザード! ケムリヲハラエ!」


 ヒーローの判断は速かった。


 ウィザードの杖へ、風の魔力が集まり始める。


 だが、遅い。


 白煙の中でも、集まる魔力は隠せない。


 その光へ向かって踏み込む。


「ドコダ!」


「ここだ」


 ウィザードが振り向いた。


 杖を持つ腕を斬り落とす。


「ギャアアッ!」


 悲鳴を上げる口へ、剣を突き込んだ。


 刃が喉を貫き、後頭部まで抜ける。


 二体目。


「ウィザード!」


 煙を裂いて、大剣が振り下ろされた。


 剣を引き抜き、横へ転がる。


 石床が砕けた。


 ゴブリンヒーローには、煙がほとんど効いていない。


 足音と気配だけで、僕の位置を捉えている。


 強い。


 言葉を覚えただけのゴブリンではない。


 間違いなく、戦場を知る戦士だ。


「ナイト! ソトヘデロ!」


 残る仲間へ指示を飛ばす。


 けれど、ゴブリンナイトは動けなかった。


 盾は今も石柱へ縛られている。


 盾を手放せば動ける。


 だが、こいつは盾を捨てられない。


 僕は背後へ回った。


 膝裏を斬る。


「グアッ!」


 巨体が片膝をつく。


 続けて、剣を持つ右手首を落とした。


 殺せないなら、戦う力を奪え。


 脚。


 腕。


 武器。


 一つずつ奪えば、位階十二でもただの的になる。


 兜の隙間へ剣を差し込み、首を貫いた。


 三体目。


 煙が薄れていく。


 広間に立っているのは、僕とゴブリンヒーローだけになった。


「キサマ……」


 大剣を握る手に、力がこもる。


「ヨクモ、ナカマヲ!」


「村を襲わせたお前が言うな」


「コロス!」


 床が砕けた。


 一瞬で距離を詰められる。


 大剣を避ける。


 返す刃も避ける。


 次の一撃が来る。


 速さも、力も、僕より上だ。


 一度でもまともに受ければ、剣ごと体を壊される。


 けれど、焦る必要はない。


 殺せないなら、殺せる形に変える。


 ゴブリンヒーローが大剣を突き出した。


 胸を狙う一撃。


 半歩だけ横へずれる。


 刃が服を裂き、胸元を浅く切った。


《後の牙》


 祝福が発動する。


 格上の攻撃を紙一重で避けた直後。


 最初の反撃に、速さと貫通力が加わる。


 僕は逃げずに踏み込んだ。


 狙うのは首ではない。


 大剣を握る、右手首。


《魔法剣》をまとった刃が、鎧の隙間へ滑り込む。


「ガアッ!」


 右手が落ちた。


 大剣が石床へ転がる。


 それでも、ヒーローは止まらない。


 左の拳が頬へ叩き込まれた。


 視界が揺れる。


 口の中に血の味が広がった。


 踏みとどまる。


 返す剣で、左膝を斬った。


「グッ……!」


 ゴブリンヒーローの巨体が崩れる。


 片膝をついたまま、後ろへ下がろうとした。


「マ、マテ……」


 先ほどまでの怒りは消えている。


 濁った目に浮かんでいるのは、恐怖だった。


「オレヲコロセバ……ナカマガ、オマエノムラヲ――」


「お前たちゴブリンの巣は、ここから遥か西の、キャス渓谷にあるんだろ」


 動きが止まった。


「……ナンデ、シッテイル」


 一度目の人生で、僕たちはキャス渓谷へ向かった。


 到着したときには、周辺の村はすべて滅ぼされていた。


 渓谷を埋め尽くすほどのゴブリンが、そこで育てられていた。


 今度は、そうなる前に消す。


「そこに火を放つ」


「ヤメロ……」


「全滅させてやる」


 鋼の剣を持ち上げる。


「一匹残らず。この世からお前たちを、跡形もなく消してやる」


「ヤメロ! ソコニハ――」


 最後まで言わせなかった。


 剣を振り下ろす。


 ゴブリンヒーローの首が床へ落ちた。


 死の直前まで、その顔には恐怖が残っていた。


《獅子の子が発動しました》


《格上の敵を含む集団の討伐を確認》


《位階が上昇します》


 体の奥から、熱が湧き上がる。


《位階十から、位階十三へ上昇しました》


 三つ。


 新たな祝福を得る権利が生まれた。


 僕は剣についた血を払い、広間の奥へ目を向けた。


 鉄で補強された宝物庫の扉。


 あの中にある物を確かめてから、祝福を選ぶ。


 扉を開く。


 薄暗い宝物庫の中央。


 台座の上に、一振りの剣が置かれていた。

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