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第十一話 勇者は、故郷を発つ

 村へ戻ったのは、翌日の昼だった。


 鉱山からの帰り道では、ゴブリンの姿を一度も見なかった。


 拠点から逃げ出した魔物がいる可能性はある。


 けれど、組織的に村を襲う者は、もういない。


 村の入口へ近づくと、僕を見つけた男が声を上げた。


「勇者様が帰ってきたぞ!」


 その声を聞きつけ、村人たちが集まってくる。


 父さんと母さんもいた。


「森へ行くと言ったでしょう!」


 母さんに両肩をつかまれた。


「鉱山へ行くなんて聞いてないわ!」


「北の森を通ったから、嘘ではないよ」


「そういう問題じゃありません!」


 予想どおり、かなり怒られた。


 僕が説明を始めるまで、母さんは腕を放してくれなかった。


「ゴブリンたちの拠点は潰した」


 集まった村人たちへ告げる。


「指揮官も、兵士も、全部倒した。周辺の村を襲うために集められていた魔物も、ほとんど残っていない」


「じゃあ、もう……」


 村長が恐る恐る尋ねた。


「ゴブリンの軍勢が来ることはないのか?」


「ない」


 野生の魔物まで消えたわけではない。


 それでも、この地方を狙っていた魔王軍は消えた。


「この地域が、ゴブリンの軍勢に脅かされることはもうない」


 すぐには歓声が上がらなかった。


 三年間、何度も襲撃を受けた。


 簡単には信じられなかったのだろう。


 やがて、一人の老人が地面へ座り込んだ。


「終わったのか……」


 それをきっかけに、泣き出す者が現れた。


 抱き合う者もいた。


 村長が何度も僕の手を握った。


「ありがとう。本当に、ありがとう」


「僕一人の力じゃない」


 騎士たちが最初の襲撃を防いだ。


 ゲオルグが剣を教えた。


 シャムが魔法との戦い方を教えた。


 村人たちも、襲撃のたびに避難や消火を手伝った。


 それに、これで終わりではない。


 魔王軍の拠点は、この地方だけにあるわけではない。


 キャス渓谷には、さらに大きなゴブリンの巣がある。


 魔王も、まだ生きている。


 それでも、この日は祝ってもいいと思った。


 一つだけでも、前の人生とは違う未来を作れたのだから。


     ◇


 それから、一年が過ぎた。


「もう一度だ」


 ゲオルグが木剣を肩へ担いだ。


 村の外れに作られた訓練場。


 周囲には、村の若者たちが集まっている。


 ゲオルグから一本取る。


 それが、最後の課題だった。


「何を使ってもいいんですね?」


「何度も言わせるな。戦場で敵が、お前の都合に合わせてくれると思うか?」


「思いません」


「なら来い」


 地面を蹴った。


 正面から木剣を振る。


 ゲオルグは簡単に受け流した。


 返された一撃を半歩で避ける。


 肩のすぐ横を、木剣が通過した。


 反撃する。


 弾かれる。


 もう一度。


 また弾かれた。


 剣速では追いついた。


 力も、以前ほど差はない。


 それでも、ゲオルグは僕の動きを知っている。


 僕が剣を振る前に、次の狙いを読んでいた。


「素直すぎるぞ!」


 木剣が脇腹を打つ。


 息が詰まった。


 後ろへ退く。


「一本ですか?」


「戦場なら、まだ死んでいない」


 ゲオルグが構え直した。


「続けろ」


 何を使ってもいい。


 なら、剣だけで勝とうとする必要はない。


 腰の袋へ手を伸ばした。


「煙玉か?」


 ゲオルグの視線が、わずかに下がる。


 僕は袋を投げた。


 だが、中身は空だ。


「なに?」


 袋はゲオルグの手前へ落ちた。


 煙は出ない。


 その一瞬に、地面を蹴る。


 ゲオルグの木剣が振られる。


 それも読まれていた。


 僕は剣を受けず、腰へ巻いていた革紐を放った。


 紐が、ゲオルグの手首へ絡みつく。


 強く引く。


 木剣の軌道が、わずかに逸れた。


 その脇を抜ける。


 僕の木剣が、ゲオルグの喉へ触れた。


 訓練場が静まり返った。


「一本」


 僕が告げる。


 ゲオルグは、喉元の木剣を見下ろした。


 それから、絡みついた革紐を見る。


「剣だけで勝とうとしなかったな」


「あなたに、そう教わりました」


 しばらく沈黙した後、ゲオルグが笑った。


「そうだったな」


 革紐を外し、木剣を地面へ置く。


「合格だ。もう、俺が教えた剣をなぞる必要はない」


「修行は終わりですか?」


「ここから先は、お前が自分で作れ」


 ゲオルグが僕の頭へ手を置いた。


「お前の剣をな」


     ◇


 王都へ出発する日。


 村の入口には、多くの村人が集まっていた。


 シャムは宮廷魔術師の外套をまとい、荷物を馬車へ積んでいる。


 一年前、ダンジョンから持ち帰った《空白の剣》には、彼女の炎と風を少しだけ蓄えてもらった。


 王都までの道中で、試すつもりだ。


「本当に残るんですか?」


 ゲオルグへ尋ねた。


「ああ」


 彼は村の若者たちに囲まれていた。


 腰には木剣が何本も差さっている。


 いつの間にか、周辺の村々を集めた自警団まで作っていた。


 週に何度か若者を集め、剣や魔物への対処を教えているらしい。


「すっかり先生ですね」


「うるさい」


 ゲオルグが顔をしかめる。


「こいつらが弱すぎて見ていられないだけだ」


「ゲオルグ先生! 今日の訓練は何時からですか!」


「先生と呼ぶな!」


 若者たちが笑った。


 どうやら、完全に村へ馴染んだらしい。


「父さんと母さんをお願いします」


「任せろ」


 ゲオルグは即答した。


「この辺りの若い連中も鍛えておく。次に魔物が来ても、勇者が帰ってくるまで震えて待つだけの村にはしない」


「頼みます」


 父さんは僕の肩を叩いた。


 母さんは、何度も旅袋の中身を確かめていた。


「危ないことはしないでね」


「それは約束できない」


「そこは嘘でも約束しなさい」


「でも、必ず帰るよ」


 今度は、それだけを約束した。


 馬車へ乗り込む。


 シャムが手綱を握った。


 馬車が動き出す。


 村が少しずつ遠ざかっていく。


 ゲオルグ。


 父さん。


 母さん。


 村の人たち。


 全員が、いつまでも手を振っていた。


     ◇


 数日後。


 丘を越えた先に、王都の城壁が見えた。


 一度目の人生では、あの場所で四人の仲間と出会った。


 リナリア。


 エド。


 ミリア。


 ガルド。


 けれど、同じ出会い方を待つつもりはない。


 同じ道を進めば、同じ結末に辿り着くかもしれない。


 今度は、僕から探す。


 まだ僕を知らない。


 まだ勇者の仲間でもない。


 未来で、僕と一緒に魔王へ挑むことになる者たちを。


「ずいぶん怖い顔をしているわね」


 隣でシャムが言った。


「緊張してるの?」


「違う」


 シャムは王都まで連れてきてくれた。


 頼れる魔術師でもある。


 けれど、彼女には宮廷魔術師としての仕事がある。


 僕と魔王城まで行く仲間ではない。


 仲間は、これから見つける。


 王都の城門が近づいてくる。


 僕は腰の《空白の剣》へ触れた。


「さて」


 一度目とは違う冒険を、ここから始める。


「仲間を探そう」

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