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第七話 勇者は、師を選んだ

《現在位階――十》


 体の奥へ流れ込んでいた熱が、ゆっくりと収まっていく。


 位階三から十。


 得られた祝福の力は、七つ分。


 選ぶものは、ほとんど決めていた。


《剣術 第三段階》


《身体強化 第三段階》


《魔力増幅 第一段階》


《魔法剣 第一段階》


 《剣術》と《身体強化》へ、それぞれ二つ。


 残る二つを《魔力増幅》と《魔法剣》へ使う。


 一度目の僕は、炎や水、風、土といった属性魔法を浅く広く覚えた。


 どんな敵にも対応できるように。


 仲間に足りない力があれば、自分が補えるように。


 結果、どれも中途半端になった。


 多くの魔法を使えた。


 けれど、魔王を倒せるほど極めたものは、一つもなかった。


 今回は剣を選ぶ。


 敵の攻撃を避け、懐へ入り、自分の手で倒す。


 最後の一つを選ぼうとしたとき、見覚えのない祝福が現れた。


《勇者の矜持》


 一定数の人間を救い、神に勇者として認められた者へ示される祝福。


 剣術。


 身体。


 魔力。


 勇者として持つ、すべての力を高める。


 迷う理由はなかった。


「《勇者の矜持》を選ぶ」


《祝福を獲得しました》


 光の文字が消える。


 代わりに、黒い文字が浮かんだ。


《条件を確認しました》


《契約第一段階を進行します》


 胸の勇者の紋章が脈打った。


「っ……」


 革の胸当ての下で、焼けるような痛みが走る。


 すぐに消えた。


 魔王との契約。


 僕が敵を殺したから進んだのか。


 位階が上がったからか。


 それとも、魔王が望んだ選択をしたからなのか。


 今は分からない。


「勇者様!」


 騎士が駆け寄ってきた。


「お怪我はありませんか!」


「胸を少し打ちました」


「少しどころではありません。すぐに治療を!」


「先に、ほかの人を」


 木柵の近くには、倒れた騎士たちがいた。


 棍棒で吹き飛ばされた者。


 ゴブリンの矢を受けた者。


 腕を押さえて呻く者。


 その中には、もう動かない騎士もいた。


 一人、死んだ。


 負傷者も大勢いる。


 全員を救うことはできなかった。


 一度目の僕なら、救えなかった者だけを見ていた。


 もっと早く動けば。


 もっと強ければ。


 ほかに方法があったのではないか。


 答えの出ない問いを繰り返し、救えた者まで見えなくなっていた。


 村の広場を見る。


 泣きながら子供を抱きしめる母親がいた。


 負傷した騎士へ水を運ぶ老人がいた。


 礼拝堂から出てきた村人たちが、互いの無事を確かめている。


 家は焼けていない。


 尖塔も折れていない。


 一度目には、誰も残っていなかった。


「……変えられた」


 すべてではない。


 それでも、未来を変えることはできた。


     ◇


「《封魔杭》を持ち出したのは、あなたですね」


 翌朝。


 白髪の神官が、血に濡れた銀色の杭を机へ置いた。


「はい」


 僕は答えた。


「盗みました」


 騎士隊長が額へ手を当てた。


「勇者様。もう少し言い方というものが……」


「許可を求めても、貸してもらえなかったと思います」


「当然です」


 白髪の神官の声が強くなる。


「七歳の子供へ、魔物に直接打ち込む聖具など渡せません」


「分かっています」


「では、なぜ」


「必要だったからです」


 村を救ったことで、盗みが正しくなるわけではない。


「罰があるなら受けます」


 僕は続けた。


「でも、同じ状況になれば、また盗むと思います」


 白髪の神官はしばらく僕を見ていた。


「この件は大神官様へ報告します」


「お願いします」


「聖具を盗んだことも、自らオーガへ挑んだこともです」


「はい」


 神官は《封魔杭》を黒い布で包む。


「村を救ったことも、正確に報告します」


     ◇


 騎士隊長は、僕を王都へ連れていこうとした。


 三日後の襲撃を予見した。


 敵の侵入経路も当てた。


 位階三で白傷のオーガを倒し、一度の戦いで位階十へ到達した。


 七歳の子供を、このまま村へ置けないという判断は当然だった。


「王都へは行きません」


「またですか……」


 隊長が疲れた顔をする。


「戦いの後、神託を受けました」


 僕は白髪の神官を見る。


「今は故郷へ戻り、力を蓄えろと」


「そのような神託は、神殿へ届いておりません」


「僕だけに聞こえました」


「随分と都合のよい神託ですな」


「僕もそう思います」


 神官は黙った。


 僕の最初の予言は当たった。


 神殿へ届いていないという理由だけでは、否定しにくくなっている。


「ですが、教育もせず勇者様を村へ置くことはできません」


 騎士隊長が言う。


「剣術、魔法、魔物の知識。学ぶべきことはいくらでもあります」


「教師を村へ呼んでください」


「教師を?」


「剣は、ゲオルグという騎士に習いたいです」


 隊長が眉を寄せた。


「ゲオルグ殿を御存じなのですか?」


「啓示です」


