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第六十話 勇者は、裏通りを歩く

 中央群島へ出発する前。


 僕は、王都の裏通りへ向かった。


 目的地は、以前にも何度か訪れた店。


 看板は傾いている。


 窓は汚れている。


 扉も、ちゃんと閉まっているのか怪しい。


 相変わらず。


 営業しているようには見えない。


 扉を開ける。


「勇者様じゃないか。しばらくだね」


 店の奥。


 椅子に座った老婆が、こちらを見た。


「色々入荷したって聞いたけど?」


「耳が早いねえ」


 老婆が笑う。


「しばらく魔王軍が大人しいからね。人間側こっちの動きが活発になれば、こういう商売も潤うのさ」


「冒険者ギルドができたから、廃業するかと思ってた」


「冗談じゃないよ」


 老婆が鼻で笑う。


「ギルドに入れるような真っ当な連中ばかりだと思ってるのかい?」


「思ってない」


「だろうね」


 冒険者ギルドができた。


 依頼を受ける。


 報酬を払う。


 問題を起こせば処分される。


 身元も管理される。


 そのおかげで、以前よりずっと安全になった。


 でも。


「ギルドに入れない人もいる」


「いるとも」


 老婆が指を折る。


「前科持ち。借金持ち。身元を出せない奴。規則に従えない馬鹿。依頼人を殴った奴。仲間を売った奴」


「多いね」


「王都だからねえ」


「そういう人たち、今は?」


「さあ」


 老婆が笑った。


「真面目に働いてる奴もいるだろうし、昔の商売に戻った奴もいるだろうさ」


 たぶん。


 この人は、かなり知っている。


「仕事しない?」


「してるよ」


「王国の仕事」


 老婆の目が細くなった。


「……あたしを役人にでもするつもりかい?」


「それは無理じゃない?」


「喧嘩を売ってるのかい?」


「違う」


 店の中を見る。


 出所の分からない武器。


 怪しい薬。


 用途不明の魔道具。


 普通の店では扱えないものばかり。


「ギルドに入れない人たちを、ある程度まとめてほしい」


 老婆から笑みが消えた。


「何のために?」


「仕事を与える」


「勇者様が?」


「国が」


「……」


「密輸路を知ってる人」


「……」


「裏通りに詳しい人」


「……」


「犯罪組織と繋がってる人」


「勇者様」


「普通の兵士や冒険者にはできない仕事ってあるでしょ」


「そりゃあるだろうさ」


「だったら使える」


 老婆が、しばらく僕を見る。


「あんたにはエスカリテから引き抜いたアサシンギルドがあるじゃないか」


「さすが、よく知ってるね」


「なら、そっちを使えばいい」


「アサシンギルドにはもっと別の仕事をしてもらう」


「別?」


「潜入とか、監視とか、暗殺とか」


「十分物騒じゃないか」


「でも、裏の酒場に一ヶ月入り浸って噂を拾うのに、アサシンを使うのはもったいない」


「……」


「港で荷運びしながら密輸品を探すのも」


「……」


「ギルドに入れない人間を集めて、誰が危ないか見ておくのも」


 老婆が目を細める。


「なるほどねえ」


「できる?」


「できるかどうかで言えば、できる」


「じゃあお願い」


「簡単に言うんじゃないよ」


「簡単じゃないから頼んでる」


 老婆が深いため息をついた。


「で?」


「?」


「本当の理由は何だい?」


 少し黙った。


「犯罪を減らしたいだけなら、衛兵にでもやらせればいい」


 さすが。


 そこは誤魔化せないか。


「王都を守りたい」


「それは知ってるよ」


「外からだけじゃなくて」


 老婆の表情が少し変わった。


 前回。


 魔王軍が王都へ攻め込んだ日。


 戦力が足りなかった。


 それは間違いない。


 でも。


 それだけだったのか。


 王城への侵入を、あまりにも簡単に許した。


 王族を逃がす時間すらなかった。


 半日もかからず。


 王都は落ちた。


 当時は、そこまで考える余裕がなかった。


 でも。


 今なら疑える。


 ベルトランさんが失脚した時。


 人間の欲。


 金。


 立場。


 嫉妬。


 それだけでも、国は簡単に弱くなる。


 なら。


 魔王軍が利用しない理由はない。


「王都の中に」


 老婆を見る。


「外から攻められた時、門を開ける人がいるかもしれない」


「……」


「金で動く人」


「……」


「誰にも知られてない道を知ってる人」


「……」


「兵士や役人と繋がってる犯罪者」


 老婆が、僕から目を逸らさない。


「そういう人たちを、できるだけ把握しておきたい」


「裏切り者を探すって?」


「まだいるとは決めてない」


「なら?」


「いた時に困るから」


 僕は答えた。


「先に潰しておく」


 店の中が静かになった。


「外から来る敵なら、戦えばいい」


「……」


「でも、内側から壊されるのは困る」


 老婆はしばらく僕を見ていた。


