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第六十三話 森の民

 翌朝。


 僕たちは、バンダ王が用意してくれた案内役と一緒に王都を出た。


 目的地は、中央大島の内陸部。


 森の民が暮らしている集落だ。


 港から離れるにつれて、景色は大きく変わっていった。


 石造りの建物が減り。


 道幅も狭くなり。


 やがて、周囲を深い森が囲む。


「森の民とは、どんな方々なのでしょうか」


 歩きながら、ミリアが尋ねた。


「狩人の一族だね」


 僕が答える。


「目がすごく良くて、獲物を遠くから見つけることに長けている。手先も器用で、弓と短剣の名手が多い」


「お詳しいですね」


「……聞いたことがあるから」


 横から、リナリアの視線を感じる。


「勇者様は、本当に色々ご存じですね」


「有名なんじゃない?」


「そうなのでしょうか」


 危ない。


 森の民の特徴くらいなら、外でも知られている。


 そういうことにしておこう。


「勇者様の言う通りだ」


 案内役の男が話に入る。


「森の民は狩りの腕がいい。特に遠目は、普通の人間とは比べものにならん」


「そんなにですか?」


 ミリアが聞く。


「ああ。こっちが何も見えない距離から、あいつらは獲物を見つける」


「弓との相性も良さそうですね」


「だから名手が多い。短剣も得意だな」


「短剣も?」


「森じゃ長い剣は邪魔になるからな」


 なるほど。


 前回。


 ガルドも弓と短剣を使っていた。


 弓で遠くから仕留め。


 近づかれれば短剣。


 罠も使う。


 そして何より。


 敵を見つけるのが早かった。


「斥候に向いているわけですね」


 リナリアが言う。


「そういうことだ」


 案内役の男が頷いた。


「先の戦争でも、森の民には随分助けられた」


 少しだけ。


 声が沈んだ。


 ガルドも、その中の一人だった。


     ◇


 森の奥へ進む。


 道はある。


 ただ。


 王国の街道みたいに、木を切り倒して真っ直ぐ通したものじゃない。


 大木を避け。


 地形に沿って曲がり。


 森の中に溶け込むように続いている。


「知らずに入ったら、迷いそうですね」


 リナリアが周囲を見る。


「たぶん迷う」


「勇者様もですか?」


「僕も」


「……本当に?」


「なんで疑うの?」


「いえ」


 最近。


 二人から妙なところで信用されていない。


 しばらく歩くと。


 森の中に建物が見えてきた。


「着いたぞ」


 案内役が言う。


 森の民の集落。


 思っていたより、ずっと大きい。


 家が何十軒も並んでいる。


 木造が多い。


 でも、粗末ではない。


 太い柱。


 綺麗に組まれた壁。


 雨を逃がすよう傾斜のついた屋根。


 少し高い位置に建てられている家もあった。


 中央には広場。


 その周囲には。


 肉を燻製にする小屋。


 革を加工する工房。


 弓を作っているらしい建物。


 薬草を干している店まである。


「村というより、町に近いですね」


 ミリアが言った。


「うん」


 森の奥にあるからといって。


 外と隔絶しているわけじゃない。


 人の出入りもあるらしい。


 それなりに大きな集落だった。


「……」


 視線に気づく。


 家の前。


 工房。


 広場。


 森の民たちが、こちらを見ている。


 敵意。


 というほどではない。


 でも。


 明らかに警戒されている。


 弓を背負った男。


 短剣を腰に差した女。


 子供を家の中へ入れる母親。


「歓迎はされていないようですね」


 リナリアが小声で言う。


「知らない人が来たからじゃない?」


「それもあるでしょうが」


 リナリアは周囲を見る。


「かなり警戒心が強いようです」


 その時。


 集落の奥から一人の老人が歩いてきた。


 白い髪。


 細い身体。


 かなり年を取っている。


 でも。


 背筋は伸びていた。


 腰には短剣。


 歩き方にも無駄がない。


「これは」


 案内役の男が一歩前へ出る。


「突然押しかけてすまない」


「王都の方ですな」


「ああ」


 案内役が僕たちを振り返る。


「私は国の使いだ。勇者様をこちらにご案内した」


 老人の視線が僕へ向く。


「この方が」


「勇者だ」


「……」


 周囲が少しだけざわついた。


 でも。


 老人は驚いた様子を見せなかった。


「それで」


 静かに聞く。


「何用ですかな?」


「先の戦役で帰ってきた者がいるだろう」


 案内役が言った。


「勇者様がお聞きになりたいことがあるそうだ」


 老人の表情が。


 ほんの少しだけ変わった。


「……ガルドですな」


「そうだ」


「あいにく」


 老人は森の奥へ目を向けた。


