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第五十九話 中央群島

「では、今月分の報告ですな」


 ベルトランさんが、机の上へ数枚の書類を並べた。


 僕とカシウスさんも、それを覗き込む。


「まず、国庫についてですが」


「増えた?」


「勇者様は、もう少し財務というものを複雑に考えていただけませんかな」


「減った?」


「増えております」


「よかった」


 ベルトランさんがため息をついた。


「特に大きいのは、南方との交易です。街道の復旧が進み、物資の往来も急速に戻っております」


 一年前。


 南方の多くはアンデッドに占領され、商人が安全に通れる状態じゃなかった。


 今は違う。


 魔王軍はこの大陸からほとんど姿を消した。


 主要な街道では冒険者ギルドが機能し、周辺の魔物についても警戒や討伐を行っている。


 人が動く。


 荷物が動く。


 そうすれば、金も動く。


「税収もかなり改善しております。ようやく国庫にも余裕が出てまいりました」


「軍に使える?」


「余裕ができたと聞いて、すぐ使おうとしないでください」


「必要だから」


「だからこそ、私が管理しているのです」


 隣でカシウスさんが小さく笑った。


「軍の方はいかがです?」


「そちらについては、予定した分の予算は確保しております。勝手に増やさなければ」


「善処いたしましょう」


「その答えが一番信用できませんな」


 二人は、この一年でずいぶん一緒に仕事をするようになった。


 カシウスさんが、必要な兵力や物資を考える。


 ベルトランさんが、それを国が潰れない範囲に収める。


 騎士団。


 魔法師団。


 大神殿。


 各地の補給拠点。


 まだ完成には遠いけど、一年前よりずっと軍を動かしやすくなった。


「それと、農業の方も順調です」


「リネット?」


「ええ。リネット殿の研究が、ようやく各地で成果を出し始めました」


 植物と魔力の関係を研究していた魔法使い。


 戦闘ではほとんど役に立たない。


 だから研究所でも、以前はまともに相手にされていなかった。


 でも。


 小麦の成長を早める。


 根を伸ばしやすくする。


 土から水分を逃がしにくくする。


 発芽する時期を揃える。


 害虫を遠ざける。


 一つ一つは地味でも、広い農地で使えば話が変わる。


「研究室で結果が出ることと、国中で使えることは別だって言ってたよね」


 僕が言うと、ベルトランさんが頷いた。


「覚えておられましたか」


「一応」


「ですので、この一年、地域を変えながら実証してまいりました。土地や作物によって差はありますが、十分に実用になると判断しております」


 そこへ、魔王軍の脅威が減ったことも重なった。


 避難していた農民が戻る。


 放棄されていた畑が使えるようになる。


 村の周辺に魔物が出れば、冒険者ギルドへ依頼できる。


「今年の収穫量は、かなり期待できるそうです」


「食べ物は足りる?」


「国内については、備蓄へ回しても余裕が出始めております」


「じゃあ、他の国にも送れる?」


「現在、その体制を整えております」


 ベルトランさんが書類を一枚めくった。


「もちろん、我が国の備蓄を削りすぎるわけにはまいりません。しかし戦争で農地を失い、食糧不足に陥っている国はいくつもある」


「そこを支援する」


「ええ。無償支援だけではございません。相手国の状況に応じて売却、貸与、交換も含めて調整いたします」


 食べ物がなければ、人は戦えない。


 兵士だけじゃない。


 農民も。


 職人も。


 商人も。


 国そのものが動かなくなる。


「悪くないね」


「悪くない、ではありませんぞ」


 ベルトランさんが胸を張る。


「かなり良いのです」


「珍しく自分で褒めた」


「結果が出た時くらいは褒めます」


 それはそうか。


「では、私は戻ります。南方との次の交易協定が残っておりますので」


「ありがとう、ベルトランさん」


「礼は、国庫を無駄遣いしないことで返していただきたいですな」


「考えておく」


「考えるだけでは困るのですが」


 ぶつぶつ言いながら、ベルトランさんが部屋を出ていった。


 扉が閉まる。


 僕は改めて、机の上に広げられた世界地図を見る。


「それで」


 カシウスさんも地図へ目を落とした。


「どう? 魔王軍の動きは」


「ええ。やはり一年前、エンブリオを失った影響は大きかったようです」


 いくつかの駒を動かす。


「奴が支配していたアンデッドを一斉に失ったことで、世界各地の前線を維持できなくなっております」


「西は?」


「一部で後退しております。ただし、まだ大規模な戦闘は続いておりますな」


「南は?」


「我々が奪還した地域を含め、人間側がかなり押し戻しております」


「東は」


「グランヴェル周辺に、目立った動きはございません」


 一年前に比べれば。


 魔王軍の勢力圏は、明らかに狭くなっている。


「中央群島は?」


「ここは、ほぼ引いたようです」


 カシウスさんの指が中央海へ移った。