 やがて。


「……怖い目だね」


「そう?」


「そうさ」


 小さく息を吐く。


「十四の子供がする目じゃないよ」


「十四だからって関係ないでしょ」


「普通はあるんだよ」


 老婆は立ち上がった。


「……まあ」


 羽織っていたローブへ手をかける。


「そこまで腹の内を見せたんなら」


 ローブを脱いだ。


「あたしも、少しは誠意を見せるとするさね」


「誠意?」


 老婆が首元のネックレスへ手を伸ばした。


 黒い石のついた首飾り。


 それを外す。


「……え?」


 老婆の姿が揺らいだ。


 曲がっていた腰が伸びる。


 痩せ細った腕に張りが戻る。


 深く刻まれていた皺が薄れ、白かった髪が黒へ変わっていく。


 目の前に立っていたのは。


 年若い女ではない。


 それでも、一度見れば忘れられないほど整った顔立ちの女性だった。


 切れ長の目。


 艶のある黒髪。


 年齢は、母さんより少し上くらいだろうか。


「……どういうこと?」


「この世界で女が生きていくには、邪魔なものもあるのさ」


「その顔が?」


「そういうこともある」


 女はネックレスを指先で弄ぶ。


「王都で生きるのに、同じ顔ばかり使ってちゃ長持ちしないんだよ」


「老婆じゃなかったの?」


「老婆でもあるさ」


「?」


「婆さんにもなる。商人にもなる。未亡人にもなる。酒場の女主人になることもある」


 女が笑った。


「名前も同じさ」


「じゃあ、今の名前は?」


「ヴィルマ・レイヴン」


「本名?」


「どうだろうねえ」


「……」


「裏では千色蜥蜴(カメレオン)なんて呼ぶ奴もいるよ」


千色蜥蜴(カメレオン)


「姿を変えて、名前を変えて、身分を変える」


 ヴィルマは肩をすくめた。


「そうやって長いこと、この街で生きてきたのさ」


「じゃあ、やっぱり適任だね」


「驚いた直後にそれかい」


「だって、できるんでしょ?」


「できるさ」


 即答だった。


「連中を集めるだけならね」


「その後が大変?」


「分かってるじゃないか」


 ヴィルマの笑みが消える。


「噛む。逃げる。裏切る。金を持って消える。昨日の仲間を今日売る」


「だからヴィルマに頼む」


「……」


「僕には無理だから」


 ヴィルマが少しだけ目を見開いた。


「できる人に頼む」


「簡単に言うねえ」


「その方が早い」


 ヴィルマは、また僕を見た。


 今度は。


 少し長く。


「本気なんだね」


「何が?」


「王都を守るって話さ」


「うん」


 答える。


「もう、落とさせない」


 ヴィルマが黙った。


 それから。


 口元だけで笑った。


「……いいよ」


「やってくれる?」


「ああ」


「ありがとう」


「礼はまだ早い」


 ネックレスを首へ戻す。


 再び姿が揺らぎ、老婆へ戻った。


「裏の連中は、兵隊みたいに命令じゃ動かないよ」


「分かってる」


「金でも動く。恩でも動く。恐怖でも動く」


「うん」


「それでもいいのかい?」


「働いてくれるなら」


「ほんと、勇者様は変なところで割り切ってるねえ」


「そう?」


「そうさ」


 老婆が笑う。


「まあ、乗っかってやるよ」


 これで。


 王都の裏側にも、一つ手を打てた。


「最後に質問だけど」


「なんだい」


「本当に、女の人?」


 老婆は、鼻を鳴らした。


     ◇


 数日後。


 中央群島へ向かう船の前に、僕たちはいた。


「荷物はこれだけですか?」


 ミリアが僕の荷物を見る。


「うん」


「少なくありません?」


「魔法袋があるから」


「ずるいですね」


「便利だからね」


 少し離れた場所では、リナリアが船を見上げていた。


「中央群島へは初めてです」


「僕も」


「……本当ですか?」


「何で疑うの?」


「いえ。勇者様は、行ったことのない場所にも妙に詳しいので」


「そう?」


「そうです」


 危ない。


「まあ、今回は現地で案内してくれる人がいると思うから」


「お知り合いですか?」


「そんな感じ」


 厳密には。


 まだ知り合いじゃない。


 その時。


「勇者様」


 ミリアが聞いてきた。


「今度の旅の目的は?」


「目的?」


「中央群島で何が起きたのか調べる、と伺っていますが」


「それもあるけど」


 僕は少し考えた。


 ガルド。


 前回、僕たちの斥候だった男。


 今度こそ。


 前回とは違う関係を作れるかもしれない。


 そして。


 中央群島には、まだ何がいるのか分からない。


「スカウト……かな?」


「スカウト?」


 ミリアとリナリアが同時に聞き返した。


「うん」


 船へ乗る。


 中央群島。


 何が待っているのか。


 まだ分からない。


 でも。


 少なくとも。


 会いたい人は、一人いる。

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