「今は所用で出かけております」


「じゃあ、待たせてもらっても?」


 僕が聞く。


 老人は首を横に振った。


「それには及びますまい」


「?」


「ガルドの行き先へご案内しますじゃ」


「いいの?」


「恐らく」


 老人は僕たちを順番に見る。


「そちらの方が、話が早いかと」


「どこに行ってるんですか?」


 ミリアが尋ねた。


 老人は。


 一瞬だけ、答えるのを迷った。


「砦です」


「砦?」


「今は使われておりませぬ」


「廃砦ですか?」


 リナリアが聞く。


「ええ」


 老人が頷く。


「先の戦役で打ち壊され、そのまま放逐された砦ですじゃ」


「そこに何があるの?」


「人がおります」


「人?」


「一人だけ」


 僕は首を傾げた。


「ガルドは、その人に会いに行ってる?」


「会う、というより」


 老人の顔が少し曇る。


「世話をしております」


「世話?」


「一日一度」


 食事。


 水。


 身の回りのもの。


 必要なら身体を拭くこともある。


 それを。


 ガルドが毎日続けているらしい。


「怪我人ですか?」


 ミリアが聞いた。


「……怪我人」


 老人が少し考える。


「そう言えなくもありませぬな」


「動けないんですか?」


「いいえ」


 老人は即答した。


「動けぬのではありませぬ」


「じゃあ?」


「動こうとしないのです」


「……」


「その男は自ら」


 老人が言葉を切る。


「四肢を鎖に繋ぐよう懇願しました」


 リナリアの表情が変わった。


「自分からですか?」


「ええ」


「どうしてそんなことを」


「誰かを傷つけぬために」


 その言葉で。


 昨日のバンダ王との会話が頭に浮かぶ。


 群島一の戦士と呼ばれた男だった。


 あの日から。


 誰も名前を呼ばなくなった男。


「その男って」


 僕が言う。


 老人が目を伏せる。


「もしかして」


「ええ」


 静かに頷いた。


「ご想像通りですじゃ」


「バティス……」


 リナリアが小さく呟く。


 老人の目が鋭くなった。


「ここでは構いませぬ」


「……」


「ですが、外ではその名を口にされぬ方がよろしい」


 昨日。


 バンダ王にも同じことを言われた。


「そんなに?」


「この集落にも」


 老人が周囲を見る。


「奴に家族を殺された者がおります」


 ミリアが息を呑む。


 視線を感じた。


 さっきまで僕たちへ向けられていた警戒とは違う。


 バティスという名前に。


 反応した人が何人もいる。


「それでも」


 ミリアが聞く。


「ガルドさんは、その方の世話を?」


「ええ」


「どうして?」


「さあ」


 老人は首を振った。


「あやつは詳しく語りませぬ」


 ただ。


 毎日。


 食事を持って砦へ向かう。


 雨の日も。


 風の日も。


 欠かさず。


「他に世話をする人はいないの?」


「おりませぬ」


「国は?」


「最低限の食料と必要な物資は出しております」


「でも、運ぶのはガルド?」


「そうですじゃ」


「一人で?」


「ええ」


 妙だ。


 群島中から憎まれている男。


 自分から鎖につながれ。


 壊れた砦から出ようとしない。


 そんな男のところへ。


 ガルドは毎日通っている。


「ガルドは」


 僕は聞いた。


「あの日を見ていたんですよね」


「ええ」


「バティスが何をしたのかも」


「恐らく」


「それでも世話をしてる」


「……そうですな」


 老人はそれ以上言わなかった。


「砦まで案内してもらえますか?」


「もちろん」


「僕たちが行っても大丈夫?」


「それは」


 老人が少し考える。


「ガルドがどう判断するかでしょうな」


「バティスは?」


「……」


「僕たちが行ったら、危ない?」


 老人の視線が。


 僕の腰の剣へ向いた。


「鎖が外れなければ」


「外れたら?」


「逃げなされ」


 即答だった。


 リナリアの顔が険しくなる。


「戦ってはいけないのでしょうか」


「戦いたければ、止めませぬ」


 老人の声は淡々としていた。


「ただ」


 僕を見る。


「群島で一番強かった男です」


 一度。


 言葉を切る。


「今は」


 老人の目が細くなる。


「それ以上かもしれませぬ」


「……」


 なるほど。


 余計に。


 会ってみたくなった。


「案内、お願いします」


「承知しました」


 老人が歩き出す。


 森の奥。


 さらにその先。


 打ち捨てられた砦。


 そこに。


 ガルドがいる。


 そして。


 誰も名前を呼びたがらない男も。


 僕たちは。


 二人に会うため。


 森の民の集落を後にした。

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