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第六十一話 船上にて

 中央群島へ向かう船の上。


 海は穏やかだった。


 魔王軍の活動が弱まったことで、海上の往来も以前より増えているらしい。


 僕は甲板の空いた場所で、リナリアと向かい合っていた。


「では、参ります」


「どうぞ」


 先に動いたのはリナリアだった。


 踏み込み。


 正面から剣が振り下ろされる。


 受ける。


 金属音が鳴った。


 以前より重い。


 力任せという意味じゃない。


 身体の使い方が良くなっている。


 そのまま押し込まれる前に剣を滑らせ、力を横へ逃がす。


「っ!」


 姿勢を崩したところへ踏み込む。


 でも。


 リナリアもすぐに反応した。


 こちらの剣を弾き、一歩下がる。


「今のは良かった」


「本当ですか?」


「うん。前なら、そのまま入れた」


「喜んで良いのか、微妙な評価ですね」


 そう言いながら。


 少し嬉しそうだった。


 もう一度構える。


 今度は僕から。


 一撃。


 二撃。


 三撃。


 少しずつ速くする。


 リナリアは受け続ける。


 四撃目。


 五撃目。


 受け切れないと判断したのか、前へ出た。


「お」


 剣が伸び切る前に、身体ごと距離を潰してくる。


 悪くない。


 でも。


「きゃっ!」


 足を払う。


 リナリアの身体が傾いた。


 倒れる前に腕を掴む。


「だから、踏み込む時は足元も見た方がいい」


「先に言ってください!」


「言ったら練習にならないでしょ」


「それはそうですが……!」


 それからもしばらく。


 打ち合った。


 船は僅かに揺れている。


 地面と違って、足場が一定じゃない。


 中央群島に行くなら、船上で戦う可能性もある。


 やっておいて損はない。


「そこまでにしましょう」


 声がした。


 振り返る。


 ミリアが立っている。


「二人とも、随分長くやっていましたよ」


「もう少しいける」


「勇者様はそう言うと思いました」


 呆れられた。


「休むのも大切です」


「じゃあ休む」


「素直ですね」


「ミリアが治してくれるなら」


「そういう理由ですか?」


 甲板の端へ座る。


 ミリアが僕の横へ来た。


「腕を出してください」


「うん」


 手を取られる。


 淡い光が腕から肩へ広がった。


「ここは?」


「大丈夫」


「では肩を」


 今度は後ろへ回る。


 肩。


 首。


 背中。


 状態を確認しながら、遠慮なく触ってくる。


 いつものことだった。


「少し張っていますね」


「さっき使ったから」


「もう少し休んでください」


「分かった」


 ふと。


 リナリアを見る。


「……」


「どうしたの?」


「い、いえ!」


 顔を逸らされた。


 何だろう。


     ◇


 その日の夕方。


「あの……勇者様」


 甲板で海を眺めていると、リナリアがやってきた。


「ん?」


「少し、よろしいでしょうか」


「いいよ」


 隣へ来る。


 でも。


 なかなか話し始めない。


「あの……」


「うん」


「前から気になっておりましたが……」


「何?」


「ミリア様とは、その……そういうご関係なのでしょうか」


「どういう……?」


 リナリアの顔が赤くなる。


「だ、男女の仲……といいますか……」


「え?!」


 思わず声が出た。


「いや、そういう訳じゃないけど……」


「本当ですか?」


「本当だよ」


 なんてことだ。


 そんな誤解をされていたとは。


 ミリアは今年で十六歳になる。


 リナリアも確か同い年だったはずだ。


 王都では十六歳で結婚するのは、それほど珍しくない。


 相手が十四歳というのは少し若いだろうけど。


 ミリアは高位の神官の孫。


 身分的には、結婚の話があっても不思議ではない。


「ミリアとは、そういう関係じゃないよ」


「ですが……随分と距離が近く見えましたので」


「あれは治療」


「首にも触れておられました」


「治療」


「背中も」


「……治療だと思う」


「思う?」


「ミリアは昔からあんな感じだから」


 昔。


 と言ってしまいそうになって、言葉を止める。


「前から、って意味」


「そうなのですか」


「うん」


 前回も。


 今も。


 僕は仲間たちと、そういう関係になったことはない。


 リナリア。


 ミリア。


 ナディア。


 誰とも。


 そういう気持ちになったことも。


 向こうから向けられたことも。


 たぶん。


「だから、本当に何もないよ」


「……そうですか」


 リナリアが小さく息を吐いた。


 少し安心したように見えた。


「なんでそんなこと聞いたの?」


「それは……」


 また顔が赤くなる。


「騎士団で、そのような話題になったことがありまして」


「騎士団で?」


「騎士団といえど、年若い女性が集まれば普通の話もします!」


「そうなんだ」


「します!」


     ◇


『勇者様って、格好よくない?』


 以前。


 騎士団の女性たちと、城勤めの若い侍女たちが集まった時のことだった。


『分かる。私は可愛いと思う』


『可愛い?』


『だって普段は静かだし、小柄でしょう?』


『でも私、戦場でお見掛けしたことがありますよ』


 一人の女性騎士が身を乗り出した。


『敵の懐へ真っ先に飛び込んでいったんです。怖くないのかって思うくらい』


『私も見たわ』


