第八話 魔王軍の巣へ
僕が十歳になるまでに、ゴブリンは七度、村を襲った。
七度とも、全滅させた。
正直に言えば、楽勝だった。
三度目の襲撃からは、ゴブリンマジシャンが混じっていた。
杖へ集まる魔力。
術者の視線。
炎が形を得る直前に生じる熱。
三年間、シャムの魔法を避け続けた僕には、火球の軌道がはっきりと見えた。
半歩で避け、次の魔法を撃たれる前に懐へ入る。
杖を持つ腕を斬り、そのまま首を落とした。
それ以降は、複数体のオーガがいた。
三年前の僕は、白傷のオーガ一体を倒すため、《封魔杭》を盗み、騎士たちの力を借り、《後の牙》まで使った。
今は必要ない。
棍棒を振り上げた瞬間には、踏み込む脚も、空く脇腹も分かっている。
十歳の祝いにゲオルグからもらった鋼の剣へ、魔力を流した。
《魔法剣》
光をまとった刃で、魔力硬化ごと脇腹を斬る。
膝裏を断ち、倒れたところで首を落とす。
すべて倒すのに、数分もかからなかった。
僕の位階は、三年前から十のままだ。
けれど、強さまで同じではない。
七歳の僕は、一度に多くの祝福を得た。
しかし、敵の動きが見えても脚が追いつかず、剣の軌道を理解しても腕が支えきれなかった。
魔力を剣へ流せば、途中で乱れた。
三年間で、ようやく僕自身が祝福へ追いついた。
鋼の剣を片手で振り、《魔法剣》を自在に扱う。
ゴブリンやオーガでは、《後の牙》を発動させる必要すらなくなった。
◇
僕が村へ残った理由は、両親のそばにいたかったからだけではない。
一度目の人生で、この地方を襲うゴブリンたちの拠点を知っていた。
村から北西へ二日。
放棄された鉱山の地下に広がるダンジョン。
魔王軍はそこへ物資と魔物を集め、周辺の村を襲わせていた。
三年前の白傷のオーガも、そこから送り出された。
目的の武器が最深部へ運び込まれるのは、僕が十歳になる年だ。
だから待った。
魔王軍が拠点を完成させるのを。
僕の体が、祝福に追いつくのを。
そして今日。
僕は一人で鉱山の入口に立っていた。
腰には鋼の剣。
革袋には《煙玉》。
腕には、魔物の粘糸を加工した《蜘蛛の糸》。
ゲオルグから教わったのは、剣の振り方だけではない。
『殺せるなら、一撃で殺せ』
『殺せないなら、戦う力を奪え。次に殺せる形へ変えるんだ』
正々堂々と戦う必要はない。
最後まで立っていれば、それでいい。
◇
最初の広間には、十二体のゴブリンがいた。
見張りの首を斬り、倒れる体を静かに支える。
出口へ《蜘蛛の糸》を張った。
異変に気づいて奥へ逃げようとしたゴブリンたちが、足を取られて転ぶ。
そこへ《煙玉》を投げた。
白い煙が広間を満たす。
「テキ! テキ!」
ゴブリンたちが、闇雲に武器を振り回す。
僕には位置が分かっていた。
足音。
呼吸。
殺気。
強化された五感と《危険感知》が、煙の向こうの動きを拾う。
一体目は喉。
二体目は心臓。
三体目は、武器を持つ腕を斬ってから首。
煙が晴れたとき、立っている者はいなかった。
奥へ進む。
罠の位置は知っている。
右の石床を踏めば、天井から槍が落ちる。
三つ目の扉を正面から開けば、毒矢が飛ぶ。
魔物の配置は一度目と変わっていたが、ダンジョンの構造は同じだった。
ゴブリン。
大狼。
毒を吐く大蜥蜴。
鎧を着たオーガ。
殺せるものは一撃で殺した。
倒す必要のないものは、脚を糸で縛り、扉の向こうへ閉じ込めた。
すべての敵と戦う必要はない。
僕の目的は最深部にある。
◇
夕方になる前に、最後の石扉へ辿り着いた。
扉の先には、魔王軍の旗が掲げられた広間があった。
奥には、鉄で補強された宝物庫。
その前に、四体のゴブリンがいる。
白い杖を持つゴブリンヒーラー。
位階八。
魔石を埋め込んだ杖を持つゴブリンウィザード。
位階十。
全身鎧と盾を装備したゴブリンナイト。
位階十二。
そして中央には、黒い鎧をまとい、人間の騎士よりも大きな剣を背負ったゴブリンがいた。
ゴブリンヒーロー。
位階十五。
「ゲッ、ゲッ、ゲッ……」
ヒーローが大剣を肩へ担ぐ。
「オマエガ、ユウシャカ?」
濁った目が、僕を上から下まで眺めた。
「ナンドモ、ムラオソッタ。ダケド、ゼンブフセガレタ」
その目が細くなる。
「オマエダナ?」
「そうだ」
鋼の剣へ手をかける。
「お前が送った奴らは、全部殺した」
「ゲッ、ゲッ、ゲッ! ガキジャネエカ!」
三体のゴブリンが笑った。
「オマエコロシテ、マオウサマニ――」
最後まで聞かなかった。
床を蹴る。
最初に殺すのは、ゴブリンヒーラー。
位階は最も低い。
そして、残せば最も面倒な相手だ。
「ナッ――」
ヒーラーが杖を持ち上げる。
遅い。
ナイトが盾を構えるより先に、その脇を抜けた。
鋼の剣を振る。
ヒーラーの首が飛んだ。
白い杖が床へ落ちる。
体が倒れるより先に、僕は残る三体へ向き直った。
笑い声が消えていた。
「回復役を残して戦うほど、僕は馬鹿じゃない」
剣についた血を払う。
「次はお前らだ」
ゴブリンヒーローの顔から笑みが消えた。
大剣を肩から下ろす。
腰を落とし、両手で柄を握った。
もう、僕を子供とは見ていない。
「ナイト、マエニデロ!」
ナイトが盾を構え、ウィザードを守る。
「ウィザード、ユウシャヲヤケ!」
杖へ赤い魔力が集まり始めた。
「オレガ、シトメル!」
ゴブリンヒーローが踏み込む。
《危険感知》が激しく鳴った。
大剣が迫る。
速い。
鋼の剣で受ける。
刃がぶつかった瞬間、腕が軋んだ。
足が床を滑り、体ごと後ろへ押し飛ばされる。
受けたはずなのに、剣圧だけで頬が裂けた。
「ゲッ……ゲッ……」
ゴブリンヒーローが低く笑う。
「オマエ、ツヨイ」
頬の血を拭った。
三年間で戦った、どの魔物よりも強い。
位階十五。
間違いなく、強敵だった。
「今さら気づいたのか」
「ダカラ、オレガコロス」
僕は剣へ魔力を流す。
薄い光が、鋼の刃を覆った。
「やってみろ」