 大小いくつもの島が集まる地域。


 中央群島。


「ほぼ?」


「小規模な部隊が残っている可能性はございますが、組織的な侵攻を続けられる状況ではないでしょう」


「じゃあ、かなり楽になった?」


「それが」


 カシウスさんの指が止まった。


「中央群島については、少々妙なことになっております」


「妙?」


「アンデッドを失ったあと、魔王軍は中央群島から撤退を始めました」


「うん」


「それを、群島諸国の連合軍が追撃しております」


「まあ、追うよね」


 弱った敵が逃げている。


 戦力を削れるなら、その機会を逃す理由はない。


「中央群島の各国は、それ以前から共同戦線を張って魔王軍と戦っておりました。かなり精強だったそうです」


「そこで一気に決着をつけようとした?」


「おそらくは」


 カシウスさんが頷く。


「ところが、その追撃戦で連合軍も甚大な被害を受けております」


「魔王軍に反撃された?」


「それだけなら、話は簡単なのですが」


「違うの?」


「詳しいことが分かっておりません」


 地図から顔を上げる。


「分かってない?」


「魔王軍は、その戦いを最後に中央群島からほぼ姿を消しました」


「だったら勝ったんじゃない?」


「その代わり、人間側も軍としての機能を失うほどの損害を出しております」


「……敵も味方も?」


「全滅に近かった、という話もございます」


「そんなに?」


「ええ」


 撤退する魔王軍。


 追撃する連合軍。


 そして。


 双方に壊滅的な被害。


「生き残りは?」


「おります。ただ、こちらまで届いている情報は断片的です」


「何があったのかは?」


「噂はいくつかございます」


「噂?」


「今の段階では、どれも確証がありません」


 カシウスさんが中央群島を指で叩いた。


「戦役後、中央群島諸国は深刻な戦力不足に陥りました。そのため冒険者ギルドへ救援を要請しております」


「ギルドに?」


「各地から冒険者や傭兵を募り、失った兵力を補っている最中です」


「そこまで減ったんだ」


「はい」


 魔王軍が退いたのに、追う余裕すらない。


 それだけ人間側も消耗した。


「その辺りも調べてたの?」


「ええ。ナディア殿たちへ頼んでいる件とは別ですが、こちらも情報を集めておりました」


「何か分かった?」


「まだ現地へ行かなければ分からないことの方が多いでしょうな」


「そっか」


 だったら。


「じゃあ、魔王軍が大人しい内に真相を調べに行くか」


「ご自身で?」


「うん」


「軍を動かしますか?」


「今回は少人数で向かう」


「ほう?」


 カシウスさんが少しだけ目を細めた。


「エドは研究したいことがあるって言ってたから、今回は置いていく」


「最近、研究所へ入り浸っているようですな」


「何か面白いものを見つけたみたい」


 ああなったエドは、放っておいた方がいい。


「ナディア殿は」


「カシウスさんが頼んでるんでしょ?」


「ええ。現在、アサシンギルドと共に別件で動いていただいております」


「なら、そのままでいい」


「となると?」


「ミリアには来てもらう」


 何が起きたのか分からない。


 怪我なのか。


 病気なのか。


 呪いなのか。


 それ以外なのか。


 神官がいた方がいい。


「それと、リナリア」


「リナリア殿も?」


「前衛が僕一人よりはいいから」


 今のリナリアなら、正面を任せられる。


「勇者様、ミリア殿、リナリア殿」


 カシウスさんが指を折る。


「三名ですか」


「現地で一人増えるかもしれない」


「中央群島に何かアテがあるのですか?」


「知り合いがいる」


「ほう?」


 僕は地図を見る。


 中央群島に住む、森の民。


 ガルド。


 前回。


 僕たちのパーティで斥候を務めていた男。


 厳密には。


 まだ知り合いじゃないけど……。


「その方は信用できるので?」


「腕は確かだよ」


「どのような方で?」


「斥候」


「それはちょうどよろしいですな」


「うん」


「しかし、その方が現在も中央群島にいると?」


「たぶん」


「たぶん?」


 カシウスさんがこちらを見る。


「ずいぶんと曖昧ですな」


「行けば分かるよ」


「勇者様は時折、妙なところで自信を持っておられますな」


「そう?」


「ええ」


 カシウスさんは、それ以上聞かなかった。


 助かる。


 前回のことを説明するわけにもいかない。


「では、中央群島までの船を手配いたしましょう」


「お願い」


「出発は?」


「準備でき次第」


「承知いたしました」


 もう一度、地図を見る。


 中央群島。


 撤退する魔王軍を追撃した連合軍。


 そこで何が起きたのか。


 敵も味方も、なぜ壊滅したのか。


 そして。


 ガルドは今、どこで何をしているのか。


 まだ分からない。


 だったら。


 見に行けばいい。


 次の目的地は決まった。

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