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第十話 空白の剣

 宝物庫の中は、ほとんど空だった。


 壁際に、小さな革袋がいくつか転がっている。


 中に入っていたのは、わずかな銅貨と、価値の低そうな装飾品だけだ。


 一度目の人生では、この部屋には金貨や宝石が積まれていた。


 周辺の村を何度も襲い、奪い集めた財宝だった。


 けれど今回は、すべての襲撃を防いだ。


 奪われるはずだったものは、村人たちの手元に残っている。


 宝物庫が空なのは、当然のことだった。


「これでいい」


 財宝が欲しくて、ここまで来たわけではない。


 部屋の中央。


 石造りの台座に、一振りの剣が置かれていた。


 くすんだ銀色の刀身。


 装飾のない柄。


 鍔の中央には、色のない透明な魔石が埋め込まれている。


 見た目だけなら、少し上等な剣にしか見えない。


 だが、僕はこの剣を知っている。


《空白の剣》


 外から注がれた属性魔力を、刀身へ蓄える魔導具だ。


 火の魔力を注げば、炎を宿す。


 水なら水。


 雷なら雷。


 蓄えた力は、《魔法剣》によって引き出すことができる。


 一度目の人生では、魔王軍の幹部が使っていた。


 炎を宿した直後に氷へ変わり、次の瞬間には雷をまとわせる。


 属性を自在に切り替える剣を相手に、僕たちはずいぶん苦しめられた。


 持ち主を倒したときには、中央の魔石は砕けていた。


 ただの鉄の剣になった後で、この地方から運ばれた品だと知った。


 僕が十歳になる年。


 この拠点の宝物庫へ一度集められ、その後、魔王軍の幹部へ渡される。


 だから待った。


 剣がここへ運び込まれるまで。


 そして、僕自身がこの剣を扱えるようになるまで。


 台座へ手を伸ばす。


 柄を握った瞬間、透明な魔石が淡く光った。


《所有者を認証しました》


《蓄積された属性魔力はありません》


 今は、何も宿していない。


 空っぽの剣。


 けれど、それでいい。


 僕はすでに《魔法剣》を持っている。


 必要なのは、剣へ注ぐ属性魔力だけだ。


 シャムに炎を注いでもらえば、炎の魔法剣になる。


 雷の使い手と出会えば、その力も借りられる。


 僕自身が、すべての属性魔法を覚える必要はない。


 一度目の僕は、何もかも一人でできるようになろうとした。


 剣術。


 攻撃魔法。


 回復魔法。


 防御魔法。


 仲間に足りないものを、自分が埋めなければならないと思っていた。


 その結果、どれも中途半端になった。


 今度は違う。


 僕は剣を極める。


 足りない力は、その力を得意とする者から借りればいい。


 それで十分だ。


     ◇


 ゴブリンたちを倒したことで、僕の位階は十から十三へ上がった。


 新たに選べる祝福は三つ。


 まず選んだのは、


《魔力増幅 第二段階》


 体の奥が熱くなる。


 魔力を蓄える器が、一回り押し広げられた。


 これまでより多くの魔力を扱える。


《空白の剣》へ宿した属性を引き出し、《魔法剣》として維持するためにも必要な力だ。


 二つ目は、


《剣術 第四段階》


 選択した瞬間、周囲の景色が変わったように感じた。


 床に残る足跡。


 壁を削った大剣の跡。


 ゴブリンヒーローが踏み込んだ際に砕けた石床。


 それらを見るだけで、どこから、どのような体勢で攻撃が放たれたのかが分かる。


 第三段階までは、剣技を理解し、身につけるための力だった。


 第四段階は、その先。


 覚えた技を組み替え、自分の戦い方へ変えるための段階だ。


 正しい構えから、正しい剣を振るだけではない。


 体勢を崩されても斬る。


 視界を奪われても斬る。


《蜘蛛の糸》も、《煙玉》も、足技も体当たりも、すべて剣へ繋げる。


 ようやく、剣の上級者と呼ばれる領域へ立った。


 そして、この先へ進めば、剣士は段階ではなく称号で呼ばれるようになる。


 前の人生では、そこまで届かなかった。


「今度は、越える」


 ゲオルグの剣も。


 一度目の僕自身も。


 最後に残った一つを選ぶ。


 祝福の一覧に、これまで見たことのない名前が現れていた。


《獅子奮迅》


《獅子の子を取得した者にのみ出現します》


《発動中、疲労による身体能力および戦闘能力の低下を無効化します》


《戦闘終了後、発動中に蓄積した疲労と身体への負担が倍となって現れます》


 戦闘が続く限り、疲労で動きが鈍ることはない。


 百回剣を振っても。


 千回走っても。


 最初と同じ動きを維持できる。


 強力だ。


 だが、その代償は重い。


 戦いが終わった瞬間、それまで無視していた負担が倍になって返ってくる。


 勝った直後に動けなくなれば、敵の増援に殺される。


 最悪の場合、そのまま体が壊れるかもしれない。


 普通なら、選ぶべきではない。


 僕も一度、ほかの祝福へ目を向けた。


 けれど、前の人生で見たある物を思い出す。


(いや、あれと組み合わせれば……)


 本当に使えるかは分からない。


 まだ手に入る保証もない。


 それでも、僕の記憶が正しければ――。


(いけるか?)


 迷ったのは一瞬だった。


《獅子奮迅を取得しました》


 新たな力が、体の奥へ刻まれる。


《魔力増幅 第二段階》


《剣術 第四段階》


《獅子奮迅》


 これで、位階十三。


 まだ完成には程遠い。


《空白の剣》に力を注いでくれる仲間もいない。


《獅子奮迅》の代償を消せるかもしれない物も、今は手元にない。


 それでも、進むべき道は見えた。


 僕はゲオルグからもらった鋼の剣を背へ回し、《空白の剣》を腰へ差した。


 一度目の僕は、足りないものをすべて自分で抱え込もうとした。


 今度は違う。


 僕は僕にしかできないことをする。


 そして、仲間にしかできないことは、仲間へ任せる。


 そのためにも、今度こそ。


 誰一人、死なせない。

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