 また嘘をついた。


 ゲオルグは、長く剣を振るってきた老練の騎士だ。


 高い地位にはいない。


 出世にも興味がない。


 後に、剣術狂いのゲオルグと呼ばれる武人だった。


 一度目の僕も、旅立つ前にわずかな期間だけ剣を見てもらった。


 けれど、本格的な指導が始まる前に、ゲオルグは前線へ向かった。


 僕が旅立つ頃には、さらに老いていた。


 それでも若い騎士を行かせるくらいなら自分が行くと、無理に戦場へ戻った。


 そして死んだ。


 あの人から学ぶなら、今しかない。


「魔法については?」


「属性魔法の先生をお願いします」


「希望する属性はありますか?」


「できるだけ多くの属性を扱える人を」


 僕は属性魔法を習得するつもりはない。


 必要なのは、属性魔法の避け方だ。


 発動前の魔力の動き。


 術者の視線。


 杖の向き。


 射線。


 逃げてはいけない方向。


 それらを知り、紙一重で避ける。


 直後に《後の牙》を発動し、術者の懐へ入る。


 騎士隊長は僕の本当の狙いを知らないまま、王都へ希望を送った。


     ◇


 十日後。


 二人の教師が村へやって来た。


 一人は、白髪交じりの短い髪をした騎士だった。


 使い込まれた剣。


 傷の残る腕。


 左脚をわずかに引きずっている。


 ゲオルグ。


 一度目の記憶より若い。


 背筋もまだ伸びていた。


「七歳の勇者から名指しされたと聞いた」


「僕に剣を教えてください」


「理由を聞いてもよいか」


「あなたが、今の僕に一番必要な剣士だからです」


 ゲオルグは目を細めた。


「会ったことはなかったはずだが」


「啓示で見ました」


「神様は、随分と細かい人事まで教えるらしい」


 もう一人は、大きな鞄を抱えた女性だった。


 灰色の外套には、複数の属性を示す魔石が取りつけられている。


 宮廷魔術師シャム。


 炎、水、風、土。


 多くの属性を高い水準で使えるため、僕の希望に最も合うと判断されたらしい。


「あなたが勇者様?」


「はい」


「属性魔法を広く習いたいんだって?」


「いいえ」


 シャムの笑顔が止まった。


「……いいえ?」


「属性魔法を覚えるつもりはありません」


「私は何を教えるために呼ばれたの?」


「避け方です」


 僕は祝福を表示させた。


《剣術 第三段階》


《身体強化 第三段階》


《危険感知》


《獅子の子》


《後の牙》


《魔力増幅 第一段階》


《魔法剣 第一段階》


《勇者の矜持》


 シャムは一覧を見て、眉を寄せた。


「属性魔法が一つもない」


「取りませんでした」


「《火球》も《雷撃》も候補にあったでしょう?」


「ありました」


「全部捨てて、《魔法剣》を選んだの?」


「はい」


「どうして?」


「僕は剣で前へ出ます」


 炎なら、どこを見て避けるのか。


 雷なら、発動前に何が起きるのか。


 風や土なら、どちらへ踏み込むべきか。


「すべて実際に見せてください」


 シャムは祝福と僕の顔を交互に見る。


「《後の牙》を発動して、魔術師へ近づくため?」


「はい」


「それで私を呼んだの?」


「いろいろな魔法に襲われるためです」


 シャムは額へ手を当てた。


「七歳の子供が言うことじゃない」


「よく言われます」


     ◇


 村外れの空き地。


 ゲオルグから渡された木剣を構える。


「一度、打ち込んでこい」


 地面を蹴った。


 右下へ剣を隠し、間合いへ入る直前に斬り上げる。


 ゲオルグの木剣が動いた。


 僕の剣が弾かれる。


 その勢いで体を回し、反対側から首を狙った。


 ゲオルグが半歩下がった。


 木剣が顎先を掠める。


「ほう」


 次の瞬間、腹へ衝撃を受けた。


 何をされたのか分からないまま、地面を転がる。


「もう一度だ」


 ゲオルグは楽しそうに笑っていた。


 僕は立ち上がり、木剣を構え直す。


「《後の牙》を活かすための構成にしたいです」


「なるほど」


 ゲオルグが顎を撫でる。


「相手の攻撃を懐で避け、そのまま斬る。捨て身の剣か?」


「捨て身は嫌です」


 すぐに否定した。


「確実に避けて、確実に勝つ技術を学びたい。それであなたを呼びました」


 ゲオルグは喉の奥で笑った。


「都合がいいな。それに欲張りだ」


「分かっています」


「敵の刃が届く場所へ入りながら、自分だけは傷つきたくないと?」


「死んでも負けたくないんです」


 ゲオルグの笑みが消えた。


 値踏みするように、僕を見る。


 やがて再び、口元が上がった。


「気に入った」


 木剣を肩へ担ぐ。


「なら、まず半歩で避けろ。一歩下がれば失敗だ」


 離れた場所では、シャムが杖を並べている。


 炎。水。風。土。


 ゲオルグの剣が終われば、次は魔法を避ける訓練が始まる。


 一度目には、選べなかった師。


 一度目には、考えもしなかった戦い方。


 僕は木剣を握り直した。


 二度目の僕が選んだ訓練が始まった。

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