『普段のお姿からは想像もできないくらい、鋭い目をするのよね』


『そうそう!』


『あれはちょっと格好いいわよねえ』


『王女殿下とも親しいんでしょう?』


『ミリア様ともよく一緒にいるわよ』


『ナディア様もじゃなかった?』


『……勇者様、結構すごいのでは?』


 何がすごいのか。


 リナリアにはよく分からなかった。


 ただ。


 その場にいた女性たちは、妙に楽しそうだった。


『リナリアはどう思う?』


『えっ』


 突然話を振られた。


『いや、あの……勇者様はもちろん勇敢で、素晴らしい剣技をお持ちだと思いますが……』


『そういうことじゃないよ』


『え?』


『男の人としてどうなのって話』


『お、男の……!?』


 リナリアの顔が一気に熱くなった。


『真っ赤になった!』


『かわいい』


『ち、違います!』


『じゃあ興味ないの?』


『そういうことでは……!』


『そういうことでは?』


『あっ……!』


 結局。


 その日は、まともに答えられなかった。


     ◇


「……ということがありまして」


 リナリアは小さな声で言った。


「僕、そんな話されてるの?」


「……されています」


「知らなかった」


「普通、ご本人には言いません」


「そっか」


 なんだか変な感じだ。


「それで、ミリアとのことが気になった?」


「……少しだけ」


「なるほど」


 リナリアはまた少し顔を赤くした。


     ◇


 その後。


 船室へ戻ろうとすると、ミリアと出くわした。


「あ、勇者様」


「ミリア」


 そこへ。


「ミリア様」


 後ろからリナリアが声をかけた。


「はい?」


「その……勇者様との距離が、少し近すぎるのではないでしょうか」


「距離ですか?」


「治療の時などです」


 ミリアが少し考える。


「私は嫌じゃありませんよ?」


「……え?」


 リナリアが固まった。


「勇者様に触れることです」


「ミ、ミリア様!?」


「治療ですよ?」


「そういう問題では……!」


「勇者様も嫌ですか?」


 急にこっちへ来た。


「治療なら別に」


「ですよね」


 ミリアが笑う。


 リナリアは、なぜかさらに顔を赤くした。


「……もういいです!」


 歩いていく。


「どうしたんでしょう?」


「分からない」


「怒らせました?」


「たぶん」


「私、何か変なこと言いました?」


「たぶん」


「どっちですか?」


 僕にも分からない。


     ◇


 その夜。


 船室で一人になって。


 僕は昼間のことを思い返していた。


 確かに。


 言われてみれば、僕の周りには女性が多い。


 ナディア。


 ミリア。


 最近ではリナリア。


 シャム。


 王女様。


 そしてヴィルマ。


 並べてみると、結構いる。


 しかも。


 皆、見目麗しい女性ではある。


「……」


 だから何だ、という話だけど。


 仲間や知り合いに、そういう感情を向けたことはない。


 はずである。


 今の僕が考えているのは。


 魔王をどう殺すか。


 四天王をどう攻略するか。


 魔王軍の次の動きをどう潰すか。


 そればかりだ。


 ただ。


 最近。


 少しずつ自分の考え方が変わっている気がする。


 利用できるものは、なんでも利用する。


 道具。


 地形。


 情報。


 敵の性格。


 味方の能力。


 人脈。


 立場。


 使えるものを使わずに負けるくらいなら。


 使えばいい。


 もちろん。


 何をしてもいいとは思っていない。


 踏み越えてはいけない線はある。


 そこだけは間違えないようにしている。


 でも。


 その線の中に。


 男女の仲というものは入るんだろうか。


「……」


 考え始めた瞬間。


 また。


 使えるか。


 使えないか。


 そんな選択肢が浮かんできた。


 もし。


 誰かが僕に好意を持っていたら。


 その気持ちを利用することもできる。


 頼みを聞いてもらう。


 自分の側に置く。


 簡単には離れられないようにする。


 僕は仲間を信じている。


 でも。


 絶対に裏切らないという保証はない。


 人は。


 追い詰められる。


 騙される。


 恐怖に負ける。


 大切なものを人質に取られる。


 前回。


 それを嫌というほど見てきた。


 だったら。


 もっと強い感情で、自分と繋いでおくことは。


「……」


 そこまで考えて。


 僕は首を振った。


「何考えてるんだ、僕は」


 好意を持たせる。


 それを利用する。


 思い通りに動かす。


 できるかどうかで考えれば。


 不可能ではないのかもしれない。


 そんな考えが浮かんだこと自体。


 少し。


 嫌だった。


 以前なら。


 こんなものは、選択肢にすら出てこなかったはずだ。


「……魔王を倒したい気持ちが先走って、おかしくなってるのかな」


 分からない。


 ただ。


 勝つためなら。


 前よりもずっと多くのものを使えるようになった。


 それは強くなったということなのか。


 それとも。


 何かを少しずつ失っているのか。


「……」


 僕はベッドへ横になる。


「こんなことを考えちゃダメだ」


 誰に聞かせるでもなく呟いた。


 今は。


 そう思えている。


 だったら。


 まだ大丈夫だ。


 たぶん